• 車種別
  • パーツ
  • 整備手帳
  • ブログ
  • みんカラ+

老人ギタリストもどきのブログ一覧

2026年07月31日 イイね!

2026年7月の比叡山運用 その5

2026年7月の比叡山運用 その5家内の実家に戻って駐車場に入庫すると、NBCのBL-50TXの専用ケースと、PCバッグを持って、玄関横の応接間に入って、直ぐにエアコンを始動。IC-705の電源として使用したPDモバイルバッテリーや、IC-7300M用のNBC BL-50TXバッテリーの2台を充電に回すと、暫くの間、休憩タイムとしました。汗が引いてからは、ノートPCを開いてハムログに交信データを入力。それが済んでからは、夕食に呼ばれるまで、暫しの仮眠タイムとなりました。

19時前に、家内に夕食に呼ばれたので、食卓で家内と義弟と共に餃子タイムと相成りました。入浴も家内の後に入るルールで、入浴後は家内が2階に部屋がある義弟にLINEで知らせるルールでした。夕食・入浴タイムの後は、インターネットが使えないので、誰でもQSLにアップロードする事が叶わず、就寝時間まで、ポケモンGOに興じつつ、外付けDVDプレーヤーを接続して、何枚か持参していた、アニメやドラマのDVDを、視聴しながら過ごしたのした。

2026年7月20日も、午前6時に起床して準備を急ぎ、6時半過ぎには家内の実家を出発しました。ルーティンの様に、途中のコンビニで菓子パンとオニギリを購入しました。その後、宝ヶ池通りから仰ぎ見た比叡山は、雲が少しありましたが、割とスッキリした勇姿を見せていました。白川通りを南下して北白川別当交差点を左折。山中越えに入ると、クネクネ道ゆえに、助手席に置いていた無線機ラックの挙動を、左手で抑えながら移動したのでした。

比叡山ドライブウェイの料金所を通過して、坂道を一気に駆け上がり山頂駐車場を目指しました。山頂駐車場に到着すると、青空はあるものの雲は多い印象を持ちました。運用体制は、前日の撤収時に、翌日の運用体制も同様の体制にする事を、想定して片付けたので、6mのアンテナポールの先端には、SG7900ノンラジアルアンテナを設置して、同軸ケーブルは巻いていたものを接続。マグネット基台にも同様の方法で、RHM12アンテナを設置したのでした。

この日も前日と同様で、10mFMからスタートする事にして、CAT-300チューナーで1.5程度までSWRを追い込むと、後は内臓チューナーで簡単に1.0にする事が出来ました。バンド内をワッチすると、8エリアの信号が入感していたので、29.200MHzをサブの周波数に確保すると、メイン周波数でCQを発出して、サブの周波数に戻りました。すると、8時43分に宮城県角田市のJH7局からコールバックがあり、続いて、8時50分には、JRφ局からコールバックがありました。

しかし、マイクを返すとJRφ局では無く、ロシア・サハリンのRAφ局だったのでした。想定外の事で一気に浮き足だった私でしたが、しどろもどろになりながら、レポートを送り合いました。RAφ局が59に対して、私の信号は57でしたが、非常に強いとヨイショして頂きました。ロシアにカードが送れるのか分からないまま、文法はともかく「Would you please send me a QSL?My QSL is a 100 ←日本語percent」と送った後で、one handed percentと訂正しました。笑

すると、RAφ局からもカードを送ると言って来たので、有難う!と返事して「I hope to see you again.73!」と最後に送ってファイナルとしたのでした。8時55分には、新潟県南魚沼市の既知のJJφ局からコールバックがありました。当然として、ロシアネタを放り込んだ次第です。最初にカード交換の約束をしていた事が功を奏して、マイクを返した時には、フェードアウトしていました。続いて、9時9分には、新潟県燕市の既知のJEφ局からコールバックを頂きました。

しかし、この局とは、カード交換を次のラウンドまで持ち越したのが仇となって、マイクを返すと居なくなっていたので、交信不成立となってしまいました。9時11分には、新潟県新潟市西区の、既知のJAφ局からコールバックがあり、盛んにフェードアウトを警戒されていましたが、そんな時に限って、問題なく、最後まで交信する事が出来たのでした。9時22分には、前日のリベンジマッチとして、奈良県橿原市の、既知のJN3/3局からコールバックを頂きました。

この日のJN3/3局は気合いが入っていて、自宅の近隣では、一番高い場所にバイクで移動して、私に信号を送ってくれている様でした。すると、この日はしっかりと交信する事が出来たので、「大満足で帰宅します!」と仰っていました。9時31分には、2022年の1st-QSO以来となった、秋田県山本郡三種町の既知のJG7局と続きました。9時39分には、北海道室蘭市の、地球岬ハムクラブからコールバックを頂き、以前に、地球岬に行った時の事を話したのでした。

9時49分には、大阪市平野区の既知のJK3局から、2日連続のコールバックがありました。JK3局との交信終わりには、コンディションが、すっかり落ちてしまった様で、それでも、暫くはバンド内の様子見をしていましたが、遂に諦めて430MHz-FMにQSYする事にしたのでした。先ずは、CAT-283チューナーでSWR調整に入り、SWR値を1.0まで追い込むとバンド内を確認して回ったのでした。すると、433.080MHzに、既知のJM3/3局がいました。

この時JM3/3局は、自身がリーダーを務めるロールコールのPR活動目的でQRVされている様でした。その後、432.900MHzにサブの周波数を確保すると、メインでCQを発出して、サブの周波数に戻ると、10時19分に大阪府和泉市のJN3局からコールバックを頂きました。10時47分には、大阪府和泉市の、JQ3局からコールバックを頂きましたが、このJQ3局は、現在のリグがIC-705ですと仰ったので、すかさず、ターミナルモードの有無を尋ねたのでした。
Posted at 2026/07/31 09:36:22 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2026年07月30日 イイね!

2026年7月の比叡山運用 その4

2026年7月の比叡山運用 その4それを受けて、再度、10mFMにQSYすると、29.040MHzにサブの周波数を確保して、メイン周波数でCQを発出。しかし、コールバックがあったのは、近場とも言える、大阪市生野区の既知のJE3局からでした。JE3局に、関ハムに行く局が多過ぎて、めちゃくちゃ応答率が悪い件を話すと、JE3局からは、「そう言えば、関ハムでしたね。私は白浜で遊んでました」と仰ってました。JE3局は、白浜に2ndハウスとして、マンションの1室を所有されていました。

続いて、11時5分には、北海道名寄市のJJ8局からコールバックを頂きました。JJ8局は、19mHのタワーの上に3バンドのトライバンダーを設置して、100W出力のパワーで楽しまれている北海道だから出来る様な、羨ましい様な設備でした。その後は、再び、コンディションが急落してしまったので、430MHz-FMにQSYして、433.060MHzが空いていたので、それを確保してメイン周波数でCQを発出して、サブの周波数に戻りました。

すると、最近、30年振りに再開局されたと仰っていた、大阪府吹田市を大阪府池田市の関ハム会場に向けて移動中の、JQ3/3局からコールバックがありました。11時45分にコールバックしてくれたのは、大阪府富田林市にある、多分、バッファロースタジアムの木陰からだと思われる、既知のJK3/3局でした。JK3/3局とは、直近では、近鉄百貨店の10階の多目的広場からの交信が印象的でした。その時は、極力、目立つ事がない様に交信されていました。

433.060MHzでは、コールバックが途絶えたので、他の周波数を見てみると、433.040MHzで「今日は応答率が悪くて、未だに2局しか交信出来ていない。4局と交信出来ないと帰れない」とボヤいていた、既知のJF3/3局に12時16分にお声掛けしたのでした。JF3/3局は、SOTA運用で、奈良県吉野郡野迫川村にある水ケ峰山頂に移動されていましたが、関ハムだけの所為でも無いのかも知れませんが、異常とも言える程に、応答率が悪いのは確かな事でした。

私が「これで3局になりましたね!」と送ると、「いくら、CQを連発しても空振りだったので、有り難いです!」と仰って頂きました。再び、433.060MHzに戻って、メイン周波数でCQを出してからサブの周波数に戻ると、12時28分にコールバックがありました。この時、コールバックしてくれたのは、10mFMでもお声掛けを頂いた、三重県松阪市の既知のJG2局でした。同日に2バンドQSOとなりました。12時40分には、兵庫県淡路市のJA3局からコールバックがありました。

JA3局からは、淡路島でも北の方ですと仰ったので、漠然としたイメージを持ったところ、追加で「神戸市に近いところです」と仰ったので、漸く、淡路島における南北の様子が判明したのでした。続いて、12時55分には、某SNSで繋がっている、大阪府枚方市のJG3局からコールバックを頂きました。JG3局は、バイクで関ハムに行こうとした際、事故渋滞等があり、車の排気ガスによる気温上昇で、熱中症になる危険性を考えて、断念された事を話して頂きました。

その後は、トイレ休憩を取った後で、昼食タイムとなった所為で、再始動しようと周波数をチェックしたところ、433.060MHzは既に使われていたので、たまたま空いていた433.100MHzに、サブの周波数を変更しました。すると、14時2分に、三重県津市にある青山高原に移動されていた、既知のJN2/2局からコールバックを頂きました。JN2/2局に「第7駐車場ですか?」とお聞きすると、「本日は、第5駐車場からです」と答えて頂いたのでした。

14時12分には、和歌山県和歌山市のJR3局からコールバックがありました。和歌山県には、特別に思い入れがあった輩は、熊野本宮温泉郷にある仙人風呂こと川湯温泉や奥瀞温泉。奈良県でしたが、下北山温泉にも嵌った時期があった事を熱弁したのでした。14時20分には、比叡山山頂からQRVすると、必ずお声掛けしてくれる、大阪市平野区の既知のJK3局から、コールバックがありました。JK3局との交信終わりには、ある身体の異変を感じ始めていました。

それもそのはず、この時間帯は気温上昇のピークに当たり、私自身も、頭がクラクラしたり、相手局が話してる時にボーっとする事が増えていたので、これは、本当にヤバいと考えて、撤収する事にしたのでした。それに、この日は、義姉が家内を義母の病院の送迎をして貰える事を知っていたので、前日がそうだった様に、岩倉の病院に、家内を迎えに行く必要が無かったので、助手席に置いている機材は片付けずに直帰する事にしたのでした。

とは言え、プリンター台を反転させた無線機ラックの下に置いている、IC-7300Mのケース内には、しっかりと、無線機とハンドマイクは収納して、再び、マイクロファイバークロスを敷いて、その上には無線機ラックを置いたのでした。一方、NBCのBL-50TXバッテリーは、IC-7300Mと同様で専用ケースに収納して、トランクルームに運びました。そのままの状態の物は、車内では同軸ケーブルと後部座席に置いていた、アンテナチューナー2個でした。

車外では、SG7900アンテナとRHM12アンテナ、それに6mのアンテナポールは、ACB50バッグとACB170バッグに収納したものの、同軸ケーブルは巻いたままの状態で、マジックテープで括りトランクルームに置きました。ルーフに設置していたマグネット基台もしかりでした。同軸ケーブルをクルクル巻くと、マジックテープで固縛して、トランクルームに置いたのでした。ふみたて君は後部座席の足元に置きました。そして、左手で無線機ラックの天板部分を掴みながら、比叡山山頂を後にしたのでした。
Posted at 2026/07/30 07:29:29 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2026年07月29日 イイね!

2026年7月の比叡山運用 その3

2026年7月の比叡山運用 その32026年7月19日も、朝の6時に起床して準備を急ぎ、6時半過ぎには、家内の実家を出発する事が出来ました。いつもの様に途中にあるコンビニで昼食用の食材を買い求めます。この日、宝ヶ池通りから仰ぎ見た比叡山は、基本的な天気は良さそうでしたが、周辺に雲が漂っていました。北白川別当交差点から左折して山中越えにルートに入り、比叡山ドライブウェイの料金所のゲートを潜ったのは、開門時間の7時を少し回った頃でした。

しかし、比叡山ドライブウェイの途中にある駐車スペースや展望台には、既に観光客が写真を撮る姿がありました。やはり、そこら辺が日曜日の比叡山だと感じたのでした。山頂駐車場に到着して、駐車位置を決める際、前日と同じ場所でありながら、南東方向にあるフェンス際の区画にする事にします。それは、この日の運用体制と関係がありました。前日は、V型ダイポールアンテナを設置するに当たり、フラットの場所である必要がありました。

しかし、この日は6mのアンテナポールの先端には、SG7900アンテナを設置して、給電点6mのノンラジアルアンテナを完成させると共に、車のルーフには、マグネット基台を使用して、RHM12アンテナを設置。周波数は10mFMに合わせる事にしていました。しかも、RHM12アンテナの耐入力は40Wまでだったので、30W出力程度の私にはピッタリな仕様でした。しかし、ここぞ!と言うタイミングでは、50Wに引き上げる事もありました。

とは言え、引き上げたところで、相手に気付いて貰うキッカケになればと使用する50Wでしたから、相手局からコールバックして貰えた直後には、30Wに戻すので問題はありませんでした。そして、全ての準備が完了したのは7時50分頃でした。この日は、10mFMからスタートする事に決めていたので、IC-7300Mを起動したところ、肝心要であるアースマットであるMAT-50を設置して無かった事に気付き、車外に出るとハッチバックを開けたのでした。

トランクルーム内に置いているACB50バッグの中から、MAT-50を1枚取り出すと、回転固定の踏み台に乗って、マグネット基台からRHM12アンテナを外すと、MAT-50を敷設してから、その上にRHM12アンテナを戻して、踏み台から降りると、再び運転席に乗り込んだのでした。そして、起動していたIC-7300Mのマイクの、PTTスイッチを押しながら、CAT-300チューナーで1.5程度まで追い込むと、内側チューナーを作動させて、SWRを1.0にしました。

そして、バンド内のワッチに入ると、北海道石狩郡の既知のJE8局の信号が入感していた事で、Eスポが開いている事を知り、29.040MHzにサブの周波数を確保すると、メイン周波数でCQを発出。サブの周波数に戻りました。すると、8時丁度に、北海道小樽市移動のJE9/8局からコールバックを頂きました。続いて、8時4分には、三重県松阪市の既知のJG2局からもコールバックを頂きました。続く、JL8局は直後にコンディションの急落により、交信不成立となりました。

8時12分にコールバックしてくれたのは、前回の交信では移動されていたので、ご自宅が不明だったところ、この日は、ご自宅がある北海道北斗市からコールをくれた、既知のJI8局でした。8時21分には、10mFMの全国移動サービスデーを含めて、直近で3回目の交信となる福井県勝山市移動のJF9/9局からコールバックを頂きました。この局は、コールサインのミドルとラストレターが同じだったので、特に親近感を持った局でもありました。

8時30分には、2022年の初交信から、今回で2回目の交信となった北海道函館市の既知のJA8局でした。8時41分には、奈良県橿原市の既知のJN3局からコールバックを頂いたものの、QRPで2〜3Wと言う事でしたが、ロケーション的な相性が悪いのか、何度も聞き返しながら、時間が掛かりましたが、何とか交信をする事が出来ました。8時53分には、コールサインに見覚えはあるものの、どの周波数で繋がったかが分からない、JJ8局からコールバックがありました。

直ぐに、7〜21MHz用の紙ログに続いて、10mFMの紙ログから該当のコールサインを探したものの、ありませんでした。そこで、ある事に行き着いたのでした。「これは、興部430レピーターのロールコールで繋がってる局かも知れないな?」と。直ぐに、その事を送ると肯定する返事が返って来たと同時に、その局の名前が直ぐに浮かんで来たのでした。私が「〇〇さんですよね?」と言う問い掛けに「そうです!」と返って来たものの、コンディションが急落して聴こえなくなって来たのでした。

10mFMのコンディションが落ちたと判断して、430MHz-FMにQSYする事にします。433.060MHzにサブの周波数を確保。メイン周波数でCQを発出してからサブに戻ると、9時6分には、これまでにも何度も繋がっている、QRPステーションである、三重県名張市の小高い場所に移動されていた、既知のJJ2/2局からコールバックを頂きました。JJ2/2局は3W出力でした。続いて、9時25分には、大阪府枚方市の既知のJM3/3時からコールバックがありました。

10時9分には、徳島県名西郡神山町に移動していた既知のJJ5/5局からコールバックを頂きました。JJ5/5局からは、具体的な山の名前は聞けませんでしたが、標高が1,150mの場所らしく、前日の21時から始まったコンテストに、参加してると仰っていました。そのコンテストは、この日の21時まであるらしく、24時間のコンテストである事を知ったのでした。その後、再び、10mFMのコンディションを探る為に、少し覗いてみました。すると開いている様でした。
Posted at 2026/07/29 07:27:45 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2026年07月28日 イイね!

2026年7月の比叡山運用 その2

2026年7月の比叡山運用 その2その後は、一旦、IC-705での交信をストップして、10mFMの状況を確認する意味合いで、IC-7300Mを起動して、CAT-300チューナーと内蔵チューナーを使って、SWRを1.0に落とすと、29.060MHzをサブの周波数として確保。メイン周波数でCQを発出してサブの周波数に戻りました。すると、9時11分に奈良県橿原市の既知のJN3局からコールバックがあり、局が少ない理由が判明します。それは、7月18日と19日は大阪府池田市で、関ハムが開催されていたのでした。

続いて、9時42分には京都市下京区のJQ3局からコールバックを頂きました。このJQ3局とは初めての交信でした。9時48分にコールバックしてくれたのは、京都府乙訓郡大山崎町の既知のJS3局でした。JS3局は、X(旧Twitter)もされていて、私もフォローしているのでした。すると、徐々にコンディションが開けて来た感じだったので、無線機のダイヤルを回していると、北海道石狩郡の既知のJE8局の信号が入感して来ました。

JE8局には、割とお会いする機会があり、6月にも比叡山で交信していたので、軽くお声掛けして、頑張って下さい!とエールのみを送ったのでした。その後は、再び、430MHz-FMに戻ると、433.140MHzに関ハムの記念局の「8N3X」が出ていたので、11時6分にコールを送って交信したのでした。11時15分には、奈良県宇陀市にある額井岳(標高812m)に移動されていたJR2/3局と、432.940MHzで交信しました。この局とは2nd-QSOでした。

次の局との交信は再び10mFMになりました。その局とは、これまでに様々な周波数で交信を重ねて来た、京都市山科区の既知のJQ3局でした。11時33分にお声掛けすると、宅急便の対応でシャックから離席されていて、直ぐには繋がりませんでした。JQ3局は、私と同じで、SWRを1.0まで追い込む事を信条とされていました。JQ3局の後に繋がった局に対して、痛恨のエラーが発生していた事を、帰ってから気付きました。

それは、スタート時間も運用周波数も記入忘れしていたからでした。そこで、軽い脳みそをフル活用して、前の局が10mFMだったので、一瞬悩みましたが、430MHz-FMと断定した次第です。しかし、スターティングタイムだけは、分からなかったので、QSLカードに正直に記入する事にしました。ただ、最後まで疑問符がついたのですが、コールサインが8Nφ〇〇/3となっていたので、取り敢えずはカードを送って様子見する予定です。

オマケに、プリアンプを入れても変調がハッキリと聞き取れなかったので、色々と問題を抱えて、周波数と時間を聞き逃しました。(単なる言い訳)この局は、神戸市灘区六甲山に移動されていた記念局で、長野県松本深志高等学校150周年記念局と、説明されていたのでした。12時20分には、岐阜県大野郡白川村にある別山(標高2,399m)に、6時間を掛けて担ぎ上げで移動されていたJQ2/2局に、コールを送って交信がスタートしました。

天気予報では、16時頃から雨が降る予定になっていて、この日から最終日の月曜日まで、比叡山からの帰り道に、実母が入院している病院に、毎日通う予定にしている家内を、地下鉄の駅で拾って帰宅するスケジュールになっていたので、助手席を空ける為に、撤収する事にしたのでした。撤収作業が完了したのは14時過ぎでした。家内が16時までは病院に居ると言っていた事を思い出して、病院の駐車場で待つ事を考えて、比叡山の山頂駐車場を後にしたのでした。

比叡山ドライブウェイの料金所を出ると、いきなり、フロントガラスに雨粒が降り注いで来ました。山中越えルートに入り、京都市内を目指していると、どんどんと、雨足が早くなって、その内にはバケツをひっくり返した様な、集中豪雨となりました。それが、北白川別当交差点近くまで続いた上に、岩倉の病院の駐車場でも、同様の集中豪雨が襲来したのには驚きました。お陰で車が綺麗になったと言いたいところですが、そうでも無かったですね。笑

16時前に病院から出て来た家内を乗せて、実家の駐車場に戻って来ましたが、車から降りると、湿度が半端なく、駐車場全体が、サウナに入ったくらいに蒸していたのには閉口しました。早速、充電が必要なPDモバイルバッテリーや、IC-7300M用のNBCのケースを持って、応接間に駆け込みました。応接間では、エアコンの設定をドライにして、フルで動かしていますが、1時間を経過したあたりから、ドライの恩恵を感じる様になっています。

家内の実家から、インターネットが完全に無くなってしまったので、これから実施しないといけないルーティンは、ノートPCを起動して、ハムログに入力するだけになりました。誰でもQSLに関しては、スマホで送りますと言った人にだけ、iPhoneで送る事にしました。それ以外の人は、広島の自宅に戻ってからアップロードする事にした次第です。19時からの夕食前に、iPhoneで誰でもQSLを送って、ハムログの入力も終わりました。

入浴後は、ノートPCの中に入ってる、アニメやドラマを視聴しながら、充電が完了するのを待ち、23時過ぎに就寝しました。前の晩は、夜中に目が覚めたり、起きると決まってiPhoneを触ってしまうので、圧倒的に睡眠時間が足りていませんでしたが、夕方の集中豪雨のお陰で、若干、気温が下がってくれた事と、寝苦しかった反省から、頭側に扇風機を移動。扇風機からの微風を身体に浴びながら、目を閉じていると、自然に眠りに入っていました。

ブログには、トイレ休憩や食事休憩の様子が書かれていませんが、トイレで中断する場合には、トイレまで距離があるので、アンテナケーブルを車内に引き込んでは、車を施錠して小走りにトイレに向かっていました。昼食も、12時からでは無く、日によっては、早飯になったり、あるいは、遅めの昼食となったりと様々ですが、時間を見つけては、適宜、昼食タイムとしていましたので、それらの様子は割愛させて頂きました。
Posted at 2026/07/28 10:04:09 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2026年07月27日 イイね!

2026年7月の比叡山運用 その1

2026年7月の比叡山運用 その12026年7月17日は、京都市左京区にある家内の実家に帰省する初日でしたが、「ある事情」があり、いつもであれば、9時過ぎに出発して10時半に福山サービスエリアに到着。店内にあるマクドナルドで、超早目の昼食に入るパターンでしたが、この日は、前々日の7月15日に、ヤマト運輸から、7月17日に荷物が到着する事を知らせるメールが来た事で、急遽、それに対応して、7月17日の午前中の必着に変更したのでした。オマケに、クール宅急便だったので余計に待機する必要がありました。

しかも、発送が仙台からだったので、現在、仙台在住の次男の家族である、次男嫁実家からのお中元と判断して、その御礼の連絡も含めての「ある事情」で、出発が遅れたのでした。結局、クール宅急便が到着したのは11時過ぎでした。早速、中を確認してみると、ずんだ餅を始めとした、色とりどりの美味しそうな詰め合わせで、直ぐに仙台の次男嫁実家に御礼の連絡を入れて、漸く、出発する事が出来たのは、11時半を少し回った頃でした。

それにより、超早目の昼食は少し遅めの昼食に変化。その後も、小刻みに休憩を取りながら、19時過ぎに実家近くの、餃子の王将宝ヶ池店に到着。そこで夕食を摂ってから、家内の実家に辿り着きました。と言うのは、この日は、実家の跡を取っている義弟が外出していた事と、家内の実母も、骨折により岩倉の病院に入院中だったので、実家が無人と言う状況でした。しかし、離れに住む長男嫁家族も居るので、完全には無人ではありませんでした。

実家が経営する賃貸駐車場に車を入れて、家内に遅れて荷物を持って玄関に向かうと、玄関前に仕事で使うハイエースを駐車して、作業をしていた甥っ子に挨拶をすると「お帰りなさい!」と返って来ました。元々、実家には後を取る予定で長男家族が離れに住んでいましたが、40歳の時に肺がんで急逝した事で、次男が跡を取っているのでした。私は玄関から中に入ると、早速、玄関に隣接した応接間に荷物を入れると、ノートPCを始めとした機器類を広げ始めたのでした。

その後は、クーラーを付けてマッタリしていると、家内から入浴の準備が出来たと言う知らせが来たので、入浴を済ませると、再び、応接間に陣取ってノートPCの電源を入れました。すると、前回の帰省で、義弟から聞いていた近々、インターネットを撤去するかも知れないと言う言葉通りに、既に家内の実家からネット環境が消滅していたのでした。とは言え、元々、ソフトバンクの置くだけWi-Fiで、義弟の部屋から離れた応接間では、微弱な電波しか入って来ませんでした。

それでも無いよりはマシで、低速ではあったのですが、何とか、誰でもQSL程度のアップロードは可能だったのでした。しかし、ネットが完全に断たれた事で、必然的に、iPhoneで利用するUQモバイルのパケットが枯渇してしまう未来が確定したのでした。取り敢えずは、初日の夜はiPhoneのメモ帳にブログを入力し続けて、23時過ぎに寝床のある2階に上がったのでした。2階の寝床でも、ポケモンGOに興じて、24時を回ってから就寝したのでした。

2026年7月18日は、朝の6時にタイマーを合わせたものの、夜中の3時に起きてしまい、その後も小刻みに睡眠を摂ったものの、結局は5時半に起床する事にしました。その後は、ゆっくりと準備して、いつも通りの、6時半過ぎに家内の実家を出発しました。途中のコンビニで、昼食用の菓子パンとオニギリを購入。その後、宝ヶ池通りから仰ぎ見た比叡山は、晴天ではありませんでしたが、割とスッキリして見えました。天気予報では4時から雨となってました。

北白川別当交差点から左折して山中越えに入り、比叡山ドライブウェイの料金所に到着したのは、まだ6時52分でしたが、ゲートの開放準備に入っていて信号は青になっていました。ラッキーとばかりにゲートに突入して、チケットを受け取って、一気に坂を駆け上がりました。山頂駐車場に到着すると、気温は24度と凌ぎやすいと感じたのも束の間、日差しもあったので、直ぐに気温は鰻上り状態になり、いつの間にか32度にもなっていました。

空調服をオンにすると、先ずは、必要機材をトランクルームから、助手席に運搬する事から開始しました。この日の運用体制としては、IC-7300MとV型ダイポールアンテナの組み合わせで、10mFMでコンディションの爆発を待ち、IC-705とSG7900アンテナの組み合わせで、430MHz-FMで3エリアの各局との交信を楽しむと言う、最近のパターンとも言える二足の草鞋作戦で行く事にしていました。その後、全ての準備が完了したのは8時前でした。

IC-705を起動して、430MHz-FMでSWR調整して、1.0まで追い込むと、続いてバンド内のワッチに入ると、433.020MHzで既知のJM3/3局が大阪府交野市の旗振山に移動して、SOTA運用をされていたので、8時29分にお声掛けする事から、この日の運用が開始されました。すると、JM3/3局と同じQTHである、大阪府交野市の旗振山で移動されていた既知のJF3/3局に続きました。JF3/3局とは、433.040MHzで8時44分から交信が開始されました。

次に周波数チェックを実施して、433.100MHzを確保して、メイン周波数でCQを発出。サブの周波数に戻ると、京都府京丹後市に向けて走行されていたJR3/3局からコールバックがありました。JR3/3局とは初めての交信でしたが、しきりに、高速に入ると直ぐに取れなくなると思うと、力説されたので、ショートQSOで終了しました。この日は、土曜日でもあったので、仕事で無線を使用する局が複数の周波数を独占していましたが、根本的に局が少ないと感じました。
Posted at 2026/07/27 08:43:19 | コメント(1) | トラックバック(0) | 日記

プロフィール

「プランが崩れて衝動買い その3 http://cvw.jp/b/3142171/49234979/
何シテル?   08/08 09:00
★老人ギタリストもどきです。どうぞ、宜しくお願いします!! どうせ老い先短い身の上ならば、素人でも楽しまなくちゃ!!とyoutubeデビューしました。...
みんカラ新規会員登録

ユーザー内検索

ブログカテゴリー

リンク・クリップ

HASEPRO ハンドルカバー 
カテゴリ:その他(カテゴリ未設定)
2026/04/14 19:53:18

愛車一覧

日産 エクストレイル 日産 エクストレイル
日産エクストレイル 20Xi 4WD 2列シートに乗っています。登録は2019年4月です ...

過去のブログ

2026年
01月02月03月04月05月06月
07月08月09月10月11月12月
2025年
01月02月03月04月05月06月
07月08月09月10月11月12月
2024年
01月02月03月04月05月06月
07月08月09月10月11月12月
2023年
01月02月03月04月05月06月
07月08月09月10月11月12月
2022年
01月02月03月04月05月06月
07月08月09月10月11月12月
2021年
01月02月03月04月05月06月
07月08月09月10月11月12月
2020年
01月02月03月04月05月06月
07月08月09月10月11月12月
2019年
01月02月03月04月05月06月
07月08月09月10月11月12月
ヘルプ利用規約サイトマップ
© LY Corporation