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kumayuのブログ一覧

2025年12月29日 イイね!

【2025年冬 遠征記その5】久大本線を行く

【2025年冬 遠征記その5】久大本線を行くその4 からの続きです。

12月29日、朝5時45分にチェックアウト。
外はまだ真っ暗の中、JR久留米駅へ。

駅もまだ目覚め切っていない感じで、お店も営業前、乗客の姿もありません。

この日最初に乗車するのはこちら
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6時11分発、九州を横断して大分まで向かう久大本線の普通列車。
そう、この日はこちらの久大本線の乗り鉄と、その先、以前から行ってみたかった街へと向かう予定。

2両編成のディーゼルカーは、入線はしていますがまだドアは閉まったまま。
数人の乗客と共にホームで待ちます…が、寒い!
ゴロゴロと大きなエンジン音を立てて停まっている列車の車内は明るく、いかにも暖房がよく効いてそう、はやく暖かい車内に入ってほっ、としたい…。

期待に満ちた数分後、ドアが開いたので中へ…「寒っ⁉」
暖房が効いていないどころか、切られたまま? 外と寒さは変わりませんでした。
寒さでガタガタと震えたまま、BOX席で持参した朝食代わりのパンを齧ります。

定刻に発車。久留米市街地を走行しますが、暗闇の中に街灯だけが流れていきます。途中駅のホームにはどの駅も数人の乗客が待っていますが、いずれも反対方向の久留米行きを待つ乗客です。

車窓はまだ見えず、車内は寒く…途中駅の灯りだけがほっ、とさせてくれます。
このあたり、すれ違う列車は多く、2~3駅ごとに対向列車がいます。どの列車もそこそこの乗車率。年末の休みとはいえ、まだまだ通勤する人も多いようです。(そういう時でも、「向こうの列車は暖かいのかなあ?」なんて思っていしまいますが(笑))

これまでの所、車窓の変化といえばそれくらいで、あとは襟をすぼめて揺られるだけ…筑後平野が尽きて周囲の山が近づくころ、ようやく空が明るくなります。そして…

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夜明駅でちょうど夜が明けます。このタイミングなら…と狙っていたのがバッチリでした!(^_^)v
※ガラスの汚れから、この後の車窓写真も若干見にくくなること、お許しを。

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一旦明るくなると、朝日が昇るのは早く、みるみるうちに明るくなってきます。
筑後川に沿って走っていることがわかり、やがて住宅やお店が目立つようになってきました。

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日田駅に到着。乗客の半数くらいがここで降りていきます。

「進撃の巨人」の作者の出身地、ということで駅舎にはその一コマも目にすることができました。(写真は撮りましたがブレてしまったので載せていません)

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日田駅を出ると、筑後川に合流する玖珠川に沿って走ります。久大線は、その玖珠川にかかる橋を何回もわたり、そのたび車窓の左右、川の風景も目まぐるしく変わっていきます。

温泉で有名な天ヶ瀬駅の手前では、
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沈下橋がありました。

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久大本線とほぼ並行するR210の廃道部分でしょうか。

天ヶ瀬駅の次、杉河内駅の先には…
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車窓から滝を見ることができます。「慈恩の滝」という滝です。

筑後川、玖珠川が織りなす様々な風景が次から次へと登場する見ごたえのある車窓です。
最初はあんなに寒かった車内も、知らない間にそこまで気にならなくなってきました。私の車窓を見る熱量が上がったからでしょうか。

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山頂部分が平らになっているような、ちょっと変わった山容でしたので撮影。
伐株(きりかぶ)山、万年(はね)山という2つの山から成る卓上台地と呼ばれる地形だそう。

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豊後森駅を発車後すぐ、旧機関庫を横に見ます。見えたのはほんの少しの間ではありましたが、コンクリート造りの扇形機関庫は堂々としていて、久大本線の要衝であったことが偲ばれます。

豊後森駅から先は、駅ごとに結構な数の乗客が乗り込んできました。
それも中学~高校生くらいの若い男女が多いです。通学ではなく、遊びに行くのでしょうか?早速お喋りに花が咲いたりしている女の子グループもいれば、黙々とスマホ画面に目を落としている男の子もいます。しかし、若い子が多いと車内の雰囲気もちょっと華やいだ雰囲気です。

車窓左手に突兀とした山頂の山が見えてきました。おそらく由布岳でしょうが、左側も乗客が多く、写真が撮れません。目に焼き付けていると、やがて久大本線の中心駅、由布院駅に到着しました(トップ写真)。

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10分ほど停車するのでホームへ。
もっと乗客の乗り降りが多いのかと思いましたがそれほどでもありません。やはり、観光客は最初から特急列車を利用し、普通列車は日常使いの地元の方が多いのでしょうか…
発車間際に、すれ違いの湯布院止まりの普通列車が到着しましたが、こちらからはスーツケースを下げた多くの観光客が降り立っていきました。

発車したころはあんなに待ち遠しかった朝の陽の光が、今度は容赦なく窓から差し込んでくるようになりました、写真も撮れないような眩しさに。手をかざしながら車窓を眺め続けます。

やがて車窓から近くの山が無くなり、住宅が増えてきました。それと同時に、駅に着くたびに普段着の方が乗り降りし、車内も更に日常モードになっていきます。

立ち客が多くなり始めた頃には線路も高架となります。
その頃には車窓もマンションやオフィスビル群が林立する風景に、終点・大分駅はもうすぐです。

久留米を出て3時間30分、雄大な山や川、更には滝や沈下橋、歴史のある街や設備、温泉街等々、変化に富んだ久大本線の鉄旅の締めくくりとして、これまでの車窓には全くなかった「都会の風景」にしばし見入ります。
その時、途中からずっと乗ってきた女の子グループの一人から「都会だなあ」という声が聞こえたのが印象的でした。

その6 に続きます。


Posted at 2026/01/11 13:38:39 | コメント(1) | トラックバック(0) | 鉄道旅 | 日記
2025年12月28日 イイね!

【2025年冬 遠征記その4】筑豊線群鉄旅続編&久留米の夜

【2025年冬 遠征記その4】筑豊線群鉄旅続編&久留米の夜その3 からの続きです。

【筑豊線群 後藤寺線~筑豊本線へ】
田川伊田駅を後にして、再び田川後藤寺駅に戻ります。
多くの乗客と共にホームに降り立ちました。ここでJR後藤寺線の新飯塚行きに乗り換え。

前の記事で、田川後藤寺駅で乗る列車を迷いそう、と言っていたのですが、その不安が現実に。

列車は1番線に到着。
見ると、跨線橋を渡った向こう側のホームに列車が停まっています。
ここでの接続時間は3分とわずか。
でも時間が無くて焦っている私には、案内がすぐに見つけられず…確信が持てず戸惑っていると、ようやく跨線橋の階段の所に小さな画面の案内板がちらっと眼に入ります。
新飯塚行きは、全然違うホームから発車です。

最初は気付かなかった、ホームが切れ込んだ部分に停まっている列車が見えました。

乗り込むとすぐにドアが閉まって発車。
座席に腰を下ろすと、ほっと安堵のため息、同時に、寒いはずなのに汗をかいていることに気が付きました。

次の船尾駅は、目の前がセメント工場。出口を出るとそのまま工場内に入ってしまいそうです。巨大な櫓や張り巡らされた太い配管、タンクが無機質に並んでいるのを間近に見るのは大迫力です。

森の中を超えると風景は一転、田園と住宅が点在する長閑な風景が広がるようになりました。


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終点の新飯塚駅に到着。
すぐ向かい側のホームには、博多行きの電車が停まっています。これかな?

乗り込んでみますが、始発ではないはずなのに20分も前から停まっていることを不審に思い、確かめるとやはり1本前の列車。まあ、このまま乗っても良いのですが、途中の桂川駅で1時間近くも待ち合わせることになります。

新飯塚駅も、ホームに発車案内がありません。しかし、そもそもは発車案内に慣れきってしまっている自分がいる、ということが一番の原因でしょう。

ベンチに座って待つことに。陽も傾いてきて、さっきよりは寒さを感じます。急いでダウンベストを取り出し、上着の下に着込みました。

後にやってきた博多行きに乗り込みます。10分あまりで桂川駅に到着、ここで下車。
乗ってきた列車が発車していくのを見送ると、ホームには誰もいません。


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接続時間は30分ほど。駅舎内のトイレに立ち寄るも、他に寄るところもなく待合室も見当たりません。結局、冷たい風に吹きっさらしのホームで待ちます。

ポツリポツリとホームに乗客の姿が増えだしたところで、折り返しのディーゼルカーが1両で到着。

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博多を経由せず、筑豊本線で直接鳥栖、久留米方面に行くことのできる、原田行き列車です。

居合わせた乗客の半数以上はそのままホームに残り、後に来る博多行きを待っています。
乗り込んで待っていると、発車3分前に飯塚方面から博多行きの電車が到着。何組か乗り込んできたところで発車。

新飯塚から飯塚のあたりは、福岡市への通勤圏らしく、マンションや新しい住宅が広がる車窓でしたが、桂川駅を過ぎると再び山野が中心の車窓に。
乗客は各ボックス席に1組ずつ程度ですが、言葉もなく静か。

冷水峠のトンネルを抜けると、下りこう配になったのかエンジン音が小さくなり、「カタタン、カタタン…」と軽やかな走行音に変わります。同時に、再び住宅地が多くなり、やがて鹿児島本線との接続駅である、終点原田駅に到着。

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原田駅にて。写真は先ほどまで乗ってきたディーゼルカー

少し経つと再び、桂川駅方面へと走り去っていきました。

鹿児島本線、下り列車を待ちます
夕闇がせまり、薄暗くなってきました。それとともに吹き付ける風がますます強く、冷たくなってきました。
構内放送によると、次に乗る列車は4~5分ほど遅れている模様…わずかな乗客と共に、上着の襟をすぼめて待ったのでした。

【久留米の夜】
原田駅で乗り込んだ9両編成の列車は、定刻より数分遅れのまま、久留米駅に到着。
本日はここで宿泊します。


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JR久留米駅。
駅前の宿にチェックインした後、街へ。

JRの久留米駅は、市街地の中心から少し外れています。周囲にお店は少なく、その代わりに何棟もの高層マンションが並んでいました。
市街地の中心にある西鉄久留米駅までは直線距離で2㎞以上。食事処と、夜の賑わう街を見たくて西鉄の久留米駅へ。駅前のターミナルからバスに乗って向かいます。
2つの駅間は、昭和通りと明治通りという2本の大通りが結んでいます。明治通りの方を経由するバスに乗り込み、車窓から街並みを見物。通りは交通量も非常に多く、やや渋滞気味。

そして、通りの先まで伸びているイルミネーションが鮮やかで大規模。こんなに多くの光がこの街にあふれている、とは思いませんでした。

中層ビルが並び、ビルに入るお店の灯りが続き、久留米シティプラザ(ホール施設)の斬新なデザインで巨大な建物が目を引きます。

西鉄久留米駅に到着(トップ写真)
駅前や構内の商業施設をあちこちと巡り、良さげなお店に入ります。

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地元産の鶏肉を使った親子丼。汁物も、鶏だしのスープです。これにビール!

しっかりと旨味のある鶏肉に、ふわトロの卵とじがうまく絡み合い…ゆっくりと味わいます。
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駅前を少し散策

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イルミネーションが、賑わう街の風景に彩りを添えています。

食後のデザートは…
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お馴染みのドーナツチェーン店で、ドーナツに温かいコーンポタージュをつけて…。ドーナツの優しい甘さと温かいポタージュが、早朝からの移動で疲れた体を癒してくれます。

明日の朝も早いので、バスで宿に戻ります。
駅前のバスターミナルは時季柄、買い物帰りのお客さんが多いようで、荷物を持った人たちで賑わっていました。


こうして、久留米の夜は更けていきました。

その5 に続きます。

Posted at 2026/01/05 21:12:05 | コメント(1) | トラックバック(0) | 鉄道旅 | 日記
2025年12月28日 イイね!

【2025年冬 遠征記その3】北九州~筑豊 近代遺産を辿る 後編

【2025年冬 遠征記その3】北九州~筑豊 近代遺産を辿る 後編その2 からの続きです。

田川後藤寺駅は、4線区が集まる中心駅。alt
各ホーム、それぞれの方面に行く列車が発着します。電光の発車案内が見当たらず、車両のデザインも同じ、列車の行先表示も先頭と最後尾だけなので、一瞬、これでいいのか、と迷ってしまいそう。何とか、目的の列車に乗車します。

発車してほどなくすると2本の高い煙突が目に入り、田川伊田駅に到着。ここで下車。次に向かうのはその煙突のある、「石炭記念公園」。
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駅前から望む香春岳。特徴的な3つの峰と丸い稜線を目にして、筑豊に来たことを実感。

徒歩で約10分ほどで、「石炭記念公園」に到着。かつて炭坑があったこの場所には、2本の竪坑煙突をはじめ、竪坑櫓や「石炭・歴史博物館」など、石炭産業に関連する施設が園内に点在しています。

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広い敷地の中に聳える竪坑煙突と竪坑。地元の人たちの憩いの場にもなっているのでしょうか、訪れた家族連れの楽し気な笑い声も聞こえてきます。

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竪坑櫓。
採掘した石炭や、中で働く人たちを、吊り下げたケージを上下して運びますが、そのケージを吊るす巻き上げ機を設置したのがこの竪坑櫓です。(櫓の左下にある茶色いカゴ状のものが「ケージ」です)

立坑や斜坑のある鉱山にはたいてい設置されていて、聳え立つ櫓は鉱山の象徴のようなものです。
少し離れたところには2本の竪坑煙突(トップ写真)
逆光気味で黒く見える赤レンガ造りの煙突を真下から見上げると、青空に向けて突き立てるように高く聳え立っているのがわかります。

今でこそ、周囲は整然としていますが、むき出しの鉄骨の櫓や、赤レンガの煙突は、多くの作業員が行き交って資材や石炭が運ばれていた、かつての炭坑の賑わいの中にあるのが似合いそうです。
家族連れの歓声がわずかに聞こえるだけの静かな園内。少し陽が傾き、風に冷たさを感じられる中で佇んでいると、どことなく、炭坑の賑わいがあたりから聞こえてきそうでした。

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石炭輸送に活躍した9600系蒸気機関車が静態保存されていました。
日々、石炭を満載した貨車を何十両も牽いて走ったであろうことを想像すると、思わず「ご苦労様」と声をかけてあげたくなります。

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炭坑住宅。その名の通り、炭坑で働く人たちが居住していた建物を復元したもので、「田川市石炭・歴史博物館」の屋外施設です。

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ということで、「石炭・歴史博物館」へ。
年末年始ですと、このような施設の営業時間が気になりますが、この日まで開館しているのは事前にリサーチ済。それもあって行程に組み入れています。

受付で「どこから来たか」のアンケートに答えたところ、係員さんからは「遠くからありがとうございます」という歓迎のお言葉を戴いて入館。

1階部分は石炭をテーマにした展示が中心です。
日常生活ではほとんど使うことの無くなった石炭、知っているようで知らなかった石炭について、解りやすい解説や展示物から楽しく学ぶことができます。

個人的には、ここ筑豊の地でこれだけ多くの石炭が産出されるようになった過程を、地勢的な観点と社会的な観点(大手資本の進出など)から解説されていたのが特に印象的でした。

また、石炭採掘の歴史から、採掘に用いる大小さまざまな設備、炭坑内の設備などの展示をみて「なるほど」と納得したり、坑内や働く人たちの実物大の模型や、3D動画の再現映像から実際の労働の様子を目にして、その苦労ぶりを窺い知ることもできます。

もっとゆっくり見ていたいのですが、それだととても時間が足りず…しかし、この後の列車の時間を考えると延長することも難しく、駆け足気味で見て回ります。

嬉しい誤算だったのは、「ぜひとも再訪したい!」そう強く思えたスポットだったことです。

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屋外にも炭坑の設備や、炭坑住宅に中に入ることもできます。
ここで生活している人たちが今も実際にここにいるような感覚になります。
(ひとつ、私が少し驚いた仕掛けも・・・)

自身の行程の立て方のまずさを後悔しつつ、こちらも駆け足気味に見学。

発車時刻が迫ってきました。公園を後にします。

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駅の全景を見下ろしながら急ぎます。

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何とか間に合いました。田川伊田駅の駅舎も黒壁の重厚なつくりです。

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さきほどの石炭記念公園にも石碑がありましたが、ここ田川市は「炭坑節発祥の地」。

♪月が~出た出た~

お馴染みのメロディが頭の中に浮かびます。
ここまで筑豊地区の石炭産出について見聞きしてきたばかりの私にとって、軽快にも聞こえるメロディーから、ここに生活し、働く人たちの息遣いが聞こえてくるようでもありました。

その4 に続きます。

Posted at 2026/01/04 12:03:01 | コメント(1) | トラックバック(0) | 小旅行 | 日記
2025年12月28日 イイね!

【2025年冬 遠征記その2】直方散歩と筑豊線群鉄旅

【2025年冬 遠征記その2】直方散歩と筑豊線群鉄旅その1 からの続きです。

筑豊直方駅からJR直方駅まで、直方市内を街歩きです。

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駅前通り、この先がJR直方駅。

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ふっ、と横を見ると小路にも昔ながらのお店が並んでいます。

江戸時代までは城下町や長崎街道が通る街道筋の街、明治時代からは筑豊産出石炭の集積地点、物流の要衝として栄えました。今は福岡、北九州への通勤圏として鉄道網も整備され、双方向に直通列車が走っています。

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「ふるまち通り」のアーケード商店街へ

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市内にはアーケード通りが何本か走っており、その1本がふるまち通り。
歩く人は多くありません。懐かしさを感じさせる商店街です。

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旧十七銀行直方支店。大正時代建設の赤レンガ造り建築物です。
直方の隆盛を支えてきましたが、今は銀行としての役目を終え、アートギャラリーとして使用されています。
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直方名物「成金饅頭」のお店は営業中でした。
大きなどら焼きのような見た目で、中には白あんがはさまれているそうです。

市内の何軒かのお店で販売されています。
名前の由来が気になって調べたところ、当時、直方には石炭産業で財を成した人が多かったところから名付けられたそう。
そして誕生したきっかけは、明治時代にある人が豆の高騰を見込んで大量に仕入れたものの相場が暴落し、仕方なく仕入れた豆を餡にしたまんじゅうを売り出したところ評判になったもの、とのことです。(諸説あります)

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商店街を抜けると、JR直方駅の駅舎が見えてきました。黒壁の立派な駅舎です。

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昼食は、直方駅や折尾駅で駅弁の製造販売をしていた「東筑軒」
名物駅弁だった「かしわめし」があればベストでしたがあいにくと売り切れ…

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ですので、先の小倉駅に続き、こちらでも「うどん」に。先ほどはかき揚げ天入りでしたので、今回は丸天と卵入りにします。ちゃんと、かしわも入っています。

ここからは、「平成筑豊鉄道」に乗って田川市へと向かいます。
明治・大正の頃は、石炭輸送のため、筑豊地方は網の目のように鉄道が敷設されました。
北九州の折尾から、鳥栖の手前、原田駅で鹿児島線に接続する筑豊本線と小倉の南、日豊線の城野から大分県の日田を繋ぐ日田彦山線を軸に、それらを繋ぐいくつもの支線やさらにはその支線同志を繋ぐ路線、そして枝分かれする盲腸線まで、ちょうど大都市の地下鉄網のような路線網がここ筑豊地区に敷設されていたのです。
(当時の路線図を探したのですが、フリーで掲載できるものがありませんでした)

その後、いくつかの路線は廃止されて、若干シンプルになったものの多くの路線まだ残っています。
今回の旅の行程を作るときも色々なルートが考えられましたので、計画段階では大いに悩んだものです。

私がこれから乗る「平成筑豊鉄道」は、先述の鉄道網のうち、直方と筑豊地区中心部にある田川市を経て、小倉の南、日豊線の行橋駅につながる路線が旧国鉄から第三セクターとして委譲されたもの。
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乗り場は、JR駅の端にある1本の細いホームから発着します。

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隣がJR線のホーム。

博多や小倉まで直通の列車が発着しています。通勤路線でどちらの方面も本数が多く、立派な駅舎とホームを備えています。

橋上にある改札にはICカードも使える自動改札機が設置されていて、都市の近郊駅そのものの造りです。

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平成筑豊鉄道の乗り場には改札はありません、自販機で購入した切符を握りしめてホームに向かいます。

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いくつもの側線が並ぶ構内。所々、線路があったと思われる場所には茶色く草が生い茂っています。かつては石炭を満載した貨車が幾重にもここの線路に並んでいたのでしょう。

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折り返し、伊田線~糸田線経由・田川後藤寺行きの1両のディーゼルカーが入線してきました。
乗り込んだ乗客は6名。そのうち半数くらいが私を含めた乗り鉄客、観光客。

すぐ隣、JR線の電車が颯爽と発車していくのを横目に、こちらはゆっくりと動き出します。

車窓は田園と住宅が点在する風景ですが、その先には山並みが見えます。
その中でひときわ高くそびえているのが標高900mの福智山。九州百名山の一つです。
また、この福智山を含む一帯は「北九州国定公園」に指定されています。カルスト台地が特徴的な平尾台や「新・日本三大夜景」の一つである北九州市の夜景が望める皿倉山なども含まれていて、産業地帯的なイメージが強いのですが、自然豊かな地であることがわかります。

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中泉駅。
風のない穏やかな冬の日、ホームのベンチにも柔らかい陽光が降り注いでいます。

ずっと運転席横に立って前面展望を見ていた男性が途中の駅で降りていきました。てっきり乗り鉄客、とおもっていたのですが、まあ一般客でも前面を見るのが好きな人もいますから…通勤帰りでもたまに前面を見ている私みたいに…
気が付けば、車内は私ともう一人の、これも乗り鉄客らしき男性の2人だけになっていました。
運転士さんは途中駅に停まっては扉を開け、また閉めて発車、を丹念に繰り返していきます。2人だけになってからは乗降客はなく、代わりに外の少しひんやりとした空気だけが乗り込んできています。
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金田駅に到着。ここで7分停車。
金田駅からは田川伊田方面に行く伊田線と、田川後藤寺方面に向かう糸田線が分岐します。
数人の乗客が乗り込んできました。
ちなみにこれまで乗ってきた伊田線は、幹線かと見まがうばかりのしっかりとした複線の線路が敷かれています。石炭の産出が華やかなりし頃の名残でしょう。

ここからは単線の糸田線に乗り入れて5駅、終点の田川後藤寺駅に到着。
第三セクター、平成筑豊鉄道はここまでで、ここからはJR線に乗り換えます。車内で運転士さんに直方からの切符を渡すと、引き換えに「田川後藤寺まで精算済」の券をもらいます。
駅に駅員はいません、一旦改札を出て自販機でJR線の切符を買い、再びホームへ。
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田川後藤寺駅は、田川伊田駅とともに筑豊地区の中心、鉄道もここでJRが2線区と平成筑豊鉄道が合流するターミナル駅で、各方面に向かう列車がここに揃います。
向かいのホームとの間、かつて線路があったであろう場所には、地元の有志さんたちによって、花壇が整備されていました。

※この記事の移動ルートは、「何シテル」の中に「ハイドラ」地図で掲載しています

その3 に続きます。
Posted at 2026/01/03 11:32:19 | コメント(0) | トラックバック(0) | 鉄道旅 | 日記
2025年12月28日 イイね!

【2025年冬 遠征記その1】北九州~筑豊 近代遺産を辿る 前編

【2025年冬 遠征記その1】北九州~筑豊 近代遺産を辿る 前編冬の連休を利用して、1年半ぶりの九州へ。今回は九州の北部を中心に、これまで行ったことのないエリアを中心に巡ってきました。

12月28日(日)早朝、出発。
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旅の始まりは岐阜羽島駅から…

寒い朝ですが、鮮やかな朱色に染まった夜明けの空が、これから始まる旅へのワクワク感を否応なしに感じさせてくれます。

博多行き「ひかり」の車内は、年末の帰省ラッシュで混雑気味。
1ヶ月前は朝靄の幻想的な車窓だった伊吹山麓は、今回はうっすらと雪景色でした。

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乗客の入れ替わりはあるものの混雑度は変わらないまま、小倉駅に到着、ここで下車。

今回の旅の目的…
1日目は、主に福岡県の筑豊地方に点在する石炭産業の産業遺産をいくつか訪れることと、その石炭の運送に大きな役割を果たした鉄道を乗り歩くこと。福岡県北部の筑豊地方は、明治時代から石炭の一大産出地として、近代日本を支えてきました。その軌跡を、ほんの少しでも辿ろう、と思いたち、1日目の行程を立ててみました。

小倉駅でまずは腹ごしらえ。
前回4年前に訪れた時にはホームの「ぷらっとぴっと」でしたので、今回は改札内コンコースにある「玄海うどん」へ。
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かしわうどんのかき揚げ入り。
だしのきいた熱々のつゆはコクも増して味わい深く、口当たりのいいうどんはほっとする美味しさ、食べ応えもあって体も暖まります。

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ここからは鹿児島線の下り列車に乗って10分少々、スペースワールド駅で下車
まず向かうは、官営八幡製鉄所。

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明治時代に操業開始した官営の製鉄所で、稼働開始の頃から現存する旧本事務所、修繕工場、旧鍛冶工場が「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」として世界遺産に指定されています。
いずれも内部は非公開ですが、旧本事務所は眺望スペースから外観を見学できるようになっています。

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案内板に沿って歩き始めます。
同じ方向に歩く人は多く、その流れの中に混じって歩き出します。
しかし人の流れに任せていると途中の会社の通用口に入りそうになり、慌てて元の通路に戻ったりしつつも…大通り沿いに歩道を歩き、途中で大通りを渡って海側へ。今度は鹿児島線と北九州都市高速の下を地下道で超えて向かいます。

スペースワールド駅は、元々巨大テーマパーク「スペースワールド」がありました。その閉園後に再開発が進み、広大な跡地にショッピングセンターにアウトレット、そして「北九州市科学館(スペースLABO)」などが点在しています。

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歩道橋から全景をパノラマで。

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案内板に従って進みます。入場は無料、入り口にいる係員さんに挨拶して中へ。

製鉄所内への引き込み線路と積載する貨車が停泊しているその向こうに、旧本事務所の赤レンガ造りの建物が見えてきました。(トップ写真)
ここが展望スペースとなっていて見学のほかにガイドのボランティアさんによる解説も聞くことができます。

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他には観光客が数組で、どことなくのんびりした雰囲気。
そんな中、線路を覆う草が風に揺れる中に「放置」された鉄鋼材が積まれた貨車、その向こうの事務所や工場建物、今は静かに、本来の役目を終えた設備が並ぶその風景は、どこか寂寥感、荒涼感を感じるものでした。まさに私が今回の旅で求めたものです。
創業当時の展示写真なども眺めながら、しばし佇んでいました。

再びスペースワールド駅方面に戻り、今度はそのまま南方向に通り過ぎます。
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八幡製鉄所の施設のひとつ、「東田第一高炉史跡」。
ここの高炉に火入れがされて、日本の本格的な製鉄が始まりました。今は改修工事のため立ち入ることができませんが、巨大な煙突が遠くからも目を引きます。

このあたりは「東田博物館ゾーン」とも呼ばれ、先ほど紹介した「スペースLABO」のほかに、「北九州市立いのちのたび博物館」「タカミヤ環境ミュージアム」など、複数のミュージアムが集中しているのが特徴的。

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その中の「スペースLABO]の別館、「スペースLABO Annex」でも、明治日本の産業遺産に関する展示があります。時間があれば立ち寄りたかったのですが、あいにくと予定している列車の発車時刻が迫ってきているので、やむを得ず外観を眺めるだけにとどめます。

スペースワールド駅からは、JR鹿児島線で2駅先の黒崎駅で下車。

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JR黒崎駅。デッキが駅前まで伸び、商業施設やホテルの入ったビルまで繋がっています。大都市圏の駅らしく、通りゆく人も多く賑わっている駅前でした。
(写真では、いつもの通り人のいないタイミングを狙う&クリーンアップ機能で加工しています)

中間、直方方面へと向かう「筑豊電鉄(ちくてつ)」に乗り換え

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乗り場は、JR黒崎駅を出てデッキを降りた先にあります。駅名も「黒崎駅前駅」

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鉄道というより、LRTのような軌道です。(1月3日註.正式には鉄道に分類されています)
こちらのワンマン電車が、ここから筑豊直方まで16㎞を約35分結んでいます。

乗客は多く、発車する頃にはすでに満員。買い物帰りの中高年の女性や、通学らしき学生が中心の完全に日常モード。つい、こちらもほっと寛いでしまいます。
1人掛けのクロスシートに座ることができたので、車窓をのんびり眺められます。住宅地の中をのんびりと走り、簡素なつくりの駅に停車するごとに乗客が1人降り、2人降り、で車内も空いてきました。

良い天気で、寒くもなく丁度いい陽気、のんびりとした雰囲気の車内はさらに快適…ついついうつらうつらとしてしまいそうです。

「希望が丘高校前」は、先ほど訪れた八幡製鉄所の付帯施設である「遠賀川水源地ポンプ室」の最寄り駅。こちらも世界遺産のひとつで、駅にも大きな案内板が目を引きます。一瞬腰を浮かしかけますが…途中下車して往復すると…ついつい頭の中で時間を計算してしまって躊躇っているうちにドアが閉まって発車。

4駅先の木屋瀬(こやのせ)駅には、「長崎街道 木屋瀬宿記念館」の案内が…。
気になって帰宅後に調べると、小倉と長崎を結ぶ長崎街道の、小倉宿と飯塚宿の間にあった宿場で、唐津街道への追分(分岐点)でもありました。賑わっていた宿場町で、当時の街並みも残っている、とのこと…まだまだ興味ある街並みはあります。

遠賀川にかかる長い橋を渡り、終点の筑豊直方駅に到着。

筑豊直方駅のある直方市は、福岡県の北部の内陸、筑豊地方に位置する街で、やはり石炭産業で栄えた街です。

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筑豊直方駅にて。
ここで降り立った乗客は10人程度。「ちくてつ」は当初はここから博多まで延長する構想もありました。
今はそれも無くなりましたが、こうしてみると、まだ先へと続けられそうな構造です。

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通り沿いに小さい案内板があるだけの、目立たない終着駅です。

ここからJRの直方駅までは約700mほどの距離があります。
街の様子を知るには丁度いい距離。そして時刻もお昼時、ということで、ここから昼食処を探しつつ、プチ街歩きへと向かいます。

こうして、今回もまた遠征が始まったのでした。

その2 に続きます。
Posted at 2026/01/01 16:22:55 | コメント(2) | トラックバック(0) | 小旅行 | 日記

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「[ハイタッチ!drive] 2025年12月28日 移動ルート」
何シテル?   01/03 10:46
ルーミーやハスラーで行く、ドライブラリーと下道ドライブ、1泊や日帰りの街歩き小旅行、更には日常生活で興味のあるお話などなど、ブログで細々と綴っていきます。 ...
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