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kotaroのブログ一覧

2021年10月23日 イイね!

ある地方の死

ある地方の死重い話である。
2020年6月から21年3月まで、九州地方のある街で
地域起こしの仕事に就いて行っていた。
そこを予定より早く離れて7ヶ月になる。

過疎の進む地域で、マイカー以外の交通機関は
100年走り続けるローカル幹線の鉄道と、
市の中心部から合併した旧市町村を結ぶ路線バスである。

久しぶりに地域の情報を検索してみたら驚くべきことを知った。
民間のバス会社が、市全体の路線を21年9月末で撤退し
あとは市が代行するコミュニティバスだけになっていた。

以前から路線バスが撤退した山間部や、半島の先端部などは、
コミュニテイバス路線に置き換えられていたが、今回のは
民間の事業者が、県庁所在地から到達する1路線を除いて、完全撤退に近い。

元々の市に交通局や、専門の担当部署があって、バスを保有したり
山口県岩国市のように3セク鉄道を事実上持っているような経験は無い。

無責任なことを書くつもりは無いが、早晩この町の交通路線網は
大変な状態になることが想像出来る。
民間企業が撤退する前の路線バスに、私は自分から乗るようにしていたが
朝の高齢者が病院に行く便以外は、いつも客は私ひとりが多かった。

コロナだから不要不急な外出はするなというのが、ここまで人の感情を
支配するものだろうかという疑問は、在任中にずっと頭にあった。
その結果、民間バスが悲鳴を上げて、ほぼ全路線を撤退したのである。

マイカーに乗れないこどもや超高齢者は、誰かに乗せてもらえないと
どこにも行けない。いや当分は「コミュニティバス」があるからという
が、それは住民にとり、「まさかここまで悪いとは」の計り知れない
衝撃である。



その昔は、県庁所在地からこの都市まで、急行バスが豪華な車両で結び、
JR駅近くのバスの営業所には、整備工場も備わり、大型バスがずらりと並んでいた。
今の路線バスは、名ばかりの急行バスで、車両も普通の座席車である。
それもいつまで続くか判らない。
またJRの幹線も、隣の県に行く県境路線は普通列車が1日1往復半しか
走っていない。特急は走っているが、これも減便が進む。
そう遠く無い時期に、県境を越える区間は廃止の答申が出る可能性がある。

また県庁所在地から1時間強で結んでいる普通列車も、今後はどうなるのか
判らない。
ここは30年前の平成初期には、県南部1の都市であった。
9階建てのデパートに匹敵する大型店舗があったが、とっくに潰れた。
その跡地を整備して、昨年バスターミナルと箱もののホールをつくった。
そのバスターミナルの主役が今回いきなり、いなくなった。

どれだけ淋しいことだか想像ができるであろう。

面積だけでも東京都の半分に匹敵する広域自治体で、2005年の
平成の大型合併で、周囲の8町村を巻き込んで再出発したが過疎化の
スピードが止まらない。
コロナが憎いと住民は言うだろう。
住民や行政の責任ではないと、地元民は言う。
しかし他所から来たよそ者には、疑問だらけの10ヶ月間であった。

これ以上は書かないが、これは日本の各地で起きている現実で、
それぞれに差はあるが、進行することが、逆転に変わるのは、
多分21世紀中には、起きないだろうと思う。




Posted at 2021/10/23 17:03:49 | トラックバック(0) | つれづれ日記 | クルマ
2021年10月19日 イイね!

商業デザインの時代

商業デザインの時代









僕らはなんのために生まれて来て
そこからどこへ行くのだろう。

もう60年以上生きて来て、特に釈迦やブツダになれる訳でもないが、
自分の好きな物というのは判っている。

デザインの良いもの。好ましいデザインと機能の二つを備えたものである。



この個人が集めた切手収集に昭和33、34年の年賀切手が目に付いた。

1958−59年というと、私が生まれた時代で、まだ高度経済成長は
始まったばかり。銀座に路面電車が走り、両国駅の高架線の上を総武線の
C57が煙を吐いて客車を牽いていた。そんな時代の田町あたりの遠景では
東京タワーが建設中で、みんなモノクロームの写真と、新聞記事からの
印象である。

所が商業デザインのポスターや広告、パンフレット類は、新聞広告以外は
オールカラーになっている。
この時代の色遣いが、この2枚の切手から窺えないだろうか。





最近の世の中を見て一番気になるのが、コスパ(コスト&パフォーマンス)とか
旧車で言えば稀少価値と相場、なんでもかんでも拝金主義になっている。

つまり「自分の眼」というモノサシが無いから、情報をすぐに検索して
答をどっかから引き出そうとする。

それが教育も経済も、工業生産まで行き渡っていないか。

良いものを選ぶのは、人間の眼で、いいなあと思うのには、製品デザインと機能、
最後に買える価格帯である。

こだわりと妥協の話に少し近いが、人生は生きて行く上で、その人の価値観が
あり、それに沿ったライフデザインとライフスタイルが伴う。

それには家庭の教育とか躾という物があって、家庭環境はちょっと貧富とは
本来違う育ちの良さとかを、他人が感じるものだ。

「親ガチャ」という言葉が流行している。
ゴキブリの産卵管からはコオロギは生まれないのに、すごく最近の世相は
間違っていることを、大人が気がつかずに先に行こうとする。




商業デザインの時代があり、次いで広告の時代が長かった。

広告は良いものをよりよく見せないと買ってもらえない。

そういう時代に、広告の戦線で闘う戦士らは、ごり押しで売れないことを知り
いかにアトラクティブにものを見せ、理解して周知させるかに腐心した。

私は時代は変化するから、今のように、Amazonでものを買い、
ダウンロードで音楽や映画を鑑賞すると言うのも有りだと思う。

今はサブスクと言って、先にその情報とソフトの基盤の会社に資金を預けて
そこから出資した見返り以上の、取り引きを期待する時代状況にある。

そういう時代に、商業デザインは、動画と違うので、イメージ先行になり、
デザインや売り方に、粗さが目立つ。



私は新しい物に興味が無い。できれば自分の基準で選んだ物で充足されて
残りの人生を送れたら、他に変な例えだが、新車のプリウスに乗るような
人生は送りたくない。

それは理由があり、老人には似合わない。
服装もトラッドやコンサバなものを、若い時から好むので、それで良い。

尚かつ、商業デザインという概念で見た時に、これは元からカッコイイものだと
思える物で、日常が満たされていれば、何も新しい最新のものを欲しがらなくても
いいのじゃないか。

Posted at 2021/10/19 13:01:11 | トラックバック(0) | 思うこと | 趣味
2021年10月12日 イイね!

MTとFR

MTとFR












つい最近、自動車評論家の私より年齢が少し下の清水草一氏の
「もうMTなんてATに比べてメリットなんて残っていない」というような記事を
読んで、あーこの男も言っちゃったか!と感慨を新たにした。

AT率99%で世界一! 日本人はいつからMT嫌いになったのか?

此の所のガソリン高騰もあり、自動車に対する欲求、要望はずいぶん、クルマの
趣味性やプレジャーから遠のくばかりで、こんな記事を有名人が書くと、
実も蓋も無い気がする。



話はここからジャンプする。
蒸気機関車の写真の次は、1970年代に大量に作られた、ディーゼル機関車の
写真である。

記憶に沿って書いて行くと、1964年の東京オリンピックの頃は日本中に
3000台以上あったSLを11年後の1975年までに全廃するという、すごい宣言を、
当時日本中に列車を走らせていた国鉄が言い切った。
それは、強烈な動力エネルギー改革であった。

データが見つかった。昭和36年(1961)4月時点で国鉄の蒸気機関車保有台数は、
C10からD62/E10まで3942両。私鉄にその頃は100台以上いたと思われる。

これを実際にエネルギー革命で、その間に東海道新幹線も成功させて、
北海道以外のSLは1975年3月の山陽新幹線全線開業までに国鉄は全廃させた。

その時代の猛スピードな産業改革は、石炭産業に従事する者を大量失業させて、
その代わりに日本中の臨海工業地帯は猛スピードで建設されてフル稼働。

高度経済成長は数年で国民所得を倍増×倍増させて、日本の姿は変わって
行ったのである。



その頃の10年は、信じられないくらい生活の変化が速かったことを覚えている。

私は子ども期から、少年時代のことで、もっと上で存命の世代の人は、
どう感じていたのであろう。

超過酷な石炭のカマ焚きをしていたSL機関士が、数年後には新幹線の
運転士になるようなことも、実際に在った。

その頃のいろいろな出来事を思い出して書くのがきょうのテーマではない。


もうMTとATのどっちが優れているか、とか、クルマはやはりFRがFFを
上回るっていうような議題は、1980年代ならともかく、2020年になっても、
内燃機関が、これだけ残り、石炭石油類の化石燃料で道路の上を何百万台も
走っている姿に、エミッションコントロールと言っても、根本的に解決策が無く

そんなことの課題と命題も解決出来ないのに、MTとFRの存在価値を書いて
みることは、どれだけのことだろうかと、よく悩んでいる。




でも、ガソリンエンジン車の終ろうと言う時代に、何が良かったとか
あれこれの思い出を、こういう場所に、長く書いてきて、ときどき古い記事を
読んでくれている人があることに、じわっと感激することも多い。

そう、クルマ好きにとり、今は「神々の黄昏」の時間であり、だからこそ
最後に好きなことをしても許される、ワイン色の至福のときなのではないだろうか。




最初の方に書いたSL蒸気機関車を駆逐した、DLディーゼル機関車も疾うに姿を
消して、今は機関車方式の編成列車は貨物列車くらいである。

その貨物車両の入換えには、ハイブリッド方式のディーゼルエンジン+
電気モーターの機関車が活躍している。


いつしか時代はもう、21世紀半ばの見える頃になり、私はその頃存命している
可能性はある。

しかし、MTのクルマを今2台持ち、私のMT率は100%である。
路上のAT率99%の時代に、敢えて”逆張り”人生を楽しんでいるのであろうか。

今はRRとFFの2台であるが、FRは過去に初代のランサーから、近年所有の
アルファロメオ75までいろいろと乗り継いだ。



私は今、思い出の話ばかり書いていることに気が付いた。

すでに自動車そのものが、単なる移動の手段としての道具だけなら
社会主義のように、共有で使用する方が負担が楽だと思う。

思い出話は楽しくなって、つい長くなってしまったが、きょう書き切れ
なかったことを、いつかまとめてみたい。



Posted at 2021/10/12 13:14:41 | トラックバック(0) | 思うこと | クルマ

プロフィール

「AI構文と少子化の時代 http://cvw.jp/b/176891/48478480/
何シテル?   06/10 02:28
車は殆ど処分して、1971年登録のフィアット850クーペに 1987年以来、乗り続けています。 住居は昭和4年築の、古い日本家屋に、現状で住んでいます。
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