第七話
入院しているフロアーの半数は老人ホームでは手当て出来ない病気の入居者である。
朝昼晩は談話室が食堂に変わり介護士が認知症の患者に食事を与えている。
廊下を徘徊する者や、泣き叫ぶ者。まるで老人ホームに居るようだ。
なだめて薬を与え対処する看護師の苦労は計り知れない。
私も手術後の痛みや入院中のあれこれに対処してくれた看護師達に感謝の気持ちでいっぱいである。
経過も良く退院を迎え世話になった先生や看護師の皆様に御礼を言う。
幸か不幸か退院翌日より職務復帰。体調様子見ながらの日々が続く。
職場近くには新しい蕎麦屋が開店していた。
FCだが、偉く混んでいる。
かつてはどこそこの蕎麦屋が美味いと食べ歩いたものだが、一般食料品店で売っている乾蕎麦麺も負けず劣らず、なかなか大したものである。三百円も払えば五人前程の蕎麦が食える。
一人前千円近い値のざる蕎麦があほらしく思える。
只、一人前でも寸胴鍋で蕎麦茹でるのはいささか面倒かつ不経済だ。
新しい蕎麦屋に入ってみた。『ざる』『もり』はメニューにないが『冷たいかけ』ならある。
大もり頼んでも五百円でおつりがくる。
皿脇に添えられたわさびを蕎麦にのせ、いただく。
美味い、所詮FC等と侮ってはいけない。まぁ己がさほど蕎麦通で無いかもしれぬが、美味いと思える事。それはそれで感謝な事である。
値段と味に魅せられ昼に寄って、帰宅時にも寄る始末。
最近その理由が値段と味、二点だけでない事に気付いた。
店を仕切る五、六十歳代のお姉さん達の威勢の良さ、気取らない明るさに何とも和むのだ。
『嫌な事や悩み事等くよくよするな。』と元気をもらえる和みがあるのだ。
はたして自分はどうなのだろうか。おそらく職場で仏頂面し、仲間やお客に嫌な思いをさせている事が多々あると思う。いや職務だけではない、友人や家族に対してもだ。
蕎麦屋のお姉さん達を見習い、今日も頑張ろう、明日も頑張ろうと和みを与える事が出来ればと・・・空元気でも良いじゃないか。空元気で周りがプラス思考になれば、自らもプラス思考になる。良い意味でのスパイラルだ。
「御馳走様。」
「いつもありがとうね。」明るい返事に『こちらこそ、いつも元気をありがとう。』と感謝し、暖簾をはねあげた。
Posted at 2018/12/23 15:50:02 |
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庄助『平安』 | 日記