軸力の大事さは十分理解していただいたと思うので、今日は軸力の計算をしてみます。
計算する軸力は次の二つです。
1、初期締付け軸力(以下締付け軸力)
2、降伏締付け軸力
1の締付け軸力は、ボルトをある締め付けトルクで締め付けたときに発生する軸力の大きさです。
2の降伏締付け軸力は、ボルトを締め付けたときにボルトに発生する応力(ググってください)がボルト材料の降伏点(ググってください)以上になるような軸力の大きさです。
摩擦接合、引張り接合のどちらも、ボルトの座面が陥没しない限り、より大きな軸力で締め付けた方がより強い接合ができるので、普通は2の降伏締付け軸力を超えないように極力大きな軸力で締め付けできるような締め付けトルクの設定をします。
では早速、1の締付け軸力を計算してみましょう。
計算式には難しいのと簡単なのがあるのですが、実用的な簡単な計算式を使います。
(詳しくは、先日紹介した本か東日のホームページ、JIS B1083などを参照ください。)
ボルトの発生軸力をF(N)、締め付けトルクをT(Nm)、ボルト呼び径をd(m)とすれば、
T=F×d×K (Nm)
今回は締結トルクから軸力を求めたいので
F=T/d/K
ここで、Kはトルク係数と言いねじ部や座面の摩擦係数と座面の有効摩擦半径で決まります。
また摩擦係数は潤滑状態によって変化します。
実際には軸力を実測しトルク係数の値を求めるのですが、まずは一般的な次の値で計算します。
各潤滑状態におけるトルク係数Kの値
1)無潤滑:0.3~0.4
2)オイル;0.15~0.25
3)ワックス:0.1~0.2
これらはあくまでも一般的な値なので、実測することが必要です。
具体的事例がないとわかりずらいので、S2000のリアサブフレームボルトで計算してみます。
ボルトサイズはM14でピッチは1.5です。
サービスマニュアルの指定トルクは、103Nm
従って、d=0.014、T=103
潤滑状態はよくわからないので、それぞれの場合で計算してみます。
K=0.4のとき
F=103/0.014/0.4=18393N → 18.4kN(1876kgf)
K=0.1のとき
F=103/0.014/0.1=73571N → 73.6kN(7503kgf)
なんと、潤滑状態の違いで軸力は4倍の差が発生してしまいました。
つまり、軸力の狙い値は潤滑状態の狙い値がわからないとまったく見当がつかないというとになります。
とりあえず締付け軸力は置いておいて、次は降伏締付け軸力を算出します。
降伏締め付け軸力は次の式で計算します。(
JIS B1083参照)
降伏締め付け軸力をFyとすると
Fy=σy・As/(1+3{3/dAS×(P/2/π+0.577×μth×d2)}^2)
ここで、σyはボルト材の降伏応力(Pa)、Asはねじ部有効断面積(m2)、dASはねじ部有効断面積相当径(m)、Pはねじピッチ(m)、μthはねじ部摩擦係数、d2はねじ有効径(m)です。
この式の意味するところは、この軸力以上の軸力になると、ボルト全体が降伏するということです。
ここで大事なのは、この降伏締付け軸力の軸力以下でも、ボルトの表面はすでに降伏しているというところです。
降伏締付け軸力の計算にはねじ部摩擦係数が必要なのですが、これもトルク係数と同様に潤滑状態がわからないと決められないので、次の一般的な値で計算します。
ねじ部摩擦係数μthの値
1)無潤滑:0.21~0.28
2)オイル;0.1~0.18
3)ワックス:0.06~0.14
さらにボルト材の降伏応力σyもわからないと計算ができません。
サブフレームボルトをじ~っと見てみるとボルト頭に”10”と刻印してあります。
一般的には、これはボルト強度区分が10.9級であることを示します。
ボルト強度区分はJIS B1051で規定されていて、10は引張り強さが1000MPa以上で1200MPa以下という意味で、10.9の9は降伏点が引張り強度の90%以上であることを示しています。
つまり、S2000のフレームボルトは10.9級で降伏応力σyは、1000×0.9=900MPa以上であると推定されます。
降伏締付け軸力は計算式が複雑で計算がカッタるいので、別途エクセルで計算しました。
μth=0.28のとき (トルク係数は0.4相当)
Fy=78.6kN
μth=0.06のとき (トルク係数は0.1相当)
Fy=105.6kN
降伏締め付け軸力も摩擦係数の影響を受けますが、軸力ほど大きな差は発生しません。
さらにおまけでボルト材が8.8級の降伏締付け軸力も算出してみます。
μth=0.28のとき (トルク係数は0.4相当)
Fy=55.9kN
μth=0.06のとき (トルク係数は0.1相当)
Fy=75.1kN
ここまでで計算した締付け軸力と降伏締付け軸力をグラフにまとめると下図のようになります。
これを見ると、もし潤滑状態が無潤滑だとしたら、締付け軸力に対して10.9級の降伏締付け軸力が大きすぎるということに気がつきます。安全余裕を考えても8.8級ボルトで十分と思われます。
ということは、このボルトはオイルを塗布するかワックスを塗布することを前提にしていると考えられますが、サービスマニュアルには"分解時交換”としか書いてありません。
例えばエンジンのヘッドボルトなどには、”組み付け時オイル塗布のこと”と書いてあります。
オイル塗布を指示しておらず、かつ無潤滑だと10.9級ボルトを使う理由がないので、必然的にワックス塗布状態で軸力設定していると推測できます。
さらに、分解時に交換を指定している理由も新品状態ではワックスが塗ってあり1度分解するとワックスが取れてしまうのでワックス塗布済みの新品に交換するためだと考えれば納得できます。
そこで、ホンダのパーツセンターから新品購入したフレームボルトをじ~っと見てみました。
すると、ねじ部にロウのようなものが塗ってあることが確認できました。
ボルト座面側は、どうも塗っていないようでした。
本当に塗布してあるかどうかは、実際に締付けてみれば締め付けトルクと発生軸力の関係で確認することができるので、近日中にテストしてみたいと思います。
今回わざわざ軸力計算をした理由は、
1、設定軸力を大よそ知ることができる
2、設定軸力を発生させるために必要な潤滑状態を知ることができる
この二つです。
ここで話はリジ○ラに飛びますが、サブフレームがズレるという事象はレースをするときっと起きるんだろうと思います。
しかし、その原因は分解時にボルトを交換せずにそのまま使い、ワックスも何も塗布せずに締付けるので軸力が設定値よりも大幅(半分以下)に小さくなり、接合面の摩擦力が低下したためと推定されます。
にも関わらずその対策としてカラーを挟むとは・・・。
新車から一度も分解したことないにも関わらずサブフレームがズレる人もいると思うのですが、そんなときでもエイって増し締めして軸力アップすればズレなくなると思います。
今日のまとめ
設定軸力を発生させるためには、設定潤滑状態を知ることが大事。
軸力ネタは好評なので、次回も続きます。