2022年03月20日
先週は私としては相当な多忙でありました。
それに加えてどうも体調がすっきりしないのは去年の夏以来ですが、然程カラダを使っている訳では無いにも関わらずに疲労を感じる一因を考えてみるとテレワークに原因があるように感じました。
テレワークは自分の机から動かずに画面越しの対面で、最初は「これからはこうしたビジネススタイルが中心になるか」と感じたものです。
しかし個人差はあると思いますが、実際にはリアルで人に会うほうが楽であり、テレワークのほうが妙に余計な気遣いが必要になるように感じています。それは人と話すという行為には言葉を交わすのみならず、その目線や表情などから感じ取れる微妙なニュアンスによっても言葉の意味が大きく変わるという事で、どうしても画面越しではそこまでの細かい部分も含めて以心伝心するのは至難の業だと感じております。
電話も含めてですが、テレワークも気心知れた間柄であれば問題ないと感じております。しかし最近では採用面接をテレワークで行う企業もあるようで、「ホントにそれで大丈夫かいな?」と他人事ながら不安になります。
さて、昨日は春の彼岸恒例の墓参に出掛けました。お寺さんの桜の木も仄かに薄紅色の蕾が見えて、今年も本格的に春が来た事を実感しました。こうした季節の移り変わりもバーチャルではなく肌で感じる幸福感というものがあるのでしょう。
これから少しずつ仕事を減らして行きたい思惑とは逆に、今年に入ってから仕事が増えてしまったのは想定外でありました。今後は公私ともにリアルの世界に重点を置いた生活に戻して行こうと少し反省した連休の一日でした。
しかしそんな中でも収穫はあるもので、最近のアーティストさんの楽曲の中でもYOASOBIはおじさんの私が聴いても良い曲が多いと感じました。「小説を楽曲にする」というコンセプトを持っていると知りましたが、その内容には誰もが通過する若者特有の気持ちの葛藤みたいなものが表現されていて、そのリアリティを感じる部分に大きく共感を覚えました。
私はファンタジーとリアリティの両極端が好みで、その振り幅が大きく中庸にはあまり関心が持てません。そうした意味ではヒットメーカーと言われる秋〇康氏の歌詞からはあまりリアリティというものを感じる事が出来ずに聞き流す事が多いのです。
ではリアリティとは何だろうと自問自答すると、それは喜怒哀楽も含めて日々の生活で「生きているという生々しさ」を感じる事に尽きるような気がします。
だからという訳ではありませんが、EVやハイブリッドにはあまりリアルを感じる事が出来ないので乗りたくないと思う一因があるのだろうと思います。
Posted at 2022/03/20 19:53:00 | |
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