前回はロータリーエンジンが出場出来る最後の年となるはずの1990年のルマン24時間レースにむけての果敢な挑戦と惨敗に終わった結果を振り返ったが、レース直後に競技規則変更が1年延期され、思いがけずもう一年挑戦する機会が与えられた。その1991年のルマンで念願の日本車初の総合優勝を手にすることになるが、今回の最終回では、この最後の挑戦への取り組みの一部を、当時のマツダ関係者の証言を交えて報告したい。(ト書きより引用ゴメンナサイ)小早川隆治氏による、マツダのモータースポーツ参戦の歴史を紐解く記事・・・今回はその最終回。■ロータリー最後のルマンへの挑戦■勝つためのシナリオ■787Bの改善構想■タスクフォースグループの貢献■いざ本戦へ■1991年のルマン■マツダスピードあってのルマン<三樹書房/車評オンライン/論評15 マツダのルマン24時間レース優勝への長き道のり(その4)>