今回はカーコラと解説以外の初の記事となる自動車研究の記事を書くことにしました。あまり知られていないであろうマイナー車について取り上げようということでこのタイトルにしました。
今回取り上げるのは日産が80年代から90年代にかけて欧州限定で販売していた商用車、トレードです。
海外市場では当然のことながらラインナップも日本と異なる上、地域ごとに様々なモデルが展開されています。日本では販売されていない海外専売車種も勿論多数存在しますし、それだけでは珍しくありません。

同じ日産製の海外専売車の例としてもう少し後の時代になりますが、リヴィナという車種です。アジアンテイストにはなってますが、日本でも販売されていた先代E11ノートとも少し似ており日本車らしさは感じるかと思います。
しかし今回取り上げる車種は後年のようなルノーからのOEMや、フォードにOEMされたクエストの逆でOEMを受けていた…では無く日産のスペインの現地法人、日産モトール・イベリカが作っていた自社製の車種であるにもかかわらず日本車らしさというのが微塵も無いといっても良いのが特徴です。

こちらが今回紹介するトレードです。
比較用に同時期に販売されていた車格が近い車種であるE24キャラバン/ホーミーの輸出仕様であるアーバンの写真を並べてみます。ちなみに当時、並行して欧州でも販売されていました。
トレードは日本車らしさの欠片も無いような欧州車チックなデザインでとても同じメーカーが同じ時期に製造していた車種とは思えません。
確かに、製造していたのはスペインの現地法人の日産モトール・イベリカで、同時期にミストラルやサファリ(現地名はそれぞれテラノⅡとパトロール)なども製造していました。
しかしこの日産モトール・イベリカ、実は元から日産のスペインの現地法人として設立された訳ではありません。全く無関係の現地のメーカーであり、エブロブランドで商用車やトラクターを製造していたモトール・イベリカ社を日産が買収して進出したものでした。
そしてトレードは、日産とまだ無関係だった頃に独自で開発した車種を引き継いで生産していました。そのため日本車らしさの欠片も無い欧州車チックなデザインの車を日産が作っていたのです。またもう一つ同じ経緯を辿った車種としてLシリーズという中型トラックもあり、こちらもいずれ紹介する予定です。
まずはこのエブロブランド、モトール・イベリカ社の経緯について述べていきます。スペイン語版のウィキペディアのサイトの
Ebro(automoviles)を翻訳サイトにかけながら調べてみました。
元は1920年にフォードのスペイン法人として設立されたそうです。ところがスペイン内戦により工場閉鎖して機能しなくなっていたものを国有化して再出発させ、1954年にモトール・イベリカ社として設立されました。エブロというブランドの名前はスペインの川や都市の名前に由来すると思われます。(富士重工業のスバルや東洋工業のマツダなどと同じような事例)。
その後、1967年にはアメリカの農機メーカー、マッセイ・ファーガソン社が資本参加しますが1979年から1980年にかけて撤退します。
またこの時期アルファロメオとも業務提携?していた他、(この提携によって生まれた車種についても関係が深いため後述します)、セアト(スペイン最大の自動車メーカーで、ワーゲン傘下)など様々な国内メーカーとも提携していたそうです。
そしてマッセイ・ファーガソン社が撤退した直後、その資本を我が日本の日産自動車が買収して進出しました。当時ちょうど910ブルーバードやS110シルビアなどが大ヒットし、後の経営悪化の元凶を作った石原俊社長の時代のことです。当初日産の出資比率は34%でしたが、1982年には53%に引き上げられました。この頃からカタログに日産のマークが入るようになり、また初代の120型バネットや160型サファリの現地生産も始まりました。
1987年にはついに日産の完全子会社となり、日産モトール・イベリカとして再出発して現在に至るわけです。この際、トラクター部門は切り離されてこれまた日本のクボタが買収したそうです。
フォードの現地法人から始まり、アメリカの農機メーカーの資本が入り、イタリアのアルファロメオや他の多くの国内メーカーとも提携し、最終的に車とトラクターがそれぞれ日本の日産とクボタに枝分かれして引き継がれるという、スペイン、アメリカ、イタリア、日本の4か国の自動車メーカー・農機メーカーとの非常に複雑ながらもグローバルな関係による歴史があったのです。
さらに現在、日産はフランスのルノー傘下ですしルノー由来の商用バンであるプリマスターやNV400も日産モトール・イベリカでの生産実績がありますから、さらにフランスも加わって5か国のメーカーとの関係があったという訳です。

現在は欧州向けにキャブスターやナバラ、NV200などの商用車を製造しています。実は日本で販売されているe-NV200もここで生産されています。また開発部門が現在も残されており、NT500の開発は確かここが独自に行ったはずです。
さてここから本題の車種の紹介に入ります。
トレードは1976年、それまでのF12/A12というワンボックス車の後継としてデビューしました。当初はF260/F275/F350という名称で特定の車名は無かったそうです。当初からバンとトラックがありました。

これがデビュー当初の姿で、全体的には商用車らしく非常にシンプルながらもこの時代のバンで4灯ヘッドライトは日本のE20キャラバン/ホーミー同様、中々の豪華装備なのではと思います。外車に関しては知識が全然無いのでよく知りませんが…
それにしてもこの直線的で角ばったデザインは1976年の登場ということを考えると、当時は中々先進的だったのではと思います。

そしてこれが先代型にあたるF12/A12というモデルのようです。調べたところどうやらこれがアルファロメオ・ロメオという車種のライセンス生産のようです。(つーかアルファロメオってワンボックスも作ってたのか…)
外車に詳しくないうp主でもアルファロメオと言えばスポーツカーやホットハッチなどのメーカーというイメージで、商用バンとは無縁と思っていただけに意外でした。
このF260/F275/F350はどうやらAvia(アヴィアって読むのか?)という現地のメーカーでも販売されていたようで、そちらではAvia 1000/ 1250/2000という名称だったそうです。恐らくこれも前述の提携した国内メーカーの一つでしょう。
当初、エンジンは英国のエンジンメーカーのパーキンス社製のエンジンを搭載していました。このパーキンス社は日本でもマツダのタイタンやボクサー向けにディーゼルエンジンを供給していた会社です。
正式な時期は不明ですが、日産の出資比率が上がった1982年かその前後の年の頃にマイナーチェンジが行われて角型ヘッドライトに変更されています。

この時の車名はまだF260/F275/F350のままでした。
1985年頃?に車名がここでトレードに変更されています。

この際、フロントグリルのデザインが若干変更されました。

完全に日産の傘下に入る直前の頃の物と思われるカタログ用?のイラストです。エブロ製のトレードやLシリーズ、トラクターに混じって現地名パトロールこと160型サファリが違和感バリバリに写っているのが興味深いです。
1987年、完全に日産の傘下に入ったこの年に大規模なマイナーチェンジが行われます!!それがこの姿です!

後のE25キャラバンのようにキャブオーバーながら鼻のような延長された顔面が特徴です。いや元は普通に平べったかったからS21バネットの方が正しい?? なお、これらの車種のように衝突安全性強化のために延長されたのかは分かりません。
そしてE20やE23キャラバン/ホーミーのモールのようにボディを周るラインが入っています。ヘッドライトなども新造形となり、当時の流行を取り入れたデザインですが日産のどの車種とも似ていません。

リアデザインもこの時に変更されてE24キャラバン/ホーミーのようなテールランプに変更されています。バンパーも新造形となりました。
エンジンもこの時に変更されて日産製の2.0Lと2.3Lのディーゼルエンジンになったようですが型式が不明です。排気量などからしてSDエンジンの可能性もありますが不明です。
この頃のバンモデルのサイズは
・全長 4755mm(ロングボディは5900 mm)
・全幅 1955mm
・全高 2145mm
らしいです。ただし全高はハイルーフモデルがあるのでバリエーションごとに変化すると思われます。
ちなみに同時期の日産のバンのボディサイズを出すと、
*E24キャラバン/ホーミー
・全長 4,420mm~5,010mm
・全幅 1,690mm
・全高 1,950mm~2,395mm
*C22バネット
・全長 4,050mm
・全幅 1,635mm
・全高 1,755mm~1980mm
です。全体的にトレードはバネットは勿論、キャラバン/ホーミーよりもデカいです、、はい、、
さらにトラックは全長が荷台ごとにかなり変化すると思われます。

このようなアトラス4t積のようなデカいのもあれば、

バネットトラックと同じぐらいしか長さが無さそうなのもある訳ですから…
1993年、最後のフェイスリフトを含むマイナーチェンジを受けます。

この時に再び顔が変更され、同時期の欧州での主力車種だったK11マーチやN14パルサー、P10プリメーラ辺りに通ずる2分割グリルを装備しました。これで少しは日産車らしい見た目になったとは思います。
エンジンもこの時に変更されて日産製のA4.28型エンジンというディーゼルエンジンのようですが、日産のエンジンの型式は大半がアルファベット2桁で古い物だと1桁もあるというのが慣例(例:VQエンジン、A型エンジン)なのでちょっと謎です…
検索してみたところ、エンジンにはしっかりとNISSAN A4.28と書かれている上、日産のロゴが入ったサービスマニュアルもあるみたいですが…同時期に生産されていたパトロールにも搭載されていたり、英語版のwikiにはRD28型が搭載されていたともありますが詳細は不明です。
この時期の標準ラインナップは恐らく
・トラック 標準ボディ
・トラック ロングボディ
・トラック 超ロングボディ
・トラック ダブルキャブ
・バン ルートバン 標準ボディ
・バン 標準ボディ
・バン ルートバン 標準ボディ ハイルーフ
・バン 標準ボディ ハイルーフ
・バン ルートバン ロングボディ ハイルーフ
・バン ロングボディ ハイルーフ
だったと思われます。見る限りは窓があるタイプのバンはコンビと呼ばれていたそうですね。またロングボディはフロントドアとスライドドアの間が空いていました。

またダンプなどの特装車も数多く存在しました。
1995年には新たにBD30型ディーゼルエンジンも設定されており、こちらは日本でも最後の自社製2tアトラスであるH41アトラスに搭載されました。1997年にはさらにTD25型が設定されており、こちらは日本でも1tのF23アトラスに搭載されていました。
1998年~1999年頃にウインカーレンズがクリアからオレンジに変更され、これが最終型となりました。

そして1976年デビューのはずがまさかの21世紀まで生き延びましたが、ルノー傘下に入った日産は2001年にルノー設計のプリマスター、インタースターを登場させ、役割を譲る形でトレードはついに絶版となりました。
スペイン車として生まれながらも、途中からメーカーの買収によって日本車の一員にさせられ、今度は日産自体がルノーに買収されるまで見守った25年間…
これは同じように日産に買収されたプリンス自動車(名目上は対等合併だが実質的には買収)やコニー(愛知機械工業)の車種などと同様、弱小メーカーの車種ゆえの悲劇なのかもしれません…海の向こうでも同じようなことが起こっていたのです…