岡豊城(南国市)
岡豊城跡は、四国に覇権をふるった長宗我部元親の居城跡として知られる中世の城跡です。
長宗我部氏は鎌倉時代に地頭として土佐へ入国したと伝えられており、それ以後、長岡郡を中心に勢力を拡げ、戦後大名へと成長していきました。
岡豊城の築城は発掘調査の結果、13~14世紀ごろと考えられています。
「土佐物語」によると16世紀の初頭に長宗我部元秀が土佐の豪族の連合軍に岡豊城を攻められ自刃して、落城したと伝えられています。
落城の際、嫡子の国親は、幡多中村の一条房家を頼って落ち延び、元服して、永正13(1516)年に一条房家の助力で本領を回復し、岡豊城に帰った国親は、以降近隣の豪族を討ち勢力を伸ばしました。
長宗我部氏は国親の子、長宗我部元親の代に領土を四国全土に勢力を広げましたが、豊臣秀吉の四国征伐に敗れた元親は、土佐一国を安堵されました。岡豊城は天正16(1588)年に大高坂城(現在の高知城)へ移転するまでの約70年間にわたり長宗我部氏の居城として使われており、その後廃城となりました。
建物は当然残ってませんがが、建物の礎石と土塁などが復元され歴史公園としてよく整備されています。
平成20(2018)年7月28日、国の史跡に指定され平成29(2017)年4月6日、続日本100名城(180番)に選定されました。
H8.9.25
Photo Canon EOS 30D
H19.8.17(写真差し替え)
住所: 高知県南国市岡豊町
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