すっごくお久しぶりです。
日本では残念ながらスパイダーをポンと買ってくれそうな死にそうなジイさんとは巡りあえず、まじめに仕事ばっかりしてましたわ(笑)。
さて、尖閣諸島ではまたしても日本のお馬鹿さにあきれてしまった。
これは、もう何年も前から危ないと警笛を鳴らしていたにもかかわらず、
「日本は大丈夫w」
「話し合えば大丈夫」という脳内お花畑が招いた事態。
このたび、これを上回る
「仲良くレースをすれば大丈夫」というのや、
「スポーツをすればいい」なんてのがいたわさ。(私もコメントを入れてます。)
(続き)
あ~~~、 すごいわ!
これが日教組がたくらんだ日本崩壊のための平和ぼけ左巻き教育の賜物?
オンカホーさんよ。
あんたがたシナが日本にたかる気持ちわかるわw
こんなに弱腰で金もってて、危機感がまったくない、そして脅せば技術も領土もODAたんまりで、もうそろそろ選挙権までくれそうな国が近くにあるなんてwww
こんなお馬鹿な国、世界にないもんねぇ。
( /´_ ̄_i)
6‐◎J◎
ヽ, ーノ
⊂ つ
( )
ヒヒi
私のブログでは何度も外国人と日本人の交渉の難しさや、価値観の違いを言っておりますが、まだ平和ぼけの方がおられるようです。
そこで、今、時を揺るがす尖閣諸島問題をちょっとおさらいw
1895年に尖閣諸島の8つある列島の中の一番大きな魚釣島(うおつりじま)を日本が沖縄に編入。
このとき、ちゃんと清(現、中国)に
「これ、あんたんとこの島?」って聞いたところ、
シナ(清)は「興味ないアル」 って言ったのです。
しかも、もともと尖閣諸島は何百年も琉球王国(現、沖縄)に属するとも言われてたのです。
日本はこの海鳥しかいない無人島を一生懸命調査し、結果まだどこの国にも手つかずでいた列島だったということで編入したのです。
↓
その後、日本人も住み着き、海草産業や海鳥の羽毛で細々と生活。
しかし、海外などから安物が日本に入ってきたため、魚釣島ではその産業が衰退w
1940年、「生活できんわw」と、住民が一時、離島。また無人島になってしまう。
↓
1942年、第2次世界大戦中はアメリカが占領
↓
1972年、アメリカが日本に正式に尖閣諸島と沖縄を返還。
そして・・・・
1970年代に国連がよ~~くこの尖閣列島を調査したらば、
にゃにゃんと!!!!
石油と天然ガスがあることが発覚!!!
その天然資源のお値打ちw イラクの埋蔵量(1095億バレー)に匹敵!!
そこでシナと台湾があさましく
「あそこはうちの島アル。 名前も 釣魚島 っていうアル!」 by シナ
「あそこはうちの島ね。 名前も 釣り魚台列島っていうです。」 by 台湾
(\/)
/|\(`∀´)/|\ ケッケッケッケッ
⌒⌒ΨΨ⌒⌒
ってなったわけです。
あ~、ずうずうしい。 あっ、シナ人だったわw
そいでもってシナは中国国内でいきなり歴史を捏造し「釣魚島 は中国領土アル」という教育をはじめ、うそだらけの地図を作り、メディアも使い、釣魚島Tシャツや車のステッカーなんかも発行して
「釣魚島キャンペーン」したのです。
なんで、
尖閣諸島は中国のものアルよ。と素直に信じてるのです。
シナの人民解放軍は手ごわいっすよ。
年代勢力を拡大してるのに。
しかも日本に留学生や企業の派遣者を偽ってる中に軍民やスパイが混ざってるんです。
シナにとっての人権、人の命は私達が蚊を殺虫剤で殺すのと同じ程度。
そんな感じでチベット人、ウイグル人は殺されてるんですわ。
こんな国に尖閣諸島を取り返すのに仲良くレースしましょうよってオファーするんですか?
なんか、この人ら、催眠術か魔法が使えるんでしょうかね。
では、最後にこのビデオを見てください。
シナ人が日本に来てなにやってるかよくわかります。
ひさびさの私の長文、駄文失礼しましたww
Posted at 2010/09/28 20:04:29 | |
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