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2018年10月08日 イイね!

思ったことを書いて行くのには

思ったことを書いて行くのには











このところ体調と精神面の調子がよくなく、
いろいろとご心配をかけている。

理由のことばかり考えて、ますますメンタルが下がり気味なので、
心配した友人が駆けつけてくれたり、気を揉んでもらっています。

一番私の心配は経済力が無くなったことで、預貯金も減らしすぎて
大変な状態になり、何もしたくない。何も出来ないと言う状況に陥り、
打開するには思い切ったことをしなければなりません。



そんな私にとり、理由を考えても答えが出ないことに気付き、ここは
ひとつ一度死んだ人間が、生まれ変わったと思うことが、一番良さそうに
思えます。

それが来年に控えた、還暦、60歳になることでしょう。

つまり今、なんでしんどいのかというと、59歳であまりうまく行かない
人生航路に迷っており、なかなか簡単に結論は見つかりません。

この齢で、新事業もそう出てくる訳ではなく、誰か助けてくれないかと
周囲を探しましたが、みんな逃げ出してしまい、唯一の身内は長男くらいに
なりました。

それも頼りにするには限界があります。

そこで思い切って資産の処分で生きるしか、という結論に達し、
少し明るい気持ちになろうと思いました。







ところで、今日貼っている写真は、1994年で息子がこんな小さい時のものです。



この頃は、愛車はフィアット850クーペと131の2台態勢でした。



お父さんは、この年まで、よく頑張ったと思います。

それでも生きて行くのに、今は汲々として、時々絶望したり悲しんでみたり。

しかし、ゴールや着地点は、人それぞれではないですか。

20代で結婚し子供を作った人は、50代で孫に恵まれ、3世代目のある
「お爺ちゃん」のコースに暮らしています。

私は30代で結婚と子供が出来て、もうすぐ60歳。
子供二人は、やっと世の中に出て、生活するようになりました。

いろいろな世間に迷惑はかけてはいけないと、自分に甘くないつもりですが、
それでも「生活できない」になると、世間からバックラッシュが一斉に
戻って来ます。

やっと、自分で出す結論は、思い詰めてはいけない。
食い詰めた時は、親の代の財産は使っていい。
でした。

この1994年という年は、ここに書けば父が九州で亡くなって、
その翌年の1月に兵庫県で阪神大震災に遭いました。

それが自分にとり、どんなことだったかは、考えてしまうので書きません。



その代わり、自分が翌年から、生きることを肯定するために、好きな自動車を
次々買って行ったことを思い出します。

今からどんな生き方をするのか、予告はしませんが、
たぶんできないからなのですが、

ああそうだ、それで上り調子になれたことを、思い出した次第です。







Posted at 2018/10/08 03:40:13 | トラックバック(0) | つれづれ日記 | 日記
2018年10月03日 イイね!

平成の終わりとはじまり

平成の終わりとはじまりこんな気持ちで30年後を生きるとは不思議なものである。

しかし私は、昭和の時代からフィアット850に乗っており、苦しくも
楽しい時代のことをいま、感じて考えている。




昨日久しぶりに、大阪市内のある場所を訪ねて歩いた。

同じ場所を、平成元年に訪ねて行き、写真を写している。




淡い感興があり、モノクロ写真の時の同行者は、もう、この世にいない。

この探訪記は、長い文章になりそうなので、これ以上書かないが
いったい平成の30年とは何であったのだろう。

これから先の人生は、どれだけあるのか判らない。

30年前と同じ場所を歩き、変わったもの、変わらなかったことなどを
考える。


生きるということは、思い切り大きな変化が訪れることもある。


たぶん、その方が楽しい。


しかし面白くない人生は、なんとか、やりくりして、生きて行くことも
大切な時代に入っている。



最近身の回りを見渡すと、殆どの分野が退行に入っている。

雑誌もテレビも新聞も。

自動車も、一時楽しかった旧車の世界も、新鮮みは薄い。



そんな中で、毎日ご飯を食べることのように、普通に1年後も暮らせたら、


そんな価値観がいま、急に大切なことのように、思われる。



大きな変化と大きなストーリーを、30年前は誰でも思い浮かべることが
できた。

しかしその結果と、その後で、人類は非常にやるせない歴史と現実にぶつかる。


この30年間に起きた衝撃は、例えば阪神淡路の大震災や、東日本の
地震と津波と、原発の事故。

アメリカなら9.11のツインタワー崩壊。


とにかくショッキングな映像が多く、昭和戦後の幸福感が吹き飛んでしまった。


私たちが一番知ったことは、無力だったと思う。

そして、それこそ人類は楽園を追われるように、歩き出し、
次の時代を、生きて暮らしていかねばならない。


私たちは一度手に入れた万能感を手放して、新しい時代の羅針盤を探し
夢をもう一度見るのか、反対に終活のようなエンディングに向かうのか

本当のところは判らない。




30年前に、昭和がついに終わる頃には、私たちは、去り行く昭和に
哀感を感じるとともに、新時代は、いよいよ自分たちが社会を引っ張ると
期待もあっただろうと思い出す。

今は本当にやるせない時代を、伸ばして行くしかないのであろう。



昨日は、大昔に若者同士だった友人が、私の家に泊まりに来て、
今朝は朝早く旅立って行った。

大切なことは、これから私たちが、どのような旅立ちを送れるかにある。










Posted at 2018/10/03 14:28:54 | トラックバック(0) | つれづれ日記 | 日記
2018年09月29日 イイね!

心の渇き

心の渇き新潮45事件が起き、今年は活字メディアの衰退と
限界を痛切に感じる年になった。

こと細かなことは論(あげつら)わないが、
あれによって、対立する考え以前の感情が、文字に
書けないくすぶりとして、しこりを残すだろうと思う。

このところ、「平成最後の」夏と秋と、よく呼ばれる。

今年は地球の環境が、猛烈に変わって来て、
シャレにならない温暖化や高熱。

そして死ぬことは避けるようにと、
冷房の使用を呼びかけるので、ますます傾向に今後は拍車がかかるであろう。



きょうは仕事で、住宅街を一日歩いていた。

何を感じるかと言うと、日本の社会の緩やかな「死」である。

平成最後の年に、ふさわしい話題は多くの有名人の死であったり
するのだが、それ以上に、80年代も90年代も、もう遠い過去となり
その時代を代表した文化や記憶がいま、「死んで」行くことを
的確に感じる時代となった。


今日は久しぶりに、初代のプリウスを動かして、車庫入れする場面に
遭遇した。今見ると小さい、ハイブリッド元年の車は、もう殆ど残っていない。


きゅるきゅると、あちこちから軋み音をさせているプリウス1は、
最後の電気モーターで民家の奥に収まる時だけ、ロボットの表情になる。

ロボットが目を閉じると、ほんとうに死んだみたいに動かない。

ガソリンエンジン車は、停まった後も「カチンカチン」熱気冷めのボンネット裏の
油と水と、電気のひく気配があるが、そうか、こんな古げに見えるクルマが、
こんな眠りのつき方なんだと思うと、なんだかものの哀れを感じて
涙ぐみそうになった。

秋の日の下で、日中の気温が上がった時間だけ飛ぶタテハチョウのようである。





私だけが感傷的な、こんな文を書く傾向なら、それは個人的なレベルなんだが、
もう自動車については、文化以前のレベルに遠のいたとよく感じる。
街を走るクルマを見て、感興や喜び、憧れなどが皆無になったからである。

老人文化社会になったからだけであろうか。

まだポルシェや、ランボルギーニだってたまに走っているではないか。

と言われても、ああなりたいという、気持ちの中に泡が立つような気分は
私のような半分老人どころか、若者の方がもっと冷めてしまっていると思う。

自動車会社も、販売する店も、もう買い替え需要だけで存続しており、
それが無くなったら店仕舞いのタイミングを見計らっている。

商店街のシャッター店舗の時間が、すぐそこに来ていることは確実だし、
自動車に乗らない、持たない時代のために、都心にみな戻り出して時間は
10年近くになった。

あとはどうしても必要な、山間部の田舎の暮らしのための道具は残るだろう。
しかし無惨なのは郊外である。

郊外に家を建てる必要は、何か、時代の方程式であり、人口の増加+移動が
必然であった半世紀弱の、生活様式だったと思う。

電車で通う郊外の概念に、モータリゼーションが戦後に乗っかり
「郊外」の概念は平成の頭まで、うんと広くなったが、もう終わっている。

平成初期くらいの開発された千葉辺りの不便なところが最も酷く、
もう誰も住まなくなる時代が近い。

平成の30年の重たさは、そこに死を伴った過去形(過去景)が見えるからである。



都市近郊のニュータウンはもう洒落にならないし、新しい戸建ての家が増える
スピードよりも、既にある家が老朽化する速度の方が早い。

そしてそこにあるクルマの風景は、新車が並ぶことは希になり、ガレージの奥には
高齢者が買い替えることを忘れたような、引退しそこなった、時代遅れの
ずれたクルマが座っていることが多い。

国が政策で買い替えを進めることを描いた、税制のしくみが頭打ちになっている。

私のような旧い車に乗るものにとり、悪政以外何ものでもなかった、
車齢13年目以上の増税は、買い替えもできない低所得者層の自動車離れを
引き起こして、業界トップのトヨタの会長が、緊急提言する状態に陥っている。

いやもう終わっていると言うか、こんなことをすれば最後に自動車業界に
“ブーメラン”が返って来て刺さることは判っていた筈だ。

今日のような、電車の走る沿線でさえ、クルマは風景の一部や主役で既に
なくなっている。
クルマは要らないから、嫌悪や反感、高齢世代のおぼつかない利用には
完全に憎しみの対象になりかけてしまっている。一種の公害である。

それは、社会の中の構造的な問題で、社会富は、先に所得した年代に多く回り、
後の世代になれば成る程、割を食うと言った図式が、誰の目にも明らかに
露見したからである。




さあ平成が終わる。

ものすごく、たくさんのことが間違って行って、後戻りが出来ないような
何とも悲しい30年だったかもしれない。
特にこの末年あたりで考えたことは、無理もできないし、新しいことも出来ない。

ただ、昭和は疾うに終わっていたはずだが、昭和の時代の面白かったことだけは
覚えている。

最近、旧い写真をスキャンして、見ることが多い。
そこには何か、まだインスパイアされる刺激が今でも見えたりするような気がする。


私は齢をとったし、後は何をするかの時間の問題のような、人生なんだが、
まだ多くの「昭和遺物」を引き摺って生きている。
2、3日前にも、レコードのイベントをやったところである。

別に真似をしなくて良いが、平成のプロダクト(生産品)がポンコツやスカタン
ばっかりが多いなら、もしかしたらヒントは、私の暮らしの中にあるのでは
ないだろうか。

面白いを発掘する。そんなところから探してみたい。



Posted at 2018/09/29 06:03:34 | トラックバック(0) | つれづれ日記 | 趣味
2018年09月17日 イイね!

水景 奥宝塚西谷大池にて

水景 奥宝塚西谷大池にて






9月1週目の日曜日です。



これもフィルム撮影です。




場所はここです。
釣り堀とレストランが一つになり、とてもノスタルジックな
雰囲気が味わえます。

Posted at 2018/09/17 10:15:08 | トラックバック(0) | つれづれ日記 | クルマ
2018年08月04日 イイね!

盛夏2018

盛夏2018暑中お見舞い申し上げます。

自動車に関する記事を書こうか、思いとどまっているうちに
大変暑い夏になりました。

Posted at 2018/09/16 16:30:57 | トラックバック(0) | つれづれ日記 | 日記

プロフィール

「ビッグモーターから残クレアルファードまで http://cvw.jp/b/176891/48584333/
何シテル?   08/06 05:00
車は殆ど処分して、1971年登録のフィアット850クーペに 1987年以来、乗り続けています。 住居は昭和4年築の、古い日本家屋に、現状で住んでいます。
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