あまりの美しさに心が惚け、また時間を潰してしまった。
取り急ぎではあるが、飯山の寺町をのんびり走る。
以前お邪魔した茶屋で一休み、主と談笑する。
ここを最後に訪れたのは、確か父を失い、この世に血縁者が一人もいなくなった頃だった。
冷たい抹茶をいただくなか、主は私のことを覚えていてくれた。
当時の私は頼る便もなく、未来のことを考えるよりも、唯々両親の菩提を弔いたく、この寺町を訪れたのだ。
あれから何年経ったのか…主の“元気になってよかった”という言葉に見送られつつ、
再び秋の銀色に染められた道をゆく。
斑尾の山塊を東から北へ、谷底を縫うように荒れたアスファルトを駆ける。
私がR-1やファイアーブレードなどの超速スーパースポーツに乗らず、彼等のパワーの半分しかないこのスーパーモタードバイクに乗る理由は、このような道を走りたいからだ。
高低差は激しく、路面は継ぎ接ぎだらけ、(先頃の地震の影響だろうか)時には大きく凹み、時には盛り上がり、ブラインドコーナーの向こうには砂利が、或いは大きな水たまりさえ待ち構えている。
そんな環境でも、モタードバイクはストロークが長いサスペンションと、コントロールしやすい車体で、これらを悠々と乗り切らせてくれる。
まさに水を得た魚である。
ラリー仕様だろうか?途中、古のサニークーペと楽しくランデブー、国道に出たところでホーンを鳴らし、分かれる。
そして早めの昼食は…やっぱり…

そのうち胃を壊すこと請け合いである。
新潟県に入る。
新井市の郊外、未だ山間を縫う旧街道を走れば、突然現れるのが妙高山…の筈。
今年は見れなかった…orz。
午後には志賀高原に出て、(当日こちらに向かっている)関東のロータスエリーゼグループに挨拶もしなければならないが、まだ時間に余裕はある。
来た道とは異なる道程で、野沢温泉方面を目指す。
南東に向けて国道を走り、進路は千曲川方面へ。
右手に北信五岳、左手に米どころ新潟の田園風景を捉え、未舗装のダートに土煙を上げる。
ブロックパターンのタイヤではないが、路面はフラット、そこそこ食いつく。
時にアクセルをワイドオープンし、テールスライドを楽しむ。
ここは5月に来れば、路傍には蕗の薹の黄色い花が咲き誇り、しかし水田は厚い氷に覆われて、さながら巨大な池を切り裂いて走っているかのような錯覚に陥るところだ。
しかし今は秋、何処までも続くススキの穂は風にたなびき、景色は何処までも鮮やかで、明るい。

途中飛び出してきたイタチを驚かせてしまった。
スミマセン…。
千曲川の鉄橋を渡り、野沢温泉へ。
陽は最早中天に差し掛かろうとしている。
温泉街巡りでもしたいところだが、それはまたいつか。
先を急ぎ、奥志賀スーパー林道へ。
野沢温泉のスキー場のなか、つづら折れのヘアピンが続く。
杉林の中、一気に高度を稼ぎ、遠く長野盆地を見下ろす。

車線巾ギリギリ1.5台程度、数え切れないコーナーを巡る。
途中、タンデムのFZ-1 FAZERを追い越す。
彼女か奥様か、ちょっと羨ましい。
ウチの嫁さん後ろにのっけたら、多分今頃は酔っぱらってヘルメットの中はゲロまみれになっていることだろう。
そうしたら、帰るなりいきなり秋冬新作のブランド物コートなど買わされるかもしれない。
と、少し寂しい思いをしながら短い直線を走っていると、右手の斜面にガレた小径を発見。
思うより先に、バイクを止めてしまった私。
こういうのを見ると、オフロードバイク乗りはたまらない。
無謀にも、リッターバイクでついついゲロ道アタック開始。
ムリだよ、タイヤもタイヤだし、荷物は積んでるし、なにより軽いとはいえ、990SMRの車重は半乾燥で189キロ、パワーは116馬力…もう少し冷静になれ、私。

でも、心とは裏腹に、ついつい右手はフロントブレーキにかかり、車体を思いっきり傾けて、同時にアクセルワイドオープン…あーあ、突入しちゃいました。
で、何とかかんとか、大波に呑まれる笹舟のように暴れる車体をもてあましつつ、登りました、登りましたよ、汗だくになって。
凄まじい動悸と息切れ、真面目にゲロ吐くかと思った。
でも、その先で振り返って見たものは…!!!!!!!!!!
絶景でした。
さて、リッターモタードバイクでゲロアタックなどという、アホなことを試み、数え切れないほどのコーナーを駆け抜け、ガソリンは空っぽ寸前、運転手はブラックアウト寸前のていたらくでやっと辿りついた志賀高原。

途中、白樺林に覘く雑魚川の清流に心奪われ、野猿の群れ、お母さんの背中にしがみつく赤ちゃんの姿に癒され、陽溜まりを求めてアクセルを開ける私の心は、もう十分すぎるほど混じり気もなく、瑞々しさに満たされていました。
しかれども、当然会うべき筈のロータスグループには会えず、仕方なく、暮れゆく秋空の下、本日の宿に辿りついたりのです。
【3日目】

実質最終日。
蒼天のもと、志賀高原を後に蓼科を目指す私とKTM 990 SuperMOTO R。
真っ盛りの北信、果樹園のリンゴはいよいよ赤く、高く、拡がり続ける空の色と見事なコントラストを描きます。
高速に乗り、長野道から上信越道へ、湯ノ丸のインターを降り、県道を南下して立科山の北側を目指します。
振り向けば浅間の山嶺には絹雲がたなびき、黄金色に拡がる大地は、やはりここでも実りの彩りに満ちています。
アキアカネの朱がこれに華を添え、世界は青、黄、そして赤の絢爛豪華な色彩に覆われています。
何という華やかさ、何という豊かさ、そして溢れんばかりの息吹。
お金なんか出さなくても、
ほら、世界はこんなにも美しい。
目的地の女神湖までは、あと数十キロ。
白樺林の中、道幅十分な2車線の高速コーナーが続きます。
さながら大空をゆくジエット旅客機のように、大らかな弧を描いて私のSuperMOTO Rは滑走するかのよう。
重力をコントロールしつつ、気持ちよく、本当に気持ちよく、目の前の景色はあっという間にバックミラーの彼方に遠ざかって行きます。
世界は明るく…明るく…ん?…あ…!
目についたのは、またもやガレた脇道。
農道?林道?好奇心がまた、悪さをします。
で…懲りないわたし、当然のようにそこへ吸い込まれていきました。
轍の激しいカラマツ林のグラベルロード、そこで突然視界が広がりました。
ヒャッホーいっ!て感じで、乗り入れてはみましたが…
どうにもこれ、牧草地。
咎める良心に急かされ、『昭文社 2009年度版 ツーリングマップル』を拡げてみると…
げっ
こりゃマズい。
ここ、立科牧場のなかじゃん!
タイヤで牧草荒らしてないか確かめ、何も損傷ないことを確認し、急ぎ退散。
あー、ロードタイヤでよかった。
次からは気をつけます。
改めて本道に戻り、今度はきちんとした道のりで立科牧場の外延部を巡ります。
ここでも空はどこまでも高く、突き抜けたよう。
大気の天井がなくなって、宇宙の色とでもいうのかな?
牧草の明るい緑と、放牧された牛たちの白、そして黒のコントラストが、のんびり、というより清々しい気分を励起させます。
どう?写真じゃ伝わらないかなあ。
間違えた、こっちだ。
心が満たされたら、次は遅めの昼食。
献立はやっぱり・・・

私、同じもの何度食べても飽きないんです。
さて、腹ごしらえも終わり、雲行きも怪しくなってきました。
路面からはあの、鉄錆のような臭い…雨の予感です。
宿も近いし、早めにチェックインして、疲れを取りたいところです。
それに、1日目2日目と違い、本日の宿はとっておき!
そう、邪道とも言える
リゾートホテルです。
事前に確認した情報では、一泊2食つき、しかも夕食は部屋出し、
お値段15200円(税・サ込み)!!!!!!
しかして、泊まるのはむさ苦しい中年男一人、しかもバイク乗り、汚らしいバイクウェアに泥だらけのブーツ、すり切れたレザーパンツ…さて、どうなる事やら…。
これほどバイク一人旅が似合わない光景もないな。

(↑Stigさんではありません)
で、やっぱりございましたよ、落とし穴が。
こんなにでっかいリゾートホテルだもの、チェックインしたときのフロントのびびりよう、周囲の目、何かあるかとは思いましたが、まさか
食事部屋出しがこんなだとは・・・
ぱ、ぱ、パ…パック入りお味噌汁!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
これ、たまにウチの朝ご飯で出るやつじゃん・・・orz
小学校の給食を思い出しました。
他は豪華なんですが、なんか・・・。
一泊15200円(税・サ込み)…涙目。
【4日目】

昨夜の鬱憤を晴らすように、ビーナスラインを南下します。
蓼科の高原地帯、針葉樹林の中を脇目もふらずに駆け抜けます。
低めにギアを落とし、後輪から抜重。
ブレーキと同時に、思いっきり身体を前に、そう、フロントのピボットにしっかり荷重をかけます。
と、スルスルと滑り出すリヤタイヤ。
足の親指の付け根に力を込め、イン側のステップを踏みしめます。
バイクは一気に向きを変え、コーナーを脱出。
こんなことしていいのかしら?
ちょっとやり過ぎかもしれないけど、チェックアウト時に出した15200円(税・サ込み)を思い出すと悔しくて仕方ない。
まさか旅の最後を飾る夕ご飯が、
パック入りお味噌汁とは…。
そんなこんなで中信の山々を駆け下り、八ヶ岳を遠望する畦道に出た私。
ここはこの夏、エキシージで来たところ。

あのとき見た、高い高い入道雲も、やかましいまでの蝉の大合唱も、今はその名残さえ垣間見ることは叶いません。
でも、今回は見渡す限りの黄金の稲穂が、そしてアキアカネの群れが、私を出迎えてくれました。
そして同時に、不安になる影。
TPP…環太平洋戦略的経済協定。移民政策、そして日本を取り巻く難問の数々・・・。
私はこの風景を、あと何年、あと何度、見ることができるのでしょうか?
今回の旅では幸いに、旅情に泥を塗るような、アノ国の人たちとの遭遇はありませんでした。
でも、それが明日も、来月も、来年も続くとは思えません。
この地を耕し、この地で生活をし、この地で眠りにつく、信濃の国のひとたち。
どうか、この人たちに神様のご加護がありますように。
【日本武尊 御辞世の句】
やまとは 国のまほろば
たたなづく青垣 山こもれる
やまとし うるはし
【本居宣長先生 自讃の句】
敷島の やまとごころを 人問はば 旭に匂ふ 山桜花
…みんな、仲良くしようね。
<おしまい>