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2021年12月31日 イイね!

仕事納めのあとは、年越しはしご酒

仕事納めのあとは、年越しはしご酒


マレーシアで年越しするのは、
去年に続き2回め。
多民族、多宗教国家のマレーシアは、
民族ごとに新年が違います。




なので、西暦の大晦日も基本的に仕事。
ですが、勝手に仕事納めと位置付けて、半ドンにしました。

カミさんが送ってくれた荷物が、たまたま大晦日に会社に届きました。
誰かが必ず受け取ってくれるので、会社宛てにしてもらっているのですが、今日は朝から休まなくて良かった~。


中にはお酒と食料、そしてお正月のお飾り。


今年2月父が他界し、服喪の身なのですが、神様へのお供え物ということで飾り付けを。







お正月を迎える準備はできたということで、今夜は「はしご酒」です。

1店めは「Bistro Fiore」
もずく酢と生ビールを。


おでんも頼みました。
今夜は、年越しそばの振る舞いサービスがあります。



二件めは「吉成」へ
軽くお刺身を赤霧島ロックで。


そして3件め、
「吉成」のスタッフさんと常連さんの年越し呑み会に便乗して、近所のホテル27階のラウンジ、
「IMPERIAL CHAKRI PALACE」
何故かタイ料理のお店!?



BEEFEATERのジントニックをいただきます。



27階から、大晦日のクアラルンプールの夜景。いつものベランダからとはちょっと違うアングルで。

2021年の締めくくり。
今夜はここで年越しして2022年を迎えます。

今年もありがとうございました。
皆さん、よいお年を!?


Posted at 2021/12/31 22:27:21 | コメント(7) | トラックバック(0) | 近況 | 日記
2021年12月26日 イイね!

【鉄道雑誌あれこれ】「ヨンサントオ」国鉄ダイヤ大改正時刻表を読む

【鉄道雑誌あれこれ】「ヨンサントオ」国鉄ダイヤ大改正時刻表を読む


小学生の頃から毎月、
何かしらの鉄道系雑誌を
読みふけってきたのですが、





マレーシアに来てからも、某世界的通販会社の国際便で日本から直送したり、本社事業本部止めにした個人用雑誌を、総務の妙齢のお姉さまのご厚意で車内便に紛れさせて、現地法人に送ってもらったりしています。
(私権乱用ギリギリの範囲か…。)


これは、鉄道ジャーナル社発行の月刊誌
『鉄道ジャーナル』
グラフィックの綺麗さと、鉄道総合情報誌を標榜するだけあっての、車両から路線、観光、各鉄道会社の経営状況から都市再生と地方創成に至るまで、豊富な話題と情報量が魅力。
小学校4年生の時から48年間毎月、1号も欠かさず買い続けています。
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『鉄道ジャーナル』2022年2月号の目次。
特集は「アフターコロナの新しい鉄道とは」

これを眺めるだけでも、今の鉄道が抱える複雑かつ深刻な問題が伝わってきますね...。
元国鉄九州総局長、初代JR九州社長石井幸孝氏の、フリーゲージトレインを再考する記事、「長崎新幹線とフリーゲージ車両」も気になります。
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こちらも鉄道雑誌の老舗、株式会社電気車研究会発行の月刊誌
『鉄道ピクトリアル』

カラー写真は少ないものの、学会誌のような体裁で、ち密な取材と調査に裏付けられた、技術的かつ歴史的な話題に関する細かい情報が魅力。
毎号は買わず、興味ある特集記事のときに購入しています。

2022年1月号の特集は、
「思い出のキハ20系」
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『鉄道ピクトリアル』2022年1月号の目次です。
国鉄・私鉄のキハ20系気動車にまつわる裏表の話題が徹底的に網羅されています。
こちらにも「キハ20系開発の頃」と題して石井幸孝氏が投稿されています。
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日本の鉄道雑誌では最も早く創刊され、今も発行され続ける歴史を持つ月刊誌、
『鉄道模型趣味』

創刊は戦後間もない1946年。
1号と2号はガリ版刷りの同人誌のようだったそうです。
HOゲージの車両づくりに没頭していた中学、高校の頃購入していましたが、今回惹かれるものがあり、ほぼ40年ぶりに思い立って購入。
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『鉄道模型趣味』通称TMSの目次です。
心惹かれたその記事とは、
「島原鉄道の気動車4選」
以前は九州島原半島の東側4分の3周、諫早から加津佐までの75kmを営業していた島原鉄道。1970年代まで、キハ55系やキハ20系の自車発注車が諫早から国鉄に乗り入れ、長崎から来る急行「いなさ」などに連結されて博多まで直通していたのですが、この直通車両に関する資料が少ないと思っていたところ、それをNゲージ車両で模型化したという記事に吸い寄せられてしまいました。
しかし、表紙イメージから記事構成のスタイルまで、40年前とほとんど変わらないのが凄い!?
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そして、雑誌と呼ぶのは少し違いますが、情報誌の最たるもの「時刻表」。
復刻版が出ていて、まだ在庫があるということで購入したのが、JRの前身「日本国有鉄道」略して「国鉄」の、伝説のダイヤ改正、いわゆる「ヨンサントオ」と呼ばれた昭和43年10月ダイヤ改正に合わせて発行された、
『日本交通公社の時刻表1968年10月号』の復刻版。

日本交通公社は英語で「Japan Treble Bureau」、今のJTBです。
外装には緑系のカバーが掛けられているのですが、
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それを外すと当時の表紙が現れます。
昭和43年10月のダイヤ改正「ヨンサントオ」は、全国に特急列車を増発し、未だ東京、新大阪間だけだった新幹線と接続させて、日本列島を高速列車ネットワークで結ぶという画期的なダイヤ改正で、485系や583系電車、181系気動車など、国鉄時代の代表的な新性能車両が一気に登場しました。

写真は「ヨンサントオ」の前年にデビューした、世界初の昼夜兼行寝台電車581系の改良型583系。581系が直流1500Vと交流20000V/60Hz用で西日本向けだったのに対して、583系は整流器が交流50Hz/60Hz共用となり、「ヨンサントオ」で上野-青森間「はつかり」「はくつる」として東北地方にも進出しました。
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背表紙には「日本交通公社」の文字。
ちなみに、JRの大型時刻表にはJTB発行のほか、国鉄時代は弘済出版社が発行し、今はJR標準の交通新聞社発行のものがあります。
国鉄時代は日本交通公社の時刻表が標準で、みどりの窓口など業務用時刻表の背表紙には「日本交通公社」ではなく「日本国有鉄道」と書かれていました。
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裏表紙は広告。
このときはキリンラガーの瓶ビールだったのですね。
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新大阪で新幹線に接続する、東海道・山陽本線の夜のページを開くと、
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「月光」や「明星」など581系寝台特急電車が、順に新大阪から九州に向けて出発。
それを追うように、山陽、山陰、瀬戸方面の10系客車寝台急行が次々と発車していきます。
その合間に北陸線からの特急「雷鳥」が、米原から終着大阪を目指して東海道本線を走る。湖西線の開業は1972年ですから、この頃の北陸線列車は、まだ全て米原経由でした。
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これは京都鉄道博物館のクハ581「月光」とクハ489「雷鳥」の展示です。
「ヨンサントオ」以降、こうした出会いが日常的に新大阪や大阪で繰り広げられていたのですね。
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次に東京始発、東海道本線下りの、夕方から夜にかけてのページを開くと、
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当時は20系、九州方面の寝台特急ブルートレイン「富士」「さくら」「あさかぜ」等が次々と発車していったあとは、10系寝台急行の世界へ。
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当時まだ急行だった列車群は、山陰方面「出雲」、今は廃止された「紀伊」、四国連絡「瀬戸」、山陽方面「安芸」、そして大阪方面「銀河」と続きます。
「出雲」と「瀬戸」は、今や最後の定期寝台列車となった特急「サンライズ瀬戸・出雲」の前身ですね。

「紀伊」と「銀河」を除き、これらの急行は食堂車を連結しているのですが、東京19:55発35列車 急行「瀬戸1号」と、東京20:45発39列車 急行「瀬戸2号」を見比べてみると、「瀬戸2号」や他の寝台急行は食堂車マークの『ナイフとフォーク』なのに対し、「瀬戸1号」だけは、軽食堂ビュッフェを示す『コーヒーカップ』マーク、これは?
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巻末の「列車編成表」を見てみると?
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当時の列車号数は『下り奇数、上り偶数』ではなく、下りも上りも連番でした。
下り「瀬戸1号」上り「2号」も、下り「瀬戸2号」上り「2号」も、どちらも6号車が食堂車を示す「食」となっていて、下り「瀬戸2号」上り「1号」にビュッフェの表記はありません。
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下り「瀬戸1号上り「2号」の食堂車は、10系客車として設計されるも、旧車客車の台枠を流用し車体を載せ替えた改造名目で登場したオシ17形。台車は専用に新造されたシュリーレン式TR53を履きます。
当時の一般客車の食堂車には、オシ17形のほかスハ43系のマシ35形や、オハ35系のマシ29形がありました。
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定員40名、スイス国鉄の車両をモデルに設計されたヨーロッパスタイル。
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20系が登場する前の特急にも使われましたが、1972年(昭和47年)大阪-青森間の急行「きたぐに」北陸トンネル火災事故の出火元(電気系統のショートと言われます)となり、連結中止、全車廃車に。
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対して、下り「瀬戸2号」上り「1号」のビュッフェ車は、同じく10系のオシ16形。こちらも旧型客車の車体載せ替え改造で登場しましたが、台車は改造種車から流用のTR47やTR23でした。
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急行電車153系、165系、471系などや、0系新幹線のビュッフェが、半室普通車の合造車なのに対し、オシ16形はビュッフェながら全室食堂車。
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中央に厨房とカウンター席。車端部にテーブル席とカウンター席があり、文字どおり軽食と酒類やジュースなどが提供されていました。
カウンター席に座り、流れる街の光を眺めながら呑むウィスキーのロックは格別だったでしょうねー。
サラリーマン憩いの場オシ16、タイムスリップして乗ってみたい…。
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別の雑誌で寝台急行「瀬戸」の編成をチェックします。
グラフィックな鉄道誌『 j train 』。
これはちょっと古い2015年通巻59号。特集は「客車編成今昔」
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「ヨンサントウ」から2,3年経過した頃の「瀬戸1,2号」と「瀬戸2,1号」が載っています。
予想どおり、下り「瀬戸1号」上り「2号」の6号車がビュッフェオシ16形に対して、下り「瀬戸2号」上り「1号」の7号車が食堂車オシ17形となっていました。
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ここで、下り「瀬戸2号」上り「1号」の3号車から6号車にちょっと気になる車両が連結されています。

1971年10月から急行「瀬戸」が寝台特急に格上げされる1972年3月まで、分散電源方式の新系列寝台特急客車14系の量産先行車4両が、現場訓練を兼ねて試験的に急行「瀬戸」に組み込まれていたのでした。10系客車やスハ43系特別二等車(特ロ)スロ54に挟まれた14系。同じブルーでも色合いが異なり、白のラインもあって目立っていたと思います。

これは九州鐵道記念館に保存されている14系寝台車スハネフ14形。
(ハレーション画像ですみません)
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同じB寝台でも10系や20系のベッド幅が52cmで寝返り打つのも大変だったのに対し、14系のベッド幅は70cmに拡大。試験運用とはいえ急行列車に新型車両が組み込まれたのは破格のサービスだったのですね。



いやぁ、鉄道の歴史の紐解きは面白く、興味が尽きません…。



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Posted at 2021/12/28 06:39:57 | コメント(6) | トラックバック(0) | 鉄学 | 日記
2021年12月24日 イイね!

長かった1週間、ようやく金曜日!?

長かった1週間、ようやく金曜日!?色んなことが起こりすぎて、退屈する暇も与えてくれないマレーシア。
でも、金曜日の夜は平等にやって来ます。
今夜はいつもの「吉成」で、霧島ロックの前に 、鯉川純米吟醸を冷やを、いただきます。生牡蠣とアオリイカとともに...。



追っかけは、アサリとトマトの酒蒸しに、鴨のつみれのお吸い物。
鴨は大将のサービスです。
わーい\(^^)/



あー、今夜はクリスマスイヴでしたねー。
皆さん、メリークリスマス(;^o^)メ
Posted at 2021/12/24 20:36:05 | コメント(4) | トラックバック(0) | 近況 | 日記
2021年12月20日 イイね!

【Urgent】マレー半島集中豪雨で数十年に一度の洪水に直面…!?

【Urgent】マレー半島集中豪雨で数十年に一度の洪水に直面…!?

赤道の少し上、北緯3度に位置する、
マレーシアの首都クアラルンプール。
11月から4月までは雨季、
と言われます。




マレーシアは、マレー半島の南半分と、ボルネオ島の北半分からなる国家。
マレー半島の先端はシンガポールで、ボルネオ島はインドネシアと接しています。
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首都はクアラルンプール。
そして、その西側のセランゴール州シャーアラムやクランに工業が集まっています。
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雨季と言っても、1日中雨が降り続くことはなく、逆に乾季でも、強い日差しで積乱雲が発達してスコールが降るので、年間を通じて気候の変化はそれほど感じない南国なのですが…。
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12月16日木曜日から降り始めた雨は、一日中降り続き、夜になっても止む気配が無く…。
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17日金曜日も朝から土砂降りの雷雨が続く。


さすがにこれは何かおかしいぞ、と思い始め…。
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セランゴール州を流れる河川は、クラン川に集約されて、重要港湾クラン港に注ぎます。
そのクラン川が、シャーラム近くのほか、10カ所で堤防が決壊し氾濫。
のちの発表で、クアラルンプール周辺の1日の降雨量は400㎜以上に達した、とのこと。
セランゴール州の場所によっては、1か月分の降雨量が1日で降ったらしい。
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18日土曜日、
当社の第3工場屋上から見えるクラン川です。
川幅が異常に広がっています。
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工場裏手を流れるクラン川の堤防が決壊して越水した、と動画が送られてきました。
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同じ頃、18日土曜日の朝、
外国人労働者宿舎から交代勤務者を乗せた通勤バスから、
『道路が増水して前に進めない』
と、連絡が入りました。
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タイヤ高さの水の中をバスが進もうとする動画が送られてきました。
バスのマフラーが水没し、激しく泡立っています。
さすがに「これは危険!」と判断。
工場に向かわず、すぐ宿舎へ引き返すよう指示しました。
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18日土曜日朝、
第1工場から第4工場まで、この日の操業停止を指示。
その後、
工場内まで浸水してきたとの情報が入り、
出勤者へ『総員退避命令』を発出。

避難開始時、水位はヒザ上くらいまで達していました。alt

『総員退避!』など、これまで発出したことも無ければ、自身が経験したこともありません。
とにかく人命優先です。
避難用に手配したバスが待機するところまで、水の中を歩いてもらいました。
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当社の工場は第1工場から第4工場まで半径1.5kmの範囲で分散しています。

18日土曜日の夜から19日日曜日にかけて増水は続き、比較的高い位置にある第1工場と第4工場は浸水しなかったものの、最下流側にある第3工場は床上5~60cmまで浸水し、1階にある殆どの機械と、その制御盤、受電盤が水に浸かりました。

その近くの第2工場は床下20cmくらいまで浸水したものの、建屋内まで水が入ることはかろうじて免れました。
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周辺の高速道路、主要道路は相次いで通行止めに。
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18日土曜日から19日日曜日にかけて、セランゴール州は大規模な洪水に発展。
クアラルンプール市内も低いところは浸水が始まっています。
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18日土曜日撮影、水没したクランの市街地。
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(共同通信ニュース)
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(時事通信ニュース)
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(共同通信ニュース)
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外国人労働者宿舎の周辺です。18日土曜日撮影。
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スコールで低い土地の浸水は頻発するものの、ここまで大規模な洪水は、数十年に一度のレベル。ウチの会社がマレーシアに進出して33年になりますが、工場が浸水したのは初めてです。

幸い、今私が住んでいるコンドミニアムは高台にあり、直接の洪水の影響は受けませんでした。


浸水し、水位が上がる中、工場と従業員を守ってくれた、ガードハウスのセキュリティチームです。
最深水位では、ガードハウスの床上まで水が入りましたが、パニックにならず冷静に対処してくれました。
「ありがとう」
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18日土曜日の第3工場周辺です。
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19日日曜日、ようやく雨は小康状態に。
雨が上がったのを見計らい、通行止めを避け、クルマで通行できる道路を乗り継いで、工場の様子を見に行きます。
第3工場周辺は浸水したまま…。
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第2工場の中に入りました。
電力会社の変電所が浸水したため、安全のため受電盤主電源をカット。
工場内は停電したままですが、床上浸水は免れました。
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20日月曜日、マネージャークラスを召集し緊急対策会議を開いて、
・従業員の安否確認と出勤可能者の把握
・各工程の状況、仕掛品の状況
・各機器の停止状態
・電気、水、空圧などユーティリティ

など、各部門での、わかっていること、これから把握すること、を再確認して、逐次報告するよう指示しました。

そして、安全を確認した工程から、順次操業を再開。


21日火曜日、すっかりいい天気になり、クラン川の水位も下がりました。
しかし、シャーアラムやクランの海抜の低い地域は、まだ水が抜けていないとの報道が。
21日現在、今回の洪水の死者は全国で17名、と伝えられています。
洪水の規模の割には犠牲者が少ないのは、日本のような鉄砲水にならず水位上昇がゆっくりなので、逃げる時間がある、ということか。
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21日火曜日、第3工場の構内も周辺も水が引きました。
保険会社に同意を得たのち(現状保存しないと査定できない可能性があるため)、出勤してきた従業員で、片付けを開始します。
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第3工場構内に残され流されたクルマと、空のドラム缶。
ボンネットまで水没したのがわかります。
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泥水なので、水が引いても泥が残り、一面被ったようになります。
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皆んな、黙々と働いてくれています。
会話が明るいのは救いですねー。
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片付けは進んでも、水没、損傷した機械の復旧はこれからです。
電気系統がやられているのですが、世界的な半導体不足の今、交換用、補修用の基盤や電子部品がスムースに入荷するのかどうか、かなり怪しい状況...。
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感染も防止しなければならず、
本社や営業への説明と生産調整も続いて…。
全然、退屈する暇は持たせてもらえません...。

さあ、令和の今、
ニッポンのビジネスマンの私は、24時間戦えるでしょうか?
五里霧中、暗中模索が続きます...。

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Posted at 2021/12/22 06:23:59 | コメント(11) | トラックバック(0) | 近況 | 日記
2021年12月13日 イイね!

【発見マレーシア】KLでネオクラな日産車のセダンに出会う51

【発見マレーシア】KLでネオクラな日産車のセダンに出会う51



会社近くの裏通りを走っていると…!?




路上駐車する日産のネオクラなセダン。
N13系の三代目パルサーですね。

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30年以上前のモデルですが、ほぼ原形を維持。
シンプルなアルミホイールも似合ってます。

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ピントが合っていませんが、これもN13系パルサー。
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一瞬、80カローラかと思ったのですが…!?
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パルサーでした。ヤレ感ありますが、ナンバーついてます。
ホイールキャップは純正ですね。

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コチラは、B310系の4代目サニー。40年ほど前のモデル。
恐らく再塗装だとは思いますが、キレイに維持されています。
走り屋っぽいアルミホイールがいい感じ。

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ちょっと古い日産車も、まだまだ走っています。
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Posted at 2021/12/16 06:52:19 | コメント(4) | トラックバック(0) | クルマ | 日記

プロフィール

「@フレンドリー182 さん、北の大地上陸ですか〜!? 壮大なスケール感、楽しんできてください。
(^^)b」
何シテル?   08/10 06:08
柴犬のLEN吉、本名「レン」永遠の12才です。 クルマでお出かけするのが大好き。 イベントで見掛けたら、声を掛けてください。 (^^)/
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