
先日のニュースでHTV5が快挙と報じられましたが、
オールジャパンのチカラを発揮した宇宙開発の貢献を紹介され、すげえなと思った人も多かったハズ。
しかし、ここに至るまでには遠く果てしない厳しい道のりがあったのだ。
これを知る人は少ないであろうことから、ちょっと紹介してみる。
元々、日本の宇宙開発において、アメリカとの縁は切っても切れない関係。
国際宇宙ステーション建設においても、重要な役割。(資金面でも)
H2ロケット開発時から、宇宙ステーションへの補給船のアイデアはあった。
しかも、それを発展させ、日本独自の小型ステーション建設案まで妄想は膨らんだ。
HTV計画にあたり、日本はNASAに対して、「補給船ってのを日本で作って貢献したいんだが?」と提案してみた。
それにNASAはこう答えた。「はぁ? 何言っちゃってるの?」
「ろくに人工衛星も飛ばせない、おまいらが何できんのよ?」
「いやー、無人でね。 宇宙ステーションに近づいて、ドッキングするんよー」
「はぁ?? 宇宙ステーションにぶつけたら、どーすんだ!」
「日本の補給船がステーションにこなけりゃ、安全なんだよ!!」と、けんもほろろ。。。
(そりゃ、アメリカ人の感覚で16.5トンの衛星をぶつけりゃ ステーション壊れるってば)
この時の日本の技術者の気持ちが良くわかる。
(自分もアメリカのビッグネームにコテンパンにやられたことがあるからw
くそー、アメリカ人、ぜんぜん話を聞かねー。とか思うワケで。。)
しかーし。 技術が無いわけじゃない。 頑張っているんだ。
JAXA(旧NASDA)は細々ながら、実験をくりかえしていたんだなー。
「きく7号」衛星がそれだ。
「きく」シリーズはNASDAの歴代の実験衛星。主に静止衛星や通信衛星といった実用実験を担当していたんだよね。
それが7号まできてドッキング実験衛星とは。。飛躍にもほどがあるなぁ。
内容的には、2つの衛星をドッキングさせたまま打ち上げ、宇宙で分離、再ドッキングを繰り返して、
将来必要なドッキング技術を得ようとした訳だ。
で、ニックネームがついた。 「おりひめ」 と 「ひこぼし」 洒落た名前である。
しかも初のドッキング実験が7月7日という冗談にしか思えない設定w
目標との距離を測り、自位置を調整しながら無重力空間を移動して接近する。
1つでも条件が合わなければ、即退避して距離をとる。 そんなシーケンス。
実にデリケートな日本らしいアプローチ。
なかなかうまく行かず、ソフトもどんどん改良を重ね、成功した。
例の萌衛星図鑑ではこんな感じ。 いちゃいちゃするのが仕事の衛星たち。
これが、1997年から98年の出来事。
この実験結果が現在のHTV(こうのとり)シリーズのドッキング技術の基礎となったワケ。
他にも、HTVに向け制御技術は磨きをかけられ、厳しいNASAの言いがかりにも近い指摘に耐え。
(実に審査のたびに1000枚を超える指摘! 大体3回は審査があるよね。。)
三菱の技術者の苦労がわかる。。。泣ける。
主にISS(国際宇宙ステーション)との安全に関することだろうが、こんだけの指摘だと心が折れかねんね。
一つ一つ検討し、実証するのは大変だったであろう。
スペースシャトルも事故により引退。 大型貨物はHTVにしか出来ない仕事になっていた。
いやでも高まる期待。(NASAも調子いいよねー)
見事HTV1号機は2009年に成功した。 この時にISSでHTVをキャッチしたストット飛行士(女性だ)
は、まるでISSに対してHTVが止まって見えたと言ったとか。
それだけ高精度なcm単位の”車庫入れ”が決まっていたんだろう。
(ロシアのプログレスなんかは、結構豪快にISSとドッキングする。)
繊細で日本っぽい技術は健在だわね。
お礼にストット飛行士は筑波の管制室に宇宙から寿司の出前を頼んだらしいw
じゃあ、衛星のキャプチャはどうなん?って事だが、
HTVのキャプチャ方式って良いんじゃね?と思ったアメリカ人。
さっそく真似をして、ちゃっかりドラゴン宇宙船に採用。
で、これをキャッチしたのが、星出宇宙飛行士。
実はHTVより先に日本人が補給船をキャッチしとる。
そんなこんなで、いよいよオールジャパンで補給作業を完遂できるまで条件が整って、
今回のHTV5号機の快挙となったワケだ。
実に長い時間をかけて日本の宇宙進出がきた。(今回の文章も長いが)
そんなお話。 (途中で、あきたろ?)