先日ウチの車好きな新人さんが…
「どうして今はSUVが人気なのでしょうね?」と言いました。
これは私なりの考え方なのですが、現実というものを度外視した願望として考えるならば、セダン、クーペ、ステーションワゴンかクロスカントリーの3台を複数所有する事がマニアの夢だと思います。しかしそれは普通の人には無理な相談で、それら3つを全て足して割ったものこそが今様のSUVであり、全ての利点を纏めた最大公約数というところに人気の理由があるように思うのです。
そもそも私などはSUVの「S」はスポーツではなくスペースだと思っておりました。これは世界的な呼称でありますが、アメリカでは私と同様にスペースという認識だそうで、スポーツ性よりも空間を重視する合理性を感じます。
では更に噛み砕いてスポーツ性とは何かを考えてみると、今や巨大なSUVであっても電子制御デバイスという文明の利器を持ってすればある程度まではスポーツカー風味の走りも可能な訳であります。が、ここで言うスポーツ性はやはりルックスの部分が大きい訳で、強く傾斜したフロントウィンドウとリアハッチに天地の低いグリーンハウスという部分でのスポーティー感の演出という解釈が正しいのだろうと思います。
で、今や世界中の自動車メーカーでは小から大まで、リーズナブルなものからハイエンドまでこのカテゴリーの車が出揃った感があります。恐らく2020年現在でごく普通の人であればどのメーカーのどの車種を選んでも内容的には充実しているので、少なくともガッカリするような事は少ないのではと思います。
その中でもトヨタのランドクルーザーやメルセデスのゲレンデに関しては軍用車としてガチでシビアな環境での使用を考慮されているので別枠と考えた上で、少し毛色の違うSUVの3台が気になりました。それはレンジローバーのヴォーグ、キャデラックのエスカレード、ロールスロイスのカリナンであります。まあエスカレードの場合は嘗てのフリートウッドブロアムなどのフルサイズセダンの代替という性格があるのですが、これらの車種に共通なのは一般的なスポーティー要素をほとんど感じない部分です。レンジローバーに関しては昔から「砂漠のロールスロイス」と呼ばれて、ロンドンの本宅ではロールスロイスに乗る領主が郊外のカントリーハウスに向う際、流石にロールスで走るには厳しい道路環境があったようで、その際にはレンジローバーが重用されたところから「砂漠のロールスロイス」の異名が付いたのでしょう。
ただスポーツの定義も、日本でのスポーツウェアといえばジャージを連想します。が、初代レンジローバーのスポーツ感とは乗馬の際に着用するブレザーと同義なので、日本人にはやや難解ですが立派にスポーティーなのかも知れません。
前置きがものすごく長くなりましたが、これからお話する車の内容を考えればご理解頂けると思うのでご容赦下さい。
今回お話の中心となる車は、

ロールスロイス社初のSUV、カリナンであります。
この顔つきだけを見ると、正直セダン系との違いが分かりにくくもありますが。

このスタイルを見ると明らかにSUVである事が分かります。

全長5340mm、全幅2000mm、全高1835mm、ホイールベース3295mmとロールスロイスとしてはやや小ぶりなサイズです。むしろ全高などはレンジローバーのヴォーグよりも若干低くなっています。ここで注目は前後のオーバーハングがかなり詰められているところで、ある程度本気で悪路の走行性を視野に入れている事が想像出来ます。ここが長いSUVは悪路の走行性を考えていない丘サーファー的な車なので、間違っても悪路に行ってはいけません。

この荘厳なパルテノンの奥に鎮座する6748ccのV12はツインターボ付きで、571psを発生します。が、車両重量が2850kgとファントムEWBの5座仕様より100kgも重いので、600psオーバーのW12ベンティガとは方向性が違う事が想像出来ます。

タイヤはランフラットの前255/50R21と後285/45R21と前後異型になっています。ロールスロイスはカリナンの前に登場した新ファントムからプラットホームを一新して軽量で強靭なスペースフレームが共通のものと思われますが、何とファントムも前後異型だったのは驚きです。サスも前ダブルウィッシュボーン、後マルチリンクで前後共にエアサスです。

その昔は船の船首部分には航海の安全を祈ってフィギュアヘッドが付けられておりましたが、このスピリット・オブ・エクスタシーも同義なのでしょうか。このフライングレディにはエレノアという名前があり、高いドライバーズシートからエレノアの後姿を眺める風景は大型客船のブリッジから船首を見る様にものすごく似ているのです。

何と純白のラムウールマットに畏れ多くも土足で上がり、背筋を伸ばしてエンジンに火を入れると、ほんの僅かな振動と共にV12が目を覚まします。ここはベントレーの猛々しさとは正反対です。
コラムに付いた華奢なセレクトレバーをDに入れて公道に出た時の印象は、まさに大海原に航海に出た時と全く同じ気分です。そこにはパドルシフトなどは存在しませんが、そんなものを使う事が野暮に思える程に清流の流れのようなフィーリングのV12は粛々と仕事をします。決して遅からず速からずという印象ですが、これほど人間の感覚に優しい洗練されたパワーユニットは唯一無二と言って差し支えありません。
その昔のロールスロイスはエンジンスペックに関しては「必要なだけ」と非公開でした。流石に現代ではスペックを公開していますが、実際にロールスロイスに乗ると「必要なだけ」でいいじゃんと思わせるだけのものを持っています。

プラネタリウムのように無数のLEDが埋め込まれたスターライトルーフ。そして高いポジションと視界の良い正方形の窓から外を見ていると、本当に下界とは隔絶された空間に思えてくるから不思議です。

リアシートはバックレストが倒れてトランクスルーも可能です。(2座仕様は不可)しかもその際には床をフラットにする為に一部のフロアが電動でせり上がって来ます。

ここにピクニック用のベンチが付いたモデルもありますが、それは飾りでしょう。

この個体、乗り出しで4800万円だそうです。普段ならここで「ハンドリングが」「ブレーキが」と細かな事を書くところですが、ハッキリ申し上げましょう。欠点は存在しません(笑)
ただ欲を言えば8速ATも燃費重視のセッティングなのでアクセルから足を離した際のエンジンブレーキがもう少し欲しいとは思いますが、そんな事すらどうでも良く思えるロールスロイスの魔力みたいなものに骨抜きにされた感があります。
よく「何でそんなに高いの?意味ないじゃん」という多少のジェラシーを含んだ声も耳にします。私自身久々にロールスロイスに乗る前は少しそんな風に思って試乗に向いましたが、実際に触れてみるとその価格に対しての説得力みたいなものに圧倒されました。例えばパルテノングリルのメッキの質感も他の車には望めないほどの質感で、銀製の食器と同じ色のシルバーだったりします。

ロールスロイスと言えども最近はある程度ビスポークの範囲も狭くなっているのかも知れません。それでも青天井価格を覚悟の上で「このバーキンと同じ色の革でシートを仕上げて」という要望も可能とは思いますが…

ひとつ印象的だったのは、日本市場限定のピンクゴールドのスピリット・オブ・エクスタシーです。普通に考えたらとんでもない仕様ですが、昔セルシオあたりで流行ったゴールドエンブレムなどとは次元の違う上品さで華のある仕様です。この色はカルティエのジュエリーで同じような色がありますが、惜しむらくは台座もシルバーでは無くピンクゴールドで統一して欲しいと思うのです。

この仕様のドーンは5000万円を超えるプライスを掲げておりました…

私自身、あるべき姿を無視して無理にスポーティーな方向に向けたキャラクターの車は好みません。しかしごく普通のユーザーにはスポーティーさは分かりやすいキャラクターなのでウケが良いのだろうと思いますが、この世の中にはこれほどスポーティーではない事が悦びに昇華された車が存在する事は称賛に値すると思うのです。
一度トヨタあたりの開発部門の方には是非ロールスロイスの試乗をお勧めします。
ブログ一覧 | 日記
Posted at
2020/10/03 20:35:58