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2020/05/14

F1日本GPの歴史 Vol.17【2001年編】

過去のF1日本グランプリを振り返るシリーズ『F1日本GPの歴史』は第17弾・・・前回は21世紀最初の鈴鹿でシューマッハが圧倒的な強さを見せた2000年のレースを振り返りました(^.^)
20世紀末はウィリアムズ&マクラーレンの強さが目立ちましたがここからフェラーリ&シューマッハの独走の時代に入っていきます!







<これまでの日本グランプリ>
76&77年(in JAPAN)   1987年   1988年   1989年   1990年   1991年   1992年   93年   94年Pacific   94年鈴鹿   95年Pacific   95年鈴鹿   1996年   1997年   1998年   1999年   2000年








2001年はルーキーの当たり年でウィリアムズーJ・P・モントーヤ、ザウバーーK・ライコネン、ミナルディーF・アロンソと名ドライバーがデビュー・・・中でもモントーヤはCART王者・インディ500優勝者という経歴をもって参戦し、イタリアGPでは見事にポール・トゥ・ウィンを飾りました(#^.^#)








タイトル争いはハッキネンのトラブル続出もあって早々とシューマッハが独走し、13戦目(2001年は17戦)でチャンピオンに・・・弟ラルフが大躍進し、兄弟予選フロントロー独占(第3戦ブラジル)、兄弟ワンツーフィニッシュ(第8戦カナダ)という兄弟記録と同時に、優勝も3回達成しました!








迎えた予選はモントーヤに0.700秒差をつけてM・シューマッハがポールポジション、以下3位R・シューマッハ(ウィリアムズBMW)、4位R・バリチェロ(フェラーリ)、5位には翌シーズン休養のM・ハッキネンが入り、このレースで引退するJ・アレジはゴクミの応援もあって11位でした(#^.^#)








レースはスタートを決めたM・シューマッハがどんどん後続を引き離す・・・








6周目にルーキーライコネンのサスペンションアームが折れてスピンしたところになんとラストレースのアレジが追突・・・ゴクミの応援もむなしくここでリタイアとなりました(>_<)








レースはシューマッハが2回のピットイン以外は一度もトップを譲らない盤石のレース・・・後続も接戦が見られない形で終盤へ!








このままレースはM・シューマッハがポールトゥウィンで2位モントーヤ・・・3位を走行していたハッキネンは同僚クルサードに3位を譲って4位、以下5位バリチェロ、6位にR・シューマッハという結果でした( ̄▽ ̄)








アレジは引退を表明してのラストレースでしたが休養表明のハッキネンはその後そのままF1を引退・・・長年ライバルとして競い合ってきたM・シューマッハの王座が揺るぎないものになったとも言えますね(-。-)y-゜゜゜
Posted at 2020/05/14 07:45:01

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