
一月ほど前、一通逆走で飛び出してきたスーパーカー●の軽トラ・ドライバーにぶつけられ、左フェンダーをべっこりと凹まされてしまった我が145。
こちらも、阿保ドライバーも停止からの走り出しで、幸い走行不能になるようなダメージも、自分に怪我もなかったのだが、修理見積もりがパネル交換やらでかなりの高額になる一方、145の車輛評価が何とかブックとやらでこれを下回ってしまい、そこへ来て、ネットでリーズナブルなS損保の担当者は全く頼りにならない。
仕方なく、JUY543やらを仕入れたりして次の自転車に想いを馳せるという現実逃避作戦に出たものの、当然何の解決にもならず、保険の特約を使用して弁護士さんに交渉をお願いすることにした。
「そうしたら、横浜のシ●ダさんのところにJUY53が入ったんです。それで頼んで譲ってもらい、イメージがまとまりました」
NC85年7月号「魔物について」第一回にご登場されたT氏が、"これでなければ"とおっしゃったことで、幼心に543には"これしかない"と刷り込まれていたJUY53も一緒に入手でき、そうするとサンプレWリング、MAXI-CARの5Sハブ、ペダルはどうしよう・・・と、ますます現実から逃げてしまう。
というのも、直すとすると自分で追金を出すしかないっぽい様相で、保険で降りる金額の中で状態のよいものを探し乗り換えを考えても、まずタマ数自体がない。
あったとしても、20万キロ目前まで手を入れつつ乗り続けた愛着ある145を捨て、別の車輛に乗り換えるという行為には、どうしても走る気になれない。
で、京都なのだが、543&53をカバンに忍ばせ、土足厳禁のあのお店へ、現実逃避の発注に出向いたという訳では、決してない。
何となく中古車サイトを見ていて、以前から「乗り換えるなら」と漠然と考えていた、初期型スポーツワゴンの2.0TSマニュアルミッション車が、京都の某店で出品されていた。
本来スポーツワゴンの2.0TSには、トラブル多発のセレスピード搭載車しかないはずなのだが、このお店では、以前から「ディーラー車」と明記されたマニュアル車がときどき出品されており、具体的にどうこうのつもりはなかったので、間違えて入ってきたマニュアル車を入手したお客の車輛が、出入りしているのだろうくらいに思い横目に眺めている程度だった。
それをまたこのタイミングで発見。
2000年式シルバーのTSワゴン。距離は6万に届いておらず、タイミングベルトも交換済という。
もしかしたら巡り合わせかなと思い、どうせ追金を出すことになるなら、いっそ心機一転をと、これに乗り換える方向で、自分を盛り立てて行った。
事前に問い合わせを入れ、この週末に現車確認に出向いてきた。
京都の手前で渋滞にはまり、約束の時間に一時間ほど遅れてしまったが、お目当てのスポーツワゴンは、玄関前に準備されていた。
156セダンが発表されたとき、それまでの155・145・146ラインとは異なる、曲面主体の美しいデザインにハッとさせられたが、スポーツワゴンもそれに勝るとも劣らぬ美しさ。
特に後方からのラインが絶妙で、こんな素敵な車に自分なんぞが乗ってしまっていいのだろうか。目がつぶれはしないだろうかと思わされる。
デザイン優先でセダンと同じラインのトランク開口部は、お世辞にも積み下ろしに優れるとは言いにくいものの、リアシートを倒せばガード付自転車も楽々飲み込んでくれそうだ。
シルバーの外装は、赤や黒いボディカラーに較べ傷みにくいのか破れが目立たないのか、まぁ悪くはない。
ただ、サイトでは右側からの画像が一切公開されていなかったのだが、右バンパー下方に雑な補修痕、右後ドアに目立つキズが見られ、これには正直萎えた。
それでも運転席に乗り込むと、素っ気ない145とは別物、抑揚のあるインパネが目の前に広がり、ワクワクさせてくれる。
マニュアルミッションは、間違えて輸入されたのではなく、何と、この店でセレスピードから乗せ換えたのだそうだ。その際、タイベル一式、クラッチも交換されており、当分安心して乗れそうだ。
走らせてみると、これまたさすが、145とはクラスの異なる落ち着いた乗り心地。フライバイワイヤ式のアクセルはワイヤー式に較べ若干違和感があるものの、これは多分、乗っているうちに慣れてしまうだろう。
エンジンは踏み込めば、しっかり吠えてくれる。
車重の違いからか、走りがややもっさりした印象になるのは仕方ないとして、ブレーキの効きが若干甘く感じられ、納車整備で印象が変わらなければ、これは真っ先に対策だろうか。
いいや、これにしよう。これにします。そう決めて帰ってきた。
のだったが・・・、
行き帰りの約1,000kmに及ぶ道中、久し振りの長距離走行で感じたのは、やはり自分はこの145でなくてはダメなのだということだった。
2002年に2万3,000キロの中古で入手、16年10ヶ月と17万キロ余りを過ごした145はまさに自分の手足。アクセルをどれだけ踏み込めばどれだけ加速するか、ブレーキはどれだけ踏み込めばあそこまでに停まれるか、すれ違いはどこまで端へ寄っても大丈夫か。全部体に染みついている。
ガオガオうるさかろうが、聴こえてくるエンジンの音は、やはりこれでなくてはダメなのだ。
振り返れば、家族や友人たちとの思い出の中にも、いつも居たのはこのクルマだった。
盆暮の長距離帰省や週末のメンテオフ。
会社に内緒にした145での青森出張の帰路、北関東で不動になってしまったこのクルマを、遥々矢板迄救援に来てくれたのは、もう居なくなってしまった監督さんだった。
そうだそうだ、こんなことで降りてしまったら、監督さんに申し訳が立たないではないか!
費用のことはもう弁護士さんにお任せして、多少は自分で持つことになっても、すぐ直そう!
一日も早く修理しないと、秋の思い出作りに間に合わなくなってしまう。
スポーツワゴンをキャンセルしたお店には若干のキャンセル料を支払うことになってしまったが、そこへ行くことで、自分にとっての145の価値を再発見、あとはまぁ、色々やり取りしてみて、あんまりアレなお店かな、というのも分かったことだし、まぁまぁ、よかったということにしておこう。
Posted at 2018/11/11 20:56:14 | |
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