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2017年08月11日 イイね!

フィアット 小型車

フィアット 小型車あり〜、熊猫ってこんなに小さかったかしら? 2気筒だったら欲しいわ〜。

豊崎にて。
Posted at 2017/08/11 13:24:55 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2017年08月11日 イイね!

シェヴォレイでの運転練習

シェヴォレイでの運転練習時は1979年。

僕の育った州は16歳になると自動車の運転免許を取得できます。

でも大抵18歳未満の運転には諸処の制約が付くのが普通です。夜間禁止とか、四人以上乗れないとか、ハイスクールで実地されるドライヴァーズ・エジュケーション、通称ドライヴァーズ・エッドの授業を受けなきゃいけないとか。。筆記試験は陸事の派出所かどっかで受けるんですが、当時既にコンピュータ化されていて質問がコンピュータのプリントアウトされていて回答しました。その試験の紙、多分今でもどこかにあると思うんですが、その内探しましょう。

うちのハイスクールのドライヴァーズ・エッドは座学を学校の授業で受け、実地練習を契約教員と放課後にした記憶があります。

講師はミスター・デードリックと言って噂では自宅の車庫にピアス・アローが寝ていると言う事でした。16歳の子供がどうしてピアス・アローなんかを知っていたのか、今考えても不思議に思います。でも同級生はウィリスのヘンリーJで通学していたから結構変な車が身の回りにあったのかもしれません。

教習車は学校から借りる1971年式シェヴォレイのインパーラ。350スモールブロックにターボハイドラマチック、その頃ありふれた組み合わせです。実地には生徒三人とミスター・デードリックでドライヴに出て並列駐車、3点転回などを練習します。助手席の床にはキットで付けたケーブルで繋がっている補助ブレーキペダルが鎮座しており、ミスター・デードリックの顔が限界まで引きつるとそのペダルが役に立ったりします。

僕は産まれが秋なので運転練習始める頃は冬、おまけに降雪地で、雪の中で運転を覚えました。なので今でも雪の運転は得意です。これだけ大きく重い車両、おまけに後輪駆動、を転がすのはコツが要りますが覚えればいとも簡単にスピンターンなどを低速で再現できるので面白かったですわ。

この写真は生徒の一人のお陰で、名前は忘れましたが、どっかで雪にスタックしてショヴェルで雪を誰がかくかの討論をしている図だと思います。自分で撮った写真なんですが、何せ二昔前のハナシなので。。。

春過ぎに実地試験を受けに行く時は車両の都合がつかず、誰かのスバルDLの2扉セダン、おまけに手動変速機のを借りて行きました。シェヴォレイに比べてパワーステアリングの無いスバルは異様にステアリングが重かったのを今でも覚えてますが、無事合格。不思議な事に以後、僕はなぜだかスバルに関わる人生が続くのでした。。。


Posted at 2017/08/11 13:01:12 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2017年08月11日 イイね!

古い ルノー と プジョー

古い ルノー と プジョー最近の人は古いフランス車と言うとプジョー205辺りを指すらしいですが、僕に言わせればまあ、プジョー403かなんかだったらそれに当てはまるんじゃないかと。。。要するにおっさんになっちゃったんですね。いつの間にかに。

これは30年以上昔の話で。。時効はとっくに切れてますよね。

当時フランス車を扱う整備工場で勉學の傍、丁稚奉公でレンチを回してました。

あの頃はAMCがルノーに買収されて突如、ウィスコンシン州ケノーシャにあるもと、ランブラーの工場からルノー車が生産され、デイーラーはその整備に悩まされうちの工場が下請けで保証修理などをやっていました。

貧困の自分は顧客から見放された車体を安く仕入れては乗りなんとか切り盛りしていました。でも週末となると大抵自分の自動車の修理で追われて惨めな生活を余儀なくさせられて。。。こうして人間は強くなるのかしらと。

シカーゴはポーランド国外で最大のポーランド人の人口を誇る都市で、そのP人から買ってきたプジョーの505。その頃にはプジョーの504を数台乗り継いでいたので、出世したな〜と思ったのも数週間。エンジンから嫌な音がします。XD2のジーゼルには詳しかったのですがどうもこりゃ、エンジン下ろす按配に。。。週末差し出しの食べ物食べながら夜半までかけてエンジン下ろし(XD2は非常に重いんです)蓋を開けて見たらナント、クランクシャフトが真っ二つに割れているではないですか?よくエンジンが回ったもんだと。。。XD2は一応欠陥を抱えていて(当時は)エンジンの冷却に問題があり、プジョーはエンジンで回す冷却ファン(ファンベルトは全部で7本!)がタイミング・カヴァーから生えているんですが、それにかなり重たい電磁クラッチをつけて温度が上がればブラシでプリーの裏に電流が流れクラッチが繋がりファンが回る仕組みなんですが、このクラッチが重すぎて経年するとタイミング・カヴァーの中に埋め込まれているベアリングが焼きつきファンとクラッチ共々ラジエータを突き破る悪い癖がありました。この個体はそれを一回経験していてタイミング・カヴァーも対策品になっていたんですがその作業の際、あの重たいクランクシャフトのプリーを固定するボルトのトルク管理が甘かったのか、走行中にプリーが外れてその衝撃でクランクシャフトが割れた、と言うのが診断でした。。。東部ヴァーモント州の小山に古いプジョーをそれこそ放牧して部品屋をしている失職した大學教授からクランクシャフトを買取り組み直しましたよ。。。今考えればあの時点で廃車にしておいた方がよかったのにと。。。若きの至りで。505の後ろにちょっと映っているのは世にも珍しいルノー8の部品を使った(従って後車軸にコイルスプリングが4個ある)レネー・ボネーのDジェットと言う今でいう本田のCRXみたいなポケットロケットで、その後マトラが売りました。。。我が家の伝統でプジョーにはシビエの45と言う大口径の黄色いフォグライトを発電機からリレーを噛ませて直接電源を引いて闇夜を裂いてました。



普段はルノーのR5に乗っていました。R5は全部で4、5台乗ったかしら。あとお客のプジョー504ブレークを借りたりR16も随分乗りました。居候先が駐車場なかったのでフランスから持ち帰ったライセンスプレートを付けて駐車違反の切符を逃れてました。ある日車に戻ると汚れた窓にフランス語でなにやら落書きされています。訳してみると ”フランスから来た旅行者です、あなたもフランスから遥々旅しに来たんですね、一緒に逢いましょう、電話番号XXXX”  と書いてあるんです。。。笑っちゃいました。



R5のヘッドライトは米国用の規格型を欧州仕様に変更。当時日本のルノーの総輸入元キャピタル企業のAちゃんが形式認定の際外したものを、東京のあるビルの一角に大切に隠していたものを譲ってもらったのを後生大事に抱えてきた奴です。。。。
Posted at 2017/08/11 10:51:37 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2017年08月11日 イイね!

DKW

DKW以前、上海で乗る貨客両用車にどうも見覚えがあるんで、床下見たら前輪駆動なんです。もしやと調べれば。。

この古いDKWはモデルF89、シュネラスターと申します。まあ我々米国人の発音ですけど。デユッセルドーフのDKW、乗用車に3=6と言うバッジを誇らしげに表示し。2ストロークなので3気筒でも6気筒に同等のスムーズなんすよって意味だったらしいですけど。因みにDMWの2ストロークエンジンはサーブの初期型に供給されていたそうな。ああ、話がまた脱線してくる。軌道修正。

DKWはスペインのヴィトリアにあった自動車工場買い上げてスペイン製のDKWを生産していたんです。その後DKWはオート・ユニオン、いわゆるアウディに吸収されその2ストロークのヴァンはアウディブランドで継続販売されます。アウディの輪っかはホーヒ、アウディ、ワンダラー、DKWが集合してオート・ユニオンになった時出来た訳ですが、他の会社も多少吸収したので本当なら輪っかを五つにしたかったらしいんですが、とある国際運動連盟からダメねと言われたとか、言われなかったとか。ああ、話がまた脱線してくる。軌道修正。


そのスペインのDKW、じゃなかた、オート・ウニオンの工場が今度はメルセデス・ベンツの商業部門に売られます。しばらくは骨董品みたいなDKWもどきのヴァンにメルセデスのエンブレム付けて売ってましたけど70年代中旬にメルセデス設計のDKWを下敷きにした前輪駆動の小型商用車が登場します。これがMB100シリーズ。



その後メルセデスは前輪駆動のVシリーズを出します。あのVはスペイン工場の街、ヴィトリアのVなんですわ。

そして90年代に入ってアジア向けの廉価な貨客両用車を作ってみるばいとヴィトリア工場でこれまた前輪駆動のハイエースみたいなヴァンを作ります。前輪駆動のくせに床が高く小回り効きません。このヴァンに目をつけたのが当時エンジン、トランスミッション、技術やらの提携を受けていた韓国のサンヨン、(三竜)で、彼らは韓国製造の廉価MB100にイスターナと言う名前をつけて国内、国外に輸出しだします。


アジアに行くと同じ車両なのに三竜のマークとメルセデスのマークの付く羽目になり、当然三竜マークをメルセデスのマークに変えるのが流行ります。

その後三竜は経営破綻し中華人民共和国の上海自動車に助けてもらいます。その一環でイスターナも上海で、と言う事で上海に結構出回ります。でも三竜と上海は大喧嘩をし手を切り、結局三竜さんはインドのマヒンドラに救われます。そんな事全く御構い無しに上海ではまだイスターナを作っている様子で。それに僕が乗って頭を傾げていた訳です。



あーややこしややこし。笠置シズ子のセリフになっちゃいました。
Posted at 2017/08/11 07:39:07 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2017年08月11日 イイね!

白い滑走路

白い滑走路昔、自殺した田宮二郎が主役の白い滑走路と言う番組があって、撮影にはワシントン州モーゼスレークのグラント郡空港が多用されたそうで。。。

去年遠征した際、同じ747から、同じ場所を見た図。



鶴さんはコンヴェヤのV1カット訓練中に墜落・大事故を起こし空港内のどこかにメモリアルがあるそうです。今度行ったら探さねば。。

日ッペリ機は欧州での展示飛行に向けて製造元の操縦で曲芸飛行の練習。。。



あ〜ら、見てたのね〜。普段は連中が望遠レンズの標的になるのに、今日はウチら激写されました。。
Posted at 2017/08/11 06:27:51 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記

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