米沢城(米沢市)
長井氏、伊達氏、上杉氏の居城・米沢城跡
2005年11月15日
米沢城は、暦仁元(1238)年大江広元の2男、長井時広が築城したと伝えられています。
その後室町時代初期に伊達宗遠に侵略され伊達家のものとなり、天文17(1548)年に伊達晴宗が居城をここに移しました。
伊達政宗もここで生まれたことで知られています。
天正17(1589)年、摺上原の戦いの後伊達政宗は本拠を黒川城に移しますが、豊臣秀吉はこの会津攻略を認めず政宗から召し上げたため、翌年には本拠を米沢に戻すことになりました。
そして、天正19(1591)年政宗は豊臣秀吉の命により岩出山城に移り、米沢は蒲生氏郷の領地となり重臣の蒲生郷安が入部しました。
しかし、氏郷の死後の慶長2(1597)年氏郷の子、蒲生秀行は下野国宇都宮に移封となり、上杉家が越後より会津120万石に国替えになると同時に名家老直江兼続が30万石で入部しました。
慶長5(1600)年の関ヶ原の戦いの後、上杉家は米沢30万石(後15万石に)に大減封され、江戸時代は上杉家の居城として続きました。
現在は本丸跡は上杉神社の境内になっていて、二の丸跡には米沢市上杉記念館(旧・上杉伯爵邸)があります。
平成29(2017)年4月6日、続日本100名城(109番)に選定されました。
H11.9.11
Photo Canon EOS 5D MarkⅡ
H22.9.12(写真差し替え)
住所: 山形県米沢市丸の内1丁目
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