2011年11月25日
昨日、MBのスペックを書いていて思ったんですが、バイクのエンジンって、超高回転ですね。
でも、兄貴から譲り受けたMBのエンジンは、うろ覚えですが、6000回転くらいまでは、ちょっとトルクが細い感じですが、まあ何とかなります。
その先、6000回転から7500回転くらいが、はっきりとトルクの谷になっていて、このゾーンに放り込んでしまうと、どうしようもなくなってしまいます。
その先、8000回転から10000回転くらいまでが爆発的なパワーを出すという、レーシングエンジンみたいなセッティングになっていたのです。
トルクの谷を感じなくて済むのは、1速か、ギリギリ2速なら我慢できるくらいでしたから、もう、発進から必ず10000まで引っ張って、7500回転以下に落とさないようにつなぐという、気の抜けない操縦が必要でした。
でも、これが超絶面白い。
そして、パワーバンドに乗せてやると、当時の最新のMBXやRGΓにも負けない速さを持っていました。
ただ、ご近所さんが、ちょっと眉をひそめるようなにぎやかな音でした。
ワタシが後に、マフラーを換えるのはイケナイ人という認識をしばらく(MR2まで)持っていたのは、この時の経験のせいだったのかもしれません。
このヤンチャMBと、友だちのMBXで、浪人時代に授業をサボって、ツーリングに行ったりもしました。
その時にちょっと借りて乗ったんですが、MBXは、超トルクフルで(7.2ps/8500rpm、0.65kgm/7500rpm)、メチャメチャ乗りやすかったです。
でも、面白さなら断然MBでした。
ワタシに、小排気量、変速という面白さを刷り込んでくれた、外せない1台です。
Posted at 2019/07/18 21:00:10 | |
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昔話 | クルマ
2011年11月24日
さて、ワタシの中古MBに搭載されていたエンジンは、どういういきさつがあったのかわかりませんが、当時、MB50の兄弟車として売られていた、「MT50」というオフロードタイプのバイクのエンジンなのでした。
意味不明の「穴」は、どうやら、オフロード用のエンジンガードを取り付けるための穴だったようです。
MT50は、オンロード用のMB50とはエンジンのチューンが変えてあって、MB50が7.0ps/9000rpm、0.56kgm/8000rpmだったのに対し、MT50は6.5ps/8000rpm、0.58kgm/7500rpmという、トルクよりのセッティングになっていたのです。
さすがホンダ、やることが細かい。
そのせいで、オンロードで引っ張るには、何となく重たい感じがしたのかもしれません。
ちなみに、変速比は一緒みたいです。
さて、自分のMBの心臓が、実はMBのものではなかったという事実は、少なからずショックでした。
で、ワタシが原付きの免許を取った頃には、もうクルマの免許を取って、ほとんどMBに乗っていなかった兄貴から、正真正銘のMBのエンジンを譲り受けたのです。
このエンジン、実は、超問題児でした。
兄貴が、エンジンをバラして、シリンダーの上部を磨いて、圧縮比をアップさせていたり、マフラー(チャンバー? 定義がよく分かりませんが)を交換していたりで、超くせ者エンジンになっていたのです。
Posted at 2019/07/18 20:58:01 | |
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昔話 | クルマ
2011年11月23日
高3の時には、母親から奪い取ったジェンマに乗っていましたが、ワタシのコトですから、当然、変速付きの、いわゆる「バイク」に乗りたくなりました。
そこで、浪人中に勉強そっちのけで、中古バイクを漁り始めました。
「バイク」と言っても、50ccの原チャリバイクですが。
当時、50のスポーツバイクは確か、ヤマハがRZ50(2スト)、スズキがRGΓ(2スト)、カワサキがAR50(2スト)ホンダはCB50(4スト)とMBX50(2スト)がありましたが、どれも出て間もなく、中古でもお値段ちょっとお高めでした。
ホンダには型落ちのMB50(2スト)がありまして、ワタシ、個人的にはスタイルは当時出ていた新型たちよりも好きでした。
実は3つ上の兄貴が赤いMBに乗っていまして、本音は、別のバイクにしようとも思ったんですが、型落ちのために安かったのが決め手となり、ワタシもMBを買ったのでした。
色は白。
ところが、このMB、ちょっとヘンテコなシロモノだったのです。
はじめは全然気付かなかったんですが、兄貴のエンジンと比べると、なんだか、ちょっとカタチが違う。
バイクですから、エンジンはもちろんむき出しなんですが、その一番下の、前端部分に、意味不明のボルト穴が開いているんです。
思ったよりもエンジンも回らない。
当時は、ネットなんかもなくて、調べるのにも手間がかかりましたが、突き止めたのは、驚くような事実だったのです。
・・・と、大げさに引っ張っておいて、正解はCMの後・・・でなくて明日。
Posted at 2019/07/18 20:56:35 | |
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昔話 | クルマ
2011年11月22日
ワタシの、初めてのクルマは、初代のミラージュ1600GTですが、初めてのエンジン付きの乗り物は原チャリのスズキジェンマです。
正確には、子どもの頃にちょっと運転した耕うん機を除きます。
さて、原チャリの免許を取ったのは、高3の夏休みです。
ワタシの高校、いわゆる「校則」って緩かった(というか、ないに等しかった)ので、取り立てて学校に内緒で、というワケでもありませんでした。
そして、初めて乗り回していたのが、スズキのジェンマというスクーターです。
当時は、ホンダのタクトが出て、一気にスクーターブームになっていた時で、この後、いろんなスクーターが出ますが、そのさきがけの一つです。
ワタシが買ったものではなく、母親のおさがり・・・というより、強引に奪い取ったようなものですが・・・でした。
「ジェンマ」という名前は、マカロニ・ウエスタンのジュリアーノ・ジェンマから取ったネーミングでしょうが、ちょっと女性的なラインのスクーターで、男臭いウエスタンとは、ちょっとイメージの違うものでした。
ベスパをイメージしたスタイルなので、イタリアつながりでジェンマなんでしょうね。
どうということのない原付で、馬力は確か4馬力くらいだったと思います。
当時は、原付の60キロリミッターはなかったのですが、平地じゃ頑張ってもせいぜい60キロ行くか行かないかだったと思います。
(もう時効でしょうからおわキロとかやめときます)
でも、初めて、自分の足で漕がなくても走る乗り物を手に入れたのは感動でした。
行動半径も随分広がりました。
忘れることのできない1台です。
Posted at 2019/07/18 20:54:50 | |
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昔話 | クルマ
2008年01月30日
調子に乗って、ショックアブソーバーも換えてやろうということになりました。
ところが、ちょっと調べたくらいじゃ、なかなかレビューのショックって見つかりません。
(当時は、インターネットも普及していない・・・我が家になかっただけかな・・・時代でした)
で、岡崎キャンバスさんで、あらゆるショックアブソーバーの会社の製品カタログをあさりまくりました。
岡崎キャンバスさんは、ぶらっと出掛けていって、そういう資料を好き放題調べさせてくれます。
で、調べる用に、製品カタログなんかが、客にも閲覧できるように整理してあります。
でも、さすがに苦戦しました。
国内で、「レビュー」用のショックアブソーバーは、アフターパーツとしては出ていませんでした。
ヨーロッパには、「Mazda121」の名前で輸出されていたので、そちらでも調べてみました。
ちょうど、KONIの、ヨーロッパ版のパンフレットがあって(なんでそんなものがあったのかは不明)、そこに載っていたのです。
そうして、お船に乗って、はるばる日本にやって来るまで、2ヶ月くらい待ち、とうとう装着にこぎ着けました。
今考えてみると、MTのレビューで、ショックをKONIに換装しているモノは、相当少なかっただろうと思います。
レア車と呼んでください。
効果てきめんだったアルミ化とともに、相当「アシのいいヤツ」になりました。
Posted at 2019/02/28 18:30:41 | |
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