道唐使ゆかりの史跡が多く残されていて空海の遺徳を顕彰するために建立された辞本涯の碑がある柏崎
2025年05月27日
ここ柏崎は、「肥前風土記」に「美弥良久の崎」として登場し、道唐使船の最後の寄港地であるといわれています。そのため、この地区には、船の乗組員たちが飲料水や船用水として利用していた井戸「ふぜん河」や、道唐便の守護の任にあった者の霊を祀っている「岩嶽神社」など、道唐使ゆかりの史跡が多く残されています。
三井楽町の柏崎公園にには、空海の遺徳を顕彰するために建立された、日本のさいはての地を去るという意味を込めた「辞本涯」の碑があります。遣唐使ゆかりの柏崎と第16次遣唐使船(804年)で唐に渡った空海の深い関わりを知った有志の方々が建立したものです。
また公園内には他に、万葉集で詠われている「遣唐使として旅立つ我が後の無事を祈る母の詠」が刻まれた歌碑も建立されています。
また、江戸時代に入ると五島の捕鯨は最盛期を迎え、ここ柏にも捕鯨の一団が移住し、冬場のみを漁期として活躍していたといわれています。当時は「鯨一頭捕れれば七浦潤う」といわれるほどで、五島藩の財政にとっても重要な資源となっていましたが、乱獲により鯨はいなくなり、幕末にはほとんどの鯨組が解散したと記されています。この当時の鯨捕りの様子は、ここの組主であった生島仁左衛門が画工に描かせた「鯨絵巻」として残されており(文部科学省国文学研究資料館蔵)、鯨捕りの記録としてだけでなく、当時の庶民の生活風俗が読み取れる資料としても貴重なものです。
(現地説明板などより)
Photo Canon EOS 5D MarkⅣ
R7.5.6
住所: 長崎県五島市三井楽町柏