
鋏誕生の社会的条件-鋏という道具が必要になったのは、毛織物の歴史にあると考える。
たんに獣皮を剥いで身にまとっていた原始時代。皮を剥いでしまう事は簡単だが、一匹の獣から何人分の衣服ができるのか。殺してしまえば、肉を食べるより他はない。
やがて家畜を育てるようになり、その毛から糸を縒り(ヨリ)、衣服を作るようになると、大事な家畜をもっと有効に利用できないだろうかと考えた。
それには、皮を残して毛だけを刈り取る方法があれば良い。それなら一匹から一枚ではなく、何度も計何十枚も繰り返し作れる。
この発想は、農耕生活から生まれたのだろう。つまり、種をまき穂を刈り取るように、羊から体毛を収穫できたらと考えた。麦を刈るには鎌で良いが、この場合、羊を傷つけず、痛みを与えず、しかも無駄なくきれいに切断できる道具が欲しかった。
こうした欲求がハサミという新しい刃物を生みだす背景にあったろう。
そしてもう一つ、私が注目したのは、鋏を使いこなす手指(シュシ)の働きである。
チンパンジーに鋏を渡しても、上手く切れない。鋏の開閉操作には、指の微妙な動きが要求される。それ以前の単刃の物、例えば鋸(ノコギリ)や包丁などと比べて、指の力加減はかなり難しい。合わせ刃物を自由に使いこなすためには、デリケートな手指の働きが求められるのである。
人類は道具を使い出して200万年余り、初めは単純な道具からしだいに複雑な物へと発達していった。それにより手もまた訓練され、器用になっていった。別の観点から見れば、複雑でデリケートな手指の働きが脳の発達を促したとも言えよう。
そして上達した手はより精巧な、もう一段精度の高い道具を要求する。こうした、道具の発達と手の器用さという相互作用が繰り返されてきた。
このような人類の進歩もまた、ハサミという道具の誕生の背景にあったであろう。
こうして、ようやく生まれた鋏という道具は、今で言うところの「握り鋏(ニギリバサミ)」であった。これは1本の棒の両端を叩いて、研いで片刃とし、真ん中で折り曲げて合わせて作る。英文字のU字型のような、最も単純な構造である。
これにはヒントになった物がある。火箸(ヒバシ)である。と言っても2本の棒ではなく、棒の真ん中で折り曲げていた。真っ赤に焼けた延べ棒を扱うには、やはり金属製の棒で押さえるのが一番であった。
蛇足ながら、現在、似たような製品がある。「トング」と呼ばれ、焼き立てパン屋の店内でトレーにパンを載せるのに使われている。また、細かな作業をするために小さくなった道具もある。ピンセットである。
今のところ、最古の鋏は青銅製である。(紀元前1000年頃の古代ギリシアの遺跡から。)おそらく、あまり切れなかったであろう。青銅を刃物として使うには、軟らかいのだ。実用品というよりも、王を飾る装飾品や、祭祀の道具であったろう。
やがて人類は鉄を手に入れた。鉄製の鋏になり、ようやく刃物として一人前になった。これで安心して羊毛を刈り取れるようになったのである。鋏が、毛織物の歴史を支えてきたとも言えよう。
ここで少し話しは逸れるが、人類は鉄器時代に大きく進歩した。
その頃すでに農耕が広まり、人々は定住し子孫を増やし、争うようになっていた。鉄製の武器の威力は絶大であった。鉄剣は青銅製の盾や兜(カブト)を切り裂き、鉄盾は青銅製のどんな攻撃も防いだ。そして、おびただしい量の血が流れた。結果、せいぜい百数十人で暮らしていた集落は、町になり、やがて国を作った。人類は鉄という金属を得た事で、高度な社会を作り上げたのである。
ではまた~。来週は現在主流のX字型鋏についてです。
P.S 扉絵は、漁師が網の補修に使う網切り鋏です。糸切り鋏と違い、肉厚で丈夫で、刃の上端は丸くなっています。
Posted at 2012/09/13 11:14:38 | |
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波佐美 | 日記