さて、前回に引き続いて
東京(首都圏近郊区間をひと括りで東京と呼称するこの癖w)撮影旅行の第二行程です。
8/15。
この日は、弟のご実家に顔出ししてからの出立ということもあり
天候も回復しきらないという読みで、烏山方面へは移動のみで済ますか
それとも新幹線ワープまで駆使して総力戦を挑むか…の、悩みどころとなっていた。
弟に別れを告げ、まずは新宿へ出てから考えることに。

ギンちゃんも元気でね~・:*(*'ω'*人)*:・
(弟の近所でみんなに可愛がられてる地域ネコですw)
新宿では、隣のホームに黒金の日光仕様スペーシアがいた。
なんてカッコいいんだ…
現在、特急スペーシアは様々なカラーバリエーションがあり、3種3編成プラス日光色だったかと。
もともと流麗で美しい電車だったが、さらに面白くなってきた。これは次回以降、狙う価値が存分にある。
で、気持ち的には
今日は移動だけして、あとは宝積寺の廻りか何かで明日に繫げるような観察が出来れば…と固まっており、7分程で宇都宮行き特別快速が来る、あとは乗るばかり。
そのまま乗るばかりの状態まで来てた、その時。
眼を疑うような車両が、ホームへ滑り込んできた。
さも、それが日常の、新宿駅の当然の光景で在り続けているかのように。
─205系。
埼京線、最後の205系にして、日本で最後の205系10輌編成。

Stylus-1
(写真は後述の大宮駅)
こんな出来過ぎた偶然があるか。
今、ここで関わっておかないと後悔するかもしれんぞ、自分。
乗り込んでました。半ば反射的に。
埼京線を通るなど何年ぶりのことだろう、いや、十年単位の話だ。
もともと経路的に用件はそれほどなく、半ば道楽的に訪れることのほうが多かったし。
ただ、学生時代
横浜線に続いて投入された、最新鋭だったころの205系を、よく知っているのだ。
無論、国電世代である自分にとって
それは山手線カラーの103系の引退を意味することでもあり。
(同じ車両が西日本じゃ毎日当たり前に走ってるという事実にも驚くがw
でも、それももう永くはなさそうで)
それでも、高規格な新鋭路線を、風のように全力疾走する姿は
自分にとっても、新しい時代の訪れを告げているように思ったものだ。
今も昔も前面展望が好きで、この新鋭車両にも事あるごとに「わざわざ」乗りに行った。
あれから、25年経った。
25年経っても、その爽快な走りは何ひとつ変わらなかった。
乗り込んだ場所が後部中間だったので、前面展望は望むべくもなかったが
その代わり、往時と何ら変わらない、外扇式直流電動機の甲高い咆哮が心に響いた。
時間が、巻き戻った気がした。
当該車輌の運用は、快速:川越行き。
但し。この日は大宮で車輌交代となり、川越へはE233が継走するという。
これはコミケの影響で運用がずれた可能性があるな。
では、この車両は入庫するのか?それにしては大宮というのも中途半端な話だ。そもそも待避線はあっても引き上げ線がなかったような気がする(地下駅だし)
何らかの形で折り返す可能性に賭けることにした。
ここの車輌運用に関するノウハウは皆無なので、全くの博打になるが
このまま何のアクションもなしに宇都宮へ向かうよりは余程いいはずだ。
かくて、その列車は回送表示を示すことなく
「各停:新宿」を表示した。
以後、新宿~大宮を繰り返し往復するのではなかろうか。
乗車目的で訪れることはあっても、大宮~新宿間で
カメラを構えたことは数えるほどしかない。
しかも、駅撮りを綺麗に纏めるセオリーどころか、そもそも鉄道写真の技法自体、確立していなかった頃の話だ。
多少なりとも、あの頃とは違うところを見せてやるよと意気込んで、降り立ったのは「北与野」駅。
逆光向きだが、天候がもうひとつなのが逆に幸いした。
駅撮りの肝はねー、

…ズバリ、低め一杯に構えることなのよ。ホーム高さギリギリの目線でね。
Nex-5N MINOLTA-AF 75-300(Ⅰ)
すると、編成は地面に向かって収束する構図になり、ぐっと安定感が増す。
立ち目線だと編成の収束先が宙に浮いてしまうのだ。
しかも地平が画面の真ん中を通ることになる。(この地平とは、路盤の消失先を指す)

DSLR-A580 TAMRON-SP 80-200/2.8LD(30A)
無論、勾配や曲線などの要素にもよりけりで一律にそうとは限らないことは言うまでもない。一つの「定石」というやつです。
折り重なる架線トラスと、大きく縦にうねるダイナミックな高架線。
遮るものも何一つなく、これぞすべての基本となる「編成走行写真」。
惜しむらくは、35mm換算600mm程度に相当する望遠があればよかった。
そうすれば、向こうの勾配の「駆け登り」を大迫力で狙えただろう。
あとから知ったが、ここは「超有名撮影地」だそうだw
同じ絵ばかりを撮っても進展はないし、斯様にこの絵は大成功と判定したので
さらに新宿方向へ向かって場所を探すことに。
こういった「撮影者の目線」で、この埼京線を見たことは殆どなかったなぁ。
再び大宮を折り返してきた205系に乗り込み、直感的に「ここだ!」と降り立ったのが…

中浦和駅。
あとから知ったが、ここは「超有名撮影地」だそうだ(2)w
まあ考えようによっては、なんらの予備知識なしに直接光景を探りながら進み
直感的に「ここだ!」と思えたということは
まだまだ私の撮影地選択眼は衰えてはいない…ということの証しともいえるのか?ww
幾つかセオリーはあるんですけどね。
「障害物が無いか、あっても気にならないような場所か」
「光の回り込み方向はどうか」
「背景と線形のバランスが良好か」
このうち、光線だけは今回いかんともしがたいので、残り二つを重視。特に、駅なら障害物が天敵なので、見通し重視で選んだ結果です。
(逆に光景重視なら、障害物無視モードというのもありなわけです)
背後には、立ち並ぶ摩天楼

Nex-5N MINOLTA-AF 100-200/4.5

DSLR-A580 TAMRON-SP 80-200/2.8LD(30A)
名残は尽きないが、そろそろ宇都宮へ向かい
翌日に向けてレンタカーの受け取りなどを済まさねばならない。
赤羽線区間でワンチャン撮れるかと思ったが、先行する列車の遅延もあって
さすがに一発は成らず。
その代わり、大宮までは要所要所で車内の様子を録音しながら進んだ。
この「28編成」は、希少中の希少「京浜東北線205系」として登場。
それは狙って見られるものではなく、たまに見掛けたらちょっと嬉しい編成だった。
もしかしたら、銀塩フィルム時代の写真に、その姿は残っているかもしれない。
それが今、埼京線の孤高の老兵として最後の勇姿を見せてくれている。
つくづく数奇な運命を辿ったものだと思う。

大宮駅の、この間まで当たり前だった、何の飾り気もない日常の光景。
いずれ程なく過去のものとなり、二度と帰らない。
一応、残留目的は最新鋭列車保安設備
「ATACS」導入にあたっての車輌改造工事のための予備車ということで、2017年秋の稼動開始を目指しているらしく、その直前までということになるだろうか。長くても、二年未満。
まだ二年?いや、あと二年しかない。
再びお目に掛かるチャンスのある可能性は、限りなく低い。
もし、いつものように冬の関東へ向かえるなら。
その時、たまたま運用に入っていてくれたなら。
大宮を後にして、当初のルートへ復帰。
宇都宮を目指します。
さて、宿をチェックインし
明日の切り札「れんたかー」を取りに行くわけだが
土地勘のなさ故、レンタカー受け取り営業所が宿の反対側出口の彼方_(:3」 L)_
遠い。20分掛かってしまった。
おまけに到着100m手前でとうとう土砂降りに…
返却は宿の至近にある営業所でよいことになって、とりま一安心。
むろん、資金および用途がら「軽四」でお願いしてあり
代表車種として「ワゴンR等」とあったので、必要充分と納得しての予約だ。
そして出して戴いた車種を見て、思わず
「( ・ㅂ・)و ̑̑ グッ」てなったw

「ニュー・ネクスト・ニッポン・ノリモノ」
HONDA N-1
Keiの後継候補車種のひとつを試乗できてしまうではないか!
借り受けて、そのまま宿へは戻らず
慣熟運転を兼ねて、そのまま陸路を宝積寺へ。
まともに行けば、20分とは掛からないだろう。明日の予行演習にもなる。
車輌の感覚にも馴染んできたところで、宝積寺の線路際で通過する列車を見守る。
烏山行き、白+国鉄ツートン。

花火が始まったり。
飛来したウマオイがスイーッチョの大熱唱を演じてくれたり。
のどかな田舎の夜。
このまま車内泊でも、おそらく気分のいいものだろうな。
そうこうするうち、明日の3連の後ろ半分と見られる
国鉄ツートン+白の編成が、宝積寺停まりで入線。
宝積寺の留置線には、既に「赤」が1両、待機している。
さっき行った編成、この編成、いずれも宇都宮側に「国鉄ツートン」を擁する。
赤の隣の線には、白+赤が明日に備える。既にエンジン停止、いまから再起動して繫ぐでもなかろう。
かくて予想通り、今まさに宝積寺に入った列車は、僅かな乗客を降ろすやいなやバックを始め、あっという間に待機中の赤い1両に連結した。
宇都宮←「赤-ツートン-白」←烏山
明日、進行方向うしろ側の一両を、宇都宮で切り離し…
日中のすべてを往復…
勝 利 確 定 ヽ(*;∀;)ノ
あとは、天候が快復することを、祈るだけとなったのだった。
最終日へつづく。
ps.その夜、ホテルでは
「て、提督…? これって…シングル…だよ、ね???…/////」
【追記9/10】
翌日の作戦は「成功」でした。
後々、簡素な形で撮影結果のみフォトギャラリーに掲出の予定。
当該地域における激甚災害の復興を祈りつつ。