
少し間が空きましたが、
忘れていたわけじゃありません。年をとった分、動きが遅くなったのと、色々多忙なため・・・略
2日目は別府から
あそぼーい!と
A列車で行こう、そして最後は九州新幹線・
つばめ325で鹿児島中央まで行った。。。ところまででした。
鹿児島中央では天文台?いや
天文館という
不思議な名称の繁華街で、鍋を囲み。。。
何れの画像もクリックで
拡大します。
しこたま酔っぱらったので、省略することとします。
なお、繁華街の名称・
天文館については、
江戸時代に、西洋文明を進んで取り入れた島津のお殿様が、1779年に天文観測や暦の作成などを行う施設「明時館(別名天文館)」を建てたことが名前の由来になっている
ことが、先ほど調べて判明しました
( ^ ^ ゞ
さて、3日目は、開聞岳までバスで行って、指宿発の
指宿のたまて箱(以下、
いぶたま)に乗って戻って来る予定でした。なので、
前回かすった
最南端の駅・西大山にも行けるかなぁ、と期待していたのですが、鹿児島市内の渋滞を抜けるのに時間を要して・・・肝心の
いぶたまに乗り遅れるのも具合が悪い、ということで開聞岳はパスして
指宿駅に直行、となりました。
その鹿児島市内の渋滞にはまりながら・・・

鹿児島市
中央公民館 ・・・
趣のある佇まいだなぁ、と撮ったものの、先ほど調べたら。。。
昭和天皇の成婚記念事業として大正末期に起工、昭和2年に鹿児島市公会堂として開館。公会堂建築としては、大阪市中央公会堂より9年後の開館、東京市公会堂(現在の日比谷公会堂)よりも2年早い!
ということでした。
鹿児島市中央公民館前の信号脇にあった
西郷さんの
像。歩行者用信号機の
人影が亡霊のように映ってしまってます。
途中、屋久杉を加工している工場を見学し(開聞岳に行けない分のお余り)、ここで
旅行支援の恩恵を屋久杉で作った
お箸とお椀に充当しました。最近、機嫌よく使用しています。
指宿駅には充分余裕をもって到着。
記念写真などと撮って、しっかり観光客してました。ところで、
いぶたまカラー(黒と白)は何を意味しているのかお判りでしょうか?

こんなことをしているうちに、下りの
いぶたま1号が到着しました。
これが
折り返しのいぶたま2号になり、我々はこれに乗ります。
我々が乗った
いぶたま2号 ・・・
キハ140-2066です。
この個体は
元「はやとの風」を転用した予備車両です。
指宿市の職員さんたちの
見送りを受けて出発
!
走り出したところです。
木目張りの室内壁がレトロな雰囲気を醸し出しています。
早速
! 家内は
いぶたまぷりんを 私は
ストラップを買い求めました。

キハの室内。北条鉄道のキハ40に比べると。。。
かなり揺れます。線路のせいかなのか?速度のせいなのか??不明です。
他のD&S列車と同様、このようなサービスもあります。
鹿児島に近づくにつれ、
桜島が真横に見えてきました。
鹿児島中央駅で降車します。
その時に見た
玉手箱の演出・・・
ミストです。ドアが開くと吹きます
!
鹿児島中央からは
さくら556で
新鳥栖へ移動します。
はい、
限定醸造に弱いワタシです。
新鳥栖からは
リレーかもめ33で
武雄温泉駅へ・・・
リレーかもめ33は
787系でした。787系に乗るのは
28年ぶりくらいかなぁ・・・

武雄温泉駅からは西九州新幹線・かもめ33に乗ります。この日で開業してから2か月も経っていませんでした。
まずは室内。これで西九州新幹線の
かもめは700S型車両であることが判ると思います。又、室内調度品は、10数年前の
ANA国際線B777のビジネスクラスに似た仕上げになっています。

僅か
19分、
諌早駅で
かもめ33から降りて、ようやく外観を撮ります。
かもめの文字はJR九州社長
青柳氏の揮毫です。
青柳揮毫の印が見えます。
諌早駅を出発する
かもめ33・・・撮りそこないですけど。
この日は諌早からバス移動で
雲仙温泉♨泊です。
早いチェックインになりましたので、暗くなる前に
雲仙地獄を散策することにしました。
最後に雲仙を通ったのは、カルディナでの初ドライブ時ですから、
27年前だったと思います。更に
雲仙地獄を散策するのは。。。恐らく
53年ぶりです
!
いぶたまの
記念乗車証。
いよいよ次は最終日です。長崎市内を少しだけ観光して、この旅最後の観光列車に乗ります。
つづく
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Posted at 2023/01/12 11:47:44 | |
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