藍商人奥村家の屋敷をそのまま利用し阿波藍の歴史や製法などを紹介・藍住町歴史館 藍の館
2024年10月23日
阿波藍の栽培のはじまりは、山岳地方で阿波忌部氏が織った荒妙を染めるため、平安時代から栽培しはじめたといわれています。文安2(1145)年には大量の葉藍が畿内に出荷されています。
とくに戦国時代は武士のよろい下を藍で染めようと、藍の需要が高まり、三好氏の城下勝瑞では、藍玉の加工が本格化している。天正13(1585)年以来徳島藩では藍の生産を奨励し、その後藍師や藍商から取り立てる租税で、藩の財政を確立していきました。
元禄時代にはは全国的に綿作と木綿生産が普及し、阿波藍生産の大発展をもたらせましたが、明治30年代にドイツから科学染料が大量に輸入されたため、その後は衰退期に入りました。
現在は天然染料の良さが見直されつつあります。
藍住町歴史館 藍の館は、大藍商であった奥村家の旧屋敷13棟の建物と奥村家文書が、11代当主奥村武夫氏から藍住町に寄付されたのを機に、資料館を新設し、平成元(1989)年に開館しました。
藍商人奥村家の屋敷をそのまま利用し、阿波藍の歴史や製法などを詳しく展示しています。資料館と奥村家寝床(南・東)に資料を展示しています。資料館では、藍染作品、藍の流通に関する資料、藍商の経営に関する資料、奥村家調度品などを展示しています。
奥村家寝床(南・東)では、藍の栽培・葉藍の加工に使われていた農具や民具を展示しています。
また、各所に、藍の栽培から葉藍の加工、藍染の製造工程が再現された紙人形を展示しています。
奥村家住宅は、奥村家が藍商として経営を発展させた文化年間から明治20(1887)年頃に建てられた藍屋敷です。
主屋は、棟札から文化5(1808)年に建てられ、文政10(1827)年に2階を継ぎ足す増築がされたことがわかっています。明治20(1887)年には西座敷が建てられ、当時の贅を尽くした様子を見ることができます。
主屋は屋敷の北寄りに南面して建ち、中庭を囲むように南と東西の寝床(藍染料の加工場)や奉公人部屋など13棟が建っています。
昭和62(1987)年に徳島県の有形文化財(建造物)に指定されています。
開館時間 9:00〜17:00
休館日 火曜日(祝日は開館)、12月29日~1月3日
入館料 大人300円 中高生200円 小学生150円
Photo Canon EOS 5D MarkⅣ
R6.9.28
住所: 徳島県板野郡藍住町徳命字前須西172番地