
年明け一発目のクルマイベントといったらオートサロン…ではなく、私にとってはニューイヤーミーティングから始まります(^^
いつものように開場前の入場を目指すべく、8時頃にイベント会場周辺に到着すると、一般入場者のクルマの列に飲み込まれてナカナカ入れない状況はいつもと変わらず(^^;
で、その渋滞の中に並んでいる時に、前方にはGX71のマークII含めたいわゆる「旧○會」の方々が…。
この方々がまぁ、ある意味期待を裏切らない!? 迷惑千万たらありゃしない…。
爆音マフラーでむやみやたらに空ぶかしをする姿は単なる暴走族…。
挙げ句の果てにはタバコのビニールのフタ? を窓からポイ捨てする始末…(怒&呆)。
10代や20代前半ならまだしも、いい加減、加齢臭漂う良い歳をした中年なんだから、
物事の分別、いやいや、マナーの判断すら付かないのか? と呆れ果てます。。。
良い歳をしてるんですから、最低限マナーだけは守って欲しいと思うのであります。
さて、ゼロヨン兄的に会場で興味深かった車両やモノ? のネタでも書くとします(^^

会場入りをして、すぐさま目に飛び込んで来たのがアルピーヌA210 M66です!!
ずっとずっと間近で見たかったので、これはとても嬉しかった!!
これは7台ほど生産されたM66のうちの1台で、
このシャシーNo.1724は1966年のル・マンを走ったワークスカーそのもの。
そのル・マンでは総合12位で完走を果たした由緒あるマシンなのです。
その後、アルピーヌの手によりレストアをされてからオークションにかけられ、
今から20年ほど前に日本に上陸を果たしておりました。
バブルが崩壊した後も日本に止まっていてくれたのは嬉しい限りです。
ル・マンを戦うために空力に力を入れており、長いテールエンドが特長的でもあります。
日本に上陸した際にSCG誌が風洞実験を試みたところ
CD=0.34を記録したという記事が残っています。
わずか1.5Lにも満たない小排気量ながらも、
トップスピードは210km/hにも達していたのは、
この優れた空力特性と軽量ボディによるところが大きかったのでしょう。
ただ、この当時は風の抵抗を抑えることに力が注がれており、
ダウンフォースに関してはまったく考えられていなかった時代。
長い長いユノディエールのストレートでは
トップマシンとはマックススピードが100km/h以上違い、
速いマシンが追い越した際、乱気流で吹き飛ばされた逸話があるほどです(^^;
さて、次に驚いたのが「ダイハツ フェロー7」です。
まるで遊園地のゴーカートのように見えるこのマシンは
当時、晴海で毎年行われていた「東京レーシングカーショー」の
1969年開催の第2回に出展されたプロトマシン? で、
スチール製の鋼管スペースフレームにFRP製ボディが被された簡便!? な作りです(^^;
車名に「7」と謳っているように、FIAの車両区分である
グループ7マシンという意味を示しているようです。
ベースが当時のフェローSSなので、360ccのエンジンとミッションが流用され、
このフォルムからは意外なことにFRという不思議なマシンです(^^;
出展から40年近く経った近年になって現オーナーさんが偶然、この状態で解体屋で見かけ、
廃棄寸前のところを救ったのだそうだ。
自宅に帰って当時のレーシングカーショーの記事を探したところ、
CG 1969年4月号には簡単なスペックと解説のみが記されている以外、
特筆した部分がなく、また、レースフィールドに実践投入されたような記録はありません。
そればかりか資料らしい資料すらまったく残っていないらしく、
今となっては詳細は分からないようで、ナゾが多いマシンです。
最後はホンダT360のAK250E型エンジンです。
毎回、このクラブスタンドは展示方法がユニーク!!
去年はフレームごと展示していたけれど、
今年はエンジン単体を始動できる状態で見られたので、面白かった!!
来年はどんな展示方法になるんでしょうか。楽しみです。
さて、車両や展示の見学もそこそこに、今年もいくつか物欲を満たして来た!!
というお話は次のブログでも書くとします(^^