公衆温泉のひとつ「渋の湯」 こぢんまりとしており清潔にたもたれている
旧門司港関税
補修はしてあるものの当時の煉瓦が今も残る
歩行者専用の「跳ね橋」はここだけとか
旧大阪商船
三井倶楽部
三宜楼(さんきろう)では食事もできる
すべてを回り終えると16時をまわっていた。しかし、よく歩いた。
16:35 新門司港到着。出港まで3時間以上あるが、もう観光する気にはなれない。
待合室でテレビを見ながら休息をとる。
明日は我が家である。
車も運転手もたくさん距離を伸ばした。
また、年始めに訪れよう!
8:30 人吉の宿を出発。今回の一番の目的地、大畑(おこば)駅へ向かう。30分ほど田舎道を走ると到着である。列車で何度か立ち寄ったが、撮影のために訪れたのは初めてである。
列車が来るまでには十分時間がある。しかし、撮影しぞこなうと次は2時間後である。
ひとまず駅付近を撮影。もちろん誰もいない。
カメルーン代表を受け入れたという事実の重さと、それによる「中津江村」のネームバリューが認められ、日田市との合併でも独立した地名としてその名を残すこととなったそうである。
09:07 鯛生金山到着。早着減点1時間である。調べておけばよかった事だが、開園は10:00 であった。学生時代地質を学んでいたと言うこともあり『鉱山』と聞くとつい見学したくなる。 吉野ヶ里遺跡で昼食を済ませ 12:00 に出発。雨も上がり、目指すは今日の宿泊地「日田」であるが、その前に寄り道して「小鹿田焼(おんたやき)の窯元」を訪れることにする。
大分自動車道を杷木インターで降り県道52号線へ。県道107号線入り日田彦山線を渡ってからが大変であった。すれ違いができないほどの狭い道。林道の方がまだ広い?。
本当にこれで行けるのかと心配になった頃到着(13:10)。
小鹿田焼の窯元は人里離れた小さな村にあった。今でも登り窯を使う、昔ながらの窯元である。最近、東京方面で人気があり、小鹿田焼が品薄とも聞いた。
自宅近くに瀬戸市がある。「瀬戸物」の由来になるぐらい有名な街で、ここ小鹿田とは比べものにならない規模である。しかし稼働する登り窯はもう無い。ガス釜に移行してしまった。
十軒あるかどうかの窯元は、陶土も自然の水力を利用し自前で作っている。陶器に関する知識のない私にとって、焼き物の善し悪しは全く分からないが、村全体が生きた博物館のようである。時間があればぜひ訪れたい場所である。
小鹿田の窯元から30分で日田の宿に到着。宿に車を停め、散策を開始。
その昔、天領であっただけあり大きな街である。町並みから外れ三隅川沿いを歩く。鵜飼いも行われる川とあって水がきれいである。
この辺りは石積みの川原越しに、天領だった日田をしのぶことができる。
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