「Y子ちゃんも見たの?」
「!!!」
Y子は驚いたようにT君の方を見た。
「……(無言で頷く)」
確認しあったわけでもないのに、二人はお互いに同じものを見たと思った。
ふたりは歩く速度を緩め、前を行く4人とは少し距離を取った。
二人との間隔が広がったことにS君たち4人も気づいたが、振り返ると意味
ありげにニヤつきながら「お前らまではぐれるなよw」と言って笑い、前を
向いて4人ではしゃぎながら歩き出した。
どうやら4人は事態を深刻には考えていないようだ。
小声の会話なら4人に聞こえない程度まで少し距離があいてから二人は話し
始めた。
T君「あれ、何なんだろ?」
Y子「わからないけど怖い」
T君「パッと見だとハイキングしてる人達に見えたよね…」
Y子「でも雰囲気が何か違う…」
T君「そう、ハイキングにしてはリュックも大きいしそれ以外の荷物も
たくさん持ってた」
Y子「小さい子や赤ちゃんおぶったお母さんもいたよ…」
T君「それに何か古臭い服装じゃなかった?」
Y子「モンペとかね…」(筆者注・昭和前期までは一般的だったズボンのよう
なもの。)
T君「どこかの農協がキャンプでもするのかなぁ…」
Y子「…その人たちしか見てないの?」
T君「えっ?」
Y子「…」
T君「ほかにも誰かいたの?」
Y子「…兵隊さん…」
T君「えっ?」
Y子「先生(G組担任)の前を先導するみたいに急に兵隊さんが現れたのよ。」
Y子「モンペ履いた人たちも、何もなかったところにふっと湧いて出てきた
ように、気が付いたら前を歩いてたの…そういえば、みんな防災頭巾みたい
なのをかぶってたのに気づいてた?」
Y子はその時のことを思い出して怖くなったのか涙を流し始めた。
「大丈夫だって」T君は慰めながらY子の手を握った。
Y子もT君の手が痛くなるほど力いっぱい握ってきた。
そのまま少し歩くと少し落ち着いたのか、やっと顔に血色が戻ったY子の握る
力が弱くなった。
Y子「ごめん、痛かった?」
T君「いや、大丈夫…ってことにしとく」
Y子はT君の言葉に笑顔を見せた。
T君「だけどさ、そうすると俺らの見たのって…」
Y子「多分そうだよね…」
言葉には出さなかったが二人は理解しあった。
あの集団は戦争中の時代の人たちだと…
そしてその集団に先導されていったG組H組はどうなるのか不安になった。
でもこんな話、誰に言ったところで信じてはもらえないだろう。
現に4人に追いついてS君とU君に「G組の前を歩く人って誰かいたっけ」
と聞いても「誰もいなかった」としか返ってこなかった。
結局、無事であることを祈りつつそのままF組と行動をともにするしか
なかった。
そして最後の集合場所の広場にF組とともに着いた。
A組からF組までの6クラス全員プラスG組の4人が揃ったが、G組とH組
はなかなか来ない。
F組担任から事情を聴いたほかの先生たちもG組担任がそう言ってたなら
大丈夫だろうということになり、少し待つことになった。
だが、20分くらい待っても誰も姿を現さないので、とうとう先生たちが
手分けして捜索に行くことになった。
携帯電話のない時代なので、非常連絡用に用意していたトランシーバーを
各捜索隊にひとつずつ配布して手分けして山を探すことになった。
生徒たちもようやく事態を把握して少し騒ぎ出している。
広場には先生は数人しかいなかったが、その中にT君の属する陸上部顧問の
Z先生がいた。
Z先生はいわゆる「保健室の先生」で大学新卒の若い美人女性教諭で人気が
高く、仮病で保健室に行く男子生徒も多かった。
そんなZ先生がT君の姿を見つけると寄ってきた。
いつもならZ先生が近づいてくるだけでドキドキするのだが、この時はそれ
どころではなかった。
Z先生「T君ってG組じゃなかった?」
T君「そうです」
Z先生「良かった、無事で。どこかケガしたりしてない?気持ち悪かったり
しない?」
T君「大丈夫です」
Z先生「何があったの?」
T君はZ先生なら信じてくれるかもしれないと思い、そばにいたY子を呼び
3人は人気のない所に移動し、そこで2人が見たすべてを話した。
Z先生「…そう。大学で勉強したことがあるんだけど、それはもしかすると
集団で催眠術にかかったような状態になったのかもしれないわね…
何が原因でそうなったのかは、あなたたちの話が本当だとすると心霊的な原因
なのかもしれない。ちょっと信じられないけど、ふたりが嘘を言っているとは
思えないし…」
そこへ広場に残っていた校長と教頭が近づいてきた。
Z先生は「事情を聴きに来たんだと思うけど、幽霊のことは話しちゃダメよ。
絶対に信じてくれないから。」と言い、やって来た二人の先生にはZ先生から
事情説明をしてくれた。
やはり美人力というのだろうか、ふたりの先生はZ先生の説明を聞くと簡単に
納得して戻っていった。
その後6人は何も事情聴取的なものはされなかった。
後日聞いた話では、Z先生が職員会議で「あの6人はそれぞれ自分にも責任が
あるのではないかと内心で自分を責めているはずです。そんな状態の子供たち
を呼び出して事情聴取的なことをしたら、子供たちの心に一生残る傷を与えか
ねません。すでにF組やG組の担任の先生から事情説明があったのですから、
これ以上子供たちから何か聞く必要もないのではないでしょうか」というよう
な発言をして、自分が盾になって6人をかばったらしい。
新米教師とはいえ、あまりの迫力に誰も反論できなかったとか(^^;
話を現場に戻そう。
そのまま1時間ほどたち、すでに帰りのバスの発車予定時刻はとうに過ぎて
いたが、ほとんどの先生が捜索のため山の道という道に出払っていたため
バスは待機したままで、遊び疲れた生徒たちも広場にクラスごとに集まって
体育すわりで休憩していた。
突然広場の一角がザワついた。
(続く…話の展開が遅くてすみません(^^; )
(前回あらすじ…T君たち仲良し3人組は中学の山歩きハイキングでクラス
から離れて歩いていた。途中の分岐点で予定ルートに従って曲がったT君たち
は後ろから来るクラスメートがちゃんとついてくるか確認しようと振り返り、
信じられない光景を目撃した。)
G組は直進している!
すでにG組の列の半ばくらいまでは分岐点を通過してしまっていた。
T君はもちろん、T君に知らされて事態を知った4人も慌てた。
とりあえずF組の2人はF組の先頭にいるF組担任に事態を知らせ、G組の
3人はG組先頭にいるG組担任に道を間違えていることを知らせに行くこと
になった。
T君たち3人は必死に走ってG組の列の追いつくと級友に「道間違えてるぞ」
と教えたのだが、なぜか誰も相手にしてくれなかった。
が、そんなことを気にする余裕もなくとにかく先生に伝えねば…と、3人は
列の先頭まで走って行った。
ようやく列の先頭に出て担任の先生に「道間違えてます!」「戻りましょう」
「このままだと迷うかもしれません」と口々に言うのだが、なぜか担任は立ち
止まるどころか歩みを緩めることさえしなかった。
そして、淡々とした口調で「こっちでいいんだ。こっちからでも行けるから」
と生徒と同じくやはり忠告にまったく耳を貸そうとしない…
途方にくれた3人はどうしようか迷い始めた。
自分たちもG組だし、担任があれほど断言するなら、こっちの道もどこかで
予定ルートと合流するのかもしれないと思い始めたからだ。
しかたなく列の先頭で歩き始めた時、右側の女子の列(男子は左側だった)
の先頭にいた女子の学級委員Y子の様子がおかしいことにT君が気付いた。
色白美人で男女問わず人気のあったY子だが、この時のY子の表情をT君は
今でも鮮明に覚えているという。
Y子の顔は恐怖に引き攣り、青ざめていて唇も色を失っていたのだ。
T君はとっさにY子に寄り添い、耳元で「どうした?」と囁くと「怖いよ…」
と言うので、S君とU君に「戻ろう」と声をかけて、今度はY子を連れて4人
で走り出した。
4人がG組H組の列から離れ分岐点を曲がるとF組の方からV君とW君が
走ってきた。
もうH組の最後列も直進路に進んでおり、分岐点には誰の姿も見えない。
合流して6人になると、荒い息も構わずV君が「どうだった?」と聞いてきた
ので、T君はG組担任の言葉を伝えた。
V君もW君も信じられない様子だったが、どうすべきか判断できないようだっ
た。
T君以外の男子4人はここで初めてY子の様子がおかしいことに気付いたが、
グズグズしているわけにもいかないので、F組の担任に報告することにした。
F組の生徒は担任の指示でE組との間隔を詰めるように急ぎ足で前進してい
て、F組の担任だけは待っていてくれた。
G組担任の言葉を伝えるとF組担任は困惑していたが、G組の担任は年長の
ベテランで、このハイキングコースも何度も来ているので、G組の担任がそう
言うのなら本当だろうということになった。
ひょっとすると直進した方が近道なのかもしれないとまで言った。
G組、H組はすでにもう分岐点を通過して見えなくなっていたので、今から
また走って追いつくのは大変だろうということで、T君らG組の4人はF組
最後尾に付いていくことになった。
T君はY子と最後尾を歩くことになった。
ふたりは学級委員同士ということもあり、付き合っていると噂されるほど
仲が良かった。
実際この事件がきっかけでその後に二人は付き合うことになるのだが…
それは別の話。
現場に話を戻そう。
前を歩く4人が興奮気味に今のことをしゃべっている間も、最後尾を歩く二人
はしばらく押し黙ったままだった。
意を決したT君は、さっきからずっと気になっていたことを聞いてみた。
「Y子ちゃんも見たの?」
(続く)
みん友さんのリクエストがあったので怖い話を…(^^;
もう40年も前の話。
中学生のS君とT君、U君の3人はいつも一緒にいる仲の良いクラスメート。
その日は関東の某山を縦走というか中腹くらいまで緩やかに上り、そこから
下って山の反対側に出るというハイキングが2年生全員参加で行われていた。
3人の通う公立中学は生徒数が当時でも多い方で、2年はA組からH組まで
各40人×8クラスで約320人いた。
ハイキングはA組が先頭で2列縦隊になり、詰まらないようクラス間は少し
間を空けて歩くことになっていた。
3人はG組だったので後ろから2つ目のグループだ。
T君が学級委員で先頭を歩いていたため、S君、U君は昼食休憩後は本来の
位置を離れT君と先頭を歩いていた。
そのうち、前を行くF組から2人がG組を待つように立ち止まっていた。
2人はV君とW君で、2年になる時のクラス替えで別のクラスになるまでは
3人と同じクラスでいつも一緒に行動していたので、クラス替え後もお互い
のクラスを行き来しては一緒に遊んでいる仲だ。
G組の先頭にはG組の担任もいたが、5人の仲の良さを知っていたので、
5人がF組とG組の中間付近で歩くことを黙認していた。
しばらく歩いてから5人のうちの一人がある異変に気付く。
F組とG組の間隔が結構広がってしまっていたのだ。
それでも見失うような距離ではないので、あまり5人は気にせず、G組を待つ
のではなく、F組の後方を付いていくことにした。
そのうち道が二つに分かれている分岐点に差し掛かった。
道の太さは両方とも同じくらいでそれぞれの道の行き先を示す矢印標識が
なければどちらに進むか分からない。
ほぼ直角に右に曲がるのが今回のハイキングのルートで、まっすぐ進むのは
予定外の道だ。
もちろん生徒たちにはそんなことは分からないから、A組の後にB組が続き
…というように順次予定のルートを進んだ。
当然各クラスの担任はルートを把握しているから前のクラスを見失っても
問題ないはずだった…
当然F組の行列は右に曲がった。5人もその後に続く。
曲がるとしばらくは長い直進。
曲がる前にT君は後続のG組の姿を目視確認しているので、G組もこちらを
見失うことはないはずだと思った。
仮に向こうが見ていなかったとしても、分岐点でこちらの道を見れば姿が
見えるはずだし大丈夫と思った。
しばらく歩き、そろそろG組もこちらに曲がっている頃だと思って後ろを
振り返るとT君は信じられない光景を目撃することになった。
G組は直進している!
(続く)
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