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2025年12月21日 イイね!

日本はオワコン天国

日本はオワコン天国

中国が理想とは思わないがこんなニュースを読んでいた。

もはや中国車は「スマホ」、日本車は「ガラケー」…ホンダCEOが危機感を露わにした中国の最新EVの恐るべき正体

世界の自動車市場において、日本メーカーの立場が揺らいでいる。とりわけ世界最大の自動車市場である中国は、コロナ禍を経て変貌を遂げ、今や中国EVメーカーが大変な勢いで台頭してきている。自動車アナリストの中西孝樹さんの著書『トヨタ対中国EV』(日経BP)より一部を紹介する――。(第1回)

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私が半世紀以上前のフィアットに未だに乗り続けられていることで
よく呻きたくなるのが日本社会が21世紀になり殆ど進化がないことだ。

日本は高齢者が多い。私もついに突入した。

そんな国が中国のように自動車がスマホのようなガジェットになれる訳がないと思う。

引用の記事を読むと活発だった日本の1990年代くらいの既視感を覚える。


冒頭の2枚の画像は1962年の小津安二郎の映画「秋刀魚の味」のワンシーンである。

私が今でも愛するような酒場は、この映画のセットのようなままで今も現役だ。



日本が今後急回復、急成長して再び世界の寵児になれるか。否である。






そこで私が考えていることは、日本は東洋の中で唯一、落ち着いた旧先進国の良さ
英語で何というのだろう。
mature?
stedyかもしれない。恋人でも喧嘩のないという意味で使ってる。

そんな日本は成人の年配者が多いので、急速な変化に一番付いて行きにくいのが
自動車の進化、自動運転などである。

未だにミッションで運転するのが好きな人はみんカラには多い。








そこで反対のものの見方を選択するのは、世界が驚く日本の長所と思ってみたい。

素敵なオワコン国家、日本である。
ジャパンでなくニホンです。

アナログ式の機械や道具、ツールを守り続ける。

機械式カメラ、レコードで聴く音楽、丁寧に整備された旧型車は、50年前より
コンディションも良く、エンストも起こさなくなったが、なんと排気ガスの香りも
トッピングされて綺麗だ。

鉄道模型のHOゲージを今でも自作で作れる人々が在野にたくさんいる。

中国やシンガポール、マレーシアにそんなにいるであろうか。





そして町には、未だに小津映画に出てくるような渋い個人経営の酒肆がある。
ここだけちょっと古典中国語だが。

また古い個人商店の並んだ市場が残れる所は大阪だと天神橋のような通りに
残ってる。あれはアメイジングに思える。

銭湯、風呂屋と関西は言うが、最高の奇跡的温水浴社交と健康維持の民間道場。
これも世界に誇れるニホンのオワコンの一つである。


そんなオワコンで、第2次大戦から80年も交戦したことがなく、街の酒場で
戦闘機の襲来も気にせずに酒が飲める国は、そう残っていない。


日本が世界に誇れるものは、インバウンドで来る外国人に顰蹙するよりも
自国の遅れぶりのその理由や、mature成熟した国の持つ新旧のカオス感。

リドリースコットが1980年代の日本に驚嘆して「ブレードランナーの国がある」
と「ブラックレイン」を作ったように、もう一度日本を見直す時期に来ている
のではないだろうか。









私は15年前から戦前に建築された古い長屋建築に住んで、冬は寒く夏は暑いが
四季の移り変わりを雨音で聞きながら、日本の気候を情趣として楽しんでいる。
まあ夏は随分暑く長くなったが。



今の時期はホーロー鍋をストーブに掛けながら、シチュウやおでんを作り食べている。



車を動かす時は未だにこんな古いミッション車と言いながら、得意に動かして
長距離の旅もこなしている。

そんな日本が性急に、周辺諸国を刺激するような存在にならなくても、
今のままで、実は溜め込んだ金でなく、文化と歴史と、ここが肝心だが
オワコンを未だに使いこなせる稀有なアジアの中の唯一国家で、存続。

国民の多くは、他所は他所、で生きていくのも一つのあり方じゃないかと思ってる。
Posted at 2025/12/21 10:31:06 | コメント(0) | トラックバック(0) | つれづれ日記 | クルマ
2025年10月13日 イイね!

スーパーカブ余話

スーパーカブ余話先日のスーパーカブを含めた50cc原付の終了についてちょっと面白い出来事があった。



SNSでフォローされている外国の人、よく判らなかったのだが
翻訳機能でベトナムの人と判った。

私が普段、借りている畑の往復にスーパーカブをよく使うのだが、
夕暮れの帰る前の風景をシェアして、自分が運営している自動車などの趣味の
グループに公開
してくれていた。

それを見て自分でも無意識に、すごく牧歌的で平和な風景を撮っていたことに
ようやく気がついて、海外の人がすごく共感してくれていることが嬉しかった。




おそらくカブがなくなったりして、吊り目の電動バイクとかの時代になると
この情緒はもう出せないと思う。




僕らは平和な乗り物、平和の使者をまた1台失おうとしているんだなあと
思った。



Posted at 2025/10/13 14:37:07 | コメント(1) | トラックバック(0) | 思うこと | クルマ
2025年10月09日 イイね!

50cc原付の廃止と元新潟鉄工の破綻

50cc原付の廃止と元新潟鉄工の破綻最近の出来事で、別々のことなのだが、結構大きな時代の変化に取り残されたような感想の残る話が2つ起きていたことを知って、自分の66年の人生を振り返りながら、時代とは?というテーマで考えていることについて書いてみる。




一つが、来年から50cc未満の原動機付き自転車=いわゆる原付がカテゴリー的に廃止となる。
平たくいうと日本の発明特許みたいな、超小型のガソリンエンジンのバイクが環境問題などで、作られなくなるというニュースで、大きくない話題であるが、ここまでこの分野がよく続いたことを思い返すことに至った。

もう近年の中国などでは小型のスクーターはほぼ電動で、ガソリンエンジンを用いたものは、作られていないことは知っていた。

それでも1990年代とかの東南アジアでは、日本製の小型バイクは、風景の一部のように輸出され、都会の賑やかな風景の象徴として、どこに行っても見ることが当たり前だった。





これらの写真は仕事でタイなどに行った時に写したものだが、日本の小型バイクの製造は、途上国などでは簡便な交通機関として取り入れられて、その大元は1950年代から70年代に日本国内で成功した2輪製造の技術の発展が、根本を支えていたと思う。



非常にこの50cc未満原付廃止の話題と、ニュースのフォローは歯切れが悪い。

というのも、原付のジャンルを125cc以下にすると言った、いかにもお役所的な小手先の解釈変更だけで、この「廃止する」立法行政に対する明確な説明、世間的なコンセンサスのかけらもない、踏み切りだから、私のように、いま、古いスーパーカブを愛用している人間には、取り残されたジャンルの意味の変更する理由。

これまでの、自動二輪小型等の説明はどうなってくるのか。
バイク乗りや、バイク好きに対する背信と諦めのような空気を非常に感じたからである。



もう2輪バイクが日本の産業から消えて行っても仕方がないという極端な空気さえ、私は感じてしまった。




もう一つの話題は、かつて国鉄私鉄の非電化鉄道の近代化を支えた鉄道車両メーカーだった新潟鉄工が、2000年代に経営が行き詰まり、鉄道部門の存続を図ってIHIの下で再興させた新潟トランシスという鉄道車両メーカーが、またも行き詰まって、親会社のIHIが譲渡先を探して売却。おそらくは紙屑並みの存在に陥っていたというニュースにも、ショックを受けた。

IHI「新潟トランシス売却」地方向け気動車や超低床電車など製造、前身は新潟鉄工




カット写真の大分交通から紀州に転じたキハ600型のような、戦後の無煙化の立役者の気動車から、この30年前にはJR東海の非電化区間高速運転化の象徴、キハ85系まで様々なディーゼル車両を製造して来た文字通りのトップ企業だった。
かつては。

しかしJR東海は更新時期の来たキハ85の代わりに、ハイブリッドエンジンのHC85を2023年に登場させて、新潟トランシスとの取引は無くなった。



HC85系はクモハやモハで、気動車ではない。形式名もパンタのない電車である。

この時に新潟トランシスの命運は決まったということに気がついていなかったことを後悔する。

さて今日のテーマとしていつまで内燃機関の動力車を、陸上と公道に存続し続けることができるだろうか。
鉄道のような公的な陸上運送部門では、もうディーゼルカーの新規需要はほぼ無くなったという事実に気がついて、この記事を書いている。



そんな21世紀の行方を考えていくと、日産の危機どころでなくトヨタ、ホンダもいつまでガソリンエンジンで会社が続くのか。

未来は大変危うい時代に、私のような市民も、大自動車メーカーで働く年収1000万以上の部長さんも、皮膚感覚として内燃企業がどのようにチョウとサナギの関係が変わっていかないと、あと10年も残り時間は無いように思えたのである。

石川島播磨重工といった日本の高度経済成長を支えた企業は、タービンの技術で世界的なシェアがあり、かつて1980年前後の自動車の「ターボブーム」を支えた会社だったことを覚えている人もいるだろう。



新潟鉄工を再建して、内燃企業の名門を存続させることは、IHI的に内製部門として「あり」の発想だったと考えるが、迷走した新潟トランシスは評判を下げ続け、ついに親会社が離縁するに至ったと私は考える。

日本はものつくり、技術型企業の優秀さで1970−80年代はどの部門を取っても、世界の先端や最新の研究を無理なくこなせていた。

しかし1990年代以降は、冷戦が終わり、東ヨーロッパや東南アジアの諸国が、技術と製造業の主役をどんどん握っていった。

ニッポンは最初は工場の海外移転で、為替レートでのビハインドを乗り切れると思っていたが、国内消費と、国内産業の低迷が30年続いて、本当に錆びついた国家となった。




ここはみんカラのブログなので、内燃エンジン好きの最後の一人である私自身もこれから先は、もう見えないような気がしているし、今回の象徴的な2事例が大きな話題にもならないことに、「終わりの始まり」を痛切に感じてしまった。

ガソリン車、ガソリンバイクに乗り続けることは、そりゃあ楽しいよ。

でも私たちに許された時間は、最後の黄昏前の夕焼けだけなのである。
Posted at 2025/10/09 14:35:03 | コメント(1) | トラックバック(0) | つれづれ日記 | クルマ
2025年09月28日 イイね!

青春と自動車

青春と自動車自動車というものは身も蓋もないものだと思う。
うまく乗れないと、若者の世界で爪弾きにあい、
知識でDOHCとターボ式の違いくらい言えないと、1979年頃は
思い切りバカにされたか、男の子の集団で仲間にも入れてもらえなかった。

そんな時代が遠い昔にあり、今から思うとなぜあんなにせっかちで盛り上がった
世界があったのかと、遠い目になる。

今の平成生まれも中年に近づき、令和の社会で「いじめ」は一番良くないこと
の代表に言われる。

しかし昔はイジメの少々は、鯉が川を登る時の登竜門みたいに、
揶揄われたり屈辱を受けても、それに倒されずに超えていくことが
大人になることの洗礼のようだった。



そんな私ら昭和戦後生まれも、第一世代の団塊世代が70代後半に入り、
健康寿命でギリギリ。ついに免許証を返上する年齢に差し掛かっている。

サニークーペB110とか乗って飛ばしまくった世代だ。

伝説のKPGC10のハコスカでレースに君臨した人々も鬼籍に入ったりし始めた。

ということで、小学校時代にクルマに目覚めた私なども、次の時代で終わりだ
ろうと思っている。

仮に長生きできても自動車に乗って楽しめるのは数年かもしれない。



考えたら徳大寺有恒も小林彰太郎も亡くなってもう10年を超える頃だ。

私たちにとって、自動車のなんたるか。それと自動車に通じて、カッコイイ
人生を送られたら、イイ女にモテるぞ!と教えてくれる徳大寺さんのような
パイセンはもうこの世に居なくなり、今、金を持っている人間たちにしても
なんか粋な男っていなくなったなあと思う。




私はもう、どうでもいいような生き方になって下ってしまったが、まだこんな
場所にブログのような記事を時々書いている。

青春は40年以上過去の話になりつつあるのに。

私は、カーグラtvみたいな仕事が来たら、水を得た魚のように昔の名車から
比較的近年の90年代2000年代の車なら乗りこなして語れると思うが、
日本にはイギリスみたいな文化と土壌がない。
若い芸人が借りてきた知識でトークする番組の方が成立するのが今の面白くない
日本のメディア事情だと諦めている。

そんな私は街中の奥の路地裏の長屋に住んでいて、今も旧車というか
ビンテージの古いイタリアンクーペに乗っている。
今年はいのうえこーいちさんから取材を受けるという知遇に恵まれたが、
やっと理解していただけるようになった。でももう歳が行き過ぎている。



青春と自動車という面白いテーマに沿って書くつもりがこんな内容になった。
昭和世代にはそれぞれに青春と自動車という思い出がきっとあるだろうと思う。

日産車編、マツダ編、ホンダ編、ちょっとひねっていすゞ編、
三菱編は地味だがGTOとか読みたい。
そして最後にトヨタ編だろうな。

ここの世界にもおられる金子浩久さんのnoteに気がついて最近ちょっと
読んでいる。
みんカラだとマスが大き過ぎて、プロの書き手が一般人に埋没してしまうが
noteだと階層(レイヤー)が分かれて見やすい。
そんなところで自動車工業会がこのテーマで原稿を集めたり、材料を探して
プロの書き手に、仕事をさせたらなあと思う。

本当に今の自動車メーカーのトップたちって、永田町や霞ヶ関、誰の方向を
向いているのだろうと思う。

豊田章男だけがオーナー家を代表して目立ちすぎるのは、私はいかがなものかな
といつも思う。

自動車と青春は章男だけのものじゃない。
Posted at 2025/09/28 04:37:45 | コメント(0) | トラックバック(0) | オンザカー | クルマ
2025年09月16日 イイね!

昔の記事を読んでもらえるという喜び

昔の記事を読んでもらえるという喜びこんな記事を昔書いていたのかと
いうような過去の自分との遭遇がたまにある

それがいいとか、良くないとかこの歳になるとどうでも
いいことのように思えてくる。

若い頃は生きることは結構恥ずかしいことであった。

今は平気かと言うと、ちょっとマシになっただけで、
今でも基本は変わっていない。

だけど自分の思ったことをいつからか、日記やノート以外に書くようになった。

今日はそのあたりについて回想してみたい。



マスコミの新聞社に大学卒業後に入社したが、配属されたのは広告の仕事で
記者と大きくかけ離れた仕事だった。

記事を書きたくても、全く縁のない仕事で、さらに営業の仕事ですぐに自分は
向かないと分かり、大きく悩んだ。

評価も低く広告の内勤の仕事に甘んじたが、そこでは懸命に業務をこなした。



せっかく新聞社に入ったのに、文才を活かせない悲しみ。

一時期は雑誌などの投稿コーナーに匿名や本名で随分と短いコメント的な内容を
受けた投稿をして、採用されたことがあった。単なる欲求不満の解消程度だが。


それから何年もして震災の前の年に、編集部門の一部の内勤の部門に異動が決まり
晴れて編集部の一部に属せた。



整理記者と言って見出しをつけて紙面レイアウトをする担当である。
そのころの私生活の写真も出しておく。






長男が産まれて、翌年に鈴鹿であった「ミッレミリア」のイベントにスターリング・モスを見に行った時の写真とか、フジテレビのコネを使って入場券を入手した。

今から思えば汗が出てくる時代だ。



内勤の仕事が基本だが、イレギュラーな観光の取材等は整理記者が、デスクワーク
を離れて行かされる(ラッキーな旅行が出来る)仕事なので、私は進んで応じた。
これは大分に夏に行った時の風景。



新聞社時代、一番楽しかったのは90年代の夕刊紙時代である。
海外にも2回行っている。
インドネシアの地方都市、ジョグジャカルタで、現地の記者らと日本の雑誌や
メディア関係の若いもん同士で一夜、街を夜明けまで走り回った夜もあった。



新聞社はぷっつり、50歳で辞めてしまった。
36歳の時にインターネットと出会い、不特定多数の読者を相手にするより、
特定少数の発信ができるインターネットに可能性を感じた。
特定読者と特定数相手の通信ができる時代の到来を、感じていたこと。
それから10年以上、新聞社に勤めながらも自分はホームページを作り、それから
自分が記事を書くことの模索を始めた。

今はなき関心空間というサイトに日記を書き始めたのは、退職を決意する
半年以上前だった。

そこで手探りで記事を書くことの面白さを覚えた。
最初は長い文章が書けなかったが、日記でコツを掴むようになり、2009年末で
長く勤めた新聞社を退職する。

2010年からの新生活スタート。
一人暮らしに戻った。
新鮮な感覚の時代に、このみんカラでブログを書くようになった。

まだ自動車を数台以上乗っていた感覚の残っていた頃で、自分は生意気で
強い言葉を選んで記事を書いた。

滑り出しの頃は数行程度だった。

あの頃に最初にコメントをくれた方は今どうしているのだろう。


Posted at 2025/09/23 05:35:26 | コメント(0) | トラックバック(0) | 思うこと | クルマ

プロフィール

「日本はオワコン天国 http://cvw.jp/b/176891/48829168/
何シテル?   12/21 10:31
車は殆ど処分して、1971年登録のフィアット850クーペに 1987年以来、乗り続けています。 住居は昭和4年築の、古い日本家屋に、現状で住んでいます。
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