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kotaroのブログ一覧

2026年07月10日 イイね!

人生の機会=チャンスについて考える

人生の機会=チャンスについて考える前から書いてみたかったことで、僕ら65歳前後の人間はほぼ免許があり自動車を持っている。
過去形でもいい。それは今みたいに仕事で要るから免許を取るのでなく、青春時代がカーライフの始まりだった。
ところが団塊ジュニアくらいから免許を取らない。取っていてもマイカーは親が手配しないと購買する意欲が無いに等しい。
私は売り買いの目線で車屋みたいな考えは毛頭ない。

そこで何が起きたかを書こう。
機会の喪失である。

私は仲の良かった中学校以来の友人が18になるや免許を取り、親が必要で取らせていた時代。5万円のスズキフロンテの中古車でデビュー。調子の良し悪しで親子で危険判断したのかすぐにホンダZの中古に乗り換え。これで実に日本を半周するくらい一緒に旅行し、私も自動車の走破性、行動力に開眼した。



我が家の父も母も免許を持たずマイカーはうちになく、珍しい方であった。
父の妹の叔母は昭和35年には免許をとり、やがて女性ではかなり早くからマイカーに乗っていた。


昔話よりも今の40−50代に自動車不要という、特に今みたいに電車の便利な3大都市圏に人が集中して住むと、全く持たない、乗らないの人が50%くらいいて、旅は公共交通機関。バスが行かない場所は目的地に選ばれないという。

これが大きな機会損失だと私は見抜く。
暮らしていくのに都会では困らないが、マイカーという経験値が低かったり無いと発想が小さい。

先日もある記事を読んでいてバスが行かない場所は初めから無理というのが判った。現地のそういう場所に住んでいる人とは、ヒグマに出会うような想像外の人種と出くわすような感じだろう。



自動車という20世紀の大きな発明により、人類の行動力はどこにでも行くようになった。
これも乗らなくなった最近の若い人類は、はっきり言って退行したなあと思う。

マイカーを持つのが減った理由は魅力と年収の低下である。
いや、昔の人の方が生活を曲げても自動車の魅力にハマり、持つことが普通になるまで優越感であった。今のタワマンでしょう。

でも私が最大に声を大きくして言いたいのは、機会=チャンスの減少は一生、長い人生で出会う幸福の減少と同じと言いたい。



自動車は面白い。
私のように病膏肓で古い自動車まで行くのも一つの趣味だが、あれでも昨日夕方から伊丹の昆陽のイオンモールまで出かけて、尼崎の武庫川近くの銭湯に入って戻った。

18や20で始まった人生の機会拡大が、60代後半の現在まで45年以上続いて、旅行や、遠くに出かけたり、日常から冒険みたいな非日常まで使えるのである。

一時期は3台から4台の古き珍しい車を維持していたが、乗らない持たない氷河期世代以降にはクレイジー、信じられないということになる。
実際には貧しいのでなく持とうと思わない。その壁を超えた先にある想像外が想像できないまま、歳をとって時間が過ぎていく。

30年以上の時間の間にインターネットは進展したし、海外に行かなくてもGoogle地図で世界を見られる。しかし私のような新旧の時代を知る人間は、それでも好奇心は尽きなくてネットは全部信用しない。



あと、自動車が好きな中心層が持ち上がり高齢化して、今からは免許返納が社会の潮流。そうすると私ら65歳人口がクルマから降り始めると、自動車ユーザーは半減以下。インフラの維持が無駄になりガソリンスタンドは10年続かない。

作った高速道路も30年後どころか20年以内に転機を迎える。うちの息子には自動車を1台与えて維持させたので彼は30年後も何か乗っている。

ただ、その中間層の人が車にあまり乗らないとますます値段や維持費が上がるだろう。3大都市圏に必ず移住して、地方はさらに人口が希薄になる。

車の好きな高市さん世代が中心の間に、早急に手を打たないと、社会の崩壊は目の前に来ている。


トップ画像は昭和45年の風景で中央の男性は私と親交があり80代の今もシトロエン2CVを半世紀近く維持されています。
Posted at 2026/07/10 09:09:06 | コメント(0) | トラックバック(0) | 思うこと | クルマ
2026年06月25日 イイね!

クーペの夏

クーペの夏ネットでも久しぶりに見たジャガーXJ-S
この写真を見て何を思ったかは、セクシーだなあって。

路面を走る日常の車風景を見て「あ、セクシー」と思うことがゼロに近い。
それはもう20年くらい続いて不感症が常態になって長い。



私は小学校の頃、ギャランGTOや117クーペというセクシーな主張する自動車を毎日登下校時に見られて幸せだった。

カローラのクーペだってSLくらいからセクシーな感じがし始めて、膿緑のSRになると「お、いいじゃん」になり、これにツインカムエンジンを積んでタイヤ周りにオーバーフェンダーが付いたレビンが登場すると「すげー、サイコー、かっこいい」というエモーション反応を、私以外の年上のお兄さん世代、いまは老人の団塊世代もきっと同じことを感じて飛びつきたくなっていただろう。



アトラクティブというかそういった魅力に対して惹きつけられることはマーケティングが未熟で直感的だった時代。1960年代のベレGとかからリファインが進んだ1970年の到来時に、日本のクルマのデザインが一気に垢抜けていった、その時代に立ち会っているのである。

その時代の農村とかの暗さを背景に同時に見ながら、都市部の風景は消えゆく路面電車の前に、カッコイイクーペの時代が日本で到来しつつあった。

私は中古だが最初の愛車からずっとクーペに乗り続けて45年。

巨人の星の主人公の父の名は星一徹だが、私は別名クーペ一徹である。

街角に刺激的なデザインの車が見なくなった理由は判らない。
それが押しの強いデザインと勘違いは多少判る。

クーペや日本で一時期隆盛したハードトップというジャンルは、自動車における(性の)開放だったかもしれない。

その兆候は1980年代がピークで、1981年にいすゞピアッツアとトヨタソアラが出てとどめを刺した。


どちらも唯一無二の存在でカローラAE86みたいなセダンが姉妹ということもなく、スポーツ車一球の直球勝負でトヨタは売れに売れたのである。シーマ現象よりソアラセンセーションの方が凄かった。



1980年代の時代の流れは、いろんな街の火薬の爆発のような現象が誘引して、次々と音楽や社会の現象が導火線に火が点き続けて、最後はバブルの方に行ってしまった。

しかし自動車は80年代前半は夢であったフェラーリが、後半から終わりは都市部では超レアでなくなり、夜の銀座や新地で派手なオンナを横に乗せて走り回る、変なドリームマシンになってしまったこと。もう35年くらい前の風景をまだ覚えている。



私はそのちょい前から、イタリーの良い時代の小型の、タイニーなクーペを偶然手に入れて幸運な人生を今も送れている。

世間の変化は自分の想像と思い切り違う方にカーブして行き、その後の日本は取り返しがつかないくらいメチャクチャに変わった。

あたかもセクシーなクーペを作り続けることは、自動車の原罪のように、今は地味なクルマばかりである。

仕立ての良いスーツ、背広だったセダンさえ今は誰も着ない。

おしゃれって本当に無縁で難しい時代になったなあと思う令和の2020年代に僕は珍妙なかっこうのクーペに乗り続けるばかりである。


でもたまに芦有の展望台とかに停めてると、娘より若い世代の女性が「すごい、これなんていう自動車ですか?」と少年の日の僕のように目を輝かして話しかけて来るから、旧いクーペに乗り続けることも悪いもんじゃないと思っている。

Posted at 2026/06/25 05:13:26 | コメント(1) | トラックバック(0) | 振り返る80年代 | クルマ
2026年06月01日 イイね!

老害”ロックと車好き”おじさん

老害”ロックと車好き”おじさん前回の記事は、言いたいことは判るが、だがしかし。の原稿だった。
じゃあ切り口を変えたらこうかなあ、の材料が見つかった。

AIを使ってこういう大喜利が流行っているらしい。




いろんなタイプやジャンルはあるが、共通のシメは
「昔は良かった」
らしい。

私も他人事ではない。

過去の遺物を自認して生きている。

音楽趣味も50年以上続いているが、聴くソースが1980年代で止まっている。
最近は忙しさや子育てで、聴いてなかった90年代も発掘するが
それでも30年前である。


私のクルマの趣味もやたらと深い。
よく判ってない浅いヤツや、適当な知識で喋ってる人を表面上でバカにするのは
今の時代「アウト」なので、適当にスルーして、無視したり面白いと笑っている。

ロック老害おじさんと一緒ではないか。


なんでクルマとロックは共通というか、困ったおじさんを産み出すのであろうか。

ひとつは趣味の道として非常に難解で奥が深い。
深い奥を知っていたり、実際に体験してるのは「自慢」になる。

そう、おじさんという生物は、自慢したがりである。

反対から見ると弱い生き物。
サブスクなんてやらないし、音楽配信、そんなものはクソと思っている。

自分らの育ったメソッド(方法論)こそが最高で、そこから一歩も出られない。

おじさんは今の時代に乗れない、乗り切れないくせに過去の情報知識は豊富。
たまに若い者が聞いてきたら、一しか聞いてないのに、十ほど答えてしまう。

実に困った生き物である。



おじさんへの道は、長い。

私も気が付くと同じ車にまる40年近く乗っている。
毛が無いのに長髪を維持している永遠の不良ロック好きとあまり変わらない。




森高嬢は36年も前に「おじさん」に絡まれた経験を痛快に音楽にして歌っている。

ここに出てくるおじさんは、もう60代後半か70歳になっているであろう。

この90年頃は、あまりピンと来なくて、エッジの立った人には刺さる歌詞だった。

いまや論語の経典のように古典的な名作ソングに通じている。

「私がおばさん」になっても森高は10歳下の56歳である。



しかし車好きというのは、社会の片隅で、昔はよかったで、関西人のように
「かーっといって、くわーっと曲がって、ぎゅいっと止まる」
こんな今でも会話を深夜のファミレスで繰り広げているのだろうか。

あまり世間に居なくなったようで、このみんカラみたいなゾーンで生き延び、
昔の自動車雑誌を引き合いに、小林彰太郎はこう言った。「かく語りき」
みたいに、シトロエンはハイドロに限るとか、キャブはソレックスとウエーバーは
音が違う。俺は聞き分けられる、とコーヒーの利き味師みたいなことを語っていそうだ。



歳は取りたくないが、つくづく。

Posted at 2026/06/01 08:00:22 | コメント(2) | トラックバック(0) | オンザカー | クルマ
2026年05月12日 イイね!

感動ポルノになっていないか

感動ポルノになっていないか自動車に乗っていなかった時期が4ヶ月くらいあった。
高齢者のリハビリと同じく、若い時の感覚は遠い。
しかし年を重ねていくと、若い頃には思いもしなかったことが身についたり判ってきたりする。
老獪というのは嫌な意味も多いが、ベテランの趣味人の域に入ったということでもあるのだろう。



最近の世の中を見ていくと進んでいる部分は考え方の解釈なども大きく進化した。

無理やり、作為的、上から目線などは、昔は多数存在していたが、気にする暇もなかった。
そういった不自然な感情に目がいき、指摘が行くようになったのは、最近のことではないだろうか。

最近、いじめに対する時差攻撃的なリベンジが、時限爆弾のように後で炸裂している。
ちょっと他人が参加しにくい分野であった。
だが現役の中学高校生だと、スマホ等で、動画を記録して、後での公開や公の場に上げられたら、切り取り画像でも動かぬ証拠になる。

それで”加害”側がやっつけられる事例が今年になって随分出てきた。
数年前の女性のme tooに似ていると思う。

それからお笑い芸人の「昔この先輩に散々いじめられた」という告白が、今ではいじめられた下の方に同情と、上の方のエスタブリッシュ成し遂げた先輩に思わぬ逆風が吹いたり、前は番組で取り上げるレベルにならなかったことが芸能マスコミの認識の変化で「このくらいは良いのでは」「これはネタになる」に変化してきていると思う。




この木造の電車の廃車体は新潟県の村松を拠点にしていた蒲原鉄道の開業時の電車である。
いっぱしの地方私鉄であったこの会社も1999年に設備更新できない古い電車線を廃止して、バス転換後の今は、路線バスも持たないレンタカーのバス版くらいの小さな会社になり、今回の事故が起きた。貧すればの諺である。



蒲鉄が鉄道廃止の1999年は私がフィアットのツーリングイベントを5年続けた最後の年、路線バス事業をその後10年続けてそれを辞めた2010年は、私が新聞社を退職してフリーになった年である。

個人的に早かったのじゃないかと言われる私の新聞社卒業は、16年後の今、いろんな角度から見られる。その頃の就職氷河期、リーマンショックの時代に、日本は地方の衰退が進んで、生き残れない路線は次々と廃止になっていった。

北海道の松山千春の故郷の足寄を走る池北線。北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線が消えたのが2006年である。

3セクがポエムネーム、メルヘンネームに再スタート時に社名を変えるのは、それだけ前途が厳しいことの裏返し。
そういった優しいネーミングの裏側には、都会の人には想像の付かない厳しい現実が横たわっている。

こういったドラマツルギーに持ち上げていく社会の話題消費に、日々の私たちはすっかり慣れて、感動はお金を出して、劇団四季や歌舞伎の顔見世興行から、いろんな消費に毎日を麻痺させられている。



自動車ってどんな存在だったのだろう。
私はこの連休中に、四天王寺の古書市で、創刊間もない頃の「平凡パンチ」と「プレイコミック」を買ってきた。

「プレイコミック」のカットは、はっぴいえんどの「風街ろまん」に挿入画を描いている宮谷一彦である。

平凡パンチ初期の1960年代後期というのは、団塊世代の青春期で、高度経済成長の達成時代であった。
モータースポーツは時代の寵児で、鈴鹿サーキットができて、日本は欧米と肩を並べたと言われた。
平凡パンチはのちのマガジンハウスなので洒脱な雑誌だが、当時の雑誌の読者の好奇は、ファッション、カー、セックスの3大関心なのがよく判る。



今で見てしまうと、身も蓋もないが、若いというのは元気な時代であった。

それから60年も経つと、社会は動いているが、自動車は「夢」を持ってきてくれる
機械の箱から随分と遠い現実になった。

そんな冷めた現実の中で、車が好きという一部の人種は、昔の鉄道趣味より特異になった周囲との関心と感覚の差に、うまく同調、シンクロできていない。

クルマ社会で、今でも元気?なのは、もう社会の路上から見られなくなった旧い車たちが集まる、クラシックカーイベントとか、少数派がわっと集まった時くらいだ。
そこで何が起きてるかは参加すれば判る。私もどちらかといえばそちらに属するというか、旧い車を新しく買ってきた方でない、ただ乗り続けている絶滅型の危惧種である。



感動ポルノという表現は、昔はテレビのドラマとドキュメントの混じった、お涙頂戴が、時代の変化とテレビの立ち位置の変化で、もうお涙頂戴ではないだろう。
もうちょっと肯定的、上向きな取り上げ方ができないかというあたりからの試行錯誤があった。

そこで頑張ってる人たちというドラマツルギーが 何をテーマにするのかで、感動の物語が探されるようになった。後は余計なことを言えば炎上する社会になったので、言わないが、オーダーとアウトオブオーダー、ノーマルと非ノーマル。
何がノーマルかの議論もある。ノーマライゼーションに対する批判の議論も長い。



それからポルノの語源はギリシャ時代にまで遡る。
でも現代の用法の今回のそれは何かというとズバリ露悪である。
露悪というのは行為側と見せられた側の感情の電位差に、くそー、やられたかがある。
飯テロというネット用語があって、深夜の腹の空いた時間帯に、美味しそうなフードの写真を、今日の幸せふうに投稿されて偶然に見た側が、反対に叫ぶ悲鳴だと思う。


最近の時代は、また別に、承認欲求というややこしいテーマが横たわり、自分勝手や自由に、「見て見て!」が少女のように言えない。

自動車趣味の以前に、近年は、自動車を持てない層や、運転免許を取らなかったコアも居て、自動車って楽しいよ、と能天気に言いにくい。

まだ景気の良かった1990年代、新車を買う層が圧倒的な時代に、一部の捻くれ者たちが、旧い車に興味を持ち、そこから苦労が始まる。
にわかエンスーたちの勃興である。

彼らは今でいうネットミームの走りで、「壊れ自慢」という真逆の用語を最初に作った。

そこから25年から30年後の自動車の社会が今である。
日曜日のイベントに行って感じた違和感は既視感ではない。

僕はとにかく古い。
1960年代、70年代の車好きの生き残りという部分は、自分のスタート時の少年時代の憧れは今も隠しているがある。
それを最前面に出しているのは、ちょっと下の「サーキットの狼同好会」くらいであろう。
「サーキットの送り狼」同好会だったら資格はあるか。笑

これだけ長く生きてしまい、2026年にまだ平凡パンチに出てきた850スパイダーの僚車に乗り続けてる私は、ただただ古い生き残り。こんなに文章が長くなって申し訳ない。
だが、先日のように430より後に生まれた若い人とも、感性は通じ合えるから、ちょっとした疑問点について、つい考えてしまう癖は、未だに抜けられないのである。
Posted at 2026/05/12 07:49:10 | コメント(0) | トラックバック(0) | オンザカー | クルマ
2026年04月22日 イイね!

社会復帰と老後の人生

社会復帰と老後の人生850クーペの修理が終わり、4月後半から久しぶりに乗れるようになった。
月末にイタリア車のイベントに申し込みもした。
その前に近場のオフ会に気負わずに行けるのに行って見ることにした。



僕はもうすぐ70の壁が見える歳になってきた。



この記事を4月22日に書きかけて、翌23日に仕事中に雨の日に階段を踏み外して
負傷。それから長い中断があった。一応怪我は治った。


この堺浜オフの時は430グロリアに乗る若い下の世代の人と、音楽趣味談義で
大変盛り上がったことを覚えている。

日本の初期の音楽シーン。はっぴいえんどから後の時代に、YMOとか作った
細野晴臣さんが出たことは知られる。一方で弟分的なギターの鈴木茂という
アレンジャーと音源的に優れたミュージシャンが、長くソロ活動をした1975年
から79年頃の話題で、大変盛り上がった。



最近私のような年代、もう老人の入り口が、うんと下の世代と話していて
共通の話題で、意思の疎通がうまくいくケースが結構ある。
その時は、大抵趣味の内容に付いて、ツボが判っている同士だ。

これは近年の発見の中で一番面白い。



帰り道の写真
少し上機嫌であった。





それから4月の最終の日曜日は、修理の治った850クーペで羽曳野市まで行く。
大阪イタリアンカーフェスタである。









変な中断記事の事後アップだが、4月の記事はここまで。
Posted at 2026/05/11 05:18:24 | コメント(0) | トラックバック(0) | オンザカー | クルマ

プロフィール

「人生の機会=チャンスについて考える http://cvw.jp/b/176891/49185303/
何シテル?   07/10 09:09
車は殆ど処分して、1971年登録のフィアット850クーペに 1987年以来、乗り続けています。 住居は昭和4年築の、古い日本家屋に、現状で住んでいます。
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