富士モータースポーツミュージアムでF1開催50周年展示がされていると知って、そこにはコジマKE007も展示されていると!!
KE007といえばコチラのブログに私の原点とした記事が残してあります。
↓ノイエ汁の『原点』ブログ↓
https://minkara.carview.co.jp/userid/339410/blog/11082017/
動画 初めての対面
https://youtu.be/_IopyRpG3U0?si=5usLCthhTv-y-9Es
動画 グルっとひと回り
https://youtu.be/HHl2yZQNREA?si=pIGR6p5hGzEluURZ
スマホからだと直接動画の貼り付け出来ないんだよねー。興味あったらURLに飛んでください。
こちらが最終コーナーで折れてしまったサスアーム。支点のネジ径をワンサイズ太くして対応したようです。
翌年モデルのKE009も基本シャーシは同じ、
フロントカウル内は空洞。コクピットカウル先端の形状が中のエアの排出を考えたカタチですね。

まだ風洞実験が導入される前の時代。由良拓也氏によるボディーワークです。
翌77年にロータス78がグランドエフェクト構造で積極的にエアロによるダウンフォースを活用するまでは、基本的に空気抵抗を減らすデザインが主流でした。
エンジンはこの時代のスタンダード、フォードコスワースDFV 3LのV8
ミッションもこの時代のスタンダード、ヒューランド製5速。マーチの市販シャーシにDFVエンジンとヒューランドギアボックス積めば比較的簡単にF1マシンは作れたのよね。
直線の長い富士スピードウェイ専用マシンらしく空気抵抗を減らす為にリアウイングの位置も低い。
リヤブレーキはドライブシャフト内側にインボード配置。オーソドックスといえばそうなんだけど、まだリヤサス周りまでは空力を考えてない時代だね。
KE007に後光が
富士レース村のメカニック総出で修理され、決勝レースに間に合わせたエピソード。補修されたモノコックの一部。1mm厚のアルミ板。
まだアルミ板をリベットで張り合わせたアルミモノコックが主流だった時代です。
この後、アルミハニカム材やカーボン素材が出てきます。
*以下、ティレルの表記は当時の読み方のタイレルで書きますねー。
星野一義氏も、6輪で有名なP34の前年モデルのタイレル007で出場。こちらもやはり直線の長い富士に合わせてウイングノーズからスポーツカーノーズに改造しています。形状が当時星野選手の駆っていたF2マシン「ノバ512」や、その後のノバ532へと繋がるデザインに酷似してます。
雨の中、一時3位まで上がるもタイヤトラブルでリタイヤ。交換するホイールの予備が無かったとか。晴用、雨用、複数のF1サイズのホイールセットを用意するのってスポット参戦のプライベーターには厳しかったんだろうね。
参考 F2マシン ノバ512 ヒーローズレーシング
このタイレル007は翌77年開催のF1日本GPに、元のウイングノーズに戻され高橋国光氏のドライブで参戦。完走しています。
この高橋国光氏のタイレル007にもエピソードがありましてね。練習走行でエンジンブローしてしまったそうなんですよ。スポット参戦のプライベーターに予備エンジンなんてありません。さらにF1用のコスワースDFVなんて日本国内にあるはずな・・・
んにゃ!あるじゃん!!
前年のレース終了後に、タミヤ模型が版権ごとP34の実車を買っていたんです。
国光チーム、タミヤに掛け合ってエンジンを借りることになりました。
しかし、タイレルP34に積まれていたのは使い古された古い古いDFV.そりゃあ走るためじゃなくプラモデル開発用なのでタイレルチームだって現役バリバリのエンジンは降ろして、もう寿命過ぎたエンジンに載せ替えてますわな。
ちなみにこのDFVのエンジンNoは200番台という相当古いものだったそうです。
国光氏、借りたエンジンを壊さないように無理をせず丁寧に乗り、完走に導きました。
あと、エンジンの何かのパッキン?がなくて修理に困ってタイレルチームに相談に行ったら部品を譲ってくれたとか。
*出典AUTOSPORT誌を読んだノイエ汁の記憶
モータースポーツミュージアム、他にも色々ありましたよ。
77年日本GPに出場したKE009
展示パネルの伊太利亜カラーは高原敬武氏
もう一台、日の丸カラーで星野一義氏も出場してます。
割れたフロントノーズはロータス78のマリオ・アンドレッティと接触事故したもの。当時中学生だった人がオークションで落札して保管してたんだそうな。俺より上手が居た(笑)
お二人とも成績は振るわなかったが、日本でF1が開催されてそれに出場するだけでも大変だったと思います。
レース後、本戦使用後の中古グッドイヤータイヤを履かせて、何かで来日してたF1レーサーに乗ってもらったらすげータイムが出たそうな。009はF1初挑戦のブリジストンタイヤでしたが、もしグッドイヤーだったら・・・ま、その後ブリジストンは天下取ってますから、もし、の話は言うまい。
世界に出るべくカウーゼンの手に渡りウイングノーズに改造された009。星野号か高原号かは不明。
しかし、カウーゼンは資金難でトンズラ。009も長らく行方不明でしたが日本に帰ってこれてレストアされました。
有名すぎるタイレルP34
77年新興チームのウォルターウルフのWOLF-WR1。ジョディ・シェクターのドライブでチームもマシンもデビュー戦優勝なんつー偉業を成し遂げる。
オーソドックスにまとめられ、低いフロントからリヤタイヤまでウェッジシェイプなスタイルは空力良さそう。これも好きなマシンです。
ボディとは裏腹にエアの抜けとか全く考慮してないでしょ?なフロントサス周り。スタビがぶっ太いねぇ。
555スバルインプレッサもあったけど、今回の目当てではないしチョイチョイ見る事もあるから軽く流して😅
ピラーモールガムテ補修w
スバルさん、ピラーモール欠品なんだろうけどさ、展示車両の分くらい部品出してあげてよw
KE007の前に小一時間、それ以外はほぼスルーw完全スルーは申し訳ないので写真ちょこっとは撮った。
この頃の富士GC,通称グラチャンのマシンは、マーチ等のF2シャーシにムーンクラフト(由良拓也氏)のカウルを被せたのが主流でした。エンジンは2LのBMW。
出場選手もF2と両方やる選手も多く、グラチャンマシン中身は前年度のF2で使用したシャーシだったり。
50年前からの自分自身の原点の思い入れと憧れのKE007と初めての対面はとても素晴らしい体験でした。
これで、閃光のハサウェイ完結編とパトレイバーEZYのfile2と3が観れたら、もう思い残す事無しw
あ、孫の成人までは頑張るけどな😁