
ここ数年、夏場になると横浜のマツダR&D(MRY)で定例開催されている「ロードスター展」に行ってきました。
自宅からはそう遠くないMRYだから、行くこと自体さほどワケないハズなのに、ついうっかり開催してること自体忘れていたり、覚えていても用事が重なって行けなかったりと、何かと相性が悪かったイベントです。。。
そういう時に限って重要だったり大事な車両が展示されていたことを後になってから知り、ロードスター乗り、あるいは研究家としてはとても悔しい思いをしてきたから、やっと行けた!! てな具合(^^;
さて、今年の目玉はかねてからのウワサにあった、
ちょっとだけ懐かしのコンセプトカー「Miata Mono-Post」の展示。
とはいっても広報写真でしかお目にかかったことがなく、
日本国内の大規模なショーでも展示されたことはないハズ? なので、
初めて実車を目にする事になります。
このMono-Postは2000年にラスベガスで開催されたSEMAショーに向けて
カリフォルニアにあるマツダノースアメリカの現地デザインチームが、
当時発売されたばかりのNB1のミアータをベースに
企画・製作をしたイメージコンセプトモデルになります。
SEMAショー自体が良い意味で「イカれた改造ヤロー」が、
こぞって手を入れた改造車両や改造パーツを発表するイベントでもあり、
このMono-Postもご多分に漏れず、イベントの趣旨に沿って
HKS製のタービンを搭載してターボ化されたり、大径ホイール&タイヤ、
ブレンボ製のビッグキャリパー&ローターなど大幅に手が加えられていました。
ただ、本来のロードスターからすれば少々違うベクトルへと向かっているので、
アメリカナイズされたコンセプトカーとも言えます。
その後、北米各地で開催されたモーターショーや現地のデザインスタジオなどに展示され、
日本国内では広島本社ショールームにも一時期展示されたこともあったようですが、
この手のコンセプトモデルにありがちな、役目を終えた後は決して恵まれない末路
がこのMono-Postにも待ち受けていたのだそうだ。
発表からちょうど10年が経った2010年に入ると
カリフォルニアで廃棄する話が持ち上がったとのこと。
その話をMRYが聞きつけ、保存・研究材料として引き取る形になり、
こうして再び日本で多くの人々の前に姿を表すことが出来たようです。
さて、実車をつぶさに観察していてひとつ重要なことに気付きました。
ベースとなったのは北米仕様のNB1ミアータになるのですが、
車台番号を確認したところ、10ケタ目が「W」になるので1998年生産であり、
下6ケタの番号を確認したところ100001だったので生産1号車であることが分かりました。
NB1ミアータの記念すべき1台目が、
まさかMono-Postへと改造されていたとは、意外な事実を知る事となりました。
さて、実は私としてはMono-Post以上に見ておきたかったのが、
画像後方のF010(左)とV705(右)です。
2009年、2010年のロードスター展の目玉として展示されたものの、
やっと目にする機会に恵まれました。
F010はいわゆる「NAクーペ」で、以前ブログで話したように、
18年ほど前、当時実車を見る機会に恵まれていたので久々の再会ともなります。
V705は20年前にJ58G広島が開催した最初のイベント
「里帰りミーティング」の会場で、社内プレゼン用に流した映像、
いわゆる「サンタバーバラの奇跡」を初めて目にして以来、
ずっと実車を見てみたいと思い続けていたから、
20年経ってようやく願いが叶った形になります。
この2台については後に私が制作の中心に携わった
徳間書店刊行「ユーノスロードスター名鑑」の企画段階で
マツダ側に現存してないか打診し続けてはみたものの、
当時の広報からの回答は「研究開発車両であるから処分されてもう存在しない」
の一点張りで取材もしくは撮影をあきらめていた経緯があります。
それもそのはず。広報が把握してなかったのも当たり前で、
実際、この2台についてもMono-Postと同様に研究開発を終えた後には
廃棄の運命を辿ることが予想されたため、とある社員の方の想いで長らくMRYの倉庫内に
人知れず分からないように保管していたことが“現存”への道へと繋がったようです。
言うなれば、この3台の試作車両、後世ロードスター史を語る上で重要な車両であるから、
リサイクルではなくリユースになって本当に良かったと思えるのでありました。