行程3日目の午後、とうとう空は曇り
これ以上正攻法で鉄道を狙っても、そこまでのように大きな戦果は得られないと判断。
ということで、ほぼ純粋に観光ドライブとしゃれこむ事にする。
【登録有形文化財・下小代旧駅舎】
一連の撮影を行ったポイントは、東武日光線「下小代」駅の至近。
この下小代駅は
既に駅舎はとうふ(のような簡易駅舎)化された後なのだが
…駅近傍に、かつての旧駅舎がそのまま保存されている。
せっかくなので、これを見ていかない手はない。
建築・1929年。
改札口の佇まい

いわゆる「官鉄標準駅舎」を参考に建設されたものとされ、なるほどその造りからは昭和の中堅ローカル鉄道駅の風情が漂う。国鉄的な雰囲気だ。
東武としては建て替えを強く推進したかったそうだが
地元からの保存の要望を受け、移設ということで折り合った。
(私企業である東武にしてみれば、建物の規模に対して課される固定資産税は馬鹿にならない金額となるのだから致し方ない。ましてや赤字ローカル区間である。これは幸運な事例といえるが、古き佳き由緒ある建物だからとて、門外漢が費用の負担もなく無責任に「残せ」と言うべきではないのが本筋ではある。まことに寂しいことではあるが、私企業の経営とは利益を出すためのものであって「慈善事業」ではない。これは先頃撤去建て替えされた、烏山線終点・烏山駅舎などにも同様のことがいえる)
現在は、めでたく国指定登録有形文化財として、それなりに整備補修がされている。
【鬼怒川温泉・鬼怒川左岸の落日】
さて、ここまで来たからには、鬼怒川温泉も充分に行動範囲内である。
どうせ何時間も空いているなら、車で小一時間もあれば到達出来よう距離なので
ある程度後日のための沿線下見も兼ねて、向かってみることにする。
…但し。
私は只の観光客ではない。
通常、鬼怒川温泉へ向かうとなれば、温泉街で湯のひとつもかぶりに行くのが常識である。
が、私の目的は、そんな一般観光の常識の斜め上。
鬼怒川温泉駅のある、鬼怒川左岸の上流寄り、駅から歩いて10分程だろうか?
そこから先は、

つとに知られた、
ゴーストタウン。
かつて観光ブームに乗って爆発的に膨張した温泉街の残骸、躯の数々。
なかでも恐らく最大級の規模であろう「鬼怒川観光ホテル東館」へ。

こんな巨大な建造物、撤去するったって一棟ですら何億掛かるんだ…恐らく、もう無理だろう。
雨ざらしな上に窓ガラスなんかも割れたり割られてたり…
腐って部分崩落とか、無いとは言えんぞ。
実際この先の建物では、庇の部分のコンクリートが腐り落ちはじめてて旧国道を幅員規制してるところだってある。
鉄道でのアクセスは、既に「惨敗」を喫した。
いまどきのリゾートスタイルでは、バスで高規格道路を通り、施設の玄関に直接乗り付け、直接出てゆく。
東武はスペーシアの就役とそれに呼応した大々的キャンペーンを展開してきたことで、ようやくここ十数年かけて辛くも持ち直しの兆しを見せ始めているかどうか…というのが、現状だろうか。
恐らく、スペーシア投入によるイメージアップ戦略なければ、ここは既に「会津観光」の通過点となり果てていただろう。古豪1720系DRCの引退を惜しむみたいなのは、私のような濃い鉄分を持つファンだけである。一般客からすれば、単に「経年で陳腐化したボロ電車」に過ぎない。そんな老朽車がリゾートへのアクセス手段では、出だしで既に転んでいる。
今では、鬼怒川温泉の中心部は、高規格道路が直通する右岸。
この121号バイパスが右岸に付いたことが明暗を分けたことも、想像に難くない。

中心街には幾つかの巨大リゾートホテルが「勝ち組」として鎮座する。
観光客は9割がた、この建物から大々的に外へ出ることはない。
施設内で全ての目的が完結するよう、客をガッチリ囲い込み、外へ出させない。
例えるなら、「郊外型ショッピングモール」のようなものだ。
そうなれば旧来の個別店舗が寄合で並ぶ「温泉街」が凋落するのは必定である。

他にも、「そもそもバブル崩壊による客足鈍化」「軒並みメインバンクを務めていた足利銀行の破たん」「勝ち組にしてみても、なおも治らぬ集団大口顧客至上主義の運営」等々、凋落に至る要因は枚挙にいとまがなく、ここで書ききることなど到底不可能だ。
まあ、リゾート開発ってのはこうしたもんである。
儲かると見たものに一挙に群がり、見越しを誤ったものから脱落してゆく。
ブームの去った観光地の末路は哀れである。うちの近所の大歩危小歩危も同様。
景観まるつぶれの廃墟ばかりが、残骸として残るだけだ。

光と、影。
右岸の巨大リゾートホテルが、左岸の温泉街の躯を見下ろす光景。
これをシュールだと感じる人さえ、実際は少数派なのだろう。
…彼の眼には、そんな人間の刹那的な営みが、一体どのように映っているのだろうか。
この絵を、今回の捻くれた鬼怒川観光の締め括りとしよう。

打ち捨てられた廃ホテルの巨大な窓から、流麗なスペーシアの姿。
それはまるで、鬼怒川温泉の「いま」を、象徴しているかのように見えた。