今回の投稿は、ストリートファイター系ヘルメットとして長く愛され続けている海外モデルのひとつ、Scorpion EXO Covert/Combat(スコーピオン・エクソー コバート、欧州名:コンバット)を例とした、加水分解(かすい-ぶんかい)に関する記録。
この記事が、当該モデルのみならずScorpion EXOや同シリーズのモデル群、ないし海外ヘルメットに興味・ご関心をお持ちの方々への何かしらのご参考になりましたら幸い。もちろん、バイクグッズやアウトドアグッズに多数、用いられている樹脂素材との向き合い方についてお考え中の方にも、何らかのお役に立てましたら幸い。
■加水分解って知ってるかい?
――と、知ったかぶりをかましたい気持ちは山ほどあるものの、わざわざ場末の当コンテンツまで来られるような方々が『加水分解』をご存じない訳が無い――と判断し、一連のうんちくは、すっぱり割愛。
――で。
今回の加水分解の記事の素材となってしまったのが、冒頭でご紹介したスコーピオンのコバート。実際の状況が、こちら。
インナーパッド(※コバートの場合、この部分はネックパッドと呼称)の下面を覆うように用いられている合皮装飾の樹脂素材が、経年の劣化による崩壊を始めている。
かつて集英社の週刊少年ジャンプで連載されていた人気漫画『ピューと吹く!ジャガー』における劇中での描写が元ネタのネットミームのひとつに「おちつけ…大丈夫こんなもんだよ」から始まる切ない独白の一コマがあったりするのだが、この状況は正に、それ。
ちなみに、日焼けした後の皮膚のごとくペロリと浮いている合皮の表皮だが、これは下地である樹脂の層から表皮の層が完全に剥離している証拠。つまり、表面を覆っている合皮素材だけでなく、その下にある下地の層も、激しく劣化していることを意味している。
■遅ればせながらヘルメットの概要のご紹介
Scorpion EXO Covert/Combatについて、かいつまんでお話を。
”EXO Covert”、もしくは”Combat”は、2016年にアメリカ、および各国にて発表・発売されたストリートファイター系モヂュール(モジュール)ヘルメットの一種。名称が複数ある理由は、スコーピオンEXOの販路の都合による(※当該モデルの場合、北米と世界市場向けがコバート、欧州向けがコンバット)。
当時、既にストリートファイター系の始祖たるBell Rogue(アメリカ、2013~)とShark Raw/Drak/StreetDrak(フランス、2013~)が2TOPを形成していたヘルメット市場に、一部から『三匹目のドジョウ』などと揶揄されつつ投入されたコバートだったが、登場するや否や、その攻めに攻めた外観が世界中のマニアから注目を集め、ローグおよびロウと肩を並べられるほどの立ち位置にまで、一気に躍進。
・参考画像 ストリートファイター系モヂュールヘルメット 第一世代
『ジェットヘルメット+フェイスマスク(ないしゴーグルのセット)』、というストリートファイター系の概念に『インナーバイザー(格納式サングラス)』を付け加えた当該モデルは、デュアルスポーツ系を含む後続のモヂュールヘルメット群に大きな影響を与えたように見える。なお、ストリートファイター系モデルの同世代の製品として、Caberg Ghost(イタリア、2016~)が存在する。閑話休題。
・参考画像 ストリートファイター系モヂュールヘルメット 第二世代
登場から長きにわたりメーカーのラインナップに加わり続けてきたコバート/コンバットも、さすがにモデル末期。2023年現在、純正オプションパーツの在庫も欠品が目立つような状況にあり、メーカーも恐らくは同型モデル『EVO』を経て後継モデル『X』『2(※欧州向けCombat)』などの派生商品を主軸に据えたい(挿げ替えたい)のではないだろうか――などと思ったり思わなかったりする今日この頃、自分が所有している2017年購入のモデルも既に5年以上の月日が経過したところで、今回の破損・崩壊を迎えた次第。どこも「かいつまんでいない」というのは、ご容赦いただきたく(打ち込んでいたら止まらなくなり推敲を放棄)。
■加水分解が生じた樹脂との向き合い方は「除去」一択
ここで話を本題に戻し、加水分解を迎えた現物、および現実と向き合い直す。
結論から先に書くと、選択肢は『樹脂が構成していた合皮の部分を全て除去する』、の一択。崩壊した合皮素材を元に戻すことは不可能であるため、修理・修繕とは全く異なるアプローチをする他は無い。これは、経年の劣化により表面がグズグズ・ねちょねちょな状態に陥ってしまったマットペイント・グッズへの対処に似ているが、より抜本的な対策がとれる分だけ、こちらの方が遥かに作業が楽だったりもする。
そんなこんなで、ペロリと浮いてしまっていた表皮の部分を剥ぎ取り、下地を構成している(構成していた)グレー色の樹脂層を露出させた様子。ところどころ薄いクレーターのように点在する段差は、表皮の除去の際に、土台(下地)の樹脂が崩れたところ。
実は、加水分解の被害で最も厄介なのが、この下地層の崩壊。日焼け後の皮のようにペリペリと脱落していく表層の脱落は、着衣や器物の外観の印象を大きく損ない、また、場合によっては機能そのものを失う事にも繋がりかねず、厄介と言えば厄介なものに違いないのだが、多くの場合、下地層の樹脂の劣化が及ぼす面倒臭さは、その比では無かったりする。どれくらい面倒かと言うと、「押し固められていた泥団子の土砂が乾燥と共にボロボロと崩れてくるような風景」を思い描いていただければ、その厄介さがお分かりいただけるかも知れない。
■合皮素材の除去方法・ひたすら擦り落とす&削り落とす
合皮を構成する樹脂は、加水分解という化学反応によって異常に脆く、崩れやすくなっていることが珍しくないが、それは部位ごとに異なるもので、今回のヘルメットのインナーパッドのように「左側はグズグズだが、右側はピンピンしている」といったことが、多分に起こり得る。そうした場合、合皮素材の除去として行う「擦り落とす」「削り落とす」という作業工程に相応な負担が伴うことになりがちなのだが、ここで重宝するのが、次の画像に写っている軟質樹脂製のブラシ。
この樹脂ブラシは、ホームセンターや百貨店、もしくは雑貨店や100円ショップなどにおいて『カーペットブラシ』といったような商品名で取り扱われていることが多い商品。ブラシの毛に相当する部分が、まるでゴムのごとく軟質な樹脂で構成されている点が特徴で、敷物や着衣などの対象物を過度に傷つけることなく、それらに付着している動物の体毛や小さなゴミなどといった異物をかき集めることが可能という、なかなかの逸品。
この類の樹脂ブラシは、お高いところで700円~、お安いところで400円~110円などと価格に大きなバラつきがある訳だが、これは「ブラシと柄の素材が異なっている高級志向の商品(※本物)」から「全体が軟質樹脂で出来ている一体成型の廉価版(※粗悪コピー品含む)」まで類似品・亜種が数多く存在するため。こだわりがないならダイソーやキャンドゥといった100円ショップブランドのお品物で十分、とだけ、書かかせて頂く。
脱線した話を戻させていただくと、加水分解が生じた樹脂を除去する作業において、この軟質樹脂ブラシを用いると、作業時間が大幅に短縮できる。念のために補足しておくと、主に使用する事になるのは先端付近の、固めの毛足のところ。ここでゾリゾリ擦る事で劣化した合皮層は大抵、除去できる。効果はばつぐんだ。
20分間~30分間を要するであろう除去作業が20秒~30秒で終わることすらある――と表現すれば、自身が抱いている、この価値観を少しでもお伝えすることが出来るだろうか。大事な事なので、繰り返したい。効果はばつぐんだ。
そんなこんなで、実際の除去作業を終えたパッドの様子が、こちら。
「最初からこういうヘルメットだ」などと言い張れそうな勢いで違和感のない除去が出来たと、自画自賛したい自分がここにいる。
この「合皮の部分を丸ごと全て除去してしまう」という選択肢は、例えばバッグの持ち手やベルトの保護カバーなどを構成している合皮の部分が加水分解によってグズグズになってしまった場合に用いることが出来るもので、有名ブランド品や外観的な価値を有するグッズで無い限り、ほとんどのケースで「実用レベルで妥協できる状態」に持って行くことが可能。また、合皮素材の除去を手指やスクレーパー(※プラスチック定規などで頑張る方も少なくない)で行われる方もおられるかとは思うが、そこは是非、騙されたと思って前述の軟質樹脂ブラシを活用して頂きたく。しつこいが、効果は(ry
カメラを引いた、全体の様子。
見た目の違和感を防ぐ意味で左右のバランスを取る必要があったため、比較的、素材が無事な状態にあった反対側のネックパッドの合皮部分も全て、除去してある。この「比較的無事な状態」というのは、言い換えれば「加水分解の度合いが低い=合皮が頑丈=そう簡単に崩れない・剥がれない」というコンディションなため、素材の除去には相応の労力を要することになる訳だが、そこは上述の軟質樹脂ブラシさえあれば(ry
■別にスコーピオンEXOのヘルメットが悪いという訳でも無いというお話
既に本文の冒頭からここまでをお読みの時点で、お気付きの方も、おられる事と思うが、今回の作業でご紹介しているオートバイ用ヘルメットは、その消費期限の概念から見た場合、とっくの昔に寿命を迎えていたりする(2017年に利用開始 → 5年後=2022年中が使用期限)。
――というわけで、あっちもこっちもグズグズという悲劇的な結末を迎えたからと言って、スコーピオンEXO USAや母体たるKIDO Sports(※韓国の巨大企業の一角)の品質を批難する必要は、これっぽっちも無い。むしろ、樹脂の加水分解を「良くも悪くも、目で見ることが出来ないヘルメット本体の寿命を露骨に教えてくれている、ある種の目安のようなもの」と考えるのも決して、悪くはないのではないかと考える。
チンストラップのカバーの劣化の様子。
なまじ、帽体を構成するPC(ポリカーボネート)素材などの劣化が全く視認できない分、これら合皮の痛みっぷりばかりが目に付いてしまい残念な気持ちになる訳だが、上に書いた通り、これはヘルメット本体の寿命を(目で見て分かるように)教えてくれている、と解釈するべきなのかも知れない。
■とかなんとか知ったかぶりつつ保護艶出しを施し丁寧に仕舞って終了
いやーまいったなー寿命だわーつれーわー
などと知った風な口をほざきつつ、きっちり静電気抑制成分が含まれた保護艶出し剤を用いて帽体とバイザーを清掃・保護艶出しを施し、作業完了。
結局、何をお伝えしたかったと言うと、恐らくは次の3点。
・海外ヘルメットに用いられている合皮部分は、3年~5年後に崩壊する
・かと言って嘆くことはない(≒その時点でそのヘルメットは寿命を迎えている
・軟質樹脂ブラシは1本くらい持っていてもバチは当たらない
余談ながら、スコーピオンEXOのコバート/コンバットは、サイズ選びが難しい。
何故なら、USとEUで、サイズ表記が異なっている(いた)から。
・USサイズ → Lサイズ:59-60cm(センチメートル表記)
・EUサイズ → Lサイズ:58-59cm(同じくセンチメートル表記)
実物に貼付してあるサイズラベルには間違いなく「59-60」と印字されているものの、どう考えても、このタイトさは異常。ハットサイズ59cmの自分の時点で孫悟空のごとくキリキリと締めあげられている(着用から40分間~50分間後に痛みでヘルメットを脱ぐことすらあるレベル)ことから、普通に考えて「58-59」が正解なのでは?――という疑いが、未だに残っている。
もちろん、スコーピオンEXOのモデル全てがそうという訳でなく、Covert/Combat系の一部(ないしすべて?)のサイズがおかしいのでは、というのが、自身の抱いている疑問。以降、スコーピオンEXOのヘルメットが注文できずにいるのは、このサイズ問題が解決できずにいるから。
海外セラーの指針に従い1サイズ上げのXLを選択するというのが無難というか賢明というか、間違いない選択なのだとは思うが、なんか負けを認めるようで納得がいかない。誰と勝負してるんだ。