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2012年09月07日 イイね!

トヨタの事故対応

トヨタの事故対応前々回から続く

昭和44(1969)年2月10日に袋井テストコースがコース開きとなり、翌々日の最初の本格的な走行中に福沢 幸雄の死亡事故が発生した。(画像参照、進行方向は奥から手前で左コーナーになっている。コーナー入口の土手に炎上中の車体が見える。)

当日、福沢は5リッタートヨタ7用に試作したロングテールのクローズドボディを旧型の3リッタートヨタ7(注)に装着して先行開発テストを行っていた。
直線区間から1コーナーに向かう途中、福沢のマシンは突然コースアウトしてコース脇の芝生に建てられた標識の鉄柱に激突、さらに土手に激突して炎上した。
消火作業はされず、自然鎮火後に救助が行われたがすでに死亡していた。(消火作業したという意見もあるが少数。)
死因は頭蓋骨骨折による脳挫傷で、標識に激突した時点で即死だったとみられる。

事故発生直後にトヨタ側がとった対応は、非常に不穏当なものであった。
当時は、特にライバルの日産自動車との間でレーシングカーの開発競争にしのぎを削っていた時期でもあり、警察の現場検証に対してさえも「企業秘密保持」との理由から、事故車両を早々と撤収した(証拠隠蔽を図ったのではないかと見る意見がある)。

さらに証拠資料として事故車両とは全く違うタイプのレーシングカーの写真を提供したり、また事故原因については、「車両側ではなくドライバー側に非がある」と主張するなど、一方的で大変杜撰な対応であった。

この事は、当時のマスコミも事件扱いし、多くの新聞や雑誌、果ては国会でも取り上げられ、社会問題にもなった。このようなトヨタの不誠実な対応に怒りを覚えた父の進太郎は、その後息子の幸雄の名誉回復のため、トヨタを相手取り訴訟を起こした(「福沢裁判」と呼ばれる)。
10年以上法廷で争った末、昭和56年(1981年)にトヨタが遺族側に6,100万円を支払う形で和解が成立したが、事故原因の真相については未だに謎に包まれたままである。

目撃証言では直線部分で突然クルマの挙動が不安定になり、コース右側の標識に吸い込まれるように激突したという。
横風の影響を受けたという見方もあるが、遺族は車両側の原因(空力、強度、マシントラブルなど)による事故の可能性を強く疑った。
さらに父・進太郎の証言では前日非常にナーバスになっていたという事、「出来るなら明日は走りたくない。中止になってくれれば嬉しいんだが」という言葉を漏らしていたというメンタル的な不安定説などがある。

(注)この時に使用されたシャシーは、以前に事故で火災を起こしたものを修理しており、事故時の車体の挙動と共に車体の強度不足、部品破損が原因とする意見の根拠にもなっている。
Posted at 2012/09/07 18:54:55 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2012年09月07日 イイね!

トヨタ7

トヨタ7前回から続く

トヨタ7(トヨタセブン)は、1968年から1970年にかけて製作された、トヨタ自動車のプロトタイプレーシングカーである。

日産のR380やポルシェ カレラ6に対抗するために開発され、トヨタワークスのレーシングカーとして日本グランプリなどの国内レースで使用された。

なお、開発責任者はトヨタ2000GTの開発責任者と同一人物である。

この車は戦績よりも開発中に2名の有名レーシングドライバーが死亡したことで知られている。

一回目は前述したが、二回目の事故は福沢 幸雄の事故死から一年半後の昭和45年8月26日、鈴鹿サーキットで行われたテスト中にヘアピン手前の110Rコーナーでコースアウトし、コースサイドの溝に落下。
ドライバーはマシンから投げ出され、病院に搬送されたが死亡した。

ドライバーの川合 稔も元俳優志望の美男子であり、半年前にファッションモデルの小川 ローザ(Oh、モーレツ!のCMで有名)と結婚し夫婦でコロナのCMに出演していた。

事故の原因は、国産の純レーシングカー開発としては最初期であり、シャシー、サスペンション、操舵装置の強度不足(福沢 幸雄の事故)や空力の理解不足による車体の浮上(川合 稔の事故)と言われている。

同車は二回目の事故を契機に開発を中止された。

現在ではネット上で事故当時の写真や関係者の証言が掲示されているので、ご自分で検証してみるのも一興かもしれない。

Posted at 2012/09/07 05:28:49 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2012年09月07日 イイね!

福沢 幸雄

福沢 幸雄前回から続く

福沢 幸雄は福沢諭吉の子孫でパリ生れ、レーサー兼ファッションモデル兼アパレルメーカー取締役で恋人は有名歌手の小川 知子だった。

トヨタのレーシングカー(トヨタ7)(注1)のテスト走行中に事故死(昭和44年2月12日)し、直後に生放送のテレビ番組(夜のヒットスタジオ)に出演した小川 知子が泣きながら「初恋のひと」という歌を歌ったのは有名な話しである。(番組制作側のやらせ説あり)
なお、このシーンはYouTubeで視聴できる。
(昭和44年2月24日放送分)

残念な事にこの事故の(もかな?)トヨタの対応(注2)は非常に不誠実かつ疑惑に満ちたものであり、裁判になり和解で終結した。

どうもトヨタはいろいろな場面(カローラの開発、WRCの違反、F1など)で暗い話しや裏事情が伝わる事が多い気がする。

本稿は単なる個人の感想なので反論、意見はお断りする。

注1)次回へ続く
注2)次々回へ続く
Posted at 2012/09/07 00:54:35 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2012年09月07日 イイね!

スーパーGT鈴鹿1000キロレース

スーパーGT鈴鹿1000キロレースJスポーツチャンネルでスーパーGT鈴鹿1000キロレースの録画を観た。

アストンマーチンが圧倒的に速かったり、タイヤトラブルや燃料切れ、130Rでの大事故など、最後まで波乱に富んだ展開だった。

このレースは昭和41(1966)年から続く歴史のあるレースで第一回の優勝車はトヨタ2000GTでドライバーは福沢 幸雄(注)と津々見 友彦だった。

生産車に近い外見で多彩な車種が走るので好きなレースである。

ぼんやり観ていて、終了後に気がついたのだが、タイヤ交換は昔も今も同じだが、ブレーキパッドを交換したチームが皆無だった(テレビで観る限り)事に気がついた。

現在のパッドは1000キロくらいは持つということなのだろう。
24時間レースなど長距離レースではどうなっているのだろう。

注)次回に続く
Posted at 2012/09/07 00:05:41 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記

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誕生日が10月26日なので登録名を1026にしてみました。猫を3匹飼っています。 朝日新聞販売縮小団員、憲法改正推進派、靖国神社参拝賛成、原発推進、核武装...
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