その日は、朝から冷え込みの厳しい日だった。昨日の酒が残った重い頭をベットから引きはがして、なんとか立ち上がりふらふらとバスルームに向かう。
歩きながら自分の体から立ち上るニンニクの匂いにはきそうになった。
なんとかバスルームについて熱いシャワーを頭から浴びながら、夕べの話を思い返していた・・・。
奴から電話がかかってきたのは、仕事が終わりかけていた19時過ぎだった。
「よー、元気?」
あいかわらず能天気な声に、すぐに腐れ縁のクルマ仲間のNだとわかった。
「なんだよ、クルマならいらねーよ。分かれた女房にはらう養育費だけで首がまわらないんだから」
「おいおい、俺がお前にクルマ売りつけたことあるか?いつだって、お前が欲しいってクルマを探してやってるだけだろ。ポルシェに負けたといえばポルシェを探し、AudiTTにやられたって聞けばAudiのRS4を探し。」
「わかった、わかったよ。で、なんだよ?。なんか上手い話でもあるのか?」
「へへ、わかってるじゃないの!。今日、これから一杯やらねーか。」
「男二人でか?やだね。クリスマスイブイブだってのに、なんでお前みたいな怪しい系のオヤジと酒飲まないといけないんだよ」
「んなこと言ったって、他に予定なんかないんだろ?この前つれてた、あの螺子がちーと抜けてる巨乳ちゃんも予想外に人気でていそがしいって話じゃないか」
「そんな下らない話誰から聞いた?ま、売れるときに売れるのがいいんだよ。あの手は賞味期限が2年ないからさ。本当にオヤジ二人で飲むのか?」
「ま、ちーっとショクナイな話だしさ、奢るから付き合ってよ。」
こういうときの奴の話は、多少やばいけど上手い話も多いから、退屈なクリスマスイブイブを自宅で一人寂しく過ごすよりましとおもって出かけることにした。
北品川の奥まったところにある、焼肉屋にいくと奴は待っていた。
「お、おつかれー。汐留からタクシーのったら割りとすぐでしょ?」
「おお、でも場所がわかりにくくてタクシーの運転手にふてくされた顔されたよ」
「最近のタクシー運転手はプロがいないねー。ま、とりあえず一杯」
出てくるホルモンも焼肉もめちゃめちゃ美味い。
ビール、ワイン、と飲んで、焼酎にランディングしたあたりで、奴は切り出した。
「で、今日のメインの話はさ・・・・」
アルコールで頭を麻痺させ、気分も良くさせておいて聞かされる話が、まともな話のわけがない、と思いつつ、奴の提案はこの時期になるとクルマ屋が使う例のイリーガルな話だった。
「おいおい、それでお前がドロンしたら、俺は莫大なローンを抱えるだけじゃねーか、信じられるかよ。」
「大丈夫、絶対ドロンしないから。するときは別の奴に頼むよ、もう二度とあわなくてもいい奴」
「俺がそうじゃないって保証ないだろ」
「鈍いね、ほんと。それが魅力なんだけど(笑)」
奴の目がなんだか男のまなざしでなくて、見つめてることに気づいた。
「げ、やめろ、俺はそっちはまるっきりお断りだよ!」
「わかってるって、中村中の歌同様、手をつなげないことだって良くわかってるよ」
こいつゲイだったのか。
なんだか妙になつくと思ったらそういうことだったとは;;;
「だから、信じて。なんだったら実印と印鑑証明も預けるからさ」
結局、俺は奴の言葉に巻かれて、焼肉屋でクルマの購入契約書とローンの申込書、今乗ってるRS4の売買契約書を書いてしまった。ローンは5年。金利は低金利の2.9%。たしかに銀行から短期融資の借り入れをするよりずっと安い。
そんな、夕べのことを思い出しつつシャワーを浴びたあと奴に電話をかけた。
これで出なかったらアウトだ。本当にだまされたことになる。
6コール後奴が出た。
「もしもし、ごめん連絡遅れたから心配させたかな、だいじょうぶだって(笑)。無事ローン承認されたから今日これから陸運いって名変して、昼過ぎにはクルマもってけるよ」
奴が本当にくるまで、俺は居てもたってもいられなかった。
ずっと憧れていたあのクルマがうちに来る。しかも今乗ってるRS4と交換だ。3ヶ月の約束だけだけど、3ヶ月でも自由に乗れるなんて夢のようだった。
昼過ぎに奴は爆音とともにやってきた。
バルコニーに飛び出して下を見ると、そこにはスーパーカーのオーラーが立ち上っていた。靴をはいて上着を羽織って、玄関を飛び出しエレベーターをまたずに階段を駆け下りた。
爆音に何事かとマンションの管理人が出てきていた。
「なんです?この爆音。まさか、あのクルマお友達ですか?」
「いや、俺のクルマだよ」
バカ丸出しだって自分でわかってるけれど、ついつい自慢げに話してしまう。
それぐらいあのクルマは特別だった。
「え、あれはカウンタックですよね?あれを買われたんですか!!」
「そそ、しかもあれはLP500だよ、ただのカウンタックじゃないんですよ」
マンションの前には、いつしか人垣ができていた。それは子供のころからの憧れのクルマだった。助手席のガルウイングがあいて、奴が顔出した。
「はい、オーナー、お届けしましたよ!。どうぞ!」
早速クルマに乗り込む。くそみたいに重いクラッチをけりこむように切って、トラクターみたいにストロークの長いシフトをローに入れる。
「トルクあるから、そのままつないでも走るよ」
「本当に大丈夫なんだろうな?」
「なにも問題ないよ。うちには現金入ったから、そこから、あなたのRS4の下取り代金はらうしね。」
「で、半年でいいんだな。」
「約束したとおり。半年たったらローン残債ついたままうちが下取りにだしてくれればいい。」
「その半年間のローンも払ってくれるんだな」
「もちろん。これでうちはつぶれなくて済むから。本当に助かったよ。」
「もし半年たっても、俺が返したくなくなったら?」
「そのときは、RS4の下取り代金で一部返済して残るローンを払ってくれればいいから、問題ないよ、他のクルマに乗り換えるときは、RS4の下取り金を頭にしてくれればいいしね。欲しい車は責任もって探すから」
「もし事故ったらどうする?」
「保険でなおせばいいだけ。問題ないよ。心配しなくてもみんなやってるんだよ、こういうの。BLOGとか見てると同業にはすぐにわかるよ」
こうして、俺の半年限定カウンタックライフは始まった。
名前を貸したというより売った気分だけど、そんなことであのLP500のオーナーになれるなら安いもんだ・・・たぶん、きっと。
※ この物語はフィクションです。実際する人物や団体と一切事実関係はありません。