高知城〔大高坂山城〕(高知市)
高知城の前身は大高坂山城といい、南朝方に付いた豪族・大高坂松王丸が、この地(大高坂山)に城を構え、大高坂山城と称したのがはじまりといわれています。
長宗我部元親は、豊臣秀吉の四国征伐後、土佐一国の領主となりましたが、長年の居城であった岡豊城から天正15(1587)年にこの地に居城を移しました。しかし、治水に悩んだため、2年後の天正17(1591)年、浦戸城を築城し、居城を移転しました。
高知城は、慶長6(1601)年土佐に入国した山内一豊が大高坂城の跡地に築城を開始しました。
治水に悩んだ長宗我部氏時代の懸案を解決するため、百々綱家を総奉行に任じて築城と同時に鏡川、江の口川の治水工事に着手しました。
慶長8(1603)年に本丸と二の丸が完成し、河中山城(こうちやまじょう)に改名しました。
城は二代藩主忠義の時代に高智山城に改名し、後に高知城と改めました
享保12(1727)年に城下町の大火により追手門を残し城郭のほとんどが焼失しました。
寛延元(1748)年、天守閣や櫓などが再建されました。現在の天守閣はこのときに再建されたものです。天守閣は外観4層、構造上は3層6階の建造物で本丸御殿と接続しています。
明治6(1873)年に公園となり、天守閣などの本丸周辺の建築物と追手門を残し城郭建築物を取り払われました。
天守閣は昭和9(1934)年に旧国宝に指定されました。また、昭和25(1950)年文化財保護法により重要文化財に指定されました。高知城全域は高知公園として開放されており、本丸御殿・天守は懐徳館として資料館となっています。
入場自由
本丸御殿、天守閣は 9:00~17:00(入城は16:30まで)
入城料 18歳以上 420円 18歳未満無料
H8.9.26
H19.8.17
Photo Canon EOS 30D
H19.8.18(写真差し替え)
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