
この10数年でヴィンテージ車の
ジャンルは確立したと言われるが、
私は日本では粗末に扱われているので、
気になってしようがない車が有る。
初代フォルクスワーゲンである。
私が10代後半から20代になった頃、1975ー85年頃は、ビートルは
今よりずっと人気があった。
一応外車だし、別格に台数が多いとはいえ、国産以外の入門編として
大事にされており、特に平凡なこのスタイルのワーゲンでも、日本で初めて
オーナークラブや、スペシャルのショップも既に存在していた。
1983年に東京ワーゲンクラブ15周年の本が出ているのを持っている。
1968年頃から創設された外車のクラブは古い。
私がスクランブルカーマガジンを買い始めた1982年頃には、すでに
フラット4もあった。
それから当時は、ポパイ、ホットドッグプレスと言ったカタログ情報雑誌
が人気を集めており、こういった雑誌でカジュアルなファッションに
欠かせないのが、初代ミニやMGのオープンカー、そしてビートルだった。
日本車に無い雰囲気と、舶来志向がまだ健在で、グッズとしてのアイテム性
も強く主張出来た、そんな時代だったのである。
ところが1980年頃から、トヨタ・クレスタや、追い掛けて白いマーク2の
人気が上がり始めて、2000GTの再来と言われたソアラの登場で、一気に
高級トヨタ車のブームが始まった。のちのハイソカーと呼ばれた流行である。
ここでまず、何にもついていない1950−60年代タッチのビートルを
支持する層は、サーファーなどのサブカルチャー支持層に移る。
サブカルチャーといっても、今のはアングラと呼ばれるアンダーグラウンド
が強くなっているが、当時はカウンターカルチャーと言い、メインストリーム
の社会に対し、ドロップアウトした生き方が、格好良かったのである。
その頃流行った、ブレッド&バターの曲で「あの頃のまま」という
松任谷由実の優れた詞の歌がある。
この曲を聴いていると、20代半ばで「もう若くない」と言っていた時代の
世相を読み解いて、今54才の私は愕然とする。Don't trust over 30'sと
言っていた、大人に対するアンチパシーの強かった時代でもある。
さてワーゲンは、だいたい1953年から75年まで作られて輸入された。
そして亜種にタイプ2と呼ばれる小型バスや、カルマンギアのクーペと
オープン、そしてタイプ3のファストバックやノッチバック、さらに商用の
ワゴンなどバラエティ豊かなファミリーで人気を博すが、今回の中心は
オリジナルの「かぶと虫」である。
夏はサーフボード、冬はカット写真の黄色いボディのように、後部左下に
スキー板固定用の土台を付けて、これでスキーに行くのが本当にオシャレと
思われていた。セリカGT4で「私をスキーに連れてって」(1987年)が
流行る10年前のことである。
この黄色い山形55車は、2012年11月に尾花沢で目撃した、非常によく
70年代後半の雰囲気を残した、当時のタイムマシーン車である。
どのくらい、若者に人気があったか、流行歌であげてみよう。
松田聖子の1982年の冬のアルバム「Candy」の1曲目、「星空のドライブ」
菊池桃子の1985年デビューアルバム「Ocean Side」より「Evening Break」
この菊池桃子の1stアルバムは、アイドル歌手LP定番の、正面に女の子が
にっこりと言うジャケットを排し、VAPという発売元がオメガトライブで
当てたサマーリゾート路線を、思い切り全面に出して、もう一曲、Shadow
Surferでもワーゲンが出てきて、これぞとばかりに曲世界を展開する。
こういう時代だったという証拠なのだが、それにしても今、クルマの登場
するヒットソングは珍しい。
1980年代のことは何度か書いたが、前半後半で、日本社会が大きく変わる。
85年、プラザ合意以降バブルが始まり、日本人がベンツは一生縁の無いもの
から頑張れば、やがて普通に乗り始めていく始まりがこの頃である。
いみじくも日本人がしょぼいワーゲンを、見向きしなくなった、そう捉え
たくないが、85年以降手垢にまみれたのか、音楽も自動車雑誌も、
珍重しなくなった時代の始りであった。
外国では今も、普通にイベントでオールドタイマーと扱われるワーゲン。
今も不動の人気はあるのだが、しかしあの時代の輝きは帰って来ない。
それは日本と日本人が金持ちになり、「普通」「スタンダード」が随分
贅沢になったことに原因があり、輸入車の有り難味が薄れたと思われている
部分で、適正でない評価が付けられたからではないか。
私は遠くなった時代に対してそう思う。
初代ミニやフィアット500のように、人気を博さなくなった原因のひとつに
この手の手法で最初にやり、まずまず人気のあったゴルフベースのビートル2
の存在がある。
あれは売れてすぐに飽きられた。そのこともオリジナル人気に再び火が
点かなかった遠因かもしれない。
だけどワーゲンは偉大だ。
ポルシェ356からナローと呼ばれる911、その後の930あたりまで人気は
落ちないのなら、ビートルに隗を求めても良いのではないだろうか。
たしかにピーク時代は遠くなった。
もうすぐ日本に梅雨が来る。そしてこの曲を思い出す人も多いだろう
大滝詠一「Long Vacation」より「雨のウエンズデイ」
著作権に厳しいS社だけにまるごとのアップはすぐ削除されるので、
歌詞を思い出しながらハモってみるのも良い。
「壊れかけたワーゲンのボンネットに腰掛け…」
最後にもう一枚音楽で、ワーゲン讃歌を送ろう。
伊藤美奈子、1984年頃、アルバム「Portrait」より「9月の約束」
これは同じCBSソニーから出ていたこともあり、明らかに大滝の曲を
意識したアンサーソングなのだが、売れてないこともあり、実に新鮮な
角度で、シーンが流れて行く。
こうやってたくさんのワーゲンソング、それも1980年代に集中したことを
今知って考えると、意味深い。
おしまいの写真は1985年8月の佐渡である。
今でもこの情景を思い出しながら、私たちは何を置いて来てしまったのか
そのことについて、考えてしまう。
手の届かない思いを求めつつ。