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利根川の天然水のブログ一覧

2018年02月17日 イイね!

台湾で、「神様として祀られた」 日本兵。

台湾で、「神様として祀られた」 日本兵。                                             ◆ 日本兵を祀るために建てられた飛虎将軍廟
                                                               台湾において日本兵が神様として祀られていることをご存じだろうか。台湾の古都・台南市安南区に建つ民間信仰の廟「鎮安堂・飛虎将軍廟」において、日本兵が神様として祀られ、地元の人々の崇敬を集めているのだ。
 祀られている方は、杉浦茂峰(すぎうら・しげみね)海軍少尉である(以下『台湾と日本・交流秘話』〈展転社〉を参照)。                                                                                                                 1944年10月12日、アメリカ機動部隊がフィリピン攻略作戦の前哨戦として台湾各地に航空決戦を挑んできた。これを迎え撃つべく、わが日本の台南空軍と高雄空軍のあわせて30機が出撃し、襲来した米軍機約40機と空中戦を繰り広げた。一般に「台湾沖航空戦」と呼ばれるこの戦いで、敵機7機を撃墜したものの、我が方の損害は17機にのぼった。
 1923年、茨城県水戸市で生まれた杉浦は、この航空戦に参加し、撃墜されてしまった。その模様を目撃していた住民は、こう証言している。
 日本軍の戦闘機は、銃撃を受け、その場で発火した戦闘機から脱出すれば、パイロットの日本兵は助かったかも知れない。しかし、その日本兵は眼下の村を巻き込まないよう、住民のいない畑へと飛び去ったのち、墜落し、壮絶な戦死を遂げたという(米軍機に体当たり攻撃をしたという話もある)。
 その後、毎晩のように白い帽子と服を着た者が、飛行機が墜落した場所の近くにある魚の養殖場付近を歩いているのを見た。夜陰に乗じて魚を盗みに来たのかと思って駆け寄ったが、人影が見えない。この亡霊を見た人が増え、噂はたちまち広がった。しかも当時、農業は不作続きで、魚の養殖もうまくいっていなかった。
 現地で農業をしていた呉省事氏が占い師に占ってもらうと、その亡霊は当時の戦死者だという。1944年に日本兵が戦死したことを思い起こした呉省事氏は五坪の土地に廟をつくり、毎日お祈りをしたところ、その地域は豊作が続き、魚の養殖も順調にいくようになり、宝くじが当たるものが続出するようになった。
 そこで、この戦死者は誰だということで懸命に調べたところ、杉浦茂峰少尉であることがようやく判明したが、台湾は戦後、蒋介石率いる中国国民党のもとで強権支配を受けてきたため、日本兵を神様として祀っていることは長らく公言できなかった。
 転機が訪れたのは、李登輝政権になってからだ。
 1988年、李登輝氏が総統(大統領に該当)になって以降、台湾でも民主化が進み、言論の自由などが認められるようになったのだ。このため、呉省事氏は地元の皆さんの協力を得て1993年、三十坪の敷地を確保し、杉浦茂峰海軍少尉の神像を祀った「鎮安堂・飛虎将軍廟」を建てたのだ。「飛虎」とは戦闘機という意味だ。
                                                             ◆ 祝詞は日本の国歌「君が代」と「海ゆかば」
                                                               この飛虎将軍廟では毎日、朝7時と夕方4時の2回、タバコを神像の前にお供えし、祝詞を奏上する。21歳の若さで戦死した杉浦少尉に対して、せめてタバコだけでも楽しんでもらいたいという願いから、タバコをお供えするようになったのだという。
 ちなみに毎日奏上する祝詞は、驚くなかれ、日本の国歌「君が代」と「海ゆかば」(信時潔作曲)なのだ。日本兵を祀るためには、「君が代」と「海ゆかば」がふさわしいと、飛虎将軍廟をお守りしている台湾の人たちが思っているのだ。                                                                                                        台湾は近年「認識台湾」と言って、台湾人としてのアイデンティティーを育むため、戦前からの台湾の歴史を詳しく学ぶようになってきており、当然のことながら日本統治時代の歴史についても再評価が進んでいて、具体的には日本統治時代の建物の修復・再現が各地で進んでいる。                                                                       日本のマスコミ報道を見ていると、誤解してしまいがちだが、中国共産党政府や韓国だけが、アジアではない。東日本大震災のとき、実に200億円もの義援金を台湾は送ってくれたのに、正式な国交がないがゆえに、日本のマスコミの扱いは小さい。しかし、日本の戦没者を神として祀る台湾のような「国」がすぐそばにあることを、日本人として知っておきたいものだ。                   日刊SPA!
2017/08/16 08:42  【江崎道朗】                                      
Posted at 2018/02/17 15:22:29 | コメント(4) | トラックバック(0) | 趣味
2018年02月17日 イイね!

「ついに買ったぞ!」  トミカに熱中する、中国人が増加中 =中国報道

「ついに買ったぞ!」  トミカに熱中する、中国人が増加中 =中国報道                                                1970年から販売されている『トミカ』。当初は子ども向けのおもちゃだったが、トミカで遊んでいた世代が大人になり、大人向けのイベントの開催やモデルの発売などにより、今では子どもから大人まで楽しめるおもちゃとなっている。近年では中国でも人気を博し、日本旅行の土産として大人買いする人や、2000年から毎年開催されているトミカ展に、わざわざ中国から駆け付けるファンもいるほどだという。

 では、中国人にとってトミカにはどんな魅力があるのだろうか。中国メディアの今日頭条は9日、「長く悩んだ」末に初めてトミカを購入してみたという中国人の感想を紹介する記事を掲載した。中国でもトミカに熱中する人は多く、大人まで惹き付けるトミカにはいったいどんな魅力があるのか知りたいと思ったようだ。

 筆者が購入したというのは、歴代の日産GT―R4台が入った「栄光のGT―Rセット」と、アルファード、コンフォートのタクシーと、クラウンのパトカー、ピンク色のクラウンアスリート、ランドクルーザー、レクサスIS350、そしてスバルインプレッサSTIだ。

 GT―Rの4台については、6ー7センチという大きさにもかかわらず「作りが本当に精巧だ」と絶賛。その他のモデルも、ホイールが非常になめらかで質感があると紹介し、ドアがいくつ開くかは全く重要ではないと強調した。

 ネットで売られているものから買ったため、本当に欲しいものは手に入らなかったと残念そうだが、全体的に非常に満足した買い物だったようだ。届いた状態の箱を写真で紹介しているが、顧客の大切な商品をきれいな状態で届けようという気持ちが感じられる。化粧箱は厚くてしっかりしており、ミニカーはプラスチックの箱の中にビニール袋に包まれていたと伝え、感心している。

 筆者は、「初めてトミカを買って遊んでみたのだが、作りが想像よりも本当にずっとずっと良かった」と改めて称賛し、感動を伝えた。ミニカーの収集という趣味も面白いものだ、と感想を述べており、すっかりファンになってしまった様子だ。日本の製品は職人の技と言われるが、トミカもその1つと言えるのだろう。(編集担当:村山健二)(イメージ写真提供:123RF) サーチナ  2017-11-14 08:12
Posted at 2018/02/17 13:04:08 | コメント(2) | トラックバック(0) | 趣味
2018年02月17日 イイね!

日本統治時代の、「台中市役所」をカフェとして利用 日銀本店など手がけた、辰野金吾氏の作品=台湾

日本統治時代の、「台中市役所」をカフェとして利用 日銀本店など手がけた、辰野金吾氏の作品=台湾  台中市でこのほど、日本統治時代の1913年に完成した、同市旧市役所の建物が、カフェとして生まれ変わった。台湾メディアの蕃新聞、TVBSなどが報じた。

 同建築を手がけたのは、明治時代を代表する建築家の1人、辰野金吾氏(1854-1919年)だ。辰野氏の作品には、「日本銀行本店」や「奈良ホテル」など重要文化財に指定された建物も多い。


 現在の台中市役所はすでに、新しいビルに移っている。旧市役所も市政府の一部部門が使用を続けてきたが、英国式アフタヌーン・ティーを供する店舗を、チェーン展開している企業の「下午茶」が入居することになった。

 同社を経営する黃騰輝氏や、自らのビジネスと古い建物を結びつけたことで、「これまで以上に多くの人が、建物に入ることができることになる」と説明した。

 台中市旧市役所は、同市初の鉄筋コンクリートによる建物として建設された。辰野金吾氏は、欧州の過去の建築様式を、復古的に用いて設計する、「歴史主義建築」の建物を多く手がけた。また、設計の頑丈さから、「辰野金吾ではなく辰野堅固だ」などとも言われた。

 しかし、台中市旧市役所が建築時の素晴らしさだけで、歴史を耐え抜いてきたわけではない。台湾中部で1999年9月21日に発生した大地震では損傷を受け、倒壊の危険があるとの、判定を受けた。

 しかし、歴史的な価値がある建物との意見が強く、2002年には市文化局が「歴史建築」に認定。その後、2期にわたる修復・補強作業を実施したという。(編集担当:如月隼人)(写真はTVBSの報道画面キャプチャー) サーチナ                          2016-03-03 10:27
Posted at 2018/02/17 11:28:04 | コメント(1) | トラックバック(0) | 趣味
2018年02月17日 イイね!

台湾で「日本人が残した駐在所」、ボランティアが保護活動、高雄・六亀区に53カ所あり、それぞれに「東海道」の宿場の名

台湾で「日本人が残した駐在所」、ボランティアが保護活動、高雄・六亀区に53カ所あり、それぞれに「東海道」の宿場の名  台湾メディアの聯合新聞網は14日、高雄市山間部の、六亀区に残る、日本人が戦前に残した、「駐在所」の保存運動を掲載した。日本の統治下で、樟脳生産のために使われていた駐在所で、53カ所あったため東海道五十三次の宿場の名がつけられたという。現在も、同じ名で呼ばれている

 六亀区にある、日本統治時代に作られた樟脳生産のために作られた道は現在、山歩きの格好の場所として、人気が高まっている。全長71キロメートルで、1キロメートル強ごとに「駐在所」がある。山間部に住む台湾先住民が、作業員を襲撃することもあったため、「対応」と「警戒」「避難」のために作られた警備道とその施設だ。

 避難所は53カ所あり、それぞれが『東海道五十三次』の宿場の名がつけられた。現在でも同じ名が使われている。聯合新聞網は「(駐在所名にある)日本橋でも、藤枝でも、沼津でも大津でも、日本には同じ地名が必ずある」と紹介した。

 東海道五十三次の名が用いられた、理由については、「日本人の望郷の念だろう」、「日本人にとって覚えやすかったのだろう」との見方を紹介。台湾の地で日本の地名が用いられたことについて、特に違和感を示さななった。

 聯合新聞網は、「沼津駐在所」の現状を紹介。堅牢な檜造りで、周囲には耕作地だった平らな土地もある。しかし長年にわたり放置されたために、建物は傷みが激しいという。12日から13日にかけての週末は、有志が集まって建物と周辺の整理を行った。呼びかけ人は、「山歩きをする人は、悪天候の際の避難小屋として使う場合もあります。皆できちんと整理と保存をせねばなりません」と述べた。

 さらに「六亀警備道にある遺跡は、だんだんと消えています。とにかく古い建物を少しでも長く残したいのです。社会が広く重視してほしいですね。歴史は忘れてはならないのです」と述べたという。(編集担当:如月隼人)(写真は聯合新聞網の14日付報道の画面キャプチャー) サーチナ    2016-03-14 14:25
Posted at 2018/02/17 11:01:24 | コメント(0) | トラックバック(0) | 趣味
2018年02月17日 イイね!

日本人はどうして、台湾が好きなのか・・・まさか単に、「台湾人が親日」だから!?=台湾メディア

日本人はどうして、台湾が好きなのか・・・まさか単に、「台湾人が親日」だから!?=台湾メディア                                                台湾メディア・聯合新聞網は14日、日本人が台湾を好きな理由が単に「親日だから」であり、台湾の文化について特に興味を持っていない可能性があることを指摘する記事を掲載した。

 記事は「日本と台湾の関係は言うまでもなく良好で、日本旅行を好む台湾人がいるほか、ほぼ中毒状態のように日本にハマってしまう人も多い」としたうえで、「まさか、それが日本人が台湾人を好きな唯一の理由ではないのか」と疑問を提起した。

 そのうえで、日本のネット上で「台湾を好きな理由」について日本のネットユーザーたちが「親日だから好き」、「文化? 中国大陸と同じじゃないの?」、「国民性はそんなにいいとは思わない。努力している中国人という感じ」、「男女関係みたいなもの。相手が自分のために尽くしてくれるから、自分も相手が好き」などといった回答を寄せていると紹介している。

 また、台湾のネットユーザーからも「台湾がアジアで日本に友好的な数少ない地域だからという簡単な理由」、「台湾が親日だから私も台湾が好き、って日本人に直接言われたことがある」など、記事が紹介した日本人の意見が一般的な物であるとの声が出ていると伝えた。

 そして、「台湾が親日だから」意外の理由で台湾を好きな理由を探したところ「台湾伝統の人形劇、小籠包、台湾ラーメン、チャーハン、かわいい女の子、ビール。人形劇と女の子以外は食べ物ばっかりではないか」と指摘。「この状況に、日本を深く愛している台湾人の心はガラスの如く砕け散ったのではないか。台湾の特色のPRがあまりに不足しているのではないか」としている。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:123RF)サーチナ                    2018-02-16 15:12
Posted at 2018/02/17 08:56:02 | コメント(0) | トラックバック(0) | 趣味

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「発車3分前の列車でも余裕で乗れる日本の鉄道、中国じゃ絶対あり得ない! =中国メディア http://cvw.jp/b/1528111/42009436/
何シテル?   09/30 18:04
「利根川の天然水」です。よろしくお願いします。                                          座右の銘、 『鈍刀を磨く』 ・...
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