私は何事に対しても、相当に物持が良いほうだと自負しております。
その代わり、物を買う時は自分の予算よりも少し良いものを手に入れる事を心掛け、その代金を捻出するにはどうするかというところからスタートしているので、買い物には最低数か月から物によっては年単位で計画して手に入れるものもしばしばです。

このネイビーのブレザーは今でも現役ですが、実に今年で33年目を迎えます。
その頃は大学生でしたので制服が無くなって私服登校になり、「毎日何を着るべきか?」を迷っていた時期でありました。そんな時にキレイ目カジュアルが流行し、紺ブレを始めとしたブリティッシュトラッドが注目された時代でありました。
その少し前にはDCブランド全盛期で、私自身もその手の服はかなり手に入れておりましたが、少なくともDCブランドで通学するよりブリティッシュトラッドのほうがお利口さんに見えると考えて紺ブレに白のパーカーでブルーデニムにスニーカー、革の小さなリュックが毎日の通学スタイルとなりました。このスタイルなら学校でもバイト先の不動産会社でも馴染んでいたので実に素晴らしいブームが到来したものです。
そんな理由で紺ブレも何着か購入した中で、このダブルで厚手のネルのものは冬場に本当に活躍しています。これはエーボンハウスのもので、今は無き東急日本橋店で購入したのでした。同じ日本橋でも三越や高島屋と違って東急は庶民派という趣があり、夕方になると江東区の深川あたりからバスで夕餉の買い物に来る人々の姿も大変多く見掛けました。それから30数年が経過して渋谷の東急本店が今月いっぱいで閉店するとは夢にも思いませんでしたが…
思えば私のブリティッシュ傾倒はここからスタートしたように思うのです。
時間のある時にはこのスタイルで輸入車ディーラーめぐりにも度々出掛けました。畏れ多くも学生の分際で、当時芝浦にあったコーンズや東麻布にあった麻布自動車の門を叩き、「畏れ入りますが、ちょっと見せて下さい」と伝えれば大抵は歓迎されました。よくこうした輸入車ディーラーで塩対応を受けたとSNSで書き込んでいる方も見掛けますが、それは自分自身に何か問題がある場合がほとんどだと思います。身形が整っていても言動がイマイチとか逆も然りです。
その頃から何年も経って今は顧客としてお付き合いが始まった訳ですが、中でも若葉マークから卒業したくらいの小僧に快くベントレーターボRの試乗を勧めてくれたコーンズさんには驚きと感謝であります。この時の試乗車がNAVI誌のインプレッションで載っていて、その本は今でも保存してあります。
ただその時の内容はベントレーターボR、ベンツ600SEL、ダイムラーダブルシックス、リンカーンコンチネンタル、日産プレジデントを比較する記事なのですが、「冷徹なジャーナリストの立場を忘れて乗り逃げするならどれを選ぶか?」の設問には全てのジャーナリストの方がダブルシックスを選んでいました。機械としては600SELがベストの筈ですが、車はそれだけでは済まないという自分の感覚は決して間違っていなかったと嬉しくなりました。

で、ダブルシックスってそんなに凄いのかなと思って訪れた当時のジャガー新橋のお姉さんは塩対応でコーンズ以上の敷居の高さでした。後に今では切っても切れないお世話になっているお店ですが、その当時の話は笑い話になっています。
あの塩対応のお姉さんも相当なババァになった事でしょう。
で、その時のターボR体験は後の人生に相当大きな影響を受けた訳ですが、車を選ぶという事は自分の人生観の表現であり、車単体のスペックやハードの部分のみではどうにもならないものが存在する事に気付きました。ただその中でも現実的に素晴らしいと感じたのはE30の3シリーズ325iで、それは六本木のカローラという表現が不当なものであると感じました。ドイツ車はこれが初体験であり、未だにドイツ車はアタマに「西」が付いた時代のものがベストという考えは変わりません。
その後社会人となって何年かした頃、聖路加国際病院の並びの佃大橋の下にジャガーのお店がオープンしました。丁度X308と呼ばれるXJが登場した頃で、新橋と違ってフレンドリーな対応で、3.2エグゼクティブというベーシックなものと4.0スーパーチャージャーで武装したXJRの試乗を勧められました。
結論としてXJRにはシンパシイを感じなかったものの、3.2エグゼクティブにはベントレーターボR以来の感動を覚えたのでした。

セルシオのV8をお手本にしたと言われる新開発V8は清流の如く静かに滑らかで、アクセルを踏み込むとやや太い咆哮が聴こえるのはセルシオとは違うジャガーの個性でした。ソフトですが路面に吸い付いた猫足と言われる足回りや、大柄の割に遊びが少なく正確無比なハンドリングには虜になりました。そして何よりブリティッシュグリーンの外装とビスケット内装の美しいビジュアルは、ベントレーターボRとはまた違う華がありました。そんな小一時間の試乗の時間はいつも走り慣れている道すら映画のワンシーンに変えてしまうほどの至福の時間でありました。
振り回せばそれなりに追従してくれますが、車のほうが「みっともないからお止しなさい」とドライバーを諭してくる声が聞こえる車は初めてで、「さあ、もっと飛ばせ!」とドライバーを煽るドイツ車とは全く異なる世界観でした。
その時のお値段が乗り出しで700万円台で、少し無理をすれば買えなくもないお値段でありましたが、ジャガーを手に入れるのはもう少し後にしました。
その理由は、この車に関しては無理に購入してもジャガーの世界観の半分も理解出来ないだろうと考えたからです。他の車であれば車だけが突出した生活も悪くないと思います。しかしジャガーXJばかりはそれに見合うライフスタイルが必要で、贅沢という事の優越も空しさも理解した上で乗る事が相応しい何かを感じました。当時の私はそれなりの苦労は重ねていたものの、今はまだこれを買う時期では無いと考えたのでした。
それから何年か経って、XJもフルモデルチェンジの時期を迎えました。
最初の印象は正直なところ巨大なXタイプという感じも否めませんでしたが、フロントのオーバーハングを切り詰めたデザインは結構ツボに嵌りました。ボディもオールアルミとなり剛性が上がった為、猫足の再現には電子制御エアサスペンションは必須だったのでしょう。従来のジャガーユーザーからは賛否両論だったと言われますが、新規参入組として最新の日本車などに馴染んでいた者には一気に訴求度が上がったように感じました。
ただこの車を買う際の一番の懸念は、全幅が1900mmと一気に大きくなった事でした。購入当時に住んでいたマンションの駐車場は大丈夫でしたが、出先で利用する機械式駐車場に入庫出来るかが微妙でありました。
その旨を伝えると、実際に使用するシチュエーションでお乗り下さいと3日間試乗車をご厚意で貸して下さいました。で、実際に走ってみると先代よりもステアリングが切れるので最小回転半径は確実に小さくなっており、独自のフルーテッドボンネットフードは見切りもよく、「これなら何とかなる!」と発注に至ったのでありました。
その時はネイビーブルーの外装にシャンパン内装の車が貸し出され、妻と春の房総日帰りドライブに出掛けたのでした。ネイビーブルーの車で南房総の海と花を見て、地元の魚が売りのフレンチレストランに寄り、帰りは東京湾フェリーで神奈川県に渡って帰って来たのでした。とにかくそのドライブがとても贅沢な時間となったのは一生の記憶に残るものと思います。

購入が2006年ですから、かれこれ17年目に突入したことになります。
その間に様々な車と接する機会もありましたが、最後には「やはりXJが良い」という結論に至るばかりでありました。購入当初は知人から「その値段出すならベンツかBMでしょ?」と散々言われたものの、今も蜜月の日々が続いている事を思えば自分の選択は正しかったと自信を持って言えます。イギリスの車の美点は、その魅力が短期間では分からないところにあり、数年乗るとじわじわと分かって来るという奥の深さにあります。その代わり興味を持った顧客がディーラーで10分程度の試乗をしても、その良さが100%瞬時に伝わらないので販売に結びつかないデメリットはありますが…
10分の試乗で素晴らしさが十二分に伝わる車は間違いなく良い車です。
しかしその代償として購入後は飽きるのも早かったりするものです。
先日ディーラーで、一旦ジャガー車の生産は終了してEV化の準備に入る旨のお話がありました。現在もEV車は存在しますが、ジャガーとしてのガソリン車の生産はいよいよ終わるそうです。
その上で今度はテスラのようなメーカーになるのか否かは謎ですが、イギリス車の伝統である軽快な走りとアンダーステイトメントなキャラクターは是非とも受け継いで欲しいものです。個人的にはEVに乗りたいとは思いませんが、これだけの遺産を手放して家電製品のような車を作るメーカーには決して成って欲しく無いと切に願うばかりです。

今日はこちらの車が無事に11回目の車検を終えてガレージに戻って来ました。
今回は細かな修理が発生しましたが、詳細はまたご報告させて頂きます。