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2025年12月30日 イイね!

【2025年冬 遠征記その10】帰路へ

【2025年冬 遠征記その10】帰路へその9 からの続きです。

長きにわたった今回の旅行記も最終章です。

豊後水道を渡り、四国・八幡浜に上陸しました。ここからは再び鉄路を辿っての帰路になります。
フェリーターミナルから八幡浜駅までは、2㎞ほど。

街歩きを兼ねて歩き始めますが、できれば11時44分の松山行きに間に合いたいところ。
現在時刻は11時5分。フェリーが定刻より少し早く到着してくれましたが、それでも40分足らずの時間しかありません。ここからは再び長距離の切符も買わないといけないので、なおさらあまり余裕はありません。

フェリーターミナル付近は、人もクルマも多く混雑気味。港に隣接している道の駅「八幡浜みなっと」にも多くの人が行き交っています。
道の駅の駐車場に入ろうとするクルマと、フェリーに乗るために港にクルマが渾然一体…カオス気味の八幡浜港を早足で歩き始めます。

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港を先頭にした渋滞は、そのまま市内中心部へと続いていました。
その先左手に、気になるアーケード屋根を発見。

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銀座通り商店街のアーケード屋根が見えます。
良さげな商店街、歩いてみたいのですが列車の時間が…横目でチラチラみながら、駅への最短ルートを急ぎます。

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お陰で、発車15分前には八幡浜駅に到着。乗車券と、この先の指定席特急券も首尾よく購入できました。

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松山行きの1両の列車がポツン、と停まっています。

車内の乗客は数人のみ。
一旦乗り込みますが、まだ少し時間があるので再びホームに。

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乗客の姿が非常に少ない八幡浜駅。ディーゼル音以外の音は聞こえないのが、より一層静けささを感じさせてくれます。

発車間際にさらに数人の乗客が乗り込んできて、それでも10人に満たない乗客で、ゆっくりと発車しました。

このあたりは8か月ほど前の春の遠征で、宇和島へ向かった時に通った箇所。今回は反対方向なのと、あの時は特急列車で一気に走り抜けたものですから、ゆっくりのんびりと走る普通列車からみるのとでは風景も違って見えます。

鵜飼も行われる肱川を渡ると伊予大洲駅。

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この列車は松山行きですが、海側の路線を走っていきます。
下灘駅など、伊予灘の風景を眺めるにはこちらの方が良いのですが、先を急ぐにはここで内陸の内子経由の松山行きに乗り換えです。
※さきほど、八幡浜駅で乗車券を購入する際に、窓口の駅員さんとお話していて教えてもらったルートです。

これまで乗って来た列車に後ろ髪をひかれつつ、先に発車。

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松山駅に到着したのは13時30分過ぎでした。ここでお昼食&お土産を買い込むことに。(写真は後で撮ったものです)

ちなみに、松山駅を訪れたのは春の遠征以来ですから8か月ぶり。

この時は、高架化された新しい駅に切り替わったばかりで、地上の旧駅がまだほとんど手つかずのまま残されている状態でしたが、それからだいぶ解体も進んだようです。
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4月撮影時

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今回撮影時(方向は反対側です)跨線橋も無くなり、ホームも多くの部分が撤去されていました。古き良き地上駅が消えていくのは一抹の寂しさを覚えます。

ここで昼食。駅構内のお店でいただいたのは
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焼豚玉子飯。この先、今治市の名物です。

松山駅のもう一つの目的である「お土産」。
春の遠征の時に購入した「一六タルト」が我が家で評判となったため、今回もお土産で購入しました。昼食とお土産のため、松山駅での滞在時間を確保する必要があったのです。

いよいよ、本当の帰路に着きます。
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岡山行き特急「しおかぜ」が入線してきました。
多くの乗客が乗り込み、8割程度の乗車率となります。

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特急は瀬戸内海沿岸を快走します。

車両がアンパンマンのラッピングだからでしょうか、沿線の道路や駅のホームから、手を振ってくれる人を多く見かけました。照れくさくて手を振り返すことはしませんでしたが、これまでにない「歓迎」ぶりに少し感動したのは、ここまでの旅を思い返していたからかもしれません。

一昨日まで福岡・筑豊で産業遺産を見学していたということが信じられないくらい、全然違う風景や空気を堪能した今回の旅でした。

私の旅は「出会いと変化」を楽しむもの、と思っています。景色や雰囲気、様々な人々との出会い等々、そして、日常から非日常、また日常へ戻る変化の楽しみは、旅をしないとなかなか味わうことができません。

伊予西条駅は、線路沿いに「四国鉄道文化館」という鉄道博物館が隣接しています。ここからも、居合わせた人たちが一斉にこちらにカメラを切っていました。その先、伊予三島駅でも何人かの人たちがカメラのレンズを向けています。そして川之江駅でも!…これも「出会い」なのでしょうね。

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香川県に入ります。瀬戸内沿いを走る区間が多い予讃線、瀬戸内海に浮かぶ島々も少しずつ変化していきます。それはまた、非日常から日常へ変化していく過程にも重なりました。

多度津駅に停車。予讃線の未乗区間は松山からこの丸亀駅まで。次の丸亀駅はかつて乗り降りしたことがあり、その次の宇多津駅は、春の遠征で通った所です。

宇多津駅を発車。窓の外に瀬戸大橋タワーが見えたと思ったら海が真下に。時刻は16時30分、過ぎ、夕刻迫る瀬戸内海を渡ります。

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瀬戸大橋、与島PAが真下に見えます。

クルマで四国から帰るときは、必ずといっていいほど立ち寄るPAです。ここから夕陽を見るのが好きなんですよね。

岡山からは、いつもの遠征帰路のルート。今回のような、ちょっと変てこなルートからようやく、「まともな」ルートに戻ります。

その境界となる与島PAの風景を目に焼き付けながら、今回の遠征記もここまで。

最後までご覧いただき、誠にありがとうございました。

Posted at 2026/02/09 21:28:29 | コメント(0) | トラックバック(0) | 小旅行 | 日記
2025年12月30日 イイね!

【2025年冬 遠征記その9】豊後水道を渡る

【2025年冬 遠征記その9】豊後水道を渡るその8 からの続きです。

12月30日朝、大分の宿で気持ちよく目が覚めます。

九州遠征も最終日、この日は1日かけて帰路につきます。

これまでよりちょっと遅めの6時起き。
宿で朝食をいただいたあと、チェックアウト。

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まだ明るくなりきっていない大分駅。昨夜の賑わいがうそのように人も少なく、静かでした。

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このまままっすぐ帰路についても仕方がないので、小倉方面ではなく反対方向の佐伯行き列車に乗車します…が、私の下車する臼杵駅はICカードが使えない、という車内放送を聞いて慌てて改札口に戻ります。

駅員さんに聞いてICカードの記録を一旦修正してもらい、自販機で乗車券を買い求めて再びホームに駆け上がったのでした。親切に、自販機までついてきてくれた駅員さん、ありがとうございます。

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大分駅から約30分、臼杵駅で下車。

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歴史ある城下町で石仏でも有名な臼杵は、私も10数年前に街歩きに訪れています。

時刻は8時過ぎ、ひんやりとした空気に包まれている朝の街は静かで、聞こえてくるのは私のかすかな靴音だけ。

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「卯寅稲荷神社」の鳥居。卯寅稲荷は臼杵城の城内にあり、この先は臼杵城、古い街並みが続く八町大路や二王座歴史の道といった名所に向かうことができます。

しかし、今回は街歩きのために臼杵を訪れたのではなく(久しぶりに歩きたい気持ちはあったのですが…)目的地は臼杵港。
鳥居を背に歩みを進めます。

時おりクルマが走るだけの静かな道を歩き続けると、やがて左手に造船工場が見えて、海が近いことがわかりました。

少し進むと周りが開け、真新しいフェリーターミナルに到着…臼杵港からは豊後水道を横断して四国の八幡浜まで向かうフェリーが発着しています。そう、今回の帰路はちょっぴり遠回りして、ここからフェリーで四国に渡って行きます。

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これまで静かだった街とは対照的に、乗船待ちのクルマやトラックで賑わっています。

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ターミナルの受付で乗船手続きを行います。

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受付を終えて桟橋に出ると、これから乗船する八幡浜行き「あけぼの丸」が停泊していました。

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船内へ…まずは少し探検

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二等船室。こちらはフロア席。

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船内売店

まだ、クルマが乗船前だからか、乗客の姿はほとんど見えません。
私は、窓際の座席に落ち着きました。

少しずつ乗客が増え、賑やかになったところで出航。

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出航してすぐ、左手に佐賀関方向を望むことができます。

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佐賀関半島と、その沖合の高島でしょうか。

デッキに出ます。上着無しでもそこまで寒くありません。大海原の中進むデッキに佇んでいると、身体を伸ばしながら、海風を思い切り吸い込みます。

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進行方向は明るい空、空の先はおそらく四国の陸地でしょう。

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パノラマで撮影。

出航から約40分、車窓左手に佐田岬が姿を現しました。

佐田岬は四国西部、八幡浜から串のように豊後水道に細く突き出た佐田岬半島(三崎半島)の先端になります。
さきほど眺めた佐賀関から、佐田岬までは海路ですがR197というれっきとした国道になっており、この間もフェリー(国道フェリー)が運航されています。

当初はこの国道フェリーに乗り、バスで佐田岬半島を縦断するつもりでしたが、半島を縦断するバスは朝夕のみの運行。結局、今回は駅から少し歩くだけですむ臼杵~八幡浜航路を利用することにしました。

「佐田岬半島縦断~国道フェリー」のルートは、いつか、是非クルマで辿ってみたいと思っています。

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右手には小さく佐田岬灯台が。左手の白い船舶は、もしかしたら国道フェリーでしょうか。

ここからはずっと、左手に佐田岬半島を見ながらの航行です。
長さは50㎞、幅は狭いところで1㎞以下という細長い半島ですが、ずっと緑の山並みが続いている様は、そんなことを感じさせません。

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半島に並ぶ風力発電のプロペラを背にすれ違う船は、同じ宇和島運輸の臼杵へ向かう便。おそらく「おおいた」でしょう。

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緑の線が続く佐田岬半島と海原の白い波を眺めながら、座席でゆっくりとくつろぎます。揺れはほとんど感じませんが、テーブルの上に置いたペットボトルが、知らないうちに移動しているので、気づかない程度に傾くことはあるのでしょう。

お気に入りのラジオを聞きながら風景を眺め、ごくわずかな揺れに身を任せていると少しだけうつらうつらと…

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陸地が近づいてきました。このあたりはもう佐田岬ではなく、八幡浜港の入江付近です。

船は減速し、やがてゆっくりと接岸しました。船員の方が下船の準備てきぱきと動いています。
やがて下船開始の放送が流れ、かけられた桟橋を渡って降り立ちます。

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ここまで無事、運んできてくれたあけぼの丸を1枚。
大きく口を開けた船首から、乗客のクルマが続々と吐き出されていきます。

私にとっては貴重な旅の思い出となった豊後水道の船旅ですが、あけぼの丸にとっては当たり前の毎日の中の1日なのでしょう。

その10 に続きます。


Posted at 2026/02/01 20:53:31 | コメント(1) | トラックバック(0) | 船旅 | 日記
2025年12月29日 イイね!

【2025年冬 遠征記その8】別府(小)散歩と大分の夜

【2025年冬 遠征記その8】別府(小)散歩と大分の夜その7 からの続きです。

杵築の街を後にします。
さて、ここからどこに行くか?
実は杵築駅に到着する頃はまだ悩んでいました。

本日の宿泊地は大分市内。ですので、県内でまだ訪れていない街を回りたいのですが、候補としては北に向かって昭和レトロの豊後高田か、南に向かって温泉の別府のどちらか。

時刻は13時過ぎ。発車時間の早い方の列車に乗ることに決めて時刻表を見た結果…別府までの特急券を買い求めます。

特急ソニックは、少し遅れて別府駅に到着しました。

【別府(小)散歩】
街中が温泉街となる別府市は、初訪です(トップ写真)。
今回は別府での宿泊も探ったのですが、温泉地の宿は年末年始ということもありどこも予算オーバー気味…たまには温泉にゆっくり…という目論見は見事に外れました。

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駅前にはお風呂屋さんの暖簾が出迎えてくれます。

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暖簾をくぐると手湯。ほんの少しだけ、温泉気分を味わうことができました。

それにしても、駅前はごった返しています。杵築の静けさが恋しくなるくらい。
そして、これまで全然見かけなかったインバウンド客も急激に多くなりました。

インバウンド客の特徴として、集中する場所と全然見かけない場所がはっきりしていることでしょうか。一大観光地である別府に、インバウンド客が多いことは織り込み済。おとなしく、その流れの中に身を任せることにします。

時間は半日も満たないので、ポイントを定めて回ります。
とはいえ、自身もリサーチはあまりしておらず、さてどのあたりを巡ろうか…同じようにごった返している観光案内所で何とか市街地図をもらい、地図を見ながらしばらく考えた後、「地獄めぐり」がある鉄輪(かんなわ)の方までバスで行くことに。所要時間も約20分ほどで行けるようです。

駅前のバスターミナルも、あちこちの乗り場に行列ができていますので、どこから乗ればいいのやら…すると近くにいた地元の人らしきおば様たちが、観光客に鉄輪への行き方を聞かれて答えているのが聞こえてきました。

彼女たちの話によると、この乗り場から出る路線は、どの行先でも鉄輪は経由する。したがって、来たバスに乗ればいい、とのこと。
(註.あくまでそのおば様たちが仰っていたことで、事実かどうかは確認していません)
しかし、地元の方もこのような道案内をすることはよくあるのでしょう、大変だと思ってしまいます。

ほどなくしてやって来たバスに、他の乗客ともどもぞろぞろと乗り込み、ほぼ満席で発車。
3つ先の別府北浜バス停はトキハ百貨店のある商業の中心地。ここでも多くの乗客が乗り込んできて通路まで一杯に。

ここで、海沿いを走るR10に左折。別府観光港方面へ。すぐ右手が海に面する片側3車線の大通りは明るく開放的な雰囲気。車窓からは明るい陽射しがあたって、前々回の記事でも先述しましたが、常夏の風景です。
陽射しは、乗客で満員の車内温度も高めます。上着を脱ぎたいのですが、密集の中では脱ぐどころか、ちょっと大きな身動きも難しい状況。汗ばむような暑さの中、そのままじっと車窓を眺めますが、通りはノロノロ運転気味、バスはなかなか進んでいきません。

進行方向左手に座ったため右側にあるはずの別府タワーも見ることができず、市街地に隣接した砂浜である別府スパビーチも、通路に立つ乗客の間からたまにちらちら見える程度で進んでいきます。

バスはそのまま北へ向かい、JR亀川駅前のバス停を通過。
亀川は別府駅から小倉方面へ2つ先の駅。ついさっき、別府に向かう時に停まった駅です。
これなら、ここからバスに乗ってもよかったかもしれない…額の汗を拭いながら、ふとそんなことも頭の中をよぎります。

地図を見ていると、乗ったバスは鉄輪へ一直線で行くのではなく、どうやら一旦海側へ回り込んで反対側からアプローチする路線のよう。
ようやく、海側に背を向けて坂を登り、カーブの多い山道に。「血の池地獄」のバス停で半数以上の乗客が降りて、少し楽な姿勢になりますが、再び渋滞も激しくなり…鉄輪のバスターミナルに到着する頃には、駅を出てからほぼ1時間が経っていました。たしかにあの時のおば様たち、どれくらいかかるか?には言及していませんでしたね。

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鉄輪のバスターミナル。

さて、着くには着いたが、ここからどうするか?
ここに来たなら「地獄めぐり」ですが、さすがに今の時間から全部巡るのはちょっと厳しいものがあります。
取りあえずは周辺を歩いてみることに。

歩道も無い道路を観光客と一般のクルマやタクシー、それにバスまで走っていて、外国の街のような混沌さも感じながら、縫うように歩きます。

地中から噴煙や熱湯が噴出する「地獄」が、周辺には7か所あり、それぞれ噴出する色や形態が違います。そんな個性豊かな地獄を巡るのが「地獄めぐり」です。

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街なかのあちこちに、このように噴煙があがっています。

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「白池地獄」
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「鬼山地獄」
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「かまど地獄」と前にある大かまど

駆け足になってゆっくり見られないのであれば、中途半端で終わらず、全部しっかり見学したい、ということで今回はどこも入場しませんでした(今から考えると1ヶ所くらいは入って見学してもよかったかもしれません)

雰囲気を楽しむことにして歩いていると、1軒のお店の軒先からも、黙々と真っ白な蒸気が上がっています。

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別府の名物料理「地獄蒸し」です。

せめてこれだけは味わってみたい…食い意地だけは止められません(笑)
反射的に声をかけていました。

温泉の蒸気で蒸された玉子を、ボールの中で殻をむいて、塩を少々つけていただきます。

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うん! 美味しい! 
地獄蒸しは、一気に蒸すので旨味が凝縮される、と言われます。
正直、その時はそこまでわかりませんでしたが、試しに塩をつけずに頬張っても、普通のゆで卵より、すっ、とのどを通っていきます。はっきりとした違いはすぐに感じなくても、おそらく地獄蒸しの玉子ばかり食べていたら、普通のゆで卵では物足りなくなるかもしれないです…今度は色んな食材でもいただいてみたい、と思いました。

地獄蒸しを味わっただけでも収穫。バスターミナルに戻り、やって来た別府駅行きのバスに乗り込みます。このバスも観光客で通路までいっぱいですが、行きよりも早く、30分足らずで別府駅に到着しました。

今回はあくまで「空気を味わいたくて立ち寄った」と言う感じでした。今度は地獄めぐりと温泉をゆっくり満喫したいと思います。
 

【大分の夜】
別府から乗った普通列車は、満員の乗客を乗せて、夕暮れの大分駅に到着しました。

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5回目の大分駅、大時計が目を引く駅舎もすっかり覚えてしまいました。

年末期間の地方都市中心駅の風景は好きです。
あちこちで、帰省した家族や友人同士が久しぶりの再会で、手に手を取って歓び合い、最高の笑顔と共に駅ビルや街の中に消えていく…そんな光景がここ大分駅でも随所で見られました。

宿にチェックインの後、再び街へ…まずは夕飯です。
いつものごとく、駅周辺を探索、いくつかの候補から1軒のお店に。

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お店の名物「鶏そば」の定食です。鶏そばは、鶏ガラスープの優しい味の中にピリッとした胡椒が良いアクセント。これに玉子で練りこんだ平打ちの麺が、スープと麺の味をうまく合わせて口の中で一体となった旨味と深い味わいが広がります。
一緒についている、大分名物「鶏天」も衣が「サクッ」と気持ち良い。

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定食でお腹満たされた後はお酒を楽しむ時間。ということで今度は鶏天を単品で注文、これに大分二階堂焼酎!
地元のお酒と名物をじっくりと味わうことができました。

食後は、夜の散策。

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冬の街はイルミネーションが明るく煌めいています。

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大分銀行の赤レンガ館とトキハ百貨店。

ガレリア竹町のアーケード街は、人が多すぎて写真を撮るのがはばかられるような賑わいでした。

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「若草公園」は園内改装工事中ながら、それを感じさせないくらい、イルミネーションがひときわ輝いていました。

まだまだ賑わいの続く大分の街を後に、宿に戻ります。
こうして大分の夜は更けていきました。

その9 に続きます。
Posted at 2026/01/26 23:12:06 | コメント(0) | トラックバック(0) | 街歩き | 日記
2025年12月29日 イイね!

【2025年冬 遠征記その7】「サンドイッチ城下町」~杵築散歩(後編)

【2025年冬 遠征記その7】「サンドイッチ城下町」~杵築散歩(後編)その6 からの続きです。

杵築市内「商人の町」を歩きます。

「商人の町」だけあって、酒屋さん、お肉屋さん、民芸品店、床屋さんなどなど、様々な商家が軒を連ねています。全国チェーンのお店はほぼ無く、個人経営のお店がほとんどですので、見ていて飽きません。

ちょうどお昼時、ということもあり、食事処探しも兼ねて歩きます。何軒かの飲食店をチェックし、その中から1軒の喫茶店をチョイス。

暖色の照明と落ち着いた音楽が流れる洋風レトロ調の店内は、この街に良く似合い、いつまでも落ち着いていられそうな雰囲気です。

杵築牛を使用した牛丼や鱧のコロッケなども興味がありましたが、戴いたのは
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上にカツが載っているピラフ。なかなか他ではいただけないピラフです。
この日の食事は朝のパンのみでしたので空腹気味、あっという間に平らげます。

お腹は満足、ここからは「南台」の武家屋敷へと向かいます。

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南台へと登る坂のひとつ「塩屋の坂」

こちらにも土塀に囲まれた武家屋敷が並んでいます。案内図によると「家老丁」と呼ばれるこの界隈には、やはり家老クラスの武士が住んでいたのでしょうか。

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他に人の姿は無く、静かで落ち着いた通り。石段で佇んでいた猫が目を細めながら、
目の前を歩く私を見るともなしに見ています。

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振り返ると、坂の向こうに見えるのは、北台の武家屋敷。ここでも別の猫と目が合いました。

北台では見かけなかった猫ですが、南台では他にも散策中だったり寝そべっていたりしている姿を目にしました。歴史のある街の坂と猫、とても絵になる風景です。

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中根邸。「きつき城下町資料館」に行く通路もありますが、あいにくと年末の閉館期間中でした。後で調べると杵築の街のジオラマ模型など、興味のある展示があったので、少し残念。

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南台の武家屋敷から…

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寺町へ。
その名の通り、寺社が集まる一帯です。
坂を下りる道すがら、市街地が一望できます。こうしてみると、建物はほぼ白と黒が中心で、目立つような看板などもなく、非常に調和の取れた家並みが広がっています。この街の統一感を眺めるだけでも素晴らしく、もっと観光地として有名になっても全然おかしくありません。

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商人の町まで降りてきました。

向かい合う高台に広がる武家屋敷と、谷間に延びる商家が並ぶ商人の町、三方を水に囲まれた杵築城…これまでにない特色のある街です。
地形を巧みに活かした独特の街並みは、歩くほどに発見があり、街歩きの面白さを改めて感じることができました。

バスの発車時間が迫ってきました。
バスターミナルまで戻らなくても、駅へ向かうバスは目の前を通ります。
少し歩いたところにあるバス停看板の傍らで待ちながら、街の風景をしっかりと胸に刻みました。

その8 に続きます。

Posted at 2026/01/24 23:57:41 | コメント(0) | トラックバック(0) | 街歩き | 日記
2025年12月29日 イイね!

【2025年冬 遠征記その6】「サンドイッチ城下町」~杵築散歩(前編)

【2025年冬 遠征記その6】「サンドイッチ城下町」~杵築散歩(前編)その5 からの続きです。

ここまで乗ってきた久大本線の普通列車は、定刻、大分駅に到着。
ここで小倉行き特急「ソニック」に乗り換えます。乗り換え時間は5分ほど、別のホームに急ぎます。

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間に合いました(^^♪
乗車券と特急券は前日の久留米駅で購入済です。

「ソニック」は発車すると快走、というよりも疾走といった感じで駆け抜けていきます。
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青い空と青い海、別府湾は、こうして車窓から見る限りは冬とは思えない常夏の雰囲気。

大分駅から約30分、杵築駅で下車
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九州の東海岸に丸く大きく突き出た国東半島、その南側に位置する大分県杵築市。江戸時代は城下町として栄えました。

城下町というと、お城の周りの平地に町が広がっている、という構造が一般的です。しかし、杵築の街はそれとは一線を画した造りになっています。今まで訪れた街には無い特徴があるこの街を是非とも自分の足で歩いてみたくて、ようやく今回の遠征で行程に組み入れることができました。

では、どのようになっているのか?それはこの先、おいおいお伝えできればと思います。

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杵築城のある城下町までは、駅から5㎞ほど離れていますので、ここからバスで移動。

走り出して約10分ほど経つと、車窓には道沿いにお店や住宅が立ち並ぶようになりました。それも普通の地方都市とは明らかに違い、新しい家でも黒板張りや白壁の住宅が多く、また電柱もありません。

街路の両側が高台になっていることに気が付きます。高台へ登る石段や坂があり、高台の上にお屋敷や土塀が見えてきました。街、それも伝統的な街並みを下から眺めるという、これまでにでない不思議な感覚です。

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街歩きのときに、南側の高台(南台)の武家屋敷から眺めた風景。
手前が下り坂、奥に写るのが登り坂になっています。

北側の高台(北台)と南台がそれぞれ台地になってそこに武家屋敷街が形成され、台地と台地の間、1本のやや広い通りに沿って商人町が細長く続き、その先が杵築城に達しています。
「サンドイッチ城下町」と呼ばれ、全国にも非常に珍しい構造、とのことです。

こんな、ちょっと変わった城下町を訪れるのが、この日の目的のもうひとつです。

…バスは、街の中心部にある杵築バスターミナルに到着しました。


鉄道の駅が離れているので、実質、玄関口になりますが、殺風景な無人の待合所があるだけの静かな「バスターミナル」です。

杵築駅とを結ぶバス本数はそんなに多くはありません。時刻表はスマホでも確認できますが、やはり現地現物が確実ということで、室内の時刻表を撮影した後、街歩きへ。

まずは、北台の武家屋敷群へ。

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北台の北側にある「番所の坂」の石段を登ります。alt
登った先にある、北浜口番所跡

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ここが台地の上の部分になります。
天気は快晴、風もありません。街歩きにはこれ以上は無い絶好の陽気。
少し冷たさはありますが美味しい空気を満喫しながら、静かな街並みを歩きます。

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「酢屋の坂」。南側に下る石畳の坂。ここを下ると商人町に向かいます。
坂は下らず、そのまま北台の高台を縦断する通りへ。

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北台の武家屋敷が並びます。黄土色で統一された壁や塀が続く通りは、街歩き序盤から、いきなり別世界へと誘ってくれます。

武家屋敷「大原邸」へ。
年末で閉館中の所も多い中、大原邸は開館中でした。

入場します。
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杵築藩の重臣が住んでいたころとほとんど変わらない状態で保存されています。

別の部屋から案内の声が聞こえてきました。
別の見学客を係員の方が案内しているようです。こちらに気づくと一旦説明の手を止め、すまなそうに
「すみません、説明が途中ですけどいいですか?」
私は「全然構いません、お願いします」と答え、そのまま途中から一緒に聞くことに。

やがて説明が終わり、前の客が去った後にいくつか質問、それに対して丁寧に答えてくれます。
屋敷のことだけでなく、「サンドイッチ型」の杵築の城下町の構造も詳しく説明してくれました。(冒頭の知識はこの時の受け売りが多く含まれています)

武家屋敷としては珍しい茅葺屋根ということでこちらの説明もしてくれます。
(どこから来たかを聞いて)「岐阜県の白川郷の合掌造りも茅葺屋根ですね」というお話もしてくれて、話が弾みました。

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その茅葺屋根の一部が見えます。

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きちんと手入れされた庭園に、穏やかな冬の陽が降り注いでいます。
自分が住人だったら、こんな日は縁側でずっと佇んでいられそう。

係員の方のおもてなしに感謝しつつ、大原邸を辞します。

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まっすぐ行くと「勘定場の坂」、坂を下ると商人町の通りに達します。

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「勘定場の坂」、その先は杵築城、そして豊後水道の海が見渡せます。

「勘定場の坂」は東方向に下りていきます。東方向、ということには遥か先には富士山があります。

ガイドマップによると、途中の石畳、下から24段目の石段に「24(西)の富士山」と呼ばれる富士山の形をした石があり、そこがパワースポット、とのこと。
さきほどの案内のなかでもそんな話が出ていたこともあり、石段を下りながら探します。

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見つけました♪
写真中央が「西の富士山」。しっかりとパワーをもらいました。

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坂の登り口を下から。
振り返ると目の前に、杵築城へ続く坂の入口があります。

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城山公園への坂を登った先にお城がありました。

杵築城は海と川の河口に3方を囲まれていて、海に突き出たような格好になっています。(トップ写真)
まさに天然の要塞のようで、写真映えする立地ですね。

模擬天守の内部は博物館になっています。一通り見学した後、最上層へ。
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北側には国東半島の山々をのぞみ…

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東側は豊後水道、その先には四国の佐田岬半島までみることができました。

長年、地図で見ていた国東半島と佐田岬半島、どちらも実際に目にするのは初めてです。やはり、未踏のエリアに降り立ったり、目にしたときに感じる空気感を味わうには、実際に訪れるよりほかにありません。これこそ現地を訪れる醍醐味、ということを改めて実感します。

お城からまっすぐに伸びる通り沿いに、高台に挟まれた「商人の町」が続きます。

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バスも通る通り沿いに、商家や公共施設などが並びます。先に書いた通り、新しい家も黒板張りや白壁の住宅が多く、電柱も無いので、市街地全体が旧城下町の面影を良く残したすっきりとした街並みを残しています。通りを歩くと、所々に北台や南台に上る坂や石段が左右に延びていました。

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商家の後ろには高台の崖が続き、その上には武家屋敷の土塀が。それが通りの両側に見えます。
見れば見るほど、不思議な造り、でも白壁と黒板張り、そして格子窓が続く街並みは懐かしさと落ち着きを感じさせ、またどこかほっとできて、魅力いっぱいの街でもあります。

その魅力は1編の記事だけでは描ききれず…長くなりそうですので続きは、「その7」にて。

Posted at 2026/01/18 20:46:29 | コメント(1) | トラックバック(0) | 街歩き | 日記

プロフィール

「[ハイタッチ!drive] 2025年12月28日 移動ルート」
何シテル?   01/03 10:46
ルーミーやハスラーで行く、ドライブラリーと下道ドライブ、1泊や日帰りの街歩き小旅行、更には日常生活で興味のあるお話などなど、ブログで細々と綴っていきます。 ...
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街歩きの記録 
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愛車一覧

トヨタ ルーミー トヨタ ルーミー
アルファードに代わり、ぐっと小さくなってルーミーがやってきました。 取り回しの良さと後席 ...
スズキ ハスラー スズキ ハスラー
スイフトスポーツに代わってやってきました。 可愛さの中にも精悍さがあるデザインに魅かれて ...
ホンダ フィット ホンダ フィット
ドライブラリー&通勤専用車として、2003年2月~2008年8月まで活躍してくれました。
ローバー 200シリーズ ハッチバック ローバー 200シリーズ ハッチバック
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