では横浜・横須賀旅行記の後編です。
=ゆっくりできない朝=
毎度のことですが、旅行に行くと大抵朝は6時起きです。
ゆっくりしたいのですが、見たいものを見ようとするとどうしても・・・ね。
昨日の疲れは全く取れていませんが、今日は横浜へ、GO!
5900円でネットとテレビ使い放題な上に朝食も食べ放題だったりします。
ただ、セルフサービスどころか、カウンター横のロビーに食パンが山盛りになっていて、置いてあるトースターに自分で入れて食べろという、ものすご~くドライな朝食サービスなのですが(笑)
玉子焼きにベーコン?
そんなもんないよ。
食パンにマーガリン、ジャム、コーヒーしかない(爆)
でもそんなドライなサービスも好きだな。
と、いろいろやってるうちに7時になりましたのでチェックアウト。
さあ、横浜に向けて出発です。
=山下公園へ=
京急で横須賀中央駅からJR横浜駅へ、さらにみなとみらい線で中華街駅に。
ここから徒歩しばらくで山下公園に到着します。
山下公園といえば関東大震災の残骸を埋め立てて作った公園として有名ですね。
関東大震災では横浜港も大打撃を受けました。
大桟橋は崩壊して沈没し、新港埠頭の岸壁が大きく崩れたといわれます。
完全に壊滅した横浜港でしたが、国家の重要な戦略的貿易港だったこともあり、わずか2年で復興を果たしています。
山下公園といえば
ょぅじょ「赤い靴を履いた女の子」ですね。
「赤い靴はいてた女の子 異人さんにつれられて行っちゃった~♪」
考えてみたら結構シャレにならない歌詞です(笑)
もちろん本当はそういう意味ではないのですが。
ところでなぜこんな朝早くから山下公園にいるかって?
それは・・・・
=観艦式見送り=
実は観艦式の出航は朝の8時~9時に行われます。
既に大桟橋からはヘリコプター搭載護衛艦”ひゅうが”の姿はありませんでしたが、ミサイル護衛艦”こんごう”の見送りはしたいので。
7時過ぎの京急に乗ったので山下公園に到着したのが8時過ぎ。
ちょうど良い時間です。
山下公園から写真を撮って、そのまま大桟橋に向かいます。
大桟橋では出港準備をしていました。
9時ごろいよいよ出航です。
巨大な”こんごう”の姿が横浜港外に吸い込まれていきます。
あまり近くでイージス艦が動いてるところを見たことがないのですが、こうやって巨大な電子の固まりが動いてると何か不思議な感じがしますね。
ちなみに
警備のためか、海上保安庁の”はてるま”型(1000トン型)巡視船PL-66”しきね”(1300総トン)が護衛艦”こんごう”の近くを巡航していました。
”しきね”は10月7日に竣工したばかりの最新巡視船ですが、排気口周辺が大きく黒ずんでいます。
=では横浜探索に=
ミサイル護衛艦”こんごう”を見送ったので、今日の目標の一つはクリアです。
この後はこの周辺の海事関連を見て歩きましょう。
その前におなかが減りました。
立ち食いうどんを食べたのですが、天婦羅が少し生という実に新鮮なうどんでしたorz
まずは大桟橋からすぐのところにある
像の檻”像の鼻”公園へ。
ここは150年前からの突堤なのですが、どんどん改修していくうちに曲がっていつのまにやら「像の鼻」とよばれるようになったそうです。
・・・像の鼻には見えないよね。ぶっちゃけ。
写真からこの日の雨と風が結構強かったことはわかっていただけると思います。
さあ、昨日の疲れが溜まってきた体に、さらにいい具合に身体も冷えてきました(笑)
こちらは横浜といえばおなじみですね。
赤レンガです。
保税倉庫として明治44年~大正2年の間に2つの赤レンガ倉庫が竣工して、戦後の連合軍の接収をはさんで平成元年まで使われていたそうです。
横浜が壊滅した関東大震災ですら小破(約3割)で済んだとされるそうです。
平成元年以後は放置されていましたが、みなとみらい21整備計画で再整備され、今では展示スペースとなっています。
「あぶない刑事」のエンディングで有名ですね。
=海上保安資料館=
横浜港といえばやはりここでしょう。
海上保安庁の海上防災基地の施設内にある海上保安資料館です。
平成13年12月22日に発生した九州南西海域工作船事件の資料館です。
これが北朝鮮の工作船です。
一見すると漁船ですが、後部に巨大なドアがあり、そこには小型の高速艇が収納されていました。
これがその巨大なドアです。
小型(といってもモーターボートよりは結構大きい)の高速艇が収納されていて、ここから何らかの工作活動のために工作員が展開していたと考えられます。
対空機関銃に対空ミサイル、対戦車ロケットなどで強固に武装された工作船は海上保安庁の巡視船に対して銃撃を加えたため、海上保安庁は正当防衛射撃を加えています。
逃げられないと悟った工作船は自爆(巡視船を巻き込もうとしたと考えられます)し、海に沈みましたが、まさにその工作船がこれです。
工作船事件やそのバックの組織の解明のため、引き上げを進めましたが、親北朝鮮の政治家が露骨な圧力を加えてきたため、難航したとされています。
日本の敵はやはり同じ日本人なんでしょうかね・・・・・
海上保安資料館の横には世界最大の巡視船のヘリコプター2機搭載型巡視船PLH-31”しきしま”(7175総トン)です。
こうしてみるとその巨大さは他の巡視船と比べると圧倒的です。
巡視船というよりは軍艦という感じですが、この”しきしま”は軍艦構造の巡視船となっています。
=ぶらり横浜の街=
海上保安庁の海上防災基地の隣は新港埠頭です。
そこにはこれが停泊していました。
”はつゆき”型護衛艦DD-131”せとゆき”(満載排水量4200トン)です。
観艦式の一環として新港埠頭にきたのですが、観艦式そのものには参加していません。
前日の24日には青少年体験航海を実施していました。
”はつゆき”型護衛艦は私にとっては”萌え”護衛艦だったりします(謎)
その後は埠頭からちょっとはなれたところにあるここに。
JICAの海外移住移住資料館です。
日本は開国後、結構多くの人が海外に移住をしています。
約1世紀の間に70数万人の方々が海外に移民という形で移住をしているのですが、その過酷な環境、現地での差別など日本人移民の苦労について紹介されています。
その中でも特に興味深かったのはやはりLARA物資です。
敗戦で日本は深刻な食糧難でした。
国民の多くが餓死間違いないという状態のとき、大量の支援物資が日本に到着しました。
学校給食で脱脂粉乳が出され、多くの子供たちが栄養失調から救われたというのは有名な話です。
・・・が、実はこれ、米国をはじめとする連合軍の救援物資ではありません。
米国などで戦時中に抑圧され困窮だった日本人移民とその子供たちが、さらに深刻な日本の状態を憂い、身銭を切って集めた物資だったのです。
ところが当時GHQは日系人の関与だったことを伏せていたため、今に至ってもこのLARA物資はあまり知られていません。
その後はまた赤レンガの前にもどってきました。
ここでは横浜タイフェスティバルをやっていました。
なんだか怪しいのもいます。
敵の新型人型兵器か?
でもって、ここではこれをゲットしました。
豚足のせごはんとソーセーヂです。
味のほうは・・・・
まぁオリエンタルってことで(^^;
そのまままっすぐあるくと大桟橋の近くに横浜水上警察署があります。
そこには警備艇が停泊していましたが、観艦式の関係の警備でしょうか。
神-4”ゆり”です。
みんなも”ゆり”好きでしょ~?w
私も大好きです(謎)
さて再び山下公園に戻ってきました。
ここでは貨客船”氷川丸”(11622総トン)が記念艦として保存展示されているので見学。
一等船室を見るとものすごく豪華で気品あふれています。
いつかこんな客室に乗れるようになりたいですね(^^;
ちなみに氷川丸が就役していたシアトル路線は波が高く、客室のほうは船酔い続出で死屍累々の状態だったそうです(^^;
こちらは秩父宮雍仁親王がお乗りになられた一等特別室です。
チャラチャラした下品な成金的な客室ではなく、非常に気品あふれた客室になっていますね。
氷川丸は昭和5年に竣工された貨客船で日本郵船が運航を行っていました。
日米戦争時には海軍に徴用されて病院船に、終戦直後は引き揚げ船としても活躍しました。
なお、戦時徴用というと「船が軍に無理やりとられた、ひどい!」というイメージがしますが、実は結構普通に行われていることで、第2次世界大戦中はどこの国も民間の貨物船や客船を兵員や物資の輸送に使っていました。
英国では豪華客船”クイーン・メリー”や”クイーン・エリザベス”が第二次世界大戦では兵員輸送に使われていましたし、最近では1982年のフォークランド紛争では”クイーン・エリザベスⅡ世”がやはり英国海軍の輸送任務を行っています。
=横浜港クルージング=
氷川丸の隣は遊覧船乗り場になっています。
ここでこれにのってきました。
客船”マリーンシャトル”(764総トン)です。
40分で1000円とちょっと高いですが、横浜港を一望できるクルーズは一見の価値ありですよ!
船尾にいるとこんな感じで手を伸ばせばカモメに触れるのではないかと思うほどの距離に飛んできます。
・・・結構怖いぞ。
これは横浜のシンボルですね。
横浜ベイブリッジです。
映画「パトレイバー2」では空対地ミサイルを食らって吹っ飛んでましたね(^^;
このベイブリッジもくぐりました。
こんな艦艇も見ることが出来ます。
港内からしか見ることができないですね。
米海軍の救難艦ARS-50”セーフガード”(満載排水量3282トン)や”ナザネイアル=グリーン少将”級港湾曳船(すごい名前だ・・・満載排水量924トン)などを見ることが出来ました。
ちなみに遊覧船・横浜といえば思いっきりデートコースですね。
当然アベックなんかも同じ船に結構いたのですが、その中でただ一人(いや、もう一人いたな、”同志”が)ひたすら船にむかって一眼レフ構えているんです。
なんという場違い(笑)
”マリーンシャトル”から見た横浜のみなとみらい。
我が心の首都・名古屋は大都会ですが、この横浜はその名古屋より・・・とっ、都会じゃないんだからっ!
うらやましくなんかないんだからねっ!
=ランドマークタワーへ=
さあもう完全にヘトヘトです。
近いように見えて結構歩くんですよね、横浜って。
やはりここは外せません。
ランドマークタワーです。
ランドマークタワーは高さ295.8メートルの日本で最も高い全高を誇る雑居ビルです。
映画「ゴジラ」で2,3回破壊されている不運なビルでもあります(笑)
ここは以前展望台に登ったので、今回はスルー。
目的はこれです。
三菱重工みなとみらい館です。
ランドマークタワーの隣に三菱重工ビルが建っていて、そこにMHIの技術展示館があります。
潜航艇”しんかい6500”やH-ⅡAロケット、船舶、原子力などMHIが携わっているものの展示があります。
さすがに疲れていたのでじっくりとは見れず、結構駆け足で展示物を子供にまじって見学(^^;
次はラストです。
ランドマークタワーといえばここでしょう。
航海練習船日本丸(2278総トン)です。
ランドマークタワーに隣接する公園は日本丸メモリアルパークになっていて、地下には横浜みなと博物館になっています。
博物館は時間の都合上残念ながらあきらめました。
日本丸は昭和5年に竣工した大型の航海練習船で、帆船となっています。
ヂーゼルエンジンも搭載しているので自走も可能です。
引退後はここ横浜で係留展示されています。
もちろん日本丸の中も公開されているのですが、今回は時間の都合上(というよりは体力上)やはりあきらめました。
残念・・・・
=さあ帰ろう=
さすがにヘトヘトです。
ランドマークタワー近くにあるみなとみらい駅からみなとみらい線に乗ったのですが、これがわかりづらい。
建物の中に駅があるなんて看板がないとわかんないよ!
迷いまくったので明らかに地元っぽいねーちゃんに駅はどこ?って聞いたら知らんといいやがるし。
不審者と思われたのかな・・・・orz
みなとみらい線で横浜駅に。
ここでコインロッカにあずけておいた荷物をゲット。
・・・駅構内がむちゃくちゃ中が広いし、迷路みたいだしで、私のような田舎者にはつらいっす。
そこから地下鉄で新横浜駅へ。
え?なぜJR横浜駅なのにJRを使わないかって?
JR横浜線はかなり混むんですよ。
満員電車というのもいやですが、何かの間違いで痴漢に間違われるのいやですしね。
新横浜駅で新幹線に乗って、ようやく帰宅!
地元の駅近くのうどん屋でうどん定食(たまごかけご飯だぞ!)を食べて帰りました。
~終わり~
本当は日本郵船歴史博物館や横浜市歴史博物館、横浜開港資料館、日本丸の中や横浜みなと博物館も見たかったんですが・・・・ちょっと厳しかったですね。
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