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kotaroのブログ一覧

2014年11月04日 イイね!

居場所

居場所連休の日曜日に、久しぶりにクルマの
イベントに出た。

友人のお誘いで躊躇していた茨木の
ビンテージカーショーというのに。
最近元気のない私を気遣ってくれて、
半ば強引だが、参加してみて久しぶりの
感興もあったので、記事を書く。




私は今年になってから、殆ど旧車のイベントと縁が切れていた。
850クーペの修理が、1年以上になったことや、他の理由で。

他の理由は、精神的にとりこんでいたことと、生活が逼迫していたことによる。

こうなった原因の一番は自分にあるのだが、それにしても悪いときは
人間関係も悪くなる。
古くからの知り合いとの関係も、普通でなくなるし、それで終わったと思う
自分の中で、諦める気持ちが、日増しに強くなっていた。

気がつけば今年も11月である。

このイベントは毎年秋に行われていたのだが、参加するのは初めてだ。
見るのも同じく、開催は今年で4回目で、毎年友人からお誘いが来ていたが、
過去3回は見送っていた。


参加してみての感想は、割合と良かったと思う。
近年のクルマのイベントは、多くなったが、思いつきだけでしぼんで
消えたものも多い。
しかし、都市圏、大阪・北摂で、自治体の市役所横の広場を使って
やるということは、ある程度市民の目線も強い。

クルマ好きだけが勝手に騒いで盛り上がるという、イベントでないのは
会場にいて、すぐに判った。

そういう意味では、京都市役所前の古い庁舎を使ったイベントに少し近い。




地元溶け込み型と言う意味では、会場の演出や、細かな気配りと
イベント内容である。
この茨木の長所は、かつてのニューイヤーミーティングが
やっていたような、会場周辺の小パレードがある。

それから、アトラクションで、小さな子どもたちを、ビンテージ車に乗せて
会場のグラウンドを一周させるのが、目を引いた。
未来のクルマ好きに繫げると言う意味では、評価して良い。

私の中ではミニイベントに近いが、都市の中でこういう企画を試みるのは
もう一つ、協賛や協力を集めるのには、メリットがある。

注目が高いという判断で、自動車ディーラーと間もなく自動車ミュージアムを
大阪に開館する企業のブースが出ていた。
また、なじみのあるカーショップも、グッズを並べていたが、
「FⅡのオヤジが来ている」というだけで、目利きはどの程度のイベントか
想像出来る楽しみがある。






記事は後半に移るのだが、私としては少し自分の中で、「気付き」があった。
発見と言っても良い。

最近の私が元気が無くなった理由は、仕事を長くしていなかったことと
それに至る近縁の人間関係が、ずっと苦しいことがある。
特に後の方は、本来良好であれば人生の糧として、活動へのエネルギーに
なる得るものが、逆に足を引っ張ることになり、実につまらない
退行原因となっていた。

こういうものは、すぱっと切って仕舞えないのが苦しい。
そうこうしているうちに、私は何もかもが、上手く行かない気分になっていた。

友人の強引な“引っ張りだし”で、久しぶりにクルマのイベントに参加して
初めてや、普段おしゃべりしない、相手の人と話し、ああ自分はこの分野が
まだ得意なんだと思った。

また、内省的なことばかり書いているが、本来の私は外に出て行く方が
ずっと気分がよく、自分を出せることにも、気がついたと言うのか
思い出せた。

古くからの長い盟友と、イベントに顔を見せてくれた、鉄道好きの少年も
行事に参加して、人の気持ちの有り難さや温かさに気付いたのも大きかった。



久しぶりに自分の地を出せる場所に居たことで、以前の自分に戻れるのか
不安もあったが、行って良かったと思う。

朝早く自宅を出て、クルマを置いている郊外の場所まで到達するのも
億劫で、運転もなんとなく怖かった。
これが老化の始まりというヤツだろう。

特にMTのアルファを運転するときは、「大丈夫かな?」と
不安になったぐらいである。



1日目のイベントの終わった後は、クルマを置いてある場所まで戻らねば
ならない。
そのついでに、「置き場所」に、連休なので一緒に泊まりませんか?というと
友人は快くOKしてくれた。それが最初の一コマ目の写真である。

イベントが毎週のようにある友人は、さすがに翌日の午前中で、帰って行ったが、
私は久しぶりの「1日目」の余韻があり、はしご酒のように連休の最終日も
昔から馴染みのあるイベントに向かうことにした。
Posted at 2014/11/04 05:15:45 | コメント(3) | トラックバック(0) | オンザカー | クルマ
2014年09月23日 イイね!

parisへの長き道、ルーマニア

夜汽車から始まった旅は、ルーマニアで1泊して
その翌日5時に起きて6時の列車に乗る。
バリデーションという言葉を覚えたほど
出発前の切符の検札が重要だ。
ブカレスト駅のどの窓口に並んでいいのか判らない。
この時に駅にいた2人組の男がくせ者だった。
案内してくれた窓口でことなく検札を済ませて朝一の列車に乗る。
ホームの端の1等車の位置まで教えてくれる。
車内まで入って来てここで怪しいと思った。
いきなり「サービス料」をたかり始めたのであった。
ひとり10ユーロをよこせと言う。
昨夜のパンやビールの値段でこの国の物価を知っているので
too expensive!!と文句を言いまくったが、こんなところで大立ち回りしても
車掌も乗り込んでいない時間だ。どんな暴力に合うだろう。とくに片方が屈強なガタイの男だ。
仕方ないが私も妥協して1人5ユーロ渡してやった。
これでルーマニアの印象は決まった。
朝6時に私を乗せたルーマニア国鉄の国際列車は、夜明け前の首都ブカレストを出発した。
もう2度とこの国にくるものかと、怒り心頭だったが、夜が明け始めると
トランシルヴァニア地方に到る、この国の大地の風景に、目を細めた。


Posted at 2014/09/23 08:25:38 | コメント(2) | トラックバック(0) | オンザカー | クルマ
2014年09月18日 イイね!

パリのエレジー、パリのラプソディー

パリのエレジー、パリのラプソディー先に写真だけ投稿してしまったが
2004年9月にフランスのパリに居た。

最終日の一日前に、時間が有ったので宿の主人に
「時間が有るのだけれど車が好きなんだ」と話すと、
メトロの何番に乗り、ここに行くと良い、と
コンベンション・ビューローみたいな所を教えられた。

行ってみて判った。「2004Palis Mondial」が開かれていた。
幕張メッセの東京モーターショーも行ったことがないのに(笑)。

大体、この旅は出掛けるときからつまづいた。
梅田阪急のバスセンターで空港バスに乗り込む際に
大慌てで卸した10万円の日本現金を、関空に行くまでに
掏られたか落としたのである。

被害届を出して、結局その日のエールフランスパリ便を見送り
翌日の、エール機に並んで頼み込んで、乗せてもらった。

普通は安いチケットでは無理だと言うのを、3人がけの真ん中で
フランス人の女性と、外国人とに挟まれて、12時間かけてパリに着いた。





エコノミー症候群にはならなかったが、鉄道の旅に較べるときつい。
2日いる予定だったパリを1泊になったので、自力で宿の位置を見つけて
住宅街の中のプチホテルに泊まった。
それでもその夜は、近所に飲みに行った。



翌日は、またCDG(シャルル・ド・ゴール空港)へ戻り、イスタンブール便に
乗り込む。今度は国内線のような飛行機だ。

でかいCDGで、トルコに行く飛行機が見つかり難い。
下手な英語で何人か尋ねて、やっとコミュニケーションが取れた。

その際に上から写した待合室の風景。



そして、パリよりずっと暑い、大阪のようなイスタンブールに3日いた。







3日目の夜に、イスタンブールのシュルケジ駅(オリエント急行の発着だった駅)
から、ルーマニア行きの「深夜鈍行」に乗り込む。



翌朝目が覚めると、窓の外は心が凍るような淋しい風景に変わっていた。
そこは東欧の入口、ブルガリアだった。

この話はしばらく続きます。


Posted at 2014/09/18 05:03:15 | コメント(3) | トラックバック(0) | オンザカー | クルマ
2014年09月15日 イイね!

パリのオートモビル2004

パリのオートモビル2004








あれは10年前の2004年パリモンディアールでのことだった。





Posted at 2014/09/15 15:41:11 | コメント(2) | トラックバック(0) | オンザカー | クルマ
2014年09月06日 イイね!

秋(飽き)のこないデザインって、なんだろう

秋(飽き)のこないデザインって、なんだろう今日は休みなので家にいます。

長い間、家にいてばかりの時期が続いて
私の心と体は、何かおかしかったの
でしょうか。

最近当たり前(スタンダード)とは、
何だろうか、よく考えさせられます。



昔は基準の多い制約の中で、ものごとが上手く完結していたと思います。
クルマのデザインの中で、嘗て最大の制約が、ヘッドライトが丸いことでした。

2個か4個の丸いライトを、どう配するかが、デザイナーの最大の見せどころ。
中には思い切って角形や変型の長い丸もありました。
有名なフォードタウナスなんかが、そうですね。



ところで現在の自動車のデザインを見ていると、往年の成功したモデルの
ある部分を、なぞって、それを計算したデザインに当て嵌めたものが多いよう
です。特に外国車にそれを思います。

こういう時代の流れの中で、「判りやすい」が、ヒットの法則になります。
しかし深い意味やメッセージを持たせる余裕は、なくなりました。

1990年頃を転換点にして、世界は変わったと言うことは、何度も書きました。
その頃から、国際社会は、お国別から一極集中へ変わって行きます。

世界中の人が同じものを嗜好し、消費する流れになりました。
のんびりやりたかったら、個人商店でもやってろ、の空気です。

個人商店も変わって行っていますよね。
珈琲の飲める喫茶店が、スターバックスの登場以降、パソコン会社の
出したiPodの最も似合う居場所に変わりました。

デザインは、一本の道だと思うのですが、私の感覚は古いのでしょう。
新しいものを見て、強く感じたり感激することが、減りました。

その代わり時折古い物をみて、考えることがあります。
このアメ車を品川区の路地で、この夏に見たときも、おっ、と
声を上げそうになりました。



久しぶりに、カッコいいなあアメ車って、と思ったこと。
今が遠い未来の2014年でも、1970年頃の造形が、素敵に思われました。

今走り回っている、そこら中のもの(クルマ)が、40年後に通じるでしょうか。
私はもうとっくにその頃にいません。
最近つくづく、儚さを感じるこの頃です。

さて、気の弱い話はやめておきます。
デザインは、人の生き方や働き方に似ており、規則のある方が
良いのではないか。最近そう思うことがあります。

私は今やっと仕事に出るようになりました。
勤め先は隠しておきますが、長年私を育ててくれた分野への恩返しで
輸入車に関わる、縁の下の力になろうと思います。

そういう長い時間で見て来た自分がここにあり、最後に何が出来るのだろう。

ほんとうを言うと、かなり人生は苦しくなりました。
精神は疲弊して、ぼろぼろの境遇の中で、それでも考えることが好きです。
昨夜は休みの前の日だったので、久しぶりに酔っぱらいました。
そして翌日に残った酒の中で、やっぱり何か書こうと思います。

切れ味のある文が書けない日は苦しい。
今の時代は、すかっと晴れない天気のようで、自分の後半人生も同様です。
でも、何か力のある話や、感動を求めている自分が居ます。

デザインについて、もう少し踏み込みたいのですが、明日は戸外に出て
何か発見できるように、祈っております。

Posted at 2014/09/06 14:13:38 | コメント(4) | オンザカー | クルマ

プロフィール

「やっぱり。言わんこっちゃない。「トヨタ、センチュリーを独立ブランドに クーペ開発でラグジュアリー市場拡大」https://x.com/i/trending/1977788758218219921
何シテル?   10/14 09:32
車は殆ど処分して、1971年登録のフィアット850クーペに 1987年以来、乗り続けています。 住居は昭和4年築の、古い日本家屋に、現状で住んでいます。
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