ここ1~2ヶ月の仕事上の悩みごとと言えば、設計した部品を締結するボルト軸力が、安定しないことです。
ところで先週、
ドイツの某スポーツカーメーカのスポーツカーの火災原因はコンロッドボルト緩みだったというニュースがありました。
2月の時点で火災の原因がエンジン破損であると書かれていたので、ず~っと何が原因なのか気になってました。
記事にはエンジン破損としか書かれていませんでしたが、通常はエンジン破損=レシプロ部品(ピストン、コンロッド)がシリンダブロックを突き破って外に出てくる状態のことです。
その後すぐに使用停止の案内が出ていたので、恐らく壊れたエンジンを見てすぐに原因は判明したのだと思います。
レシプロ部品が外に出てくる原因で一番最初に思いつくことはオーバーレブです。
バルブがピストンに当たって、ピストンが砕け、コンロッドが折れて、折れたコンロッドがブロックを突き破って外に出てきます。
でも今回の事象発生車はPDKなので、オーバーレブは考えにくいです。
そこで、まず最初に何が壊れたのか考えました。
1、クランク折損
2、コンロッド折損
3、ピストン破損
4、バルブ折損
5、カム折損
6、バルブスプリング折損
7、カムスプロケ破損
8、タイミングチェーン破損
1のクランク折損ならば、コンロッドも出てきますが、ポッキンしたクランクが出てくるので一発で原因がわかります。
しかもかな~りヤバイのですぐに使用中止にしたくなったのも理解できます。
さらに、今回のエンジンは9000rpmまで回るにも関わらず、
クランクシャフトにトーショナルバイブレーションダンパがついていないので、捩れ振動でポッキンするのではないか?と心配でしょうがありません。
2のコンロッド折損にはボルト緩み、桿部の座屈変形、疲労による折損が含まれるのですが、これもすぐに原因がわかります。この場合ピストンはあまり壊れません。
3と4はどっちが先に壊れたのかいまいち区別がつきにくいです。
5~8は見たらすぐにわかり、いずれもバルブとピストンが当たってピストンが砕け散るので、コンロッドが出てくる原因となりえます。
しかし、不思議なことは「なぜテストでは壊れなくて、量産になって市場で壊れているのか?」です。
しかも販売後間もないので、長期間の使用による劣化が原因ではないはずです。
そこでさらに見方を変えて原因を考えました。
①設計ミス
②各部品の製造不具合
③組み立てミス
④運転ミス(オーバーレブなど)
もし、①の設計ミスならばテストで壊れているはずです。
テスト確認不足も否定できませんが、ちょっと考えにくいです。
②は少数生産のクルマということで、これも考えにくいです。
④はPDKなので考えにくい。
それに使用停止の案内を出す理由がない。
残ったのは③の組み立てミスです。
組み立てミスには二つあります。
たくさん作ったうちの一部に組み付けミスがあった。
そもそもの組み付け要領に問題があった。
組み付け要領に問題があった場合、組み立てミスというより、実際は設計ミスです。
すぐに全車に使用停止案内を出したということは、そもそもの組み付け要領に問題があったと考えられます。
組み付けにもいろいろありますが、最も重要な作業はボルト締め付けです。
レシプロ周りと動弁系(バルブ、カム)でボルト締結されている部品と言えば
1、コンロッドのロッドとキャップ
2、カムスプロケットとカムシャフト
この二つ
どちらも大事ですが、難易度が高いのはコンロッドボルトの締結なので、コンロッドボルト締結をミスったのだろうと思いました。
恐らく、事象発生車のエンジンに組まれていたコンロッドのボルトの多くが緩んでいた(回り戻りしていた)か、軸力が大幅に低下していたのが確認されたと思われます。
そして、工場で組まれているコンロッドボルトの軸力を確認したら、規定値に達していないものがあったのだと思います。
これなら、全てのクルマに起き得る事象なので、すぐに使用停止案内を出したのも理解できます。
そして、メーカからの発表もコンロッドボルト緩みでした。
原因はコンロッドボルト緩みとされていますが、ボルトが緩む原因の多くは初期締結軸力不足なので、根本の原因は組み付け時の初期締結軸力不足のはずです。
(座面へたりも考えられますが、コンロッドボルト座面はツルツルにするはず)
しかし、普通に考えれば、テスト車と同じように量産でも締め付けしていれば、問題はないはずなのに、なぜミスったのか?
これが問題です。
本当の原因詳細は今後も出てこないと思いますが、ここでは僕の推測を書きたいと思います。
今回のようにレーシングカーに近いクルマのエンジンの場合、ボルトの締結をトルク法ではなく、伸び管理による締め付けをすることがあります。(
某H社のタイプRとか)
※伸び管理はこちらの
東名パワードのHPをご覧ください。(PDFで重いです)
さらに、普通の市販車でも
塑性域で締め付けることが多いので、より軽く作りたいレーシングカーでは間違いなく塑性域締め付けをしていると考えられます。
塑性域締め付けでは、ねじ面の摩擦係数とボルト降伏点が変わらない場合、伸びを測定すればほぼ軸力を測定していることになります。
実際はねじ面の摩擦係数もボルト降伏点もバラツキがあるのですが、トルク+角度締めよりも軸力バラツキを小さく管理することが可能です。
ここで何をやらかしてしまったのか?
1、締め付けの管理を伸び管理から他の方法(スナッグトルク+角度)に変更した。
2、潤滑剤を変更した。
たぶんこのどちらかをテスト時と量産時で変更したのだろうと思います。
そして、その確認を怠ったか何か間違えた。
コンロッド側の問題も考えられないこともないのですが、恐らくコンロッドの製造メーカはF1などでも使われているパンクルなのでそんなヘマはしないと思います。
某トイツメーカはボルト締め付けに関する知識がないとも思えないので、もっと難しい問題かもしれないし、あるいはただのテスト確認不足かもしれませんが、ボルト締結部品の設計をする身としては非常に考えさせられるニュースでした。
早く解決するといいですね。