- 車・自動車SNSみんカラ
- まとめ
- ドライブ
- 安芸美作伯耆ツーリング2018秋
- 安芸美作伯耆ツーリング2018秋 1日目その1
まとめ記事(コンテンツ)
梟-296-さん
2018/10/18
安芸美作伯耆ツーリング2018秋 1日目その1
HONDA NC700X で安芸・美作・伯耆をめぐる2泊3日の旅にいってきました。
NC で広島・岡山2泊の予定が、初日大雨の予報でスバル・レヴォーグでの1泊に変更を余儀なくされた先月の美作伯耆高原ドライブ2018晩夏のリヴェンジです。
10月10日。前夜は22時すぎに仕事場から帰宅して、そこから荷造り(汗) 3時間ほど仮眠して大阪の自宅を4時半前に出発しました。まだ明けない空の下を阪神高速で西に向かいます。この日の道中の予報は曇時々雨。第二神明に入ったところで明石SAにピットインして早々とレインパンツとブーツカバーをつけておきます。この時点ではまだ降っていませんが、ちょっと肌寒かったこともあり。
第二神明の先は原則した道をぼちぼちといくことにします。R2をひたすら西へと進み7時前に備前國IN。ほどなくして国道からK260にそれ、続いてK397岡山ブルーラインに入ります。

海沿いをイメージさせる名前の快走路ではありますが海が見えるのは一瞬だけで、ほとんどは山の中を通ります。途中の道の駅 一本松展望園(岡山県瀬戸内市)から小豆島を望みますが、ぜんぜんブルーちゃうやん。

岡山市に入って吉井川をこえたところでR2岡山バイパスに復帰。ところが制限速度 70km/h のバイパスも朝のラッシュで大渋滞です。すり抜けに難儀しました。倉敷を抜けるまではノロノロが続きます。
9時半すぎに福山から備後國IN。尾道をスルーして三原に入るとR2は海沿いをかすめていきます。遠くに見えるのはしまなみ海道ですね。

R2三原バイパスには入らず海辺をゆくR185へ。ここまではパラッとくるくらいだった雨が、ややしとしとと降ってきました。路面は湿る程度なので困るほどではありませんが、ひとり撮影会には力が入りません。


竹原をすぎて東広島に入るころには時間もお昼前。そろそろどっかでランチでも....と思いはじめたところで国道沿いの店に海鮮っぽい看板が。

すかさず引き返してこのお店、海の味処 藤田屋(広島県東広島市)で刺身・荒炊定食(ドリンクつき) \1,200 をいただきました。

刺身はカンパチ・太刀魚・秋刀魚。

荒炊は鯛とカンパチ。

新鮮な瀬戸内の幸をお買い得にいただけました。実はこのお店、本来の店舗は国道から安芸津市街に入ったところにあるんですが建て替え中なんだそうで、看板の通り元喫茶店の仮支店で営業しています。国道沿いになかったらわざわざ寄っていなかったはずで、これもご縁と云うものですね。
再び小雨模様のR185を西へと走りはじめて呉へ。


大阪から7時間半、大和ミュージアム(呉市海事歴史科学館)にやってきました。何年か前からいっぺん訪れたいと思いながら諸事情でなかなか実現しなかったんですが、やっと願いがかないました。

主役はもちろん戦艦大和の10分の1模型です。

全長26.3m。これをこの目で見たかったんです。

精巧さに圧倒されます。



このハリネズミのような対空機関砲群をもってしても400機近い米海軍艦載機の波状攻撃をかわすことはできませんでした。

人間魚雷回天。こんなんにひとを乗せて敵艦に突っ込ませるということを思いつくだけでなく実行に移したという点だけで、戦争というものがいかに狂気じみているかということがよくわかります。


館内には、沖縄特攻に赴き、大和と運命をともにした乗組員の氏名や肖像、略歴が掲げられ、制服制帽軍刀といった遺品や家族らに宛てた手紙、遺書などが展示されています。
戦死。戦艦とともに散ったひとたちひとりひとりの顔と名前に向きあって、ひとつひとつのかけがえのない人生があったこと、確かにその時代に生きていたひとたちのいのちが奪われたという事実の重さに打ちひしがれ、いたたまれない気持ちになりました。
海底に眠る大和のいまをCGで再現した映像を見ました。最後の大爆発で艦は大きく3つに引き裂かれ、多数の破片がそのまわりに広がっていました。当時日本が持つ技術のすべてが注がれた最高傑作と、2,500を超すとも云われる犠牲者の墓標です。
国を守る。あるいは家族ら身近なひとたちを守る。そんな信念をもって「不沈艦」の建造に突き進んだ情熱や、散っていった命は尊いものです。それを否定することはできませんが、ほかに取るべき進路はなかったのか、とも思えてなりませんでした。
余談。てつのくじらを見渡すテラスで記念撮影。JKに撮ってもろた (≧д≦)

つづく
撮影機材:
OLYMPUS Tough TG-5
NC で広島・岡山2泊の予定が、初日大雨の予報でスバル・レヴォーグでの1泊に変更を余儀なくされた先月の美作伯耆高原ドライブ2018晩夏のリヴェンジです。
10月10日。前夜は22時すぎに仕事場から帰宅して、そこから荷造り(汗) 3時間ほど仮眠して大阪の自宅を4時半前に出発しました。まだ明けない空の下を阪神高速で西に向かいます。この日の道中の予報は曇時々雨。第二神明に入ったところで明石SAにピットインして早々とレインパンツとブーツカバーをつけておきます。この時点ではまだ降っていませんが、ちょっと肌寒かったこともあり。
第二神明の先は原則した道をぼちぼちといくことにします。R2をひたすら西へと進み7時前に備前國IN。ほどなくして国道からK260にそれ、続いてK397岡山ブルーラインに入ります。

海沿いをイメージさせる名前の快走路ではありますが海が見えるのは一瞬だけで、ほとんどは山の中を通ります。途中の道の駅 一本松展望園(岡山県瀬戸内市)から小豆島を望みますが、ぜんぜんブルーちゃうやん。

岡山市に入って吉井川をこえたところでR2岡山バイパスに復帰。ところが制限速度 70km/h のバイパスも朝のラッシュで大渋滞です。すり抜けに難儀しました。倉敷を抜けるまではノロノロが続きます。
9時半すぎに福山から備後國IN。尾道をスルーして三原に入るとR2は海沿いをかすめていきます。遠くに見えるのはしまなみ海道ですね。

R2三原バイパスには入らず海辺をゆくR185へ。ここまではパラッとくるくらいだった雨が、ややしとしとと降ってきました。路面は湿る程度なので困るほどではありませんが、ひとり撮影会には力が入りません。


竹原をすぎて東広島に入るころには時間もお昼前。そろそろどっかでランチでも....と思いはじめたところで国道沿いの店に海鮮っぽい看板が。

すかさず引き返してこのお店、海の味処 藤田屋(広島県東広島市)で刺身・荒炊定食(ドリンクつき) \1,200 をいただきました。

刺身はカンパチ・太刀魚・秋刀魚。

荒炊は鯛とカンパチ。

新鮮な瀬戸内の幸をお買い得にいただけました。実はこのお店、本来の店舗は国道から安芸津市街に入ったところにあるんですが建て替え中なんだそうで、看板の通り元喫茶店の仮支店で営業しています。国道沿いになかったらわざわざ寄っていなかったはずで、これもご縁と云うものですね。
再び小雨模様のR185を西へと走りはじめて呉へ。


大阪から7時間半、大和ミュージアム(呉市海事歴史科学館)にやってきました。何年か前からいっぺん訪れたいと思いながら諸事情でなかなか実現しなかったんですが、やっと願いがかないました。

主役はもちろん戦艦大和の10分の1模型です。

全長26.3m。これをこの目で見たかったんです。

精巧さに圧倒されます。



このハリネズミのような対空機関砲群をもってしても400機近い米海軍艦載機の波状攻撃をかわすことはできませんでした。

人間魚雷回天。こんなんにひとを乗せて敵艦に突っ込ませるということを思いつくだけでなく実行に移したという点だけで、戦争というものがいかに狂気じみているかということがよくわかります。


館内には、沖縄特攻に赴き、大和と運命をともにした乗組員の氏名や肖像、略歴が掲げられ、制服制帽軍刀といった遺品や家族らに宛てた手紙、遺書などが展示されています。
戦死。戦艦とともに散ったひとたちひとりひとりの顔と名前に向きあって、ひとつひとつのかけがえのない人生があったこと、確かにその時代に生きていたひとたちのいのちが奪われたという事実の重さに打ちひしがれ、いたたまれない気持ちになりました。
海底に眠る大和のいまをCGで再現した映像を見ました。最後の大爆発で艦は大きく3つに引き裂かれ、多数の破片がそのまわりに広がっていました。当時日本が持つ技術のすべてが注がれた最高傑作と、2,500を超すとも云われる犠牲者の墓標です。
国を守る。あるいは家族ら身近なひとたちを守る。そんな信念をもって「不沈艦」の建造に突き進んだ情熱や、散っていった命は尊いものです。それを否定することはできませんが、ほかに取るべき進路はなかったのか、とも思えてなりませんでした。
余談。てつのくじらを見渡すテラスで記念撮影。JKに撮ってもろた (≧д≦)

つづく
撮影機材:
OLYMPUS Tough TG-5
Posted at 2018/10/18 12:00:00
イイね!0件
オススメ関連まとめ
-
2024/10/19
-
2017/07/15
-
2024/12/25












