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kotaroのブログ一覧

2026年07月30日 イイね!

クーペとセダンの区別もつかない時代

クーペとセダンの区別もつかない時代名曲 稲垣潤一の「夏のクラクション」のPVを43年の時代を経て
いま完成 というので見に行った。

若い頃のシーンを主人公の男性が回想するストーリーのようだ。






https://www.billboard-japan.com/d_news/detail/163727/2


だが出てくるのが、1970年頃のブルーバードP510の4ドアじゃあないか。

これにはがっくり。




イギリス人ならせめてフォードカプリとか、それらしい自動車を使うだろう。

日本の今の若いクリエーターはクーペを全く知らず、旧い車ならなんでも
もってくりゃええとしか考えてない。

育ちが悪い。

教養がないのである。







AIでいろいろ遊んで作った画像です



Posted at 2026/07/30 04:19:33 | コメント(1) | トラックバック(0) | オンザカー | クルマ
2026年07月22日 イイね!

2代目ホンダシビックと過ぎていった時代

2代目ホンダシビックと過ぎていった時代殆ど残っていない2代目シビック 

僕らが免許新人の頃はもう初代のRSと対策後のRSLは伝説で、現行のこれのCXが一番人気だった。
バラード(セダン)ならFXTね。

排ガス対策でパワーのない頃。ちょっとギア比をいじった程度でも男の子はGOROやプレイボーイで記事読んで夢中だった。

やがて80年代中葉に入る83年から狂ったようなハイパワー狂争が始まる。

3代目シビックには16バルブのツインカムが積まれてあっという間に2代目シビックは過去の不人気な中古車になり、大半どころか全部スクラップヤードで潰された。

80年代の日本はクレイジーな時代で、前例が全部覆って行った。

クルマの性能。
芸能界。
テレビの勢い。

レコードデビューの新人アイドルの数。

おやじやオジサンたちの価値観は株の値段やバブルの投機で狂って行き、まともなのは若者のごく一部だけだった。
野球選手の清原、僕より年下でもフェラーリテスタロッサに行った。

僕は複雑な気分で80年代を生き抜いた。

はっきり書こう。時代に背を向けていたから、イギリスの隔週刊のペラペラな自動車雑誌を原文で読んで、日本の自動車誌をほとんど読まずに自分の道を貫いた。

皆んなが16バルブの新車に夢中の時代にOHVのフィアットの16年昔の小型クーペに手を出した。

「あなた気でも狂ってるの」と実際に何度か言われた。
呆れられた。

でも狂奔の1980年代の終わりの年、昭和が終わり年号が変わった年に、こんな生き方の僕を面白いと思う女性が出現。

いや実際はそれなりに興味を持ってくれる女性は何人か居たが理解して付き合って行けたのは一人だけだっただろう。

遠い遠い昔を振り返ると、日本の国とか80年代という嵐のように過ぎていった10年を結構冷淡に批判している自分がいることに気が付く。

日本がこんなつまらない、自信の持てない国になったのは、90年からの30年以上の迷走ゆえにだが、こんな海外の人が偶然残してくれていた2代目シビックの写真を眺めていると長い記憶の川が滝のように溢れ出している。

https://www.ebay.co.uk/itm/327269722545





Posted at 2026/07/22 03:26:45 | コメント(0) | トラックバック(0) | 振り返る80年代 | クルマ
2026年07月10日 イイね!

人生の機会=チャンスについて考える

人生の機会=チャンスについて考える前から書いてみたかったことで、僕ら65歳前後の人間はほぼ免許があり自動車を持っている。
過去形でもいい。それは今みたいに仕事で要るから免許を取るのでなく、青春時代がカーライフの始まりだった。
ところが団塊ジュニアくらいから免許を取らない。取っていてもマイカーは親が手配しないと購買する意欲が無いに等しい。
私は売り買いの目線で車屋みたいな考えは毛頭ない。

そこで何が起きたかを書こう。
機会の喪失である。

私は仲の良かった中学校以来の友人が18になるや免許を取り、親が必要で取らせていた時代。5万円のスズキフロンテの中古車でデビュー。調子の良し悪しで親子で危険判断したのかすぐにホンダZの中古に乗り換え。これで実に日本を半周するくらい一緒に旅行し、私も自動車の走破性、行動力に開眼した。



我が家の父も母も免許を持たずマイカーはうちになく、珍しい方であった。
父の妹の叔母は昭和35年には免許をとり、やがて女性ではかなり早くからマイカーに乗っていた。


昔話よりも今の40−50代に自動車不要という、特に今みたいに電車の便利な3大都市圏に人が集中して住むと、全く持たない、乗らないの人が50%くらいいて、旅は公共交通機関。バスが行かない場所は目的地に選ばれないという。

これが大きな機会損失だと私は見抜く。
暮らしていくのに都会では困らないが、マイカーという経験値が低かったり無いと発想が小さい。

先日もある記事を読んでいてバスが行かない場所は初めから無理というのが判った。現地のそういう場所に住んでいる人とは、ヒグマに出会うような想像外の人種と出くわすような感じだろう。



自動車という20世紀の大きな発明により、人類の行動力はどこにでも行くようになった。
これも乗らなくなった最近の若い人類は、はっきり言って退行したなあと思う。

マイカーを持つのが減った理由は魅力と年収の低下である。
いや、昔の人の方が生活を曲げても自動車の魅力にハマり、持つことが普通になるまで優越感であった。今のタワマンでしょう。

でも私が最大に声を大きくして言いたいのは、機会=チャンスの減少は一生、長い人生で出会う幸福の減少と同じと言いたい。



自動車は面白い。
私のように病膏肓で古い自動車まで行くのも一つの趣味だが、あれでも昨日夕方から伊丹の昆陽のイオンモールまで出かけて、尼崎の武庫川近くの銭湯に入って戻った。

18や20で始まった人生の機会拡大が、60代後半の現在まで45年以上続いて、旅行や、遠くに出かけたり、日常から冒険みたいな非日常まで使えるのである。

一時期は3台から4台の古き珍しい車を維持していたが、乗らない持たない氷河期世代以降にはクレイジー、信じられないということになる。
実際には貧しいのでなく持とうと思わない。その壁を超えた先にある想像外が想像できないまま、歳をとって時間が過ぎていく。

30年以上の時間の間にインターネットは進展したし、海外に行かなくてもGoogle地図で世界を見られる。しかし私のような新旧の時代を知る人間は、それでも好奇心は尽きなくてネットは全部信用しない。



あと、自動車が好きな中心層が持ち上がり高齢化して、今からは免許返納が社会の潮流。そうすると私ら65歳人口がクルマから降り始めると、自動車ユーザーは半減以下。インフラの維持が無駄になりガソリンスタンドは10年続かない。

作った高速道路も30年後どころか20年以内に転機を迎える。うちの息子には自動車を1台与えて維持させたので彼は30年後も何か乗っている。

ただ、その中間層の人が車にあまり乗らないとますます値段や維持費が上がるだろう。3大都市圏に必ず移住して、地方はさらに人口が希薄になる。

車の好きな高市さん世代が中心の間に、早急に手を打たないと、社会の崩壊は目の前に来ている。


トップ画像は昭和45年の風景で中央の男性は私と親交があり80代の今もシトロエン2CVを半世紀近く維持されています。
Posted at 2026/07/10 09:09:06 | コメント(0) | トラックバック(0) | 思うこと | クルマ
2026年06月25日 イイね!

クーペの夏

クーペの夏ネットでも久しぶりに見たジャガーXJ-S
この写真を見て何を思ったかは、セクシーだなあって。

路面を走る日常の車風景を見て「あ、セクシー」と思うことがゼロに近い。
それはもう20年くらい続いて不感症が常態になって長い。



私は小学校の頃、ギャランGTOや117クーペというセクシーな主張する自動車を毎日登下校時に見られて幸せだった。

カローラのクーペだってSLくらいからセクシーな感じがし始めて、膿緑のSRになると「お、いいじゃん」になり、これにツインカムエンジンを積んでタイヤ周りにオーバーフェンダーが付いたレビンが登場すると「すげー、サイコー、かっこいい」というエモーション反応を、私以外の年上のお兄さん世代、いまは老人の団塊世代もきっと同じことを感じて飛びつきたくなっていただろう。



アトラクティブというかそういった魅力に対して惹きつけられることはマーケティングが未熟で直感的だった時代。1960年代のベレGとかからリファインが進んだ1970年の到来時に、日本のクルマのデザインが一気に垢抜けていった、その時代に立ち会っているのである。

その時代の農村とかの暗さを背景に同時に見ながら、都市部の風景は消えゆく路面電車の前に、カッコイイクーペの時代が日本で到来しつつあった。

私は中古だが最初の愛車からずっとクーペに乗り続けて45年。

巨人の星の主人公の父の名は星一徹だが、私は別名クーペ一徹である。

街角に刺激的なデザインの車が見なくなった理由は判らない。
それが押しの強いデザインと勘違いは多少判る。

クーペや日本で一時期隆盛したハードトップというジャンルは、自動車における(性の)開放だったかもしれない。

その兆候は1980年代がピークで、1981年にいすゞピアッツアとトヨタソアラが出てとどめを刺した。


どちらも唯一無二の存在でカローラAE86みたいなセダンが姉妹ということもなく、スポーツ車一球の直球勝負でトヨタは売れに売れたのである。シーマ現象よりソアラセンセーションの方が凄かった。



1980年代の時代の流れは、いろんな街の火薬の爆発のような現象が誘引して、次々と音楽や社会の現象が導火線に火が点き続けて、最後はバブルの方に行ってしまった。

しかし自動車は80年代前半は夢であったフェラーリが、後半から終わりは都市部では超レアでなくなり、夜の銀座や新地で派手なオンナを横に乗せて走り回る、変なドリームマシンになってしまったこと。もう35年くらい前の風景をまだ覚えている。



私はそのちょい前から、イタリーの良い時代の小型の、タイニーなクーペを偶然手に入れて幸運な人生を今も送れている。

世間の変化は自分の想像と思い切り違う方にカーブして行き、その後の日本は取り返しがつかないくらいメチャクチャに変わった。

あたかもセクシーなクーペを作り続けることは、自動車の原罪のように、今は地味なクルマばかりである。

仕立ての良いスーツ、背広だったセダンさえ今は誰も着ない。

おしゃれって本当に無縁で難しい時代になったなあと思う令和の2020年代に僕は珍妙なかっこうのクーペに乗り続けるばかりである。


でもたまに芦有の展望台とかに停めてると、娘より若い世代の女性が「すごい、これなんていう自動車ですか?」と少年の日の僕のように目を輝かして話しかけて来るから、旧いクーペに乗り続けることも悪いもんじゃないと思っている。

Posted at 2026/06/25 05:13:26 | コメント(1) | トラックバック(0) | 振り返る80年代 | クルマ
2026年06月01日 イイね!

老害”ロックと車好き”おじさん

老害”ロックと車好き”おじさん前回の記事は、言いたいことは判るが、だがしかし。の原稿だった。
じゃあ切り口を変えたらこうかなあ、の材料が見つかった。

AIを使ってこういう大喜利が流行っているらしい。




いろんなタイプやジャンルはあるが、共通のシメは
「昔は良かった」
らしい。

私も他人事ではない。

過去の遺物を自認して生きている。

音楽趣味も50年以上続いているが、聴くソースが1980年代で止まっている。
最近は忙しさや子育てで、聴いてなかった90年代も発掘するが
それでも30年前である。


私のクルマの趣味もやたらと深い。
よく判ってない浅いヤツや、適当な知識で喋ってる人を表面上でバカにするのは
今の時代「アウト」なので、適当にスルーして、無視したり面白いと笑っている。

ロック老害おじさんと一緒ではないか。


なんでクルマとロックは共通というか、困ったおじさんを産み出すのであろうか。

ひとつは趣味の道として非常に難解で奥が深い。
深い奥を知っていたり、実際に体験してるのは「自慢」になる。

そう、おじさんという生物は、自慢したがりである。

反対から見ると弱い生き物。
サブスクなんてやらないし、音楽配信、そんなものはクソと思っている。

自分らの育ったメソッド(方法論)こそが最高で、そこから一歩も出られない。

おじさんは今の時代に乗れない、乗り切れないくせに過去の情報知識は豊富。
たまに若い者が聞いてきたら、一しか聞いてないのに、十ほど答えてしまう。

実に困った生き物である。



おじさんへの道は、長い。

私も気が付くと同じ車にまる40年近く乗っている。
毛が無いのに長髪を維持している永遠の不良ロック好きとあまり変わらない。




森高嬢は36年も前に「おじさん」に絡まれた経験を痛快に音楽にして歌っている。

ここに出てくるおじさんは、もう60代後半か70歳になっているであろう。

この90年頃は、あまりピンと来なくて、エッジの立った人には刺さる歌詞だった。

いまや論語の経典のように古典的な名作ソングに通じている。

「私がおばさん」になっても森高は10歳下の56歳である。



しかし車好きというのは、社会の片隅で、昔はよかったで、関西人のように
「かーっといって、くわーっと曲がって、ぎゅいっと止まる」
こんな今でも会話を深夜のファミレスで繰り広げているのだろうか。

あまり世間に居なくなったようで、このみんカラみたいなゾーンで生き延び、
昔の自動車雑誌を引き合いに、小林彰太郎はこう言った。「かく語りき」
みたいに、シトロエンはハイドロに限るとか、キャブはソレックスとウエーバーは
音が違う。俺は聞き分けられる、とコーヒーの利き味師みたいなことを語っていそうだ。



歳は取りたくないが、つくづく。

Posted at 2026/06/01 08:00:22 | コメント(2) | トラックバック(0) | オンザカー | クルマ

プロフィール

「クーペとセダンの区別もつかない時代 http://cvw.jp/b/176891/49217655/
何シテル?   07/30 04:19
車は殆ど処分して、1971年登録のフィアット850クーペに 1987年以来、乗り続けています。 住居は昭和4年築の、古い日本家屋に、現状で住んでいます。
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