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kotaroのブログ一覧

2011年11月22日 イイね!

私の夢は、

私の夢は、








隠居生活2年目。
手取り16万で、2台のオールドカーライフ。
よくやってるなあと我ながら思う。

前にも少し言ったが、850クーペはエンジンフルオーバーホールで
50万円かかった。
25年の伴侶が心臓外科手術を受けなければならなくなったと思い
預貯金を取り崩して、なんとか乗り切った。
おかげでこの車は、私が70歳まで生きていても、乗れそうだ。

もう一台のスパイダーがきたのは、やはり長い長いお付き合いのある
850マイスターが、どうしても貴方に乗って欲しいと仰られ
昨年から話がはじまった。
一度はお金が無いので辞退したが、今年になり話が再燃。
6月に新幹線に乗り、小田原まで日帰りして、相手の方(素晴らしい紳士です)
の誠意や、お迎えのジャガーS(新しい方ね)、帰りの送りのアルファ145
(これがまた良いんだ)で、10歳上の隣の永遠の車少年の横顔を見ていたら
これも縁かなあとひとり納得してしまった。

昨年から売りに出していたリトモのことを、もう一度九州まで行って結論づけて
リトモを売ったお金で買えばいい、と入れ替えることに。

九州の有名な車屋さんとも、長い付き合いになります。
お互い励まし合いながら、ここまで「イタ車馬鹿」を続けて来ました。
ときどき、
この先あと何年生きて、何台車に乗るのだろうと思うと、
少しだけ切ない気持ちになることもあります。
数年前に思い切って長年勤めた会社を辞めた時も、きつかったです。

今の僕は
それでも面白くなってきたことがあるのです。
それは、先日のドライブの帰りに1台の気になる車を見つけました。
大好きなダイハツストーリアの辛子色。
それも1000のMT。



スパイダーが来るまでセカンドカーに乗っていたスズキアルトは、奥さんに
引き取ってもらい、車庫も借りてもらいました。
私は奥さんと離婚はしていませんが、別々にスープの冷める距離に住んでいます。
それは家庭の事情なのですが、
息子や娘たちが、いよいよ車に乗れる年になりました。

それなら子供たちが、これから車に乗るならば、
まだいろんな車に乗れるチャンスがあると思ったのです。
おそらくは彼らも当分お金が無いでしょう。新車など買えることはないと。
そこで私の出番です。
よっしゃ格安のストーリアやな(笑)。
で、時々私が乗りたくなったら、おんぼろスパイダーと入れ替えて。
「あっ、オトン勝ってに乗って行って!」
「しゃあないから、これで出かけるか」
というわけで、子供たちにもオンボロイタリア車の味を覚えてもらい、一石二鳥。

まあ、たまには壊すかもしれませんが、他人が壊すより腹も立たないでしょう。

車の趣味、クルマのブログを読ませてもらっているのですが、殆どが
自己完結の世界で終わっています。
私は3人子供を作ったので、引き出しの数も多いです。
彼らがクルマ趣味人になるとは限りませんが、
ああそうか、これからは収入も無くなってくるけれど、こういうやり方もあるなあと
図々しいオヤジの発想で生き残ろうと思いました。

さあ、思う通りにはならないでしょうが、どんなクルマの運転でも
どんな機械の修理でも、たいていのことはやれます。
楽器から釣りから、何でも遊びごとはオヤジが手ほどきしました。

一部はとっくにオヤジ越えしています。
それが私は嬉しいのです。
そうやって考えれば、まだまだニホンという国に住んで、
私がやれることはいくらでもあるのでは、ないか。

これで「私の夢」の話は終わります。
Posted at 2011/11/22 05:31:26 | トラックバック(0) | つれづれ日記 | 暮らし/家族
2011年11月06日 イイね!

北国の便り

北国の便り札幌からMさんが関西に来られた。
2008年9月にお会いして以来、3年ぶりである。
医師として、この週末は学会の発表が神戸である。
その合間を縫い、是非お会いしましょうと先日電話があったのである。

Mさんの自動車趣味のことは、私以上に広くて長い。
誰でも納得出来ることから書くと、1983年に、3年落ちのフィアットX1/9を
購入され、ありとあらゆる研究をされた。
その研究を1991年に創刊したばかりの「Oldtimer」の翌年の14号に
これまでに無く詳しい日本向けのX1/9の記事をまとめられた。

私は、当時のこの記事を読んで、手紙を差し上げた。
ネットで今もあちこちのブログにコメントを書くのと動機は同じである。
それから何年か、手紙のやり取りが続き、その後は年賀状の時代に成る。
忙しい医師の仕事を選ばれたMさんは、道内の各地を勤務医として
歴職し、一時期はお互いの年賀状も途絶えた。

しかし彼は最初に買ったX1/9を今でも乗っておられる。
ナンバーは一貫していないが、28年を過ぎている。
そして彼が立ち上げたフィアットX1/9のクラブは、北の地に帰った後も
今も続いている。

昨夜は、大阪の自動車メーカーに勤められる、同級生のご友人もご一緒になった。
デザイン部におられたこともあり、話題は自然と自動車のデザイン論になった。
ご友人が「彼は医者の道よりデザイナーに成って欲しいくらいの才能があった」
と言われて、日本人の普通の会話ではなく、ここはイタリアなんだと思った。
僕ら日本人に今一番足りないことは情熱である。

それとあとは、恵まれた環境にあることへの、リスペクトである。
北海道のMさんは、「今年はまだ、11月でも凍ってないのですよ」と言う。
関東周辺に行くことの多いご友人は、「こっちは山道をアップダウンするコース
がいくらでもある」この道はX1/9向き、この道はMG−Bあたりだと。
今住んでいる池田のことを非常に愛しておられるのがわかる。
しかし自動車愛、自動車好きが会社に多くいるかというと、疑問を呈された。

3人で夜景を見に、大阪発動機製造の自慢のタント1号車に乗り六甲山に上がる。
話のネタは尽きず、山を下りてから泊まられるホテルのバーでもっともっと話は
続いた。



写真は2008年当時、札幌で乗っておられたフィアット128ラリー/ジャンニーニである。
X1/9は128の形式番号が共通なのである。
非常に奥の深い話が続いた。
英国製オープンカーは「スポーツカー」であり、イタリア製の屋根無しクルマは
「ナンパの道具」で、着座位置とサイドのベルトラインの高さについての考察。
このあたりは友人氏の言説である。
朝の早いMさんと別れてから、池田に帰る夜道の車の中でも、自動車デザイン論、機能論、
パッケージング論は続いた。

こんなにアツく自動車を語ったのはいつ以来だろう。
昨日の「フォーラム」参加者の感想である。
春に「ちっちゃいクルマ」の前夜祭の居酒屋談義の時にも、ベテランの自動車会社の
友人からこの言葉が漏れていた。

私は自分の役割は「触媒」だと思っている。
私に関わった人が、化学反応や変化をして、それで変われたら。
普段の日々で没入した人たちに、まだ面白いことがあるのではないかと思わせ、
それが人間が日々生きる新しい糧と成れば良いと思う。

ここの所よく文章を書いているなと思う。
鬱にならぬよう、無理に躁状態になっているのかもしれない。

北の大地の秋はもう終わり、長い冬がくる。
MG−Bに乗られる友人氏と知り合い、北海道ー大阪にまた面白いリンクができた。
飲み干したアルコールの軽い酔いの向こうに見えたものは、
これまでのお互いの人生と、この先への託したい思いなのかもしれない。

私の850シリーズで、いつかは北の大地を走ってみよう。






Posted at 2011/11/06 11:17:42 | トラックバック(0) | つれづれ日記 | クルマ
2011年10月29日 イイね!

だるかねえ。

だるかねえ。kotaroです。
最近クルマにのっちょりましぇん。
その代わり憑かれたように昔のホームページ
引っぱり出して、車遊びの日記を再現しております。

よおけ、女の人が映っとりますがギリギリセーフかな。
大抵その頃のGFやトモダチだったと思います。

そげな遊び人じゃあ、ありませんが、
やぼてんでもござらぬよ。
個人情報だの、ああじゃこうじゃ言うて隠避な社会になって
久しゅうござりますが、夢も浪漫も、ちょっとした
恋心も上から蓋をするような傾向は、苦手でござる。

日本の中にもラテンな人が居る。
イタリア車に乗るのに、女性に興味もなく乗るのは
何が楽しいで、乗っておるのだろうと。

ちょっと暴言みたいだったら、お許しつかあさい。
明日は明日の風が吹く。
日曜日は、一人ハンドル握って、風を感じて来ることに
します。

アデュー。
Posted at 2011/10/29 18:58:52 | トラックバック(0) | つれづれ日記 | クルマ
2011年10月18日 イイね!

堺の茶人に遭うの巻

堺の茶人に遭うの巻『へうげもの』が話題である。
ひょうげものとは、何ぞやと言うと
戦国から安土桃山、天下統一の時代まで
一気に武士が支配勢力になった頃のことである。

生きるか死ぬかの時代の、価値観や観念哲学に
大きな影響をもたらしたのは、茶道の進展がある。
とりわけこの時代の茶道は、作法や流儀が完成する
以前で、まずは数寄の精神の理解から始まった。

数寄とは何ぞや?
この漫画の主人公の古田織部のように、それまでなかった
価値観を発見して、伝統や美意識を、挿し木や接ぎ木のように
育てて行くことは楽しい。
旧車趣味も、今を去ること25年前くらいから、本格化し始めた
のである。


私の友人で、好ライバルであり、向こうはそう考えてないかも
しれないが、好敵手のような人に、堺の線香屋さんの社長がいる。
この人が、またいろんな車にこれまで乗ってきており、それも
一癖も二癖もある車乗りなのである。
これまでの30年に乗った車は100台以上。
旧車や外国製が圧倒的に多いし、同じ形式の車を再び
求めたりすることもある。

要は、仕事も手広い方であり、資金も私よりはずっと潤沢
なのであろう。その上、節制は理解されておられるので
ただのぼんぼんではない。
これだけ車の話題が豊富で、ニフティの旧輸入車フォーラム
時代より、パソコン車交術に長けておられる方なので
当然“取り巻き”がいつもついておられる訳である。

想像がつくと思いますが、このおっちゃん、私と歳は近いが
香も香道であり、伝統産業に携わる方だけに、造詣や奥行きも
結構ある。そして大阪の堺と言えば、利休以来の茶人の町
であり、京都に譲らぬプライドも、反対にイヤミなセンスも
持ち合わせており、粋人のDNA濃度は高い。


この人が「何であるか」を理解出来ない人が、接近すると
「ぼろくそ」に口が悪い。
取り巻きはこのぼろくそが面白くて、近接している訳であるが
この「ぼろくそ」が理解出来ないようでは、車趣味の病膏肓が
判っていないわけであるし、そんな“百戦錬磨”の口悪たちと
“丁々発止”の会話が出来ないようでは、俗悪と風雅の違いも
判らぬであろう。

日曜日の芦屋で、私は久しぶりにこの「現代の堺の茶人」と
遭遇した。
乗ってきている車も、ちょっと見には(ミニは)ただのミニだが、
ポールスミス仕様を一度手に入れて、全塗装から何から
「ぽおるすみすのいろ」にまた塗って、「えらい金かけて」
何喰わぬ顔して、「私はミニ乗りでござーい。」と、芦屋浜に
堺ナンバーの旧ミニで、やってきているのである。

もちろんフェラーリも、ポルシェも持っているし何台も
乗り換えている。
そんなおやじに、「負けんくらい口が悪い」(オホホ、そんな
ことはござらぬが、、)と思われているのが、このわたし。
かもしれない。

ここまで読んでくれると、大分判ってきたかと思いますが
車の世界も、とにかく大変な変態だらけなのである。
物量、バックボーン、知識、過去に乗った車を理解し総動員
して、こんなオッサンと丁々発止、火花を散らしていないと
「へうげもの」は、務まらないのであります。(笑。あー疲れた)



まあ、私は金が無いし、身軽でしょ。
その身軽なポジションで「粋」を究めることで、渡り合うのであって
向こうも「ああ言えば、こう言う」私に対し、尺だろうなあと思う。
でもね、
何気なく「ミニですね」とでも言おうものならトラップだらけで、
「こ、これは、ミニの中でも貴重な『ポール・スミス』をさらに
もう一度ポール・スミスカラーで塗って、、、、」 なんて
言えますかいな。



「はあ?、ポール牧?、それがどうした」と、毒づきながら
いつも、やれた「京55」ナンバーのフィアットで現れて、
風のように去って行くのが、私なのである。

「毒舌流」の家元対決も、まあ大変だナァ!(やれやれ)








Posted at 2011/10/18 02:38:44 | トラックバック(0) | つれづれ日記 | 趣味
2011年10月12日 イイね!

去年の今頃

去年の今頃こんな写真を撮っている。
これは某紺豚さんのフェラーリ456に乗って
初めてのドライブが、高速をちょっと走って
エンジン異変に気づき、神戸の海岸付近で車を停めて、点検中に
パチりと撮らせて頂いた写真。

フェラーリ純正の工具と、トランクの中である。

人間、家の中と、カバンの中と、トランクの中には
思わぬ個性が出る。

私は車に余計なものはあまり乗せない主義だが、それでも
非常事態に備えて、最低限の工具と水と油くらいは積んでいる。
トランクの中はどうだっけ。
あまり汚いのは好きでない。

それからワンボックスは、若い頃から嫌いであった。
モノスペースと言い、荷物と人間が同じ空間になることを
ヨーロッパ人などの自動車先進国では、避けるようである。

これは差別や区別の分離思想が強い、欧米では明らかである。
ところが日本は、大きな空間に、荷物も人間も、オーナーも
ガキンチョも一緒に乗せられても、酷い抵抗が無い。
元々家が狭かったこともあり、車はバカが口を開けたようなものが
一時流行った。ワゴンブームもそうである。

私はとにかく、3人子供が居るが、ファミリーカーに
バネットだのエスティマだの、あんなんに乗るのは人間が堕落したようで
とにかく嫌だった。
嫌なものは嫌だからしようがない。

かくて日本のクルマ文化はどうなったか。
ご覧の通りである。
模倣から始まり、セダン、クーペ、ハードトップと揃え
遊びクルマのコンセプトが完全に理解出来ないうちに
ワゴンや、モノスペースを、メーカーが売りまくったために
自動車に乗る矜持が身に付かないうちに、街角は「しょうもない車」で
溢れ返った。

時、もう既に遅し。
車に興味を持つ消費者は結局育たなかったのである。
自動車雑誌もそうであった。
ご都合主義的な指針を持たなかったのは、かつてのカーグラ
一誌くらいだが、経営も編集長も、変わって駄目になった。

駄目と言うのは、人間に背筋を流れる文化がないからである。

この不況で、いやかつて景気がまあまあましだった頃、
そこで踏ん張れる人間は非常に少なかった。
私は踏ん張ったと思う。それを証明しているのは25年乗っている
平凡な車が、横にあるからである。

車に乗ることを趣味とするのは20世紀の残滓であると、
かつて自分のホームページに謳ったことがある。
この残り糟は、まだまだやりようによっては楽しめる。

醸し方も酔い方も、それは貴方自身の裏返しで、やり方は自由である。
どうか、ひとの真似はせずに、自分のやり方で
走り続けて行ってもらいたい。
これくらいのことが書ける自動車雑誌が、一誌でもあったら、
日本はもうちょっと、面白くなっていたのになあ。


Posted at 2011/10/12 07:11:12 | トラックバック(0) | つれづれ日記 | 暮らし/家族

プロフィール

「トヨタの夢 http://cvw.jp/b/176891/48620683/
何シテル?   08/26 05:18
車は殆ど処分して、1971年登録のフィアット850クーペに 1987年以来、乗り続けています。 住居は昭和4年築の、古い日本家屋に、現状で住んでいます。
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