
『ジャパン・アズ・ナンバーワン』というタイトルの本、読んだことはなくても、聞き覚えがある方は少なくないだろう。米国の社会学者、エズラ・ボーゲル氏の著書で、1979年に日米でほぼ同時に刊行され、日本で一躍、大ベストセラーとなった。当時の日本社会は「高度成長の日本の成功が世界に認められた」と受け止め、一種の社会現象にもなった。
「ジャパン・アズ・ナンバーワン」という言葉は、その後の1980年代のバブル経済に突入した日本経済の最盛期を象徴するものになり、米国の日本バッシングにつながった部分があったとも言われる。
その『ジャパン・アズ・ナンバーワン』が、刊行から40年近くが経過した今年、中国で翻訳出版され、爆発的に売れ行きを伸しているというのだ。「チャイナ・アズ・ナンバーワン」なら分かるが、なぜ日本が?と、この本を見かけた中国の書店で一瞬、呆然とした。
仕掛けたのは、上海に拠点を置く中堅出版社
本書の米国と日本での出版は1979年。TBSブリタニカが版元だ。現在TBSブリタニカの業務を引き継ぐCCCメディアハウス(東京都目黒区)によると、日本での最終的な発行部数は70万部を超え、後に同じ著者が手掛けた「ジャパン アズ ナンバーワン再考」(初版1984年)も13万部売れている。現時点では、すでに両方とも絶版扱いになっており、再刊行の予定はないという。
当時、同書は中国でも翻訳出版されたが、研究者向けでほとんど市中には出回らなかった。今回、中国で新たに出版を手がけたのは、上海に拠点を置く中堅の出版社「上海訳文出版社」。海外の書籍などに強いところだ。今回の出版については、CCCメディアハウスに対して中国側から事前に特にコンタクトはなかったという。
筆者がこの本を書店で目撃したのは今年5月で、上海最大の書店「上海書城」のいちばん目立つ売り場で山積みになっていたのだ。
どこかの日本専門家が適当に書いた浅い日本紹介本かと思いきや、なんと紛れもなく、自分が学生だったころに世の中を騒がしていたあの『ジャパン・アズ・ナンバーワン』だった。手に取ってみると、今年4月に出版されたばかりだという。そして、著者のボーゲル氏本人が新たにコメントを寄せているので、さらにびっくりした。
そこには、こう書かれている。
「かつてこの本が出版されたとき、シンガポールや台湾、韓国、中国の読者は日本の経験を参考にして、自らの現代化の助けにしようとした。35年後のいまも、人々はこの本が人々に自分の国家をどう改善すればいいか考える手助けになっている」
またボーゲル氏は、日本はその後バブル経済の破綻によって成長のスピードは落ち込んだものの、「日本には、いまも学ぶべきところがある」として、日本の所得格差の少なさや政治が比較的クリーンなところ、健康保険の普及、犯罪率の低さ、人々の礼儀の正しさ、生活環境の清潔さなどを挙げている。
「内容そのものは決して古くなっていない」
上海訳文には、私も本を出したことがある関係で知り合いが何人かいるので、スムーズに担当編集者にアクセスすることができ、中国のSNSアプリ「微信(wechat)」で日本から取材させてもらった。
編集者によると、同書は4月に初版1万5000部でスタートしてすぐに売り切れ、現在すでに3回増刷を重ねて4万部を発行しており、さらに7000部を増刷しているという。中国の書籍の市場規模は、日本に比べて人口は圧倒的に多いものの、実際のところは日本の2〜3倍ぐらいの感覚で考えればいい。その意味でも、相当のヒット作だと言うことができる。
編集者は、今回の『ジャパン・アズ・ナンバーワン』ヒットの理由をこう読み解いた。
「40年近く前の日本のことを書いていますが、内容そのものは決して古くなっていないので、出版を決定しました。この本のもとのサブタイトルは『米国への教訓』でしたが、現代の中国人にとっても読む意義のあるものだと考えたからです」
「日本社会は高度に発展し、成熟した社会です。中国経済の発展はいま、環境問題や治安、福祉など多くの課題と向き合う段階に入っており、日本の経験は中国にとって参考にすべきものが多いのです。
また、もともと中国人は日本のことにとても関心があり、留学や観光、仕事で訪問する人も増えており、日本というテーマは中国でいつも読まれます。中国の読者の読解力も上がっているので、この間の時代の変化はしっかり汲み取りつつ、日本という近代化のお手本から何を学ぶべきか考えてもらえる本だと期待しています」
実際、日本関係の書籍は、現在中国でかなり大きなマーケットを築いている。これはしばしば指摘されることだが、日本における嫌中書籍の大流行のような現象は、中国においては見られない。書店に並んでいるのは比較的中立的で、日本から知識を得ようというタイプの日本論が多い。
今の中国に必要な「成長後」の智慧
もちろん、あからさまな反日書籍は、中国政府の事前審査で恐らく引っかかってしまうので、そもそも出版しにくいという面はある。しかしそれ以上に、中国においては、尖閣問題や南シナ海問題で日本との対立局面が続いているとはいえ、一般社会のポジティブな対日関心度は決して低くなく、むしろ高まっているということである。
それは恐らく出版社の編集者が指摘するように、中国社会の発展段階が、一つの曲がり角に差し掛かっていることと関係しているだろう。中国の経済成長が鈍化し、過度の都市化による環境問題の深刻化、貧富の格差の解消の遅さなど、多くの「成長後」の問題にいま直面しようとしている。
そのなかで、日本の明治維新後の近代化や戦後の高度成長から中国人は多くを学んだように、いまの中国は「成長後」についても日本から智慧を求めようという状況にある。中国で、日本の生活や社会制度、教育なに関する書籍がよく売れるというのもこうした背景がある。
その意味では、いま中国人は「ジャパン・アズ・ナンバーワン」というタイトルではなく、本書のなかで描かれる成熟社会・日本の姿に興味を持っている、ということが言えるだろう。
:東洋経済オンライン
Posted at 2016/07/15 15:33:32 | |
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