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gochi-zohのブログ一覧

2015年08月26日 イイね!

奇跡の北関東夏の陣2015 そのいち ~セルボがお供だ、兄弟船撮影行~

東京に行ってきました。(小学生並み出だし)


通常、こんな季節に大規模な外出に行くことは不可能です。
ですが今回たまたま、お盆期間の仕事が「阿波踊り前半」担当、かつお盆明けの週末の披露宴会場もなしという組み合わせで、じつに7年ぶりに「5連休の盆休み」となった次第。

この機会を無駄にしてはいけない。
出発の瞬間まで様子は見ててあげるけど、出てしまったらあとは知らん(いまさら遅い、変更言ってこないほうが悪い)と判定し、13日の業務終了時点を以て東京方面へ出撃。

往路は言わずもがなの「例のアレ」ですw


これ使うと時間と資金をいっぺんに節約できるからなぁ( 
但し、指定券は正攻法で仕入れるのは、まず無理。お察し下さい。哀しいことですねぇ。


さて、今回の作戦目的の大筋は「烏山線」。
いまは総勢8輌のキハ40が主力で頑張ってますが、いずれ早晩
「スーパー電池くん」こと、「EV301系・アキュムレーター」への交代が迫っています。
現在、試作1号機が、現車試験を兼ねて最後の実用試運転を定期列車で行っております。
もはや大詰めといったところですね。所定の車輌数も少ないので、量産確定すれば半年と掛からないでしょう。最悪、一発交代もあり得る。
なので、いまは一回一回の訪問の機会すべてが「勝負」です。


まずは運用の状況から確認しないと、事が始まらない。
1日目は天候も曇天の予報で、あまりがっつくことはせず、定番の場所へ向かう。
宝積寺だ。
東北本線の主要駅でもあるので、駅までのアクセスも、そして駅から撮影地点へのアクセスも容易なので、ここからスタートするのが最も手堅い。

ここで、出発直前に示し合わせておいた、弟との合流をも兼ねる。
意外と早く「出発した」との連絡を受けたので、10時やそこらには到達するものと考え

まずは冬晴れの空をバックに撮っている、いつもの立ち位置にて。

OLIMPUS Stylus-1

朝、宇都宮へ3連で向かった編成は、そこで進行方向うしろ側の1両を切り離して
折り返し烏山行きとなる。
これが、日中ずっと線内を往復し続ける運用となる。
つまり日中の撮影の成否を占うのは「朝の三連がどのような構成で運転されるか」。
最初に見た編成は「国鉄ツートン-国鉄赤-白 →」
無念。後部が白だったら、残りは国鉄色二種で大当たりだったのだが…
まあいいだろう。ここは国鉄色の割合が比較的高く(総勢の半分が国鉄色)、確率としては五分と五分。片方だけでも付いていれば空振りは免れる。
(撮るだけなら、朝9時前後までが勝負。朝のうちの所定車輌数は、2連・2連・3連の最大7輌なので、どれかは必ず国鉄色が当たる。光線と、付いてる向きの問題。2連のうち一本は宇都宮引き揚げ、一本はアキュームに差し替え日中往復)

このように所定の運用で戻ってきた「烏山側に、国鉄赤」。
これが本日の撮影ターゲットとなります。




「ふみきりそば?変わった名前だね…寄ってみようか?」
でも予約必須って書いてある&今日は休業なんだってよ…
「そ、そうか… 残念、だね……」

↑ついつい持ってきてしまった…w
(かさばらない&易損部位がないので…///)



そうこう暇してるうちに

弟の兵員輸送分隊が到着(←

金セルボ!いいねぇ。
車高こそそれなりにあれ、ミニバンとはまるで違う「走る!」を体現したスタイリングが美しい。
フルエアロ標準の660TX、純正アルミ、K6Aターボに4ATのマニュアル付き…ほぼ理想形じゃないですか。
そういう選択肢もあったんやなぁ。けど徳島じゃ、とんと店頭でお目に掛からないし、あっても予算オーバーだったろうな…。


で、残念ながら到着と同時にさっきの赤白編成が帰ってきてしまい…残念じゃのう、あと5分早ければワンチャン増えてたのだが。
なので、ここは私だけが撮れた形になってしまい。

OLIMPUS Stylus-1
なお、弟があと二分「遅れて」いたら、それはそれで金セルボとのツーショットにw


今回から参戦してる「Stylus-1」は、いわば「コンデジのバケモノ」。

全域f2.8という大口径の28-300mmズーム(35㍉判換算)を持ち、これがズームのどの領域にあっても周辺に至るまで像の崩れらしきものさえ見当たらぬ、驚異の安定感を誇る。瑞光の称号は伊達じゃない。

これを比較的大面積かつ1素子あたり受光面積の大きい低画素型(といっても1/1.7吋・1200万画素だが)の裏面照射素子で受け、ISO400程度までならビクともしない。(設計基本感度がISO125程度だったと記憶する、一般的な1/2.5吋1600万とかだとISO80じゃなかったかな?)
そして、2ダイヤルの洗練された操作感、鬼のように持つバッテリ、Wifiによるカメラとの連携(スマホがライブビュー付きフルリモコンになる!しかもレスポンスがいい!)
惜しむらくは、ビューファインダーがオプションでないため、デザインは「ミニチュア一眼レフもどき」であり、E16-50mmを搭載したNex-5Rより図体がデカいw ということか。

しかし、そのコンデジの域をある意味超えたパフォーマンスは、往時の巨大コンデジ「CAMEDIA E-10/E-20」を使役していたころを思い出す。まだデジタル一眼は一般的でなく、当時の私の領分で叶えうる最大のクオリティ。それを圧倒的に超えるパフォーマンスを、このサイズで実現してしまう時代になったのだ。事と次第によっては、これ一台持っているだけでも撮影が完結してしまいかねない。あの頃こいつが存在していれば、あるいは… それぐらい活躍したのだった。
(なお、レンズ・撮像素子等、同等の基本システムを持つOEM機「CASIO Exilim EX-100系列」という系統もある。こちらはファインダーなしの一般的なコンデジ形態をしているので、好みに合わせて選びたい。)



日中の運転間隔は2時間ほどもあるため、食料を供給したりしつつ、最終的な到達点を「滝」と考え、県道10号線を進む。
いい走りだなぁセルボ。堅めでしっかりとした足回りも素晴らしい。
黒ゲート号をこの領域に持っていくには…やはりサスとダンパーが現状では、限度が… 

あまり直行し過ぎると線路際を走ることが少なくなり、ロケハンの効果が薄くなると考え、(おそらく旧県道であろう)鴻野山近辺からの線路沿いを進む。
途中、山深いイメージの場所があり調査するも、有効なポイントではないと判断、さらに先へ進む。
旧県道と思われる道が線路を離れる方向へ進むので、線路を追ってさらに細い田舎道へと進路をとる。
そして、我々が到達したのは、

超有名撮影地「鴻野山~大金 中間地点」。
SONY DSLR-A580 SAL1650

ひと目見ただけで、これは撮り放題だなと瞬時に理解した。恐らく弟も同感だっただろう。
超有名ポイントであることはうろ覚えで、後から思い出した。
察するに、鴻野山から歩いて30~40分は要するだろう。逆はもっと掛かると思われる。
冬場はいくらでも歩けるが、この季節は油断がならない。


蓄電池で走る「スーパー電池くん」アキューム、音もなくさらりと走り去る。
Stylus-1

このポイントの定番部分は、弟が素晴らしいムービーを作成していたので後述。

さて、セルボ号は滝に到達。
車が入れそうなところを降りてみたものの、そこは撮影地点の「対岸」。
川の水量が豊富なため、渡河は自爆行為。
少し離れたところに正規の駐車場があったのだ。

これが、名瀑「龍門の滝」

この上を烏山線が通る、この路線を訪れたなら何がなんでもこの絵は押さえておけの名アングルだ。


ここで烏山から戻ってくる、紅白のキハに狙いを定め

DSLR-A580 SAL1650


Stylus-1

これぞ、烏山線最大のハイライト。
今まで何度も訪れた割には踏み込んだことがなく、初めて目の当たりにする感動の光景だった。

なお、弟は静止画と動画を巧みに組み合わせ
一元的な「写真」とは全く趣の異なる表現を、創り上げておりました。
脱帽。

~~烏山線の夏、2015~~


動画にもあるように、この日の日程にはまだまだ余裕があり
別のポジションを探ろうと動き出したところで「もしかしてここって結構いいんじゃね?」ということになり、大きく移動はせずに、結果的には先の駐車場から歩いて5分程度の場所なのだが、先の龍門の滝へと流れる「江川」を渡る橋梁と、そこへ向かって山を駆け下りてくる築提のある広大な田園で、引き続き撮影続行。

場所的には、滝~小縞間ということになる。

ここはひとつ、今日を共に走ってくれたセルボ号に敬意を表し
まともな撮影は弟者に任せて、自分はセルボとの2ショットを狙ってみようではないか。

国鉄型気動車と、セルボ号の邂逅
きっとこれが最後ではないはずさ。

Stylus-1


DSLR-A580 MINOLTA-AF 100-200/4.5

そう、今度こそは
ツートンカラーの懐かしい姿と共に。


「ありがとう」


次回は、保険などの手続きを事前に行い
私が運転を受け持ち出来るようにしたい。
今回は決定が直前に過ぎて、問い合わせなどの段取りも間に合わなかった。
やはり二人で負荷を分散できたほうが、なにかと便利だ。

あとETCカード持参するの忘れてた。冬に訪れることができたらなんかするでなw


そして最後、帰り道のついでに東北本線鬼怒川橋りょう

様子見程度であるが、ここも撮影向きの場所であることを確認。
突然の豪雷にビビりながらの雨宿りw たのむからこの辺には落ちるなよ的なw

地味に、首都圏から都落ちした205系電車が多くたむろしているので
いずれはバッチリ決めてやりたい場所である。
(全然知らなかったので初めて見たときはビックリした。まさかこんな活路があったなんて)


帰り道は眠気飛ばしにと
歴代戦隊ヒーローものの主題歌全集を兄弟で熱唱したり懐かしんだりw
(弟のおチビさんが聴くものだったりするが、我ら大きなお友達にも懐かしさ満点なのだw)
おかげで翌日に至るまで、頭ン中は「おう・おう・ゴレンジャー♪デンジマン・デンジマン♪ゴーグルファーイブ♪行こうぜ行こうぜサンバルカーン♪」この辺がぐーるぐるwww

チビ助や義妹にご挨拶し、翌朝ご実家への挨拶を済ませ
行程は次なる場面へ向かう。
(そのにへ続く)



以上の行程、弟のブログにも綴られています。
http://gossan.cocolog-nifty.com/blog/2015/08/post-67a9.html
http://gossan.cocolog-nifty.com/blog/2015/08/post-a0e3.html
http://gossan.cocolog-nifty.com/blog/2015/08/post-22da.html
どうぞよしなに♪
Posted at 2015/08/26 22:37:07 | コメント(0) | トラックバック(0) | 行ってきた | 日記
2015年05月01日 イイね!

あの高貴な平安ブロガーの、最期の地…とは

あの高貴な平安ブロガーの、最期の地…とは前回の安戸池探訪の結果を受け、私はいろいろと調べてみた。



とにかく「金品を奪われ」「瀕死」という不穏なくだり、それが「里浦」の出来事というのが引っ掛かる。



したら、まあ出るわ出るわ、
里浦の蛮族の所業の数々…
彼女の不遇な最期を物語る文献…そして物件の数々。


(BGM;アカイイトOSTより 『去り行く者、残される者』でお送りします)



ここが、彼女の慰霊碑ともいうべき
里浦の「あま塚」




『伝説によれば、都落ちした清少納言は地元の魚師に辱めを受け、それを苦にして、海へ身を投じたと言われている』

……。




鳴門の珍名物だったらしい、東洋レヂン謹製
『秘部』(← 

どうみてもアウトです本当に(ry



その解説文。


…。



そして、徳島新聞に掲載されたという伝記。
【以下抜粋】
---------------------------------------------------------------------
とんと昔、あったと。

清少納言は当代きっての才女で「枕草子」の作者として
知らんもんはおらなんだ。お父さんの清原元輔(きよはらのもとすけ)はお公家
さんで、撫養の里浦に領地を持っとったそうな。

ある年。清少納言は罪あって空舟に乗せられて紀伊水道へ流された。
清少納言は世をはかなんで海へ身を投げたが、死にきれず里浦の浜へ流れ着いた。
浜にいた漁師が次々に集まってきて高貴な清少納言を珍らしゅうながめよった。
ほのうち一人が清少納言の着物を剥ぎ、持ち物を奪うた。
ある者はいたずらしようとした。
ほんで清少納言は操(みさお)を守るため持っとった刃物でわが下(しも)をえぐり
海ん中へ投げ捨て命を絶った。

漁師にはずかしめられた清少納言の魂は浮かばれず里浦をさまようた。

ほれから里浦に赤目(あかめ)(眼病(がんびょう))が流行った。

赤目が流行って里浦のもんは困ってしもうた。これは心ない漁師の清少納言への
いたずらがもとで起こったんで、なんとか清少納言へお詫びをして祟りを止めて
もらわんかちゅうことになった。

ほんで、建てられたんが「尼塚(あまづか)」じゃ。塚を建て、浦のもんがおまつり
するようになってから赤目のもんはのうなったそうな。

おーしまい。
---------------------------------------------------------------------


かように諸説あり、その整合性は完全とは言えんのだが。


…何ぞこれは。
何処の鬼畜系R18の薄い本が捗る内容なんだ。


万葉の昔から、三方を山に囲まれたこの片田舎は
文化果つる蛮国だったということか。

嗚呼情けなし、阿波の国。




東かがわの伝記が正道かどうかは不明な部分もあるが、仮に同一人物のことを記述していたとするなら、襲った国と助けた国の、文明度の差を暗喩していたのではあるまいか…とさえ邪推できてしまう。

何より、四国山地を挟んだおとなり阿波の国どころか「里浦」という地名を名指ししているぐらいで、あまり漠然と言ってるわけでもないという辺り、単なる偶然の一致とも言い切れんのよね。
だから、こんな汚れっぽい伝記を掘り当てることになったのだし?







あま塚には、白藤の花が満開の盛りを見せていた。


いい時期に訪れたようだ。カメラを持った方も散見された。




昨今、墓標も誂えられたようだ。



なるほど、理解した。
日本史は高校での点稼ぎ教科になってたぐらいで、その存在も生没の大方の頃合いも存じてはいたけれど(そもそも生没自体が「だいたい」であり不詳)
こんな近所が、最期の地として有力だったなんて初めて知ったよ。
それが、この鳴門の里浦であれ、東かがわの安堵の池であれ、近所と呼ぶに充分すぎる場所だ。



私もこんな、R18をも解する趣味の持ち主ゆえ
当時の下手人と、そう大差はないのかもしれん。

けど、せめて祈らせて頂きたい。 

美しき歌人の魂、せめて安らかなれ…と

(討鬼伝より 御魂「清少納言」)
 
Posted at 2015/05/01 20:30:02 | コメント(2) | トラックバック(0) | 行ってきた | 日記
2015年04月30日 イイね!

安戸池湖畔の廃城

安戸池湖畔の廃城さる休みの日、なんとなく車を走らせていて辿り着いたのは
初代黒ゲート号登場時の写真の背景となっている、東かがわ市引田の「安戸池」


あとから知るところによると、ここは日本初となるハマチの養殖池として、つとに有名であるとか。
そうでなくても、釣りレジャーや漁師さんの姿も多い、なかなか生活感のある入り江だ。


だが、実はこの湖畔には
ある物件が鎮座しており… 

香川県道122号線が、湖畔の快走路から、SS(スゴイ=セマイ)…
有体に言えば「険道」へと変貌する、その境目の場所。

この物件である。


話によると、披露宴会場にするつもりだったとか何とかいうことだが
資金繰りの悪化?なにやら諸般の事情で建設は停止、雨ざらしで放置されている。
 

内部は正直とりたてて何も無い。

ただ、素人目にも
「これ建築基準法に照らしたら通らないんじゃね???」と思うような部分も、随所に…



だが、外から見てて
この光景が、きっと見られると思ったのだ。


穏やかな安戸池を、一望する絶景。


「最も澄みわたる空と海」を聴きながら。


久しぶりに琴線に触れる、廃墟の景色だった。



----------------------------------------------------------------
さて、停車させている車へ戻る。
道端のささやかな祠の脇に、停車可能なスペースがある。

そこに祠があるという事は、以前から知っていたのだが
その謂れや記述まで見たことはない。

そこには、意外な人物が記載されていた。


平安の随筆家にして歌人…有体に言えば「宮廷きってのアルファブロガー」

『清 少納言』 

(本名;清原 諾子)


ほう…これは意外なり。
ちなみに祠の「本体」は、遥か山上に鎮座ましますようなのだが、それは私の図体では往生しそうだ。

まあ、それはよいのだが
その伝記文に、私はチクリと違和感を感じた。

イカ伝記文の現物



え?安戸の由来って…?

「金品を略奪され」…? 「瀕死」の状態…???


なんでこう私は、その手の記述に嗅覚鋭く反応してしまうのか。
平安時代…法治社会などとは程遠い、まだまだ野盗などが跋扈していた時代…
都落ちした高貴な身分の美女…

…これが金品の強奪&たんなる傷害だけで済むものかよ。


ガイ者は、里浦で強盗致傷の憂き目を見たとある。
一体この阿波の片田舎の、そのまた辺境の漁村に何があったというのか。

次回に続く( 

Posted at 2015/04/30 16:17:20 | コメント(1) | トラックバック(0) | 行ってきた | 日記
2012年12月27日 イイね!

廃道とか旧道とかなんとか(←  【黒ゲート一世号 最後の旅路】

先日の、黄色い103系祭りの続きというかなんというかw

いろいろ詰め込んでしまうんですっごい長い駄文になるけど、まあ個人の日記だからいいよね(いいのか




初日の撮影を終えて、まだまだ日は高く
何処かで寝るもよし、ゆるりと帰還するもよし・・・という状態。

ならば休みやすみ、以前から興味のあったものを立ち寄りながら行こうか、と


まずはこの辺り

峻厳な景勝地「二級峡」の周辺を走る、国道375号線の旧道(水色のライン)

旧旧道まであって、随分執拗に改造されているのが
ひと目見ただけではっきり解るんだね。
しかも地図左側には、とどめの『呉-東広島バイパス』まで半分開通しているし。
本道は何度か通ったことがあるが、こんなに立派なトンネルを擁する旧道というからには
何か曰くでもあるのだろうか。
地質的な問題でもあったのか(たとえば地すべり地形とかの自然要害)

では北側、二級ダム湖側から攻め込んでみる。
こっちは道路沿いに分岐してるだけなので、たいへん解りやすい。

スルっと進入。
(向こう側が現道)

うーん。


綺麗な道路だろ・・・?死んでるんだぜ、これ(いや死んでないよw

見たこともない奇妙な標識が。

「幅員減少+タッパ注意」の複合標識だった。


もう二度と明かりを灯すことのない道路情報案内板。


・・・そして肝心のトンネルは。

既にヌリカベによって塞がれたあとでした・・・_(:3」 L)_


なかなかに険しい地形、二級峡
ダム堤体より望む。

このさき、二級峡の吊橋まで降りたかったんだけど
いかんせん足の具合が悪く、大儀なことになりそうなのと
アプローチがよく解らないので、この度は断念。


では引き返して呉側から。

本道からのアプローチが、青い矢印のごとく。
ちょっと入り口が解りにくい。


これまた立派な廃道だねぇ。
さすが元一級国道の貫禄。

今は、道路沿線の住民や施設の為の生活道路のようだ。

で、ここから後ろへはクルマでは入れない。
チェーンで車両封鎖されている。
なので、散歩がてら徒歩で行ってみる。

・・・あれ?

制限40の路面表示も生々しく、道がぶった切られて
現道は断崖絶壁の下・・・(解りにくいけど落ちたら瀕死になれる高さ)


線形改良かとも思ったが
どうやら、現道を通すに当たって
向こう側まで伸びてたヘヤーピンを、切り詰めたみたいやな。
この辺、さぞや愉しくて危ない所だったんだろうな。


そして、こちら側も
(通れないほどじゃないけど)ブロック封鎖。

この界隈は「大根坂峠」といい
旧旧道以前の、江戸時代の石畳が残る街道跡もあるそうだ。
くだんのトンネルは、内部が素彫りコンクリ吹きで
抗口の立派さに比べて内部は狭いもののようだ。
このため、大型車両の行き違いに支障を来たすというのが主な要因で
現在の堂々たる本道が通されることになったようで。

時間と、自分の足回りに余裕があれば
内部まで突入しても面白かったんだろうけどw

今日のところは、次なる目的地へ走ろう。

呉側の旧道末端部(これまた現道とは断崖で隔てられ、歩行者階段だけがある)


次に向かったのが、このへん

白市・高屋近辺の、山陽本線の撮影地群から呉線方面へスポンと抜けられる
主要地方道・広島県道32号線。

「峠にトンネルあるところ、必ず旧道ありき」の格言どおり
途中の蚊無トンネルの上に旧道らしきものあり。

ふっふー、絶対コレ本道だっただろーw

直進が安芸津方面(つまり呉線側)
蚊無トンネルの抗口も見える。

さあ、いざ往かん廃獄ララバイ(またか

散り敷いた落ち葉と、厚い轍苔が支配する峡路。


ああ、やはりそうだったんだな。一級険道だ。
離合すら困難な場所を随所に抱えた、問題児だったんだ。


夕闇も深まりつつある、通る車も途絶えた山道に・・・


あった・・・
ここが主要地方道だったことを示す記念碑が。

ヘキサ標識は、撤去されずに放置されていた。

しかも、上り下りで一対。
蚊無峠の頂上に。

──これが、黒ゲート1世号最後の険道制覇になった。


…暗さも限度を越え、この先の写真がないのだが
峠を越えると、随所に複線区間が。
拍子抜けするほど広く、走りやすい。

この線形のまま強引に拡幅整備しようとしてたのか。いい根性だww

まあ昔はそうだったんだろう。
トンネル掘るより、そうするほうが費用も手間も掛からない。
いまは土木技術の飛躍的な進歩で、むしろ橋とトンネルで一直線に結んだ方が
手っ取り早く面倒が無い・・・ということだ。


徹夜行程(まあ僅かながら仮眠はあったが)ということもあり
そのまま帰還するかどうかは、一眠りしてからの判断にしようということで
途中の本郷駅で食事と仮眠を。

着いたのが19時ごろで、むくりしたのが0時前。
あー、こりゃ無碍に帰宅しても掛けた時間と移動費が無駄になるだけだと判断し
もっと閑静な場所で本格的♂車内泊を・・・ということにする。


で、来たのが



『おいやめろバカ』

・・・はい、さっきの廃道跡へ来てしまいました。
一体何の肝試しのつもりなんでしょ、この⑨はwwwww

(後から知ったが、ここはかつて一級心霊スッポトだったという。うっひょひょひょw)


何かの工事中のようで、人はいないが
保安のためか、ハロゲンランプが煌々と点灯している。
たとえ無人とは申せ、こういうの見ると妙に安心する。
ここは、人の手の入る場所・・・人間のナワバリだ、とでも表現しているかのようで。


まあせっかくなので、何が映ってもベリベリウェルカムよん♪とか言いながら記念写真w
ついった仲間に「一秒たりとも居たくないほどヤバい」と言わしめた一枚。

実際映ってたら走って逃げますけどね(←




翌日も翌日で、完全1車線の急坂をえっちらおっちら登り
大俯瞰撮影ポイントへ私を運んでくれた。

また、ここへ来ようとしてた矢先だったものね・・・。
残念だ。



2世号のデビューまで、もう少し。
引継ぎが決まったため、明日は細々とした部品の撤収作業に向かう。

デビュー戦は、ここへ来ようか。



黒ゲート1世号の顛末は
自分自身での現場検証ののち、簡潔に述べて参ろうかなと。
Posted at 2012/12/27 14:37:06 | コメント(2) | トラックバック(0) | 行ってきた | 日記
2012年12月21日 イイね!

広島・103系D-01編成に在りし日の鶴見線を見た(何

待っていた。

ずっと待っていたのだよ、この時を。


JR西日本苦肉の経費節減策「鋼製車体電車の単色化」

(私は概ね大喜びだが)全日本の鉄ヲタを震撼させた、あの発表から3年。



私は、3年待ったのだ・・・!!(アナベル・ガトー)



必ずやってくれると信じてました。
「呉線に辛うじて生き残った、103系3連×3編成の黄色塗色化」



先日、ついに情報が来た。
「D-01編成は下関で全険入場、黄色になって試運転に入った」

総身を走る興奮。
秩父鉄道を含め、いわゆる純正国電タイプの電車から黄色が消えて久しい。

あの懐かしい姿が蘇る・・・。

この17~18日にかけて
久々に、呉線界隈へ足を運びました。

無茶な行程もいいとこです。
週末の激務を果たしたその足で、徹夜運行で広島まで飛ぼうってんだから。

でもね、何かしないと救いもないんですよ。
体はしんどくなっても、何か自分の求めるものに向かって行動したという事実ぐらい無いと
ただただ心の根っこから腐り落ちて行くだけなんです。
体力と引き換えに、精神を維持するんです。
…色々と限界を迎えつつある昨今ですが、まあそれは今回の話の本筋じゃありませんのでこのへんでw


夜の1時に家を出て、向こうに着いたのは8時過ぎ。
途中、鴨方駅で2時間弱の仮眠は取っているので、当面の行動余力はある。

運用情報は既に押さえている。
ここ数日の間、目標物は広以東へは入らない固定運用に入ったまま。
岩国から「快速:広行き」で現れるのは、呉近辺で10:30前後といったところ。

天候はアテにした程でなく、完全な曇天でいまひとつだが
もうそんな事はどうでもいい。
ここまで来たら、なるようにしかならないのだ。

それに、これは最初であって、最後ではない。
この先へ繋がるような何かを掴むだけでも充分。
特に呉周辺は撮影場所のカバーも手薄。色々探し回らねばならない。

さて。
まずは広-新広間に、いい塩梅の絵が見つかったので
ここで出会いの一発と参ろう。

三脚設置、カメラ構え。
待つこと暫し。

──現れた!
真新しい黄色塗装を身に纏った、D-01編成!




K-5 TAMRON-SP 17-50/2.8DiⅡ(A16p)


DSLR-A580 MINOLTA-AF 35-105/3.5-4.5(Ⅰ)

高層マンションの立ち並ぶ運河を背景に進む、黄色い低運転台103系。
…それは、学生の頃足繁く通い、老い先短い101系電車を追い続けた
あの懐かしい鶴見線の姿にダブって見えました。
例えそれが、厳密に言えば「カナリアイエロー(黄色1号)」とは若干違う色合いであっても。


胸のすくような興奮のままに、撮影は続きます。
午後からは日差しが持ち直し、呉ポートピア付近で
紅葉の残る山をバックに。


DSLR-A580 MINOLTA-AF 75-300/4.5-5.6(Ⅰ)

眩しいなぁ・・・素晴らしい姿だよ。
運転席の窓が黒Hゴム支持になっているのが、また泣かせる。

あと、この先頭車両「クモハ103-48」は
現存する唯一の、原型クモハ103。
じつは存在そのものが有形文化財のような車両なんです。
だから、往時の姿を彷彿とさせる単色化には、感激もひとしおなのです。


・・・先述のごとく、結構な無理をかました行程であることは重々承知なので
このあとは初日の鉄道撮影を切り上げ、休憩がてら
旧道・廃道巡りを(←
そこはまた別件で上げることとしましょうw

その道すがら、安芸阿賀近辺を通行中
名撮影地となっている「黒瀬川橋梁」に到達した時点で
さっきの列車が折り返し、快速:広島行きで帰って来るのに間に合った!


K-5 TAMRON-SP 17-50/2.8DiⅡ(A16p)
もらったw


結局この日は、本郷駅で4時間、国道375号・二級峡付近の某所で4時間
計8時間の睡眠を取り、2日目の撮影へ。
(本来は帰るかどうかといった所だったのだが、本郷で寝て起きたら既に0時近かったので、無理をせず結局そのまま留まったという)


昨日に続き、やはり天候は冴えない。
空模様を頼らない撮影で・・・と思い、安芸阿賀近辺をうろついてみるが
黒瀬川橋梁へ向かう築堤には足場が無く、思ったように撮れそうにない。

ふと、周囲を見渡すと
川沿いの山の上。なにやら真っ白いガードレールが見える。

…あすこへ行けないか??

地図で調べると、車でのアプローチは問題ないレベル。
というか、酷道険道を嗜む身にはマゾヒスト的期待すら抱かせる(アホw

そこは、「大空山」という山だった。
桜の季節には賑わうそうだが、普段は人通りも少ない
閑静な山頂公園を擁する場所だ。

見おろすと、おお見える見える!
黒瀬川橋梁の大俯瞰パノラマだ。
夏場の早朝以外は終始逆光となるようだが、曇天なので今日のところは問題ない。

数本の列車で予行演習ののち
昨日と同じ時間に・・・

Nex-5N MINOLTA-AF 75-300/4.5-5.6(Ⅰ)


DSLR-A580 MINOLTA-AF 100-200/4.5
黄色いそいつは現れた!
薄日に輝く水面の上を、滑るように。


Nex-5N MINOLTA-AF 75-300/4.5-5.6(Ⅰ)
臨海工業地帯と瀬戸内の景色を背に。

それをクローズアップして背景を整理すると、

DSLR-A580 MINOLTA-AF 100-200/4.5
…ここは、何処の鶴見線だい?となるわけでw


さて撮影も終盤。
昼12時台の1往復をもってお開き・・・と思ったのだが、その帰路
開通したばかりの国道375号バイパスを走っているうち、急激に晴れだした。

どうする?引き返して14時台まで粘るか?
安定して晴れてくれれば言うことナシだが・・・

ここで切り上げても、帰宅時間に影響するのは2~3時間程度。
ならば賭けてみようか、この空模様に。

黒ゲートは一転、375号バイパスを駆け下りる。
そして先刻、12時台の列車を迎え撃った構図を、ほぼそのまま再現。
場所は黒瀬川橋梁と、初日にも立ち寄った運河周辺。

晴れたり曇ったりを繰り返しながら、どんどん空模様は回復し・・・


K-5 TAMRON-SP 17-50/2.8DiⅡ(A16p)


DSLR-A580 TAMRON-SP 80-200/2.8LD(30A)
備後!…あ、ここは安芸ですかそうですか(
この2日間で最高の条件で、最も思い描いたイメージに近いものが撮れた。

ここまで、先日導入した新戦力
「TAMRON SP 17-50/2.8DiⅡ A16p」の健闘ぶりが目覚ましい。
隅々まで破綻らしきものがない鋭い解像力、キリリと引き締まったコントラスト。
これは、名玉だ。今まで見向きしなかったのが本当に悔やまれる。

さあ、これで大トリ。
初日と逆の向きから、巡光狙いに構えて…

DSLR-A580 TAMRON-SP 80-200/2.8LD(30A)


K-5 TAMRON-SP 17-50/2.8DiⅡ(A16p)
情景と、ポートレート。
ご挨拶代わりに押さえて置きたかった絵を、最後の最後で実現することに成功。

空は、すぐに曇天へ戻った。
転舵反転の決断が、僅かなチャンスをモノにする結果に繋がったのだ。

立ち去らなくて本当に良かった・・・。



またしても車内泊で強行軍という、見ようによっちゃあ忙しないとも取れるような行程での撮影だったですが、
実際、心はとてもリラックス出来ました。
そんなにバタバタと追い回した感じでもないし、なにも焦ることはなかったし。
それにまあ、鉄以外にも出来たことはあったし、いいドライブになったんじゃあないかな。


ここの103系は、クハに手洗い設備を備え
ワンマンドア扱い可能に改造された、特別仕様。
103系改と呼んであげたい。
こういうわけで、3本9連しかいないのだが、快速「安芸路ライナー」専用機として
その存在は不動のものとなっている。
追々、残る2編成も黄色になることだろう。今後が楽しみです。

次は、ぜひとも
日差しと青空に彩られた、忠海近辺の海岸線で会いたいものだ。



ps.
どうにも、なぜか頑なに使用していないD編成の白い方向幕は
個人的に気になるw
ここに表記があったら、最後の1ピースが埋まるような気がするんだ。

というわけで

実際に作ってみた。



「快速」表示も誇らしげに、安芸路を掛ける!
ドヤァ

・・・あ、そっちは広島だ_(:3」 L)_








ps.
この黄色は違うんだ・・・とか、骨董価値の原型クモハを末期色なんて何考えて・・・とか
結構あっちこっちでコイツの批判的記事を見掛けるけど
総じて見るに「末期色批判」という大風呂敷を拡げてしまったがために、振り上げた拳を降ろせなくなって
重箱の隅を突いて批判のための批判をしてるツンデレさんなのかな?www

うん、解るよ、私も昔101系を淘汰する201系辺りを憎むべき敵として認識して以来
睨みつけて乗車拒否するような厨房だったからねぇww

そういうお年頃って、誰にもあるもんだよねェw
ま、大人になろうぜ。ww

何度でも言おう。

電車が黄色で何が悪い。

ヽ(*'ω'*)ノ
Posted at 2012/12/21 23:25:09 | コメント(0) | トラックバック(0) | 行ってきた | 日記

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