自動車業界では様々な提携や合併が続いていますし、例えばトヨタはダイハツ・日野を子会社化し、さらにスバル・マツダ・スズキまで提携関係を持っています。
しかし、その一方で実現しなかったものや、解消されたものも数多く存在します。
ここでは、もしそんな実現しなかったり解消した合併・提携が実現していたら…というのを考えてみます。
今回はその1として日産に関するものをいくつか挙げてみました。
・プリンス自動車が日産ではなくスバルと合併していたら…
もし、プリンスが同じ中島飛行機が祖先ということでスバルと合併していたら、というものです。chakuwikiにも同じようなのありましたが…
社名は仮ですが、中島自動車…ということにしておきます。正直やってみて特に面白そうなのはコレです。
どちらも技術重視でファンの多い名車を生み出したメーカーですし、何より重複分野が少なく軽から高級車、トラックに至るまで、個性的なのばかりが上から下までがフルラインナップで揃う面白いメーカーが誕生したはずです。
実際、プリンスの技術者達は同じ中島飛行機が祖先のスバルの技術に親しみを持っていたという噂もあります。
ただし問題なのはスバル・プリンスの両ブランドをどうするかでしょう…どっちかにまとめるか、あるいは欧米のメーカーのように並存させるかですね…
この場合、軽・小型車中心のスバルと上級車中心のプリンスに分けられ、稼ぎ頭にあたるレオーネ→インプレッサにあたる大衆車では両ブランドでの兄弟車関係が出来ていたかもしれませんね…
また初代のE10チェリーは元々プリンスが開発していたものなので、これもこの会社から出ていたはずです、またマーチやプレーリーもプリンス系技術者の開発なのでここから出ていたかもです、特に後者のプレーリーにあたるミニバンはあれだけ先進的で技術重視のスバル・プリンスのことですから、日本初のミニバンまでもがこの中島自動車から出ていたはずです…
・仮想ラインナップ(あくまで仮です)
軽自動車が現実のスバル自社製の軽とほぼ同じで、
*ステラorプレオ
*R2/R1orヴィヴィオ
*サンバーディアス
などなど
そして、主力のセダンやハッチバック、クーペなどが、
*コンパクトカーのチェリーorマーチ
*小型車のスバル1000→レオーネ→インプレッサ
*中型車のレガシィ
*中上級車/アッパーミドルセダンのスカイライン
*高級クーペのアルシオーネorスカイラインスポーツorGT-R?
*高級車のグロリア
*フラッグシップの最高級車のグランドグロリア→新車名?
といったところでしょうか、最高級車についてはトヨタがクラウンエイト→センチュリー、日産がセドリックスペシャル→プレジデントと発展したことを考えるとプリンスもグランドグロリアとは違う独自の最高級車を出し、主に得意としていた皇室関係に納入していたはずです…
もちろん、これらをベースとしたワゴンやバン、クーペなどの派生車も多数出ていたはずです。
あとはミニバンが
*プレーリー?
*ドミンゴ→小型ミニバン(セレナクラス)
*ホーミーコーチ→高級ミニバン(エルグランドクラス)
となり、
SUVは現実のスバルと同じ、
*レガシィアウトバック
*フォレスター
*XV
に加えて、プリンスがピックアップトラックのマイラーを作っていたことを考慮すると、それベースの本格オフロードSUVが出ていたかもしれませんね…80年代には出ていたかと…
この場合、急造に過ぎないブラットやバハは存在せず、代わりにマイラーやそれベースのSUVを北米での稼ぎ頭にしていたかもです…
勿論、自社でクロカンを作れている以上、幻のOEM車であるスバルビッグホーンも無かったかと…それにこれだけの大メーカーで且つコンパクトカーも自社で生産している以上、XVより下のコンパクトSUVも出していたはずです。
商用車でも上から下までフルに近いラインナップを揃えていたはずです。
バンだけでも、
*レックスコンビ→ヴィヴィオバン→プレオバン(軽ライトバン)
*サンバーバン(軽バン)
*レオーネバン(小型ライトバン)
*スカイウェイ→スカイラインバン(中型ライトバン)
*グロリアバン(高級ライトバン)
*ドミンゴバン?(小型ワンボックス)
*ホーミー(中型ワンボックス)
が揃いますし、
さらにトラックでも
*サンバートラック(軽トラ)
*マイラー(ピックアップ)
*ドミンゴトラック?(1t以下小型トラック)
*ホーマー(1t小型トラック)
*クリッパー(2t小型トラック)
が揃いますし、
これにマイクロバスに関しても、
*ホーミーマイクロバス
*ライトコーチ
が揃う…というトヨタや日産と同等、いや軽を揃えているからそれ以上のラインナップとなっていたはずです。
ただサンバーとホーミーでは車格の差が大きいですし、その間として仮ながらドミンゴを入れてみましたが、軽の派生に過ぎないドミンゴでホーミーの下を担うのは無理がありますから、流石にバネットやボンゴのライバルにあたる小型ワンボックス/トラックぐらいは開発していたことでしょう…
・日産とスバルの関係が続いていたら…
先ほどのとは別に、日産とスバル(富士重工)の提携が続いていたらというものです。
日産とスバルはプリンスが日産に吸収されたのもあってか長年に渡り提携関係があり、ADをレオーネバンとしてOEMしたり、初代チェリーバンは富士重工の工場で生産されていました。一時期富士重工の経営悪化が噂された際には吸収される噂まで出たことがあります。
しかし、1999年に日産が経営悪化しルノーと提携すると富士重工との提携は解消されてしまいました…
そしてスバルは新たなパートナーとしてGMを選びますが、これもGMの経営悪化によって解消したためにトヨタ傘下に入り、現在に至る訳です…
もし、スバルと日産の提携が解消されることなく、一緒にルノー傘下に入っていたらどうなっていたでしょうか…
まず、日産車が従来の武骨なデザインからルノー車に似たコンサバ風のデザインに一新され、当時は話題を呼びましたが…

・例:プリメーラ
この劇的な変化がスバル車にまで波及していたかもしれません…
そうなった場合、レガシィやインプレッサがV35スカイラインやP12プリメーラにそっくりなコンサバ風デザインになり、広告もモダンさをアピールしたものになっていたかもしれません…
正直想像したくないです…独特の漢臭さがあってこそのスバル車ですから…
武骨さが消えて別のメーカーみたいに日産と違ってスバルはそこが残っているので、いい提携先をスバルは選べたのかもしれませんね…
あとは現実のトラヴィックのごとく、ルノーOEMのスバル車まであったかもしれません…
そして日産は軽自動車を三菱・スズキではなくスバルから調達したでしょうから、現実ではダイハツOEMになってしまったスバルの軽が今でも自社製で続いていたことでしょう…
ステラがオッティorデイズ、サンバーがクリッパーとしてOEM供給されていたはずです…あるいは日産が開発に参加してNMKVならぬNSKVが出来たとか…
その代わりに、日産へのOEMという稼ぎ頭の無い三菱が代わりに軽自動車から撤退…したかもしれませんが、もしこれに加え、さらに現実通り三菱までルノー・日産グループ入りしてたらどうなってことでしょうか…
三菱の軽自動車部門とスバルの軽自動車部門が統合され、ジェイバスみたいに別会社の統括となり、どっちかで担当分野を分けていたかもしれません…(注:ジェイバスとはいすゞと日野のバス部門の合弁会社のこと)

例えば、トッポとパジェロミニを先駆けて出した三菱はトールワゴンとSUVを担当し、

スバル360とサンバーを出したスバルは軽セダン・クーペと軽トラ担当…とかで分担するといった具合に…
また、インプレッサとランエボというWRCで戦ったライバルが同じグループになる訳ですから、ここでも何か動きがあるでしょうね…
ただ、三菱が奈落の底に落ちていくこと自体は現実と変わらない気がします………
・日産の資本提携先がフォードだったら…
日産は経営悪化に伴い1999年にルノーと資本提携し、あのゴーンがやってきて経営再建した(なお今現在はお察しください)というのはご存知だと思われます。
しかし当初、ダイムラー・クライスラーやフォードも提携先の候補に入っていました。フォードは日産の巨額の赤字にドン引きして逃げた…という説がありますが、もしこのままフォードと提携していたらどうなっていたでしょうか…
というか、実はフォードと日産は業務提携レベルであれば過去に提携していたことがありました。日産が北米向けミニバンとして販売していたクエストの初代・2代目はフォードとの合弁で作られたものです。
もし、このまま資本提携まで行けばフォード車とのプラットフォーム共有はもちろんのことですが、2000年代のフォード車は傘下に収めたマツダやボルボ、ジャガーにおいてもプラットフォーム共有を進め、全世界で一つのプラットフォームを使用していたでしょうから、これに日産も加わっていたでしょう。
例えば、初代のBKアクセラはボルボ・S40・V50とフォード・フォーカスと共通のフォード・C1プラットフォームを使用しましたが、恐らくこれにティーダが加わったことでしょう。ただその場合プラットフォームの構造上5ナンバー化が難しいのでティーダは3ナンバーで登場していたはずです。
他にも、マーチやノートはデミオやフォード・フィエスタと同じB3プラットフォームを、ティアナはアテンザやフォード・フュージョンと同じCD3プラットフォームを使っていたはずです。
またフーガやシーマといったインフィニティでも販売される高級車はジャガーやマーキュリー、リンカーンと同じプラットフォームになっていた可能性があります。
現実でも日産はマツダと業務提携し、ボンゴやADなど商用車を中心に相互にOEM供給しあっていたので、同じグループに入るとなるとOEMの事例がさらに増えていたはずです。
マツダの場合1996年に同じく経営悪化でフォードとは大株主から親会社の関係に変わり、これに伴ってZOOM-ZOOMというキャッチコピーによるイメージ戦略やファミリアやカペラという伝統の車名の廃止…といったことが行われたことを考えると、現実通りデザインの大幅な一新やサニー・セドグロなどの伝統の車名の廃止については変わらなかったと思われます。
ただしルノーではなくフォードによるものなので、その内容は大きく変わっていたはずです。
そして、リーマンショックを機にフォードの経営が悪化し、ボルボやジャガー、そしてマツダも売却されたように、日産も売却されたはずです。
この場合、ボルボのように中国企業の傘下になっていた可能性があります……
・日産の資本提携先がダイムラークライスラーだったら…
日産は経営悪化に伴い1999年にルノーと資本提携し、あのゴーンがやってきて経営再建した(なお今現在はお察しください)というのはご存知だと思われます。
しかし当初、ダイムラー・クライスラーやフォードも提携先の候補に入っていました。また日産の本命はダイムラー・クライスラーだったとも言われています。
もしこのままダイムラー・クライスラーと提携していたらどうなっていたでしょうか…
ダイムラー・クライスラーは両メーカーの方向性の不一致などからプラットフォームなどの統合が進まず、またクライスラーの経営再建にも失敗して後に解消されたことを考えると、日産の経営再建が失敗に終わった可能性が高く、つまりルノーと提携するよりも悪い形となったと思われます。
ただ皮肉にも共通化が進まなかったお陰で、90年代までの漢臭く武骨なデザインの日産車がその後も健在だったかもしれません。例えばスカイラインはV35のようにはならず、R34をそのまま進化したR35スカイラインになっていたかもしれませんね。
またクライスラーはダイムラー(ベンツ)と別れた後、フィアットと提携しFCAが発足しましたが、これに日産が加わった可能性があります。社名はFCNA?FNCA?とかになっていたのでしょうか…
ここでは比較的プラットフォームの共通化が進んだことから、マーチやノートとプントやパンダでプラットフォームが同じになっていたと思われます。日産フーガ・クライスラー300・ランチャテーマでプラットフォームの共有も有り得たかもしれません。
そして、2021年にFCAはPSA(プジョーシトロエン)と合併し、ステランティスというグループが誕生したので、ここに日産が加わり、プジョーやシトロエン、オペルともプラットフォームを今後は共有することになった…のかもしれませんね…