
今年の夏休みは浜松にあるスズキの聖地?まで行ってきました。

往路は関越道~圏央道~東名のルートで。

土樽PA(新潟県・関越道)で見かけたコーン。久々に見たJHロゴw

新東名は走破済みだったのですが、東名は新東名との並行区間を走ったことが無かったのでこの機会に走行。思っていたよりも100km/h区間が長く快適でした。NAな軽ならむしろ東名の方が気楽に走れるかも?

左右分岐ルートはナビでは右へ誘導されるものの、ガン無視して左を選択。何でかは分かりませんが、ナビでは右ルートを選択する傾向にある模様。それもあってか休日は右ルートの方が混雑する傾向にあるそうなので左へ。実際この時も左の方が空いていた感じでした。
18時頃浜松着。
夕飯には、

浜松に来たからには食べておきたかった餃子。
栄福さんの餃子はキャベツ多めで少し甘味が出ていた感じ。
定食についてくる味噌汁は具沢山で満足です✌

じゃらんのポイント消化も含めてスーパー銭湯でひとっ風呂♨。
浜松市内で宿泊。
2日目、チェックアウトして朝食を摂っても目的地がオープンするまでまだ時間があったので

浜松駅近辺のハイドラCPを獲得しつつ、

目的地のスズキ本社、スズキ歴史館に到着。
歴史館は資料保護の観点からか、完全予約制。とは言え入館料は無しで見られるのはとてもありがたいところです。

1Fエントランスは四輪車現行モデルに、

小型モビリティのコンセプトモデル

船外機などが展示。

RJCカーオブザイヤーの表彰状なんかも展示されていました。

今ならではのものとしては、
NHK「魔改造の夜」で作製したものが展示されていました。1Fの展示は頻繁に入れ替えられていそうです。

さて、メインの展示である歴代製品の展示エリアは3F。
1Fからの階段には歴代のスズキ製品とその頃の写真が展示。上がっていくに連れて過去へと遡っていきます。
また、天井には浜松近辺ならではの格子柄の織物が吊り下がっています。
この織物は、

スズキの起源である織機へと吸い込まれていきます。

ということで、明治時代からのスズキの歴史学習がスタートしていきます。

これは創始者:鈴木道雄が発明した機織機のレプリカ。縦、横の2方向に等間隔で2色の糸を通すことを機織機で実現したのはかなり画期的だったとのこと。

織機に関する展示がしばらく続き、

エンジン付きの乗り物が登場。
一番手前のはスズキの2代目社長である鈴木俊三が開発した「パワーフリー」号。文字通りの「原動機付自転車」です。

その後もずらーっと歴代二輪車が展示されていますが、こちらは割愛(
私の目的は

こちらの四輪車たち。まずはスズライトシリーズが続いていきます。
全部載せるとキリが無いので掻い摘んでご紹介。

1962年 スズライト フロンテ
後に1990年まで製造されることになった「フロンテ」の名を冠した第一号。

1961年 スズライト キャリイ
現在まで続く軽トラ「キャリイ」もスズライトの派生形だったんですね。

1967年 フロンテ360(LC10型)
FFのスズライトとは別路線で、RRとして設計された1台。

2022年から販売された「(アルト)ラパンLC」の"LC"は「LC10型 フロンテ360」のLCが由来。グリルの意匠を再現しています。

1973年 フロンテ(LC20型)
フロンテ360の後継モデル。

「(アルト)ラパンLC」の2025年7月からのカオはこのLC20形フロンテをモチーフにしたと思われ。

1970年 キャリイバン(LV40型)
現在のエブリイに繋がる、キャリイとしては4代目の1台。
デザインはジョルジェット・ジウジアーロによるもの。横から見ると線対称に近い形が特徴。なお、積載性には難があった模様。

展示車は1970年の大阪万博で活躍していた電気自動車。敷地内とは言え、この頃から市販車ベースの電気自動車ってあったんですね。

1971年 フロンテクーペ
思い切って2シーターにした、遊び用途に振り切った1台。デザイン原案はジウジアーロによるもの。これが後に更に進化して↓

ハッチ部分も切り捨ててピックアップトラック風にしちゃったマイティボーイ(1983年)なんかも登場。ほんと軽自動車メーカーだからと言って、ここまでやっちゃうのはもう笑うしかありません。

1979年 アルト
スズキを語る上で外せない1台。「アルト 47万円」のキャッチコピーで自動車の普及を更に推し進めた名車。物品税対策で商用車(今で言う480ナンバー)登録。

1979年 フロンテ
アルトの登場により姉妹車となった乗用モデル。後にアルトの方がメインとなり、スズライトから続いたフロンテの名は1990年で途絶えることになります。

当時の47万円がどんな位置づけだったのかの比較展示。分かりやすいですねぇ。

1970年 ジムニー
こちらも忘れてはいけない1台。軽SUV、というより軽クロカン車の始祖。鈴木修氏が町工場で造られていたのに目をつけてスズキで量産化したもの。ラダーフレーム構造は現行モデルでも継承。

1987年 アルトワークス
550ccながら64馬力という後の業界自主規制性能を実現してしまったモンスター車。またワークスは復活しないものなんでしょうか?

1998年 Kei
軽SUVのはしりとも言える1台。何やかんやで10年近く製造されたロングセラー車。
我らがハスラーの先祖でもあり、鈴木修氏がユーザーからの「Keiに代わるクルマが今無いんですよねぇ…」という声を聞いたことがハスラー誕生のきっかけなんだとか。

2003年 ツイン ハイブリッド
軽自動車初の量産ハイブリッド。ガソリンモデルとの価格差の割に、燃費性能が格段に良い訳ではなかったこともありあまり売れず。ただ、量産化に踏み切った価値は大きいと思います。軽ハイブリッドの本格普及は2014年 MH44S型(5代目)ワゴンRの「S-エネチャージ」まで待たれることに。
ざっくりと3Fの展示物を紹介しましたが、ちらほら写っているとおり他にも魅力的なクルマがたくさんありました。人によっては「懐かしい!」と思えるクルマもあると思います。触れることはできませんが、車内を覗ける距離までは近づけるのでそのディテールを観察することはできます。
2Fもささっとご紹介。
2Fは現在のスズキ車ができあがる過程が紹介されています。

まずはデザインから。
比較的最近の原画も展示されていました。我らが初代ハスラーの案もこの通り。

大分端折りますが、途中ジムニーシエラのカットボディなんかもありました。

こちらは広く軽四に採用されてきたR06Aエンジン。右は従来型。左はS-エネチャージ以降のISG搭載型。

ZA72S系(2代目)スイフトを例に組み立てラインの紹介。科学館のようなギミックや映像と併せて展示されていました。
公式HPには「見学時間の目安は1時間半ほどです」などと書いてありましたが、蓋を開け見てれば午前中は潰れましたw
これでも全部は見きれていないと思うので、また見学したら新発見があると思いました。

近くにある空自 浜松基地に併設されている広報館にも寄ってみました。30分足らずでささっと見て終わりw
お昼時になったので、静岡ならここ数年で話題になったハンバーグチェーン「さわやか」にでも行ってみようかなと。静岡西部なら比較的空いているだろうと調べてみると、最短でも
90分待ち やってられっかヽ(`Д´)ノ
ということで付近を探してみてたどり着いたのが、

台湾料理店 中華食府さん。

ランチは休日も行ってくれているという大盤振る舞い。この内容で750円!大満足。

帰りは東名~中部横断道~中央道~長野道~上信越道と最短距離で。中部横断は途中無料区間があるので、下道のGSで給油できるのはありがたいです。
6時間ほど走らせ、無事新潟に着。濃い内容の1泊2日でした。次は作戦を立てた上でさわやかを食すことと、歴史館の見れなかったところを見るべくリベンジしてみましょうか(笑)

こちらはスズキ歴史館へ着く前に撮影したオーバーパスから見た東海道新幹線。左奥にはスズキ本社も見えます。
地表を走る東海道新幹線ならではの景色ですね。新幹線が通るたびに風圧で揺れましたw200km/h超えの"弾丸列車"が数分おきに行き交う景色は圧巻です。
そういえば東海道新幹線も乗ったことが無いんですよね。鉄路で来るのも一つの手か。。。