
ウイークデイに抜けるような秋空を見上げていると、青を背景にした富士山の真っ白な山頂が頭に浮かび、居ても立ってもいられなくなる。澄んだ空はゴチャゴチャ林立するビルではなく、冠雪の頂とともに味わいたい。
しかし、ここのところの週末は、降らずとも予報はいつも今一つ。なかなか思い切って出掛けようと思えずにいた。
金曜の予報で“これはイケる”と踏んだこの週末、取敢えずクルマのトランクにTOEIをスタンバイ。4時のアラームで目を覚せば外は思い通りの星空。
ヨシヨシとテンションは一気に上がり、東名~新東名で一気に西へ向かった。
今回走ったのは山梨県南端、富士川と佐野川に挟まれた思親山(ししんざん)をぐるり周回する林道群。
ピークは標高845mの佐野峠。一回り40km弱、標高差は720m少々、アプローチ中途から峠に掛け530m余りの標高を3.5kmで一気に直登することを除けば、登ってあとはゆったり下って来るという、峠越えとしては無理なく走れそうなプランだ。
「新清水IC」から国道52号を北上した先、JR身延線「井出駅」裏に公共駐車場(無料)があり、今回はここにクルマをとめさせてもらった。
富士川の東岸を身延線と並行する県道10号で、まずは4km程北の「内船(うつぶな)駅」を目指す。
それにしても、期待していた以上の好天だ。
峠へのアプローチは内船駅裏手から始まる。駅手前の踏み切りを渡り、いよいよ突入開始だ。
正面に思親山を見据え中村の集落を抜けて行く。路面は夕べの雨でまだうっすらとお湿りの状態。
この辺りもなかなかの急勾配で、車が来ないのをよいことに“人工九十九折れ”で突破する。
集落が途切れ栄中部林道へ進入。道は殆んど眺望のきかない森の中を縫って進む。
明るい三叉路に出てほっと一息。
右には数軒の集落。心情的にはこちらへ進みたいところではあるが・・・
正解はこちら。
木々の密度が濃くなりさらに圧迫感が増す。
しかし針葉樹林にはドングリなどのエサもなく、だから、うん、きっと大丈夫!
と思っていたら、今や見慣れた黄色い看板!
いや、ここはまず上の行き先表示だ。
「佐野峠」の文字はないものの方向的には思親山方面だろう。この三叉路は左へ行けばよさそうだ。
で、下にはお馴染みの“黄色いの”。やはり“出る”とのこと。早速、前回御岳山林道から導入の熊鈴をフロントバッグD環にセット、チリンチリンと響かせながら進んで行く。
三叉路の先は一旦下るが登り返しはなかなか手強い勾配だ。しばらく頑張ったもののとうとう足を付いてしまい、あとは乗っては歩きの繰り返しだ。
道幅が二車線程度に広がり、蛇行でペダリングして行くと、少し先でどう見ても枝道と思われる方向へ一部手書きの「佐野(峠)」の文字。
さぁ入ってよいものか、地図を見つつ思案していると、すぐ近くに車を停め、何か藪の中で作業をされていた方が声を掛けてきた。
内船から登って来たというと驚かれ、慌てて「半分以上歩きです」と付け加える。
二言三言言葉を交わしたあと、佐野峠ならそこを入ればよいと親切に教えてくださり、お礼を言って枝道に進入。あとで地図を確認すると、ここからが上佐野林道だった。
この辺りまで来ると時折木々が途切れ、空が顔を覗かせる。人と話をしたこととで心も足もやや軽くなった感じだ。
と言ってもこの急勾配。乗って歩いてに変わりはないのだが。
それでも振り返ると、随分登って来たようだ。
やがて前方が明るく開け・・・もしや峠?
さらに進むと、富士山が白い頂をひょっこり覗かせる。やはり峠のようだ。
途中追い抜いていった、先程の男性の車も停まっている。
殆んど眺望のないアプローチを閉塞感に耐えつつひいこら登ってきた後、ストーン!と飛び出る感じに登り着いた佐野峠。このギャップが感動をさらに盛り上げる。
少々雲をまとってはいるものの、秋空を背景にした期待通りの白い山頂を目にすることができニンマリ。
車の男性はなにやら準備をしており、尋ねると自然薯を採りに山へ入るそうだ。
「やっぱり熊は出ますか?」と訊くと、「運がよければ会えるよ」とのこと。
いやいや、そんな運は御免だ~。
再び一人になり、しーんとした音の中、峠の東屋で富士山を独り占めしながらのランチとする。
ここはなかなかの穴場だな~などと思うのも束の間、いきなり静寂を破り、ラジオの音とともに三台の車が上がってきた。うち一台は東屋のすぐ脇にガガッと横付け。
何だこいつらは? と思う間もなく、三匹の得体の知れない生き物がガヤガヤと現れ、ラジオの音をさせたまま、タバコを吹かしつつ三脚をセットし出した。
澄んだ空気や静かさを楽しんだりのできないこういう生き物が、世界遺産登録でウジャウジャ湧いていることだろうと二十曲り峠などは脚を向ける気になれなかったが、まさかこんなところにまで侵食してくるとは・・・。
何もかも台無し。うんざりとした気持ちになり、片付けを済ませ、そそくさと退散することにする。
さて、ここからの行程。
峠から起点の井出駅までは約26km。途中10km程の平坦区間を挟みほぼ下り基調だ。佐野集落までの佐野峠林道には未舗装区間もあるようで楽しみである。
しばらくは走りやすい整った舗装路面。
木々が切れると右手には富士山。横目で味わいつつの申し分のないダウンヒルだ。
ふんふんと気持ちよく下って行き、何気なくこの水場で脚を停めたとき、もしかしたら"運がよかった"のか、動物園の檻の前で嗅ぐような強烈なケモノ臭を感じた。
ウン●でもあるのか、はたまた風の具合かとも思ったが、臭いは弱まることもなく篭ったまま。
何となくヤバいような気がして、そ~っと自転車にまたがり、しばらくは振り返らず、一散に駆け下りてきた。
ここまで来ればと一休み。はるか下にこれから下って行く佐野の集落が見えている。
路面がよく殆んど熊鈴が鳴っていなかったことに気付き、ここからは指で鳴らしながら下っていくことにした。あ~、怖かった。
いよいよ未舗装区間の開始。と言っても土がちの路面は至って走りやすい。泣きの入った御岳山に較べれば、この程度、アスファルト路面みたいなものだ。熊鈴も勝手に音を鳴らす。
アプローチ側と打って変わって、こちら側は錦に色付く広葉樹林。足元の落ち葉も雰囲気を盛り上げてくれる。
ダート路面と秋の雰囲気を充分楽しみ、佐野の集落に下り着いた。
先へ行くと、ムムッ、気になる案内板!
蝮ってあのマムシ? これは行くしかないなぁ、と探検隊本能が目を覚まし、もちろん寄り道。
ここが蝮養殖場だ。
特定動物飼養の許可取得済み。
この中にウニョウニョいるのだろうか。
蝮の養殖場というのは始めて見たが、ドリンク剤などしっかりニーズはある訳だ。
こちらがどういった先へどの程度の規模で出荷しているのか不明だが、自家製の蝮酒や粉末剤・錠剤など販売しているようだ。
望めば見学OKだったが、向かいの事務所兼商店を覗くとちょうど昼休み中。30分程待つのが億劫で帰って来てしまったのは、探検隊失格だったかなぁ。
今にして思えば、やはり見ておけばよかった。うん。
道はお茶畑の間を縫い、
やがて佐野川西岸を並行。
日本軽金属が自社設備の電力供給用に建造した柿元ダムによる人造湖「天子湖」へと続いて行く。
しばらく平坦路が続く一方で川面の位置が下がっていき、湖が見えてきた頃には随分高度差が広がっていた。斜面の木々に阻まれ湖面も隠れがち、一望することはできない。湖面を横に進むとばかり思っていて、これは少々期待外れだった。
それにしても先頃の豪雨の爪痕か、尋常ではない流木の数が何となく胸をザワつかせる。
柿元ダム。随分下の方だ。
ダム入り口。歩いては行かれそうだが、蝮ほどには興味なし。戻ってくるのも大変そうだし、もういいやぁ。
行程最後に目にした富士山。今回は一日美しい姿を見せ続けてくれた。
道はこの先思親山の西を抜け再び富士川方面へ向かって行く。
あの橋の辺りへ下り、本日はおしまい。
富士山と秋と走りやすいダートを満喫でき、峠の三匹以外は満点の一日だった。
