• 車種別
  • パーツ
  • 整備手帳
  • ブログ
  • みんカラ+

kotaroのブログ一覧

2018年12月07日 イイね!

40年前をなんとなく、思い出す。

40年前をなんとなく、思い出す。







私が運転免許を取れる年齢になったのが、1977年の高校の時だ。
翌78年の春休みに、仲の良かった友人が、免許を取った。
そういうのは、当たり前のような時代で、不思議な遠い思い出でもある。

私は1978年は、受験に落ちて浪人していたから、何となくばつの悪い思いをして、
先にクルマの免許を取り、一足先に大人の階段を上がる友人を、指を咥えて
見ていた。

今なら、なんてコトは無い、たった1年の差が、宇宙の星とロケットを隔てる
空間のように感じた、遠い昔の記憶である。



その頃、昭和で言った方が判りやすい。
昭和52年はサバンナRX−7が出て、三菱のミラージュも誕生した。

53年(1978)は、キャンディーズが解散コンサートをして、社会現象になった。

ピンクレディーはアメリカに行くと言って、大きくコケたり、
アイドル歌手は、70年代パターンが通じなくなり、山口百恵も引退を決めた。

自動車は長い(ように感じた)排ガス規制の、試練を乗り越えて、ようやく
目を引く新型車が出始めたのは、昭和54年くらいからではなかったかなあ。

カローラの70型が斬新な直線基調デザインで、とてもよく見えた。
日産シルビアは、量産型の2代目となり、ぐっとよくなり、私たち若者が
すごく欲しい存在になった。



しかし18、19の若者が、スポーツカーの新車に乗れることは、少なく、
実際に買えたりしたのは、中古のダルマセリカのSTクラスとか、
写真の三菱セレステなども、人気があった。

セリカは2代目になっていたが、大人ムードの印象になって、さらに
派生モデルの初代XXが出た。

スカイラインは、ジャパンの前期の時代で、丸目の4灯であった。
ケンメリは中古市場の主力車種。ハコスカは、既に一時代前の昔の車だった。

ブルーバードは810がもうひとつ人気が出ず、その前の610、ブルーバードUが
人気を落としていた。
名車510はさすがに古く、当時は手を出す対象ではなかったが、私は秘かに
いいねと思っていた。

買うなら、フラッシャーランプのテールを持つSSSのクーペ、もしくは渋い
2ドアセダンが良いと思った。



こんなふうに当時のクルマが、すらすら出て来るのは、私が特別と言う
存在でなく、男の子の半数以上は、クルマが好きだった。
雑誌のプレイボーイや、後年創刊した「GORO」などでも、クルマの新型の
話題は、毎号大きく載っていたのが、当たり前だった時代である。

新車の月間販売数が、人気車は万単位であり、いかに自動車が国内経済を
動かし、それを争って買うことが、家よりも誇らしく、自動車ファーストの時代が、
バブルの80年代終わりまで、熱の出る病のように、みんな罹っていた。

これは本当に不思議な、熱中時代だったのである。



なぜ人々は、取り分け若い男性は、クルマに浮かれていたのであろう。

それはクルマが女性にモテるための、必須のアイテムだったからである。

今で言うスマホの存在に近いのか? いや、クルマは動く空間で、
どこへでも連れて行ってくれる、魔法の乗り物で、持ち主や乗り手の、
センスを主張する道具。今で言うと、3つも4つも、重要なポイントを抑えた
“必殺兵器”であったのである。

でも、それ以外にも、クルマは移動の道具であったり、高級なオーディオといった
趣味も当時は人気があったが、上級者や、趣味の世界の奥を覗きたい者には
輸入車(外車)が、とびきり、今で言う、セレブの世界の入り口だったのである。


たった、いや遥かな40年前の世界には、自動車が価値の世界の中心に
君臨しており、それは何をとっても、話題の中心で大きな存在だったのである。

それから時間が過ぎたが、自動車ほど「過去の遺産」で食えている産業は無い。




その自動車産業は、40年の間に、もう昔の神通力は、無くなっている。

今年起きた、トヨタ主導の、自動車税の負担引き下げも、日産の命運を
傾けそうな、ゴーン会長の私的な利益誘導も、40年間の社会変化を、
見ておらず、いつまでも「自分たちが世の中を動かす中心企業」と思っていた、
錯覚に気が付き、狼狽が表面化したことだとは、思われないであろうか。


それは私が故郷にある大企業、新日鉄こと八幡製鉄所に対する思いに近い。

鉄は産業、そして国家なりと、世界に股がる大企業であった製鉄業も、
今は、アルセロールミタルなどと較べて、競争力は無く、影響はうんと小さい。

それでも未だに日本の経済界の中心は、経団連だが、常連企業の不振は続き、
東芝のような、20年前は大威張りだった会社が、今や存亡危機さえ囁かれる。


40年の時間は大きい。そしてその40年は、19だった若者(わたし)を還暦前の
おじいさんに、させてしまう時間の流れだったのだと、気が付いた。



何が、間違っていたのだろう。
今でも、間違っていないのか?

私は、何度か思った。昔のような楽しさと、自分の感情移入は、今の自動車には
無理だと。

それを徐々に失わせて行ったのは、ルール社会であったり、安全重視の構造の
変化であったり、改造を禁止して、自動車はユーザーがいじれる物質でなくした。

その他にも、暴走族やドリフト族の禁止とか、いくつもいくつも、自動車の進化を
越えて、制度社会が、息苦しくなり、さらに重度の負担が何十巻きになった。

牧歌的なクルマ愛を叫ぶことは、ノスタルジックカーでしかできない。


その旧い車は、ついに40年以上の過去の生産品で、誰にも手に入るものでは
なくなった。

クルマに現を抜かせた時代は、昭和までで、後の30年間は、平成の嵐のような
時間であったのだと、今は思うだけだ。



クルマが好きだ。それは何か新たまって、自分に言い聞かせなければ
言い難い。

そんなことって不自然なことのように、思わないか。誰が見たって。

40年間の時代の重さを感じながら、こんな記事をつい書いて見ただけである。

私はもう、決して若くないことだけは、事実である。





Posted at 2018/12/07 03:09:41 | コメント(2) | トラックバック(0) | 回顧録 | クルマ
2018年12月03日 イイね!

師走

師走今年は
前半は明るい話題をいくつか掴んで
頑張ったが、
後半の失速が、
何とも言えない今の苦しい状況に
なっている。



一年間は早い。
年末のことなど、考える余裕も無く、それでも生きてきた。

昨年の師走は、学生時代以来の付き合いのあった後輩が病没。
そんな寂しい出来事もあった。
私は今年も生きられている。


クルマの未来に付いて、あまり明るい話題が書けない。
それでもクルマは走れるし、高騰したガソリン価格も、年末には落ち着いて
価格は下がってきた。

まだ「ガソリン車は今年も走れた」のである。何と言う幸運!


最近の世の中で、二つに分かれる傾向が強くなっている。

ハンドメイドのものつくり、文化は、決して廃れないという、伝統と信頼感。
それで生き残れるジャンルは、結構実在しているのでは、ないだろうか。

今年はさっぱり、日本車の明るい話題が少なかったが、
こんな時代だから、日本にカロッツエリアみたいな工場はできないものだろうか。











Posted at 2018/12/03 06:33:50 | コメント(1) | トラックバック(0) | 思うこと | クルマ
2018年11月26日 イイね!

2018年という年を振り返る

2018年という年を振り返る師走目前である。
私は年々、社会の一員であることが
何なのだろうと思うような状態になってきており
私などが、このような文を書けるのが
不適当だと思いつつ、何かについて
書き著すことにしている。







今年は自動車の社会に着いて、
何度も言うと、私などはいう資格もないが、
大きく社会が変わって行くことを感じた1年である。

1月には今年も、愛車でニューイヤーミーティングに行き
長年続いた風景の限界も感じてしまっている。

笑い話だが、盛り上がっていたのは、周回道路を走る
「旧車族」=族の人たちだけである。
彼らを馬鹿にしたり、嫌う人は多い。しかし彼らのエネルギーの
持って行きようの工夫や拡大解釈は、JCCAにはできなかった。



私はこんな年末を迎えて寂しい。しかしこれは自他ともに認めざるを得ない
現実である。



それから今年は相変わらずの、自動車メーカーの、排ガスや公害対策の
不正がたくさん出てきている。

技術信仰の限界と言うか、自動車はもう、充分に環境対応出来ているようにも
思えるのだが、水清くして魚棲まず。
もう企業トップの陳謝も、屁みたいな風景になってしまった。

いかんいかんを繰り返すのは、マスコミと正義派の人だけだが、彼らも
社会から浮き、乖離していると感じる。
私も、元マスコミだが、辞職した理由は、その乖離感が我慢できずに、
仕事から離れてしまっている。








自動車社会は、プレミアムという言葉を、まだ有り難がる人によって
一部の高級路線は、信奉されているが、これは早晩日本では、壁に当たる。

中国の社会が、中間層や、富裕層が増えているが、資本主義社会でもない
彼らが浮かれることは、大いなる時代の皮肉な現象だと思う。


日本で言うと、タワーマンション族であろうか。






プリウスが売れない。

日本車の新車も売れない。

景気はずっと良いと、政府が言っているが、言葉を信じるのは
自分の勝手みたいな、価値観になってしまって、文章に対する信頼は
紙の重さ以下になってしまっている。

そんなことを、ずっと思っている矢先に、日産のトップに長年座り続けた
経営者が、「収入偽装」をしていたことは、年末近くに発覚したが、
誰が怒るのだろう。

日産車の新車を買った人間であろうか?????

彼が、外国人であったことだろうか。




こんな麻のように価値観が乱れる時代である。
自動車税を、せっせと納めて、得意な車に乗ることは、
どれだけ意味が有る行為なんだろう。

と思ってる、人はそんなに居ずに、来年も今年の延長が続いている。



しかし、「カーオブザイヤー」と「紅白歌合戦」はいつまで続くのだろう。
社会は、やたらと、
『持続可能性』を言うようになってきた。

いや、制度社会の疲労は、もうとっくに過ぎていて、21世紀は20年になる。
しかし20世紀のままでいい、という人が非常に多い。







私は、もう、
「自動車を諦めない」
という言葉に、何の意味が有るのだろうと、思うようになっている。

今年はゾンビの映画が話題になったが、見なかった。
社会の中身が、ゾンビみたいな「死んでる価値観」なのに、
「生きてる」といって踊らされて、気が付けば貴方もミイラみたいなのに。


こういう時代は、面白さの意味がすっかり変わってしまっていると思う。

しかし大半以上の人は、昨日までのことを信じ、明日を生きる。
来年もよろしくと、年賀状を出す。





明日が続かないと今日も意味が無い。
そんな状態の日本の中で、クルマ産業は、中心に位置しているし、
万博が55年ぶりに大阪で開催されることが決まって、
いろんなことが不思議でしようがない。


7年後を人びとは夢見る。
インテリ層は、1970年じゃないだろうと批判する。

オモシロイものだと思う。

私もたった7年後の未来は、今とあまり変わらないくらいに想像する。




私は、旧い車に乗り続けている、前時代の遺物、ドンキホーテみたいなものだろう。
そんな人間からみて、「今の時代は狂っている」と言ったら
周囲から<あんたが狂ってる>と言われるのが物語だ。

だから、黙って新車を乗りなさい。新車を信じなさい。というのが
普通の世の中のことを、信じて従うことなのだろう、と思う。

しかし、今年の自動車の社会は、これからの行方を暗示する1年になったと思った。




Posted at 2018/11/26 06:40:03 | コメント(1) | トラックバック(0) | つれづれ日記 | 日記
2018年11月25日 イイね!

ニューイヤーミーティングの終焉と日本の自動車趣味のおわり

ニューイヤーミーティングの終焉と日本の自動車趣味のおわり経った今、知りました。
記事は、後で書くことにしましょう。
やはり、日本の自動車趣味は、もう
一つの歴史の終わりのようです。




40年以上の長きにわたり、開催してまいりました、
ニューイヤーミーティングが2019年を持ちまして幕を下ろします。
現在の会場である青海臨時駐車場がオリンピックに伴い閉鎖となることをはじめ、
運営等々一旦見直しという運びとなりました。

最後となるニューイヤーミーティングを一緒に盛り上げて頂けたら幸いです。
たくさんのご参加、ご来場お待ちしております。





しかし、本当に勿体ない話で、数年前にお台場を離れて、真冬の富士で
サーキット型イベントを一度やり、そこからケチがついたように思う。

再びお台場に戻ったが、離れて行った個人エントリーh多い。

そして雑誌オールドタイマー中心の「旧車天国」が出来て、一気に不人気が加速。

あり方も問題になり始めて、今日に至る。




数々の物語を生み、多くの人の出会いを生んだ場面だけに、
なんとかは、ならなかったのであろうか。


Posted at 2018/11/25 00:46:07 | コメント(2) | トラックバック(0) | クルマ
2018年11月20日 イイね!

日産、ルノー、三菱はこれからどうなるのか

日産、ルノー、三菱はこれからどうなるのか2018年11月19日、月曜の夜に
世界中のマスコミが、カルロス・ゴーン会長逮捕へ
のニュースで騒然となった。


容疑は過去の数年間に、巨額の報酬以外に手にしていた
お金の流れを公表していなかった不正流用である。



毎日新聞の記事より

>日産自動車会長のカルロス・ゴーン容疑者(64)が19日、同社の有価証券報告書に自らの役員報酬を約50億円過少記載した容疑で東京地検特捜部に逮捕された。

>「ゴーン神話はこうして作られた」の著書がある自動車ジャーナリストの遠藤徹さんに話を聞いた。

>「今回の事件、日産が変化するチャンスに」 遠藤徹さんの話

 >当初は「ゴーン神話」と騒がれたが、彼が来てから国内販売網は
ズタズタにされ、売れそうな車種以外は切り捨てられた。
日本のメーカーとして国内シェアを固めた上で海外に打って出るべきなのに、
目先の数字だけを追い、コストカットと、ルノーや三菱自動車との3社連合による
シナジー効果で数字の見栄えを良くしてきただけだ。
その結果として、飛び抜けた額の報酬をもらっても、理解は得られない。
「(高額報酬は)海外では普通」とはいっても、日本では特異で、トヨタ自動車
社長と比べても段違いに多い。社員に還元した方がまだよかったのではないか。
今回の事件は日産が変化するチャンスになるかもしれない。



国内ニュースどころでなく、ロイター、フランスのAFP通信でもトップニュースであった。
日産ゴーン会長らを金商法違反容疑で逮捕、社長「権限集中が誘因」

日産のゴーン会長逮捕、報酬過少申告か 同社は解職提案へ


なぜ、こういうことが起きたのか、
どうして判らなかったのか、の2点に、とりあえず最大の関心が集まる。


日産の株主会議の風景は、近年異常と言うか、何も問題提起がなかったらしい。

これは私が行ったことのない、株主総会に、日産車オーナーのみんカラ友達の
方が、今年の総会に行かれた時の記事を、レポートされています。

2018年06月27日 「日産自動車の株主総会へ行ってきました」


ゴーン氏(もう「容疑者」になっていますが)が、日産に来たのは1999年で
前世紀末のことである。

20年近く昔のことで、記憶も曖昧になっているが、日産はバブルの後で
急速に経営に失敗し、トヨタがプリウスを21世紀前に出せたのと対照的に
倒産危機に陥った。

そんな時に、仏ルノーの代表に3年前に就任した「コスト・カッター」の別名で
呼ばれるレバノン系フランス人の、カルロス・ゴーンが、「日産の再建を引き受ける」
との大ニュースで、日本企業に乗り込んで来た。

ゴーンがルノーで頭角を現したのは、雌伏の時期から後で、割と短期間である。
ルノーは南米や、中東でも以前からマーケットを持っており、いわゆる本国外で
支配人として、とんとん拍子で実力を発揮。その方法は、情け容赦なく不採算部門
を切り捨てるので、「コストカッター」の名で呼ばれた。

日産は、バブルの後遺症と、1997年に起きた金融恐慌で、深刻な事態に陥り、
それまでに主力工場の一つ、座間工場を閉鎖したが追いつかなかった。

直前の日産は2兆円の有利子負債を抱えており、当時の塙社長(故人)が
ルノーとの全面提携を決め、シュバイツアー会長から、右腕のゴーンを
日産再建の切り札として呼んで来た。その時の回想録が見つかった。

2015年12月23日
ゴーンを日本に連れてきた男、塙氏死去「エピソード・アライアンス」


就任後、矢継ぎ早の「リバイバルプラン」で、日産はトヨタ以上に話題を集める
企業となり、ゴーンの一挙手一投足に注目が集まった。

当時はミレニアム、2000年を前に、まだ日本の政治は小泉時代の前である。

規制緩和の声の元の、大規模店舗法や、派遣法の改正以前で、働く人の
多くは、正社員や労働組合で地位が守られていた、20年昔のことであった。

ゴーン革命、改革と呼ばれた大胆な手法で、日産は生まれ変わった。というか
サニー、ローレル、セドリック、グロリア等の、「昔の名前」はことごとく消えて、
ブルーバードもシルフィになり、やがていなくなった。

残っているのは、ゴーンが気に入った「スカイライン」くらいである。


2016年には、何度も不祥事を繰り返した、三菱自動車が、親会社から見放されて
日産・ルノーチームの一員となる発表があった。



しかし、三菱の再編や再建は、40代前半だった19年前に較べると、ゴーンの
スピードは落ちた。これから三菱は、ルノー・日産と共通プラットホームに
なる可能性が高かったと思うが、車種再編は、まだ始まる前である。

というか、三菱がギャラン、ランサーのセダンを作る必要は、あまりない。
新たには。

そんな中で、円と為替の問題とか、欧州事業が継続安定の日産が、稼げる体質に
なり、ゴーンは高額報酬をもらうのが当然となって、長期間以上、“君臨”してしまった。

身から錆が出るとすれば、この一点であろうし、トヨタや、ドイツ連合の自動車企業
チームから、同業ライバルに攻撃をかけるとすれば、ゴーン個人の資質というか
脇の甘さを探られたとも、言われ兼ねない。

とにかく、フランスはルノーの不祥事と同じことで、大ショックであろう。

「ゴーン王朝」の失墜が始まる。たぶんであるが、イメージ回復への道は図り知れない。

日産と東京地検が告発した、世界級ニュースの影響は図り切れず、年を越えて
ガタツクであろうと思う。

いずれかの会社が、今後数年のうちにもしかしたら、市場から退場する可能性も
軽はずみには予想できないが、フランスと日本の資本だけでは弱い。

大ニュースの数時間後だから、今は見守るしかない、と言っていいのか。




私は「まずかった」なあと思う。感想である。
今年の日産の株主総会の、前に上げたレポートを読んだ時の、感想である。

今はゴーンに誰も、余計なことを言わない。言えない。無謬神話みたいに
日産がなってしまったことにである。

私は自動車メーカーの未来にも、気持ち的な重なりや、盛り上がりを今は憶えていけない。
それは、私が近づくこともない、現実の壁が、先ずあるのだが、
「それにしても」である。

きょうはこれ以上書きたくなくなったので、筆を置くことにする。
Posted at 2018/11/20 03:51:02 | コメント(4) | トラックバック(0) | オンザカー | ニュース

プロフィール

「40年前をなんとなく、思い出す。 http://cvw.jp/b/176891/42269389/
何シテル?   12/07 03:09
車は殆ど処分して、1971年登録のフィアット850クーペに 1987年以来、乗り続けています。 住居は昭和4年築の、古い日本家屋に、現状で住んでいます。
みんカラ新規会員登録

ユーザー内検索

<< 2018/12 >>

      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031     

リンク・クリップ

タイ製L70ミラ・ピックアップのすべて 
カテゴリ:その他(カテゴリ未設定)
2015/02/22 10:52:34
春の1200kmツーリング・中国山地の尾根を抜けて 
カテゴリ:その他(カテゴリ未設定)
2014/05/11 05:49:46
妻が撮っていた1990年イタリア 
カテゴリ:その他(カテゴリ未設定)
2014/03/13 23:55:18

ファン

160 人のファンがいます

愛車一覧

フィアット 850 車の色は空のいろ。 (フィアット 850)
2016年10月、三年半かかった車体レストアが完了し戦列復帰、その後半年、また以前のよう ...
プジョー その他 26インチのスポルティーフ (プジョー その他)
高校の時から乗っているプジョーです。1975年購入。改造歴多数。数年前に自力でレストアし ...
アルファロメオ 75 54才の“ホットショット” (アルファロメオ 75)
2017年3月で降りました。 トランスアクスルと、アルファツインカムの最後のFRアルファ ...
タルボ サンバ おフランスの恋人、 (タルボ サンバ)
ふらんす製小型オープン4座。ふかふかのシート。 1300cc、左ハン、MT。 もう一 ...
ヘルプ利用規約サイトマップ
©2018 Carview Corporation All Rights Reserved.